第一章 五幕②

ーーー強化個体ザラの襲撃から二か月後。


「なあ、レオ?」

「んだりな?」

レオの自宅、畳部屋の中央。凍えるような風の音が障子越しに聞こえる室内で漫然と天井を見つめりなとレオの二人は体を大の字にしていた。

「暇だな」

「ああ、暇だ」

「……」

「…………」

「世界連邦の奴ら次いつ来ると思う?」

「わかんねぇな。二か月も来てないんだからなんか向こうであったんじゃねぇの?」「それもそうだな。こない方がアタシらも苦労に越したことはねぇし」

「ああ」

「……」

「…………」

また会話が途切れレオとりなはそれぞれごろごろと畳部屋を転がる。


数分後。


「んだらぁ!!!」

遂に静寂に耐えかねたりなは勢いよく体を起き上がらせ立ち上がる。

「んもぉぉぉお我慢できねぇ!!!いつまでこの生活続けんだよオイ!!」

りなは右足で自身の近くに転がるレオの背を踏んづける。

「んぁ?」

「『んぁ?』じゃねぇだろ??もうあいつと戦ってから二か月経ってるんだぞ?なんで未だにアタシらこんな狭いとこにずっといなきゃいけないんだ?」

「おい。さりげなく人の家をディスるな」

レオは体を床に伏せたまま剣呑な顔つきでりなをじっと睨みつける。

「仕方ねぇだろ。シロに『俺が良いと言うまでは安静にしてろ。それまで二人とも一歩もこの家から出るな』なんて言われてんだからよ」

「でもよぉ」

りなは諦めがつかないと言わんばかりに首を天井へと向ける。

「なんかこうあるだろ?この間にしなきゃいけなかったこと」

「しなきゃいけなかったこと?なんだそりゃ?」

レオは首を傾げる。

「あれだ、ほら特訓とかさ。もっと上手く力が操れるようになるようなやつ!!ジャンプでもあるだろ!主人公が上手く力を扱えるようにする特訓編が!!」

「特訓な……そりゃあった方が良いけどよ。てかりな、ジャンプとか読むのか?」「おう!毎週読んでたぜ。こっそり家出た時に買って読んでた」

「おお……流石は破天荒お嬢様だな」

「だろだろ!もっと褒めてくれてもいいんだぜ!!」

「今のを誉め言葉と捉えるメンタリティを見習いたいな」

わっはっはっはとりなは大声を上げて笑う。

「んで、今決めたんだけどよ。アタシらも疲労と傷がばっちり回復したことだしウサギが帰ってきたら強くなれるような特訓を作ってもらうように頼んでみようと思うんだ」

「また面倒なことを……」

「まぁまぁ。レオだって腹の傷が治ったから動きまわりてぇのはわかってるんだからな。毎日部屋で筋トレばっかりしてるの知らないとでも思ったのか?」

「リハビリついでに体が訛らねぇように、だ。別に強くもなんともなりたくねぇよ。むしろこのままでいい」

「んだよ。面白くねぇ。向上心のねぇやつ」

ふん、とりなは面白げがないようにわざとらしく項垂れる。

「それでウサギの奴、いつ帰って来るんだ?」

「さあな。少し前に食料集めに出て行ったばっかだろ。すぐには帰ってこねぇよ」

「飯集めか~そうだ!なぁレオ。毎回気になってたんだけどよ」

急にりなは腰を曲げ長い黒髪がレオの頬にかかるくらいまでレオへと顔を近づける。

「んだよ。急に顔近づけて」

「ウサギってよ。いつもどこでアタシらの食いもん買ってくるんだ?」


「確かに。ナチュラルに見逃してはいたけど、シロの奴一体どこから買って来てるんだ……?」

りなの顔を払いのけ悩まし気な顔つきになったレオは胡坐をかいて畳に座る。

「急に外へ出てってしばらくしたらいつも大袋のレジ袋に数日分の食材詰めて持って帰ってくるよな……もしかしてどっかから勝手に取ってきてんじゃねぇだろうな……?」

自然に二人は顔を見合わせ、シロウサギがスーパーに入り込んでビニール袋に食材を詰めている姿を思い浮かべる。

「「ないないないないない」」

「絶対ねぇな」

「だけどウサギがスーパーに入って会計を澄ましている姿も想像できねぇ」

「だな」

「おう」

「……」 

「…………」

 「ま、まぁここは本人に直接聞いてみた方が良いかもな」

「だな」

レオとりなは顔を見合わせて互いに苦笑いを浮かべた。


