第一章 五幕①

「ある人物……?」

「ええ」

戸惑うルーシェンコにミコト長官は静かに頷く。

「シロウサギにはレオ・ニワやリナ・ハチガミの他にも仲間がいると思われます」仲間がいるだと……?

我々が観た映像には3体しか映っていなかったぞ?

ミコト長官の一声にたちまちまた中央制御室内は騒がしさを纏い始める。

「オノ」

「分かりました」

ミコト長官が背後にいるオノへ目配せをするとオノは室内にいる局員達に指示を出す。室内のどよめきは留まることなく数十秒が経過し中央制御室内の巨大スクリーンには数枚の写真が映し出された。

「ご覧いただいてる通り現在画面に映っているのはこれまで計四回にわたるシロウサギの戦闘時に兵士、またはドローンが撮影した写真をいくつかピックアップしたものです」

ミコト長官が言い終えるや否やタイミングよく左端に映し出されていた一枚の写真が中央へと移り画面一面に広がる。それは、シロウサギと連邦が二度目に交戦した際に際撮れた一枚。シロウサギがぐったりとしたレオ・ニワを右腕で抱え左手に握った小さな何かを振り下ろそうとする写真であった。

「まずはこちらをご覧ください」

ミコト長官が言い終えるなりすぐさま写真は拡大されシロウサギの左手とその中にある何かに焦点が当たる。

「これは……何だ?」

「アンプル瓶だと思われます」

どこからともなく漏れ出した声にミコト長官は素早く反応する。

「主に実験の際に物質の三体を問わずして保存するための容器です」

「なぜこのようなものを奴が所持しているのだ?」

「答えは次の映像にあります」

また誰かわからない入り混じった声に反応し、ミコト長官は映像を凝視する。写真は縮小されたサイズになり今度はその隣。先程の写真と全く同じ画角、風景で撮られたものが画面四隅を覆いつくした。

「ご覧ください」

中央に大きく表示された再生ボタンがクリックされ、映像が再生される。『俺ができるのはここまでだ。行くぞ!』映像内のシロウサギが叫び、左手に握られたアンプル瓶とされるものを割る。パリンと小さな破裂音がした瞬間。割れた瓶からは突如として黒い煙のようなものがもくもくと出現し、数秒立たずに周りの視界を埋め尽くしていった。

「以前、レオ・ニワやシロウサギの力の源は自らの体内エネルギーだと皆さんにお話しをさせていただいたのを覚えておられますかな?」

映像が終わり、もう一度同じ映像が。今度はサーモグラフィーで色付けされて流される。

「シロウサギが瓶を割って煙が出現した直後」

映像が停止し局員が動かす赤いポインターがサーモグラフィー越しで赤くなった画面をぐるぐると回る。

「急激に周囲の温度が上昇しているのがわかりますか?」

ミコト長官の問いかけに画面内外を問わず皆一様に首を縦に振る。

「先程化学班に確認をしましたが瞬時にこのような大量の黒煙を巻いて周囲を高温にさせることができるのは何らかの有機物を燃焼させたり、物質同士を反応させないと不可能だそうです。であれば、この煙の正体もそうであると仮定するのが聡明な皆さんであれば必然的に脳裏によぎると考えます」

だが、もうわかっていると思うがそうではなかった、と言いたげにミコト長官は小さくため息を付く。

「我々も当初化学反応の線を疑い、現地へ調査員を派遣して入念に調べましたがある一枚の写真がこの疑念を覆しました」

ミコト長官が諦観した顔つきで述べると今度は大画面に張り出された映像が一枚の写真へと切り替わり一定の場所まで拡大される。

「こちらをご覧ください」

映し出された刹那。おおっと画面内からはミコト長官の意をくみ取ったように驚愕の声がまばらまばらに上がり始める。

「この写真は強化個体07アデリーがシロウサギと交戦した際、シロウサギが戦場からレオ・ニワを連れて撤収する直前のものです。もうお気づきになられている方も多数おられますが、今拡大して映されているシロウサギの左手の中に映っているもの。これは例のアンプル瓶です」

ミコト長官が言い放つとすぐさま写真の隣にアンプル瓶の外形が表示される。

「この中に入っている物質」

ミコト長官が一瞬息をつくと写真は更に画素数を上げて拡大され、はっきりとアンプル瓶の中に入っているものが目視で見て取れるようになる。

「この瓶の中で渦巻いているもの。これは、シロウサギが周囲に散布した黒煙を縮小化したものであると考えられます。このことから、我々は」




ジジッ。ジジッ。ジジッ。ジーッ――――――――――――――――――――――――――――――――――――。ピッ。

「あ!!繋がった!!何々?どうしたの?」

何だ??

外部からの通信……??

どういうことだ?

遮断されているはずでは??

