第一章 五幕③ 影と走狗

「シロウサギ、対象と接触終了。繰り返す。シロウサギ、対象と接触終了」

「ラジャ―」

無線で流れてくる音声を聞きながらソークは自身の前方へと駆け出し消えていくシロウサギの背を見届ける。

「探知型サーモグラフィー、機動」

機械が駆動し、サーモグラフィーを搭載したドローンがシロウサギとは真逆の方向へと移動していく影を追跡する。

「対象、シロウサギからの距離半径20キロまで後退。目標距離超えます!」

「よし」

数刻と立たず流れる無線を聞いてソークは鼻から目いっぱいに息を吸い体を膨らませ咆哮する。

「作戦開始!!!」


空から地から一斉にライトが照射され影は行き場を失う。水底に潜っていた人間が息をするために地上へと向かうように。溺れて沈んでしまわないように。陰からは黒い塊が人の形を帯びて日の元へと現れる。

「対象、予測通りエリア3に出現。強化個体は直ちに急行せよ」

次いで流れる無線を確認した後、ソークは右耳元に埋め込まれたチップに手をかざす。

「ダックス。聞こえたか。予定通り我々がそちらへ向かうまで足止めを頼むぞ」

「了解~」

掴みどころのないゆったりとした声の主の背後からガシャリと何かが突き刺さるような音が響く。

「準備はできたか?」

「いつでもいいよ~隊長~」

「よし」

ソークは自身の体を弾のようにしゃがみこませ全身の筋肉が収縮していくイメージを作る。

「撃てッ!!」

ダンッという重い音が耳元から響き渡るのと同時にソークは体を前へと傾け走り出した。


撃てというソークの第一声と共に一発の弾が黒い塊へとめがけて放たれる。生身で当たれば確実に致命傷を負うはずの弾は対象に触れ合う寸前で上手く交わされアスファルトで舗装された大地を数センチ削り取る。

「一発目交わされたよ~」

「構わん!続けて撃て!」

「了解~」

無線越しに聞こえるソークの声を頼りに強化個体01 ダックスは次弾を装填する。「よ~し!じゃんじゃん撃っちゃうよ~」

ダンッ、ドンッ、ダンッ。二発、三発、四発。間髪を入れず数十キロ先、平坂市市外のビル屋上からダックスは弾を撃ちこむ。しかし、弾は一発も当たることなく黒い塊は次から次に容易く避けきっていく。

「駄目だ~隊長~全然当たんない~」

「装填する弾倉の口径を対人用から対戦車用に変えろ。もうすぐテリアとコートが到着する。それまで持ちこたえろ」

「了解~」 

ドスッ。ボスッ。ドスッ。鈍い発砲音がソークの耳元で響き、鼓膜を揺るがす。

「駄目だ~偏差を読んで撃ってるんだけどやっぱり当たんない~こんなの初めてだよ~」

「安心しろ、ダックス。お前はよくやれている。お前の正鵠を射る射撃のお陰で敵はまだ十分に逃げる態勢を整えられていない。引き続き頼むぞ」

「了解だよ~あれ?ん?隊長!最短距離で移動してた二人が到着したみたい~」

「了解した。一旦そちらの回線を切る。追って指示は連絡するがコートとテリアがポイントに到着しても牽制し続けろ。いいな?」

「了解~」

ダックスの合図が聞こえてすぐにソークは親指と人差し指で右耳を摘み回線のチャンネルを変える。

「こちらe00。e02,e06聞こえるか?」

「こちらe02。聞こえています」

「e06同じく」

「強化装置のマップで示されている通り対象は未だ場を離れてはいない。作戦通りそれぞれに与えられた任務を全うしろ」

「「ラジャー!!」」

片方は低い声の男、片方は甲高い女の声が聞こえた後、ソークはまた右耳を摘み回線を切る。今度こそ。誰一人欠けることなく任務を遂行して見せる。眼前に次々と迫る家々の屋根を一歩一歩踏み越えながらソークの巨躯は軽い弾みをつけ数十キロと離れた敵の元へと駆け出していく。


全身を煙のようなもので覆った黒い塊の元に二つの影が飛来する。一つはひたすらに塊の周囲を飛び跳ね周る女。一つは正面から塊へ向け拳をあてようとする男。

「くっっ!!!!」

思わぬ奇襲にたまらず塊は声を出し、その体からまずは男へ向け黒煙を飛ばす。しかし、男の拳と煙が触れ合った途端。突如その軌道は変わり逆に塊へと向けられる。「何ッ!!??」