ガラガラとレオの家の扉が開き、ドンドンと廊下を歩く足音がレオとりなの鼓膜を駆け抜ける。

「帰ってきたぜ」

「おう」

レオとりなは互いに真剣な顔で目配せをしあう。

「レオ、りな。ここに食材を置いておくぞ」

畳部屋からガラス戸を一枚挟んだ先、シロウサギらしき大きな影が台所に大きな袋を置く姿が二人の目に映る。

「ありがとな、シロ」

「ああ。それと今夜の夕食はカレー?というものだそうだ」

「カレー!!!!!」

真剣な面持ちで取り繕っていたのも束の間、うっしゃと喜びの雄叫びを上げりなは立ち上がる。

「ああ。レオ、りな。嫌いなものはあるか?」

「ないな」

「アタシも全然ねぇな。基本全部食うぜ。でも、あれはあんまり好きじゃねぇなフォアグラ。なんかぶよぶよしてて気持ち悪い」

「安心しろ。入れるのはニンジンとたまねぎとジャガイモ、あと奮発してちょっといい牛肉を買ったそうだ」

「牛肉!!こりゃあ飯がはかどりそうだな。どこ産だ?松坂か!?」

「そんな高級品ではない、そうだ」

そうだ……??どこか他人行儀な言い方と普段とは違い間髪入れずに話し続けるシロウサギにどこか疑問を感じながらもレオも会話の流れに乗せられ始める。

少し経ちトントントンと軽快な野菜を切る音が台所から聞こえてくるのを境目にレオの耳元へとりなは掌を当てる。

「ウサギ、やけに包丁さばき上手いな」

「だな。普段はお茶入れるのでも火事になりかねないのに」 

トントントンとまた野菜を切る音が聞こえる。やるべき事項を忘れ、二人がぼーっと畳の上で座り込んでいると頭上からそんな両者を覗き込むように声が降る。

「レオ、りな俺は少し用があるから外に出る」

「ああ」

「おう。晩飯までには帰って来いよ~」

りなの言葉を背にガラガラガラと扉が開閉する音が二人の耳へと届く。

「ウサギ。飯作ってる途中で出て行きやがった」

「直ぐに戻って来るだろ」

引き続き、レオとりなは畳の上でくつろぎ始めた。


またしばらく経つと今度は何かを焼く音と共に肉の焼けるようないい香りが部屋を二人の鼻孔をくすぶり始める。

「もう帰ってきたのか?」

「いつもよりも早いな。にしてもいい匂いだぜこりゃ」

鼻を動かしレオとりなが香りを堪能していると足音が近づき、また二人の頭の上から声が降ってくる。

「二人ともさっきから何してるの?」

「日向ぼっこ」

「ウサギもどうだ?あんま動いてばっかだと疲れるだろ?」

「ありがとう。僕はまだカレー煮込んでる最中だし後にしようかな」

「そうか」

「ん?僕?そういやシロおまえそんな声だった」 

「だぁ~腹減ったぜ~」

レオが疑問を呈するよりも早く、りなは体を畳へと預け寝転ぶ。

「りな。お前最近食う量俺より多いよな。お前体重増えてきてんじゃねぇのか?」「レオ。デリカシーのないてめぇに一つ教えといてやるよ。乙女の前で体重について話すんのは御法度だぜ 次言ったら斬る」

「いや、事実を言ったまでだろ」

「ったく。わっかってねぇなぁ てめぇはよ。んなんじゃいつまでたってもモテねぇぞ」

「うんうん。レオは顔はいいんだけど、発言が逐一ストレート過ぎてダメ男感が否めないんだよね」

「ほら、言われてんぞ。レオ。っぱウサギわかってんな~おめぇはよ!!」

満足げにりなは声のした方にいる人物へと顔を向ける。

「ん?…………」

「ん?」

一瞬両者の間に空白が生まれ、その間にりなは首を傾げる。

「誰だ?」


誰だ、とりなが挙げた声に反応してじっとくつろいでいたレオも顔を声のする方へと向ける。

「お前……」

薄ら目を開けていたレオの瞳孔が拡大し、丸くなる。

「やあ」

そこには猫背気味でレオよりも一回り程背の低い、レオにとっては馴染みのある男が立っていた。

「やっとこっち見たね。やぁレオ」

「翼!??!」

レオは立ち上がり、口をあんぐり開けて馴染みのある顔、五代翼を見つめる。

「どうしてここに居るんだ翼??」

「いやぁそれが僕もよくわからなくて。病院へ行こうと歩いていたら急に黒いもやもやみたいなのに包まれてさ。気づいたら買い物袋を持ったシロウサギさんと一緒にここに連れてこられたんだよ」