「少しは空気というものを読んでもらいたいものだな」

天井から突如として聞こえてきた見知らぬ声に皆が一律に焦りの表情を浮かび上がらせる中、ミコト長官は眼前にある机の上で指を組み落ち着いた顔で声の主に対し第一声を上げた。




「えぇ~!聞きたいことがあるって言うから繋げたのにその言い方~?私達だって暇じゃないんだよ?わざわざこのためだけに限定スイーツを買いに朝から外に出なかったのに」

むぅと声の主は膨れ上がったような素振りの音声を出す。

「単刀直入に聞こう」

「え?私の話無視?何か反応してよ~」

「そんな悠長な時間は我々には存在しない。天使よ。影を操る者と黒煙を操る者について何か知ってはいないか?」

「…………え。なにそれ?新しいゲームのサブタイトルとか?」

「言い方を変えよう。陰から陰へと移動することのできる力と黒い煙のようなものを自由自在に操れる力を持った者を今までに見たことがあるか?」

「………………」

「何か知っているな?」

ミコト長官は眉を吊り上げさきほどよりも一層顔を険しくさせて上を見上げる。「…………ぷっ。なにソレ?」

「知っているのであれば、教えろ。シロウサギの討伐に今最も必要なことだ」「…………」

両者の静寂が訪れる。

が、

「知らな~い」

数十秒が経ちその均衡を破ったのは再び口調の明るさを取り戻した女の声であった。

「なッッ!!」

ミコト長官は目を見開いて反射的に椅子から立ち上がる。

「あはははは。いい反応~。思わせぶりなことしてごめんね。ほんとに私知らないの」

「貴様らが知りえない個体など存在しうるのか?個体殲滅に特化した貴様らがか?本当にか???」

次第に自身が饒舌になっていくのを感じながらもミコト長官は思わず身を前へと傾かせる。

「うん。知らないよ。そんな両特性持ち【ハイブリッド型】の子なんて私」

「待て。今なんと言った?」

「あ!おかえり~!シュークリーム買ってきてくれたの?うれし~い。流石ロンちゃん!」

「天使よ話を聞け!」

「ということで、私は今から甘いシュークリームを食べるので今日はここまで。ばいば~い」

「ま、」

プツンと何かが切れる音が室内を満たし騒ぐ男達の声だけが取り残される。それ以上天井から少女の声が聞こえることはなかった。


「回線途切れました……」

ミコト長官の背後にいたオノが小さくため息を付く。

「結局のところ何もわからず終いか」

ふぅと小さく息を吐いてミコト長官は自身の座っている椅子の背もたれへと身を預ける。

「そろそろ聞いても良いかね?ミコト長官」

「構いません。ルドナル国防長官」

「あの声の主は一体誰なのかね?聞いたところあどけない少女のように思えるが……」

「長官殿、誠に申し訳ありませんが」

姿勢を正して椅子へ再び座り直したミコト長官は眉を八の字にする。

「率直に言うと我々もあまりあれについては詳しくは知らないのです」

何? どういうことだ? 知らないだと?ミコト長官の思いもよらぬ告白に画面の中にいる国防長官達は次々に顔を見合わせて首を傾げる。

「シラを切る気なのかなミコト長官?」

「いいえ。決してそういうわけではありません」

顔の堀を深くして睨みを利かせるルドナルに対しミコト長官は首を左右に振る。「我々は本当にあれについてほとんど知識を持っていないのです」

「では何故奴らに疑問を乞う?」

「それは」

一瞬ためらう素振りを見せた後、ミコト長官は深刻な面持ちになり口を開く。

「あれらは我々にシロウサギの出現を予測し起こりうるであろう惨劇を語った張本人であるからです」


「語った、だと?」

「ええ」

驚きを浮かべたルドナル達世界各国の国防長官を前にミコト長官は静かに頷く。

「私も詳しくはわかりませんがあれら……天使達は未来の事象が予測できる手段を所持しているのです」

「天使……だと??」

「ええ」

ミコト長官は先程よりも顔を険しくさせ、頷く。

「あれらは自らを神の啓示を伝える『天使』だと呼称しているのです」

「ふんっ。くだらない戯言だな」

ふっと鼻から漏れ出た息を隠し切れぬ素振りを見せながら二人の会話へと入り込んだルーシェンコは笑みを浮かべる。

「ごもっともです」

ミコト長官は申し訳が立たないというかのように画面に移る長官達へ向けて目を伏せる。

「しかし、我々はあれらの無茶ぶりを無理にでも聞かなければいけない、いや。聞かざるを得ない理由があるのです」

「理由?何だねそれは?家族の命でも脅されているというのかね?」

「いいえ。もっと恐ろしい事実です」

「どういうことかね?」

悩まし気に眉を動かすルーシェンコを目線で捕らえながらミコト長官は息を大きく吸い込み恐怖を悟られないように全身に力を籠める。