またも塊から声が漏れ、塊の全身を覆っていた煙までもが霧散しはるか後方へと流れていく。煙の残滓。陰から現れた黒い塊の正体。それは軍服のような黒い制服を着た少年のような出で立ちの男であった。


「対象左腕損傷~」

ダックスのゆるりとした声と共に強化個体06 コートは眼前にいる黒い制服を着た男へ向け拳を奮う。煙が晴れ、生身に弾丸が当たって小さな悲鳴を上げていた男はコートの拳を避けきれないと判断してかまた黒い煙を全身へと纏わせ後ずさりをしようとする。

しかし、

男が纏った煙はコートの拳が触れ合う瞬間にまたもや霧散する。コートの拳と男の体が触れ合う寸前。偶発的に男の右手の掌はコートの拳を受け止め、代わりに男の左足がコートの顔面へと向かう。だが、身の危険を察知したコートはすぐさま受け身を取り、後方へと下がって男との距離をとる。そんな数歩後ずさりしたコートを男は見逃すはずもなく瞬時に間合いを詰める。しかし、ドスッ。またもや鈍い音が周囲へ響き渡り反射的に男はコートとの距離を取らざるを得なくなる。

ズシャ。地面と後退した男の足元が接触した瞬間。もう数メートル後ろへと下がろうとした男の背に何かが引っかかる。

「予定通り、対象をポイントへ誘導!ソーク隊長お願いします!」

女の甲高い声が響き渡り、男は咄嗟に周囲を見渡す。僅かに漏れる太陽の光が男の視界を擽り、思わず男は目を細める。それは細い鉄の線でできたような鉄の城。コートに気を取られているうちに男はいつの間にか敵が画策した罠へと自ら身を投げ出してたのであった。


オプレスィヨン、起動。

静かに胸の中央で光る装置に手を当てたソークは一人の男が嵌ったドーム状の建物へと足を踏み込む。

「お前が陰の正体か?」

「……」

互いに正面で相対し、睨みつけるソークに対し男は血が滴り落ちる左手をぶら下げ瞳を揺らす。

「ふっ。つれないな。会話が通じるのなら共に紅茶でも飲もうと思っていたのにな」全身に白金の鎧を纏わせたソークは体を縮こませ、焦点を目の前にいる男一人へと絞る。男もソークのその姿を目にし暴れ狂うように全身から黒煙を吐き出す。

『温度急激に上昇。内部圧力制御装置に支障あり。冷却装置起動します』

ソークの全身を担う自立型AIが作動し、ソークへと呼びかける。

「威嚇のつもりか?」

ソークは相手に怯まず嘲笑する。

「まさか。影のみならず黒煙まで発するとは。とんだ当たりくじを引いたものだ」ソークが薄ら笑いを浮かべるや否や男は急激に煙の濃度を、速度を上げソークへと向かわせる。

「安心しろ。 死なれては意味がない」

構えを作っていたソークは溜め込んだすべての力を相手に向けるイメージを作り、右手を真横に動かす。

「だが、時間がない。一気に方は付けさせてもらう」

鎧表面に搭載されたナノテクノロジーが唸りを上げ、ソークの右腕につけられた装具が音を立てて大剣へと変化を遂げる。

「いくぞ。陰の者よ」

両足で地面をめり込ませ、全身の収縮していた筋肉が歓喜を帯び、ソークは前方へと突進する。驀進により生み出された風は周囲の黒煙を薙ぎ払い建物内に陽の光を通す。

「大銀河横列撃!!!!」

ソークが叫ぶと横一閃に刃が唸り、大気を切る。刃は男の肋骨へと直撃し、全身に至るあらゆる骨に罅を入れる。

「一つ体を動かすたびに骨が軋む程度には威力は緩めてある。お前も我々と同じ強化個体であるのなら辛うじて生きながらえることくらいはできるだろう」

意識を失い地面へと体を綻ようとする男の全身に向けワイヤーロープのようなものが括り付けられる。

「作戦完了。対象を連れ、先にコート、ダックス、テリアが帰還します」

ソークが言い終えるなり手際よく強化個体三体によって待機していた飛行艇へと乗せられた男はそのまま空の彼方へと姿を消した。

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