「そう……なのか。というかお前その言い方だとシロとなんか話したのか?」

「うん。話したよ。『腹の傷を防げなくてすまない』って謝られちゃった。」

彼のせいじゃないのにねと翼は苦笑いを浮かべる。

「お腹……そうだ翼!お前腹の傷は大丈夫なのか?」

レオは心配げに少し青ざめた顔で翼の下腹部を見つめる。

「勿論。この通り」

レオのその姿にニッと翼は笑みを浮かべ服をめくり上げる。

「出血は多かったけど傷自体は然程大したものじゃなかったみたいで。ちょっと縫ったけど抜糸も終わったし今は病院に定期的に通院するだけで大丈夫だよ」

「そう、か。そうか。そうか」

レオは肩を震わせ両手で翼の肩を持つ。この数か月常に脳裏を過ぎっていた翼への懸念が剥がれ、レオは膝から崩れ落ちそうなほど肩の力が抜ける。

「良かった。本当に良かった」

「レオ、なんか勝手に僕を瀕死にして生死を彷徨ってることにしてない?シロウサギさんに大丈夫って言われてたんじゃないの?」

「実際に目にすると感極まるもんがあるんだよ」

「ははっ。レオらしい。ところでさ、レオ。」

翼は首を動かし側にいる呆然とした顔つきのりなへ顔を向ける。

「急にそんなことするから八神さんびっくりしてるよ」


「ハチガミさん……?ちょっと待てよ。アタシどっかであんたと合った気もしないこともないぞ?」

翼と目が合ったのも束の間、何かを思い出すかのようにりなは頭を悩ませる。

「もしかしたらどこかですれ違ったりすることがあったかもしれないね」

ふふっと翼は微笑む。

「だって、僕ら3人同じ学校だから」

「は??」

「へ??」

互いに目を見開かせレオとりなは交互に顔を見やる。

「「同じ学校?」」

「え?逆に知らなかったの?」

翼は驚いたように手を口に当てる。

「凄いや……レオが他人に興味がないのは周知だったけどまさかここまでだったなんて……」

「オイ、どういうことだよ?」

レオは眉を鋭くさせ翼を睨みつける。

「だって八神さんが今着てる服僕らの高校の制服だよ?同じ学校だって気づかない方が無理あるよ」

「ん?そういや言われてみればウチの制服に似てるな……確かになんか同級生に八神家のお偉いさんとこの子供がいたって聞いたことあるような……」

じっとレオは目を細めりなの制服を凝視する。

「今気付いても遅いよレオ」

「へぇ~アタシら皆同じ学校なのか!それであんたに見覚えがあったんだな!!」りなは翼へ向け右手を差し出す。

「アタシの名前は八神りな!好きなように呼んでくれて大丈夫だぜ!これからよろしくな!えっと……」

「五代翼だよ。僕も好きなように呼んでね。よろしく八神さん」

「んじゃ翼で。よろしくな!翼!」

「うん。よろしく」

翼は右手でりなの手をとり握手を交わした。


「でも驚いたね。まさかレオが学校で一番有名な八神さんとつるんでるだなんて」三人で輪になって畳部屋で座っている側、一番障子に近い場所に如かれた座布団に座り邂逅一番に翼が口を開く。

「なんだ?りなってそんなに有名なのか?」

レオは訝しげな瞳で隣で胡坐をかいて座っているりなに顔を向ける。

「勿論だよ。容姿端麗成績優秀。同学年では次期生徒会長候補でありながら、その美しさから学年問わずファンクラブができるくらい八神さんの人気っぷりは凄いんだよ。加えて、数多のイケメン上級生からの告白も断ってて、ついたあだ名が『難攻不落の八神』て言うんだよ!」喜々とした表情で若干興奮気味に翼はレオへと前のめりになる。

「本人の目の前で言うのもどうかと思うけど、告白の断り方も独特で」

「タイマンで私に勝てたら、だな」

「タイマン?」

「おうよ」

これ見よがしにりなは眉を顰めるレオへと腕を90度に曲げ自身の二の腕に力を籠める。

「まあ。大抵は夏美が追い払ってくれたんだけどな。中にはぞろぞろと手下みたいなの引き連れてやってくるやつとかRAINでやり取りしてる時にいきなり文言で告白してくる奴らとかいてよ。本当に最近そういう奴ばっかでつまらねぇんだよな。男なら一対一で校舎裏にでも呼び出して告白してこいよ」

「モテるって大変なんだな」

怒り狂い始めるりなにレオはどこか遠くを見つめる眼差しになる。


しばらくして3人で話し込んだり途中で翼が離籍してカレーを煮込んだりしているとガラガラと扉が開く音が鳴る。音はドンドンと子気味よい音を立て畳部屋へと次第に近づいてくる。

「戻ったぞ」

「おう」

「遅かったな」

「シロウサギさん。丁度良かった。今カレー、できたよ」

姿を現すや否やすぐさま翼はシロウサギの元へ駆け寄る。

「ああ」

それに対してまんざらでも無さげにシロウサギはコクリと深く頷く。

「お前らさっき話したばっからしいのにもう仲良くなってんのな」

「うん。そうなんだよ!!」

嬉しそうに翼はレオへ向け目を輝かせる。

「最初見たときはちょっと怖かったけどシロウサギさん、よくよく見ると造形が美しくてカッコいいんだよ。ヒーロー番組でもそうなんだけど最初はビジュアルに抵抗があってもいつの間にかカッコいいと感じてしまうことなんてざらにあって、」

レオの何気ない一言に拍車をかけたように翼が語り始める。その姿を見て平常運転だな、といいようのない安心をレオは肌で感じ取る。

だが、

「よっしゃ!!カレー食おうぜアタシが一番乗り!!」

感傷に浸るのも刹那。不意にレオの背後から満を持したようにりなが台所へ走り出す。

「こいつもいつもと変わらんな」

やれやれとレオはそっと独り言を呟いて肩を竦めた。

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