第一章 五幕④ 決戦四日前
ーーー決戦四日前
「いっただきまーす!!」
目の前に差し出されたカレーライスをりなは豪快に救い上げ、口に運ぶ。
「うんめぇぇえええ!!辛さも丁度いいしコクも適度に合って最高じゃねぇか!!」二口、三口とりなは息を継ぐ暇もなく次々に米の真っ白な部分とカレーの色の濃い部分を交互に口の中へと運ぶ。
「りな。もう少し落ち着いて食べろ。三十回は噛まねぇと胃に悪いぞ」
がつがつと頬張るりなに対し、レオは丁寧にカレールーと米を少しずつスプーンの中へ入れ楕円の中でミニカレーライスを作って口に入れる。
「うんめぇなこりゃ。身に染みるぜ」
「それは良かった。普通のカレールーに色々隠し味を入れた自信作だから喜んでもらえて嬉しいよ」
翼も笑みを浮かべながら一口一口ゆっくりとカレーライスを口に運ぶ。
「シロウサギさん、もしかしてカレー苦手だった?」
皆の皿が一様に空になりかけた頃、目の前に差し出されたカレーライスに一向に口を付けず食卓に座って食事をする三人を眺めているだけのシロウサギへと翼は目を配る。
「いや。どう摂取すれば一番効率よくエネルギーを摂取できるか考えていたんだ。積極的に経口摂取はしないのでな」
目の前に差し出された食事とまるで決闘をしているかのような鋭い目つきでシロウサギは前方へ睨みを利かせる。
「経口摂取をあまりしない……?成程。そうきたか……」
考え込むように翼は顎に手を当てる。
「普段胃に食べ物や飲み物を入れていないにも拘らずこの巨体を動かせるだけのエネルギーはどこで算出しているんだ……植物が光合成をするように何か人間の細胞にはない特別な器官がシロウサギさんには備わっている……それとも未知の宇宙物質とか……」
ぶつぶつと念仏を唱えるかのように独り言が止まらなくなった翼を横目にレオはシロウサギへと助け船を入れる。
「普通に口から食うのでいいんじゃねぇか?」
「口から、か」
「おうよ。人間だってそうするし動物はどいつでも口から者入れて食うぜ」
「なるほど」
「ほら、シロ。口開けろ。まぁつべこべ考えずに食えって」
レオはシロウサギの目の前に置かれたスプーンでカレーライスを一掬いし、能動的に開けているシロウサギの口へと流し込む。
「どうだ?」
「美味しい?」
「ふんまいだろ。ふははのハレーは?」
三者三葉。口々に零れたレオ達の言葉を租借するようにシロウサギは口の中に入った固形物を丁寧に噛み砕いて喉仏を鳴らす。
「口内の受容体が刺激されている。これは一体……」
「多分辛いって感覚だなそりゃ」
「辛い……?」
「おうよ」
どこかあどけない仕草を見せるシロウサギにレオはにんまりと笑みを浮かべる。
「人は甘味、塩味、うまみ、酸味、苦み、渋み、辛みってのが感じれるようになってて今シロが感じたのは辛みだ。食事ってのはそうやって甘いとか辛いとかしょっぱいとか色々感じて皆で共有して楽しむためにあるもんなんだぜ」
「そうか。参考になる。少し人間が食事をする意味が分かった」
「おう!よかったぜ。さ、残りも食べようぜ」
「ああ」
シロウサギは人差し指と親指でスプーンを持って、皿の中のカレーを掬い取ろうとする。だが。
ガチャリ。
「どうした、シロ?」
不意に音を立てスプーンを机の上へ落としたシロウサギはレオの問いかけに応じることなく、無言で席を立つ。
「ウサギ?」
「シロウサギさん?」
二人の問いかけにも応じることなくシロウサギはそのまま無言ですたすたと食卓を出て廊下を歩く。
「シロ!?どうしたんだ?」
慌ててその背後をついてきたレオは強引にシロウサギの肩を掴む。
「すまない、レオ。野暮用ができたようだ。翼が作ってくれたものは後でいただく」ガラガラガラ、と音を鳴らしシロウサギは扉を開ける。今までにない殺気の籠ったその気迫にレオは思わず気圧され数歩後ずさりをしてしまう。
「お、おう。わかった。飯、冷めないうちに帰って来いよ!!」
戸惑いながらもレオは瞬時に建物から建物へと移り飛ぶ白兎の背を見届けた。
いくつものを壁を飛び交い、開けた広い大通りへ出る。
アスファルトが軋み、土が捲れあがっているいくつもの地面。
ライフル銃を使用したような巨大な弾痕。
かすかにまだ残る血痕と血の匂い。
明らかに争いの形跡があったその地点の片隅。
へしゃげた電柱に落ちていたいくつもの白い結晶体をシロウサギは拾い上げる。
「ヨミ……」
結晶体を見つめシロウサギが小さく呟くや否や、その背後から何かが現れる。
「貴様がシロウサギか?」
シロウサギが殺気の籠った眼差しで背後を睨みつけると顔以外を鎧で覆った巨体がシロウサギと同様、相対する者へと睨みを利かせている。
「申し遅れた。私は俺は世界連邦に所属している強化個体、ソークという者だ」
世界連邦という単語を聞き、周囲にいくつもの氷を浮かばせるシロウサギに対しソークは落ち着いた口調で話し出す。
「今日中に来なければこちらから伺おうと思っていたのだが手間が省けたよ。何か『彼』と繋がれる者を持っていたのかな?」
「…………」
「安心しろ。『彼』は死んではいない」
ソークの発したその音階をシロウサギが耳に入れた瞬間。薄く僅かに街灯に光るだけだったシロウサギの全身を取り囲んでいた氷の破片は突如として鋭利な氷刃へと形を変える。
「そう、熱くなるな。シロウサギよ。今私を殺れば『彼』の命の保証はしない」
開かせた瞳孔を元の鋭利な瞳にしシロウサギは全身の白刃を収める。
「何の用だ?」
「落ち着いてくれて嬉しいよ。少し話をしよう」
夜の風が互いの頬を撫で、緊迫した空気だけが場を満たす。
「簡潔に言おう。影と黒煙を操る『彼』の身柄は現在我々世界連邦が預かっている。もし『彼』を返してほしければ今から三日後。そちらに向かわせた飛行艇に乗って君達三人はこちらが指定する場所まで来てほしい。用件は以上だ」
「三人……だと?」
「ああ」
訝し気ににらみを利かせるシロウサギに臆することなくソークは口を開く。
「君とレオ・ニワ、リナ・ハチガミの三人だ」
「そんなバカげたもので釣れると?」
「安心しろ。指定するポイントに到着するまでは手荒な真似はしない。付いてからの保険は下りないがな」
「乗らなかったらどうなる?」
「はっは。私に言わせるつもりか?彼が辿るべき運命を」
「……わかった了承しよう」
「契約成立だ。物分かりが良くて助かる。では数日後に。また会おう」
ソークが言い終えるとその背後から駆動音をさせ飛行艇が現れる。ソークは地上から数百メートル離れたその舟艇目掛け、全身の筋肉を鼓動させ飛び乗っていく。
ソークを乗せ小刻みな太い音を立て遠ざかっていく飛行艇の後ろ姿をシロウサギは声を出すことなく睨みつけた。
ラプラスラビット @asanoto1226
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