「それは天使一人一人がシロウサギと同等の力かそれ以上の力を所持しているということです」



「天使たちは皆、普段は人類に友好的ですが下手に機嫌を損ねてしまえば人類側が絶滅しかねない力を持っているのです」

ミコト長官が吐露し終えるとと騒がしかった室内の声は徐々小さくなり視線が一気に一か所へと集まる。

「ミコト君。君は天使とやらに言葉だけで踊らされてはないか?」

突き付けられた真実を信じがたくはないと言った神妙な面持ちでになりながらもルーシェンコは言葉を重ねる。

「仮にそれが事実としてではなぜ天使はシロサギ討伐を我々世界連邦に委ねる?自らの手で行えばいいことを秘匿性を理由に他者に行わせるのはよっぽど力に自信がないのかね?第一、君は実際に天使の力を目にしたことがあるのか?予測とやらも今回だけがまぐれで当たっただけで」

まくしたてるように早口で話すルーシェンコの声だけが静かな室内に響き渡っていく。

「少し昔話をしましょう」

ミコト長官は自身の指の隙間からかすかに冷や汗が流れ出てくるのを感じながらゆっくりと口を動かす。

「私がまだ連邦の一兵士として所属していた時の話です」

一言一句発するごとに震えだす唇をどうにか気力で押さえつけながらミコト長官は懐古する。その雰囲気に、語り掛けるその背に静まりかけていた男達の視線はおろかまだ何か喋りかけようとしていたルーシェンコまでもが呑み込まれていく。

「当時世界連邦は発足の引き金となったある機関の残党を根絶するために世界各国へ赴いていました」

そこまで言い終えたところでミコト長官は息を大きく吸って吐きだす。

「機関の名はNoviceElectedNationalOrganization 通称NENO。詳細は今は関係がないので省きますが、国際規約に違反した彼ら一団と我々世界連邦は数年にわたり各地で激戦を繰り広げていました」

思い出したくないことを無理やりにでも想起させるようにミコト長官は顔をゆがませる。

「あくる年のことです」

ミコト長官の発したその声にその背後にいたソークとオノも眼前にいる旧軍からの上司同様に顔をゆがませる。

「アフガニスタンにてNENOの主要人物が確認されたとの情報が現地諜報員から舞い込み、我々は大規模な奇襲作戦を試みました」

ミコト長官は視線を地面へと向け、焦点をある一点へと絞る。

「しかし、どこからか情報が筒抜けになり、我々がやってくることを事前に把握をしたNENOは逆に奇襲をかける形でNENOの関係者の潜伏先とされた建物へと侵入した我々に向け爆撃を開始しました」

ミコト長官は自身に気合を入れるかのようにもう一度深く深呼吸をする。

「ここから先は、想像に難くないでしょう。突如として爆撃を受けた連邦軍はその時点で大隊の6割を失い、壊滅状態。運よく生き残った我々も時間が経つほど動ける者が減っていき降伏せざるを得ない状況に陥りました」

自然と机の上に両の手の肘を置いていたミコト長官の指先が震え始める。

「その時です」

ミコト長官は目を見開き、その表情は当時の残響を思い出したかのように恐怖に包まれたものに変わる。

「とてつもなく大きな光が我々の視界を覆いました」

淡々と今まで語ってきた男の声が絶望に浸り震えが混じり始める。

「視界をくらませていた光が途絶え次に私が目を開いた時には我々を取り囲んでいたNENOの兵士は灰となり辺り一帯は焦土と化していたのです」

男の独白にその場にいる誰もが目を丸くさせ固まる。

「何が起こったのかわからなかった私は火の海の中を必死に瓦礫かき分け、仲間の名前を叫びました」

今はもう傷跡一つすら残っていない手をミコト長官は見つめる。

「懸命になって探す中、何人かの仲間が見つかったところで我々の目の前に一人の小さな少女が現れました」

まだ明るい空へと舞い上がる黒い灰と焦げた匂い。呆然と佇む男達の前に燃え盛る炎の中から火傷一つ覆うことなく現れた少女をミコト長官は脳裏に浮かべる。

「その少女こそが天使だったのです」


「そこから我々と天使の関係は始まりました」

呆気にとられ静まり返る室内でぽつぽつと独り言のようにミコト長官は呟く。

「天使はまるで全てを知っているような素振りで次々に信託と称し我々へとNENOの残党がいる場所を開示していきました。 最初は半信半疑だった上層部もその予想が確たるものへと変化していくのにつれ次第に反発する声は小さくなっていき、いつしか我々にとって天使はいなくてはならない存在へと昇華していったのです」

拭いきれぬ歯がゆさを振り切るようにしてミコト長官は足早に息継ぎをする。

「そうして天使との関係が始まった数年後、今から5年前にNENOの幹部を捕らえ事実上の組織壊滅に成功しました。その功績により世界連邦は世界各国の治安維持部隊として名声を獲得し現在に至ったのです」

独白がいったん区切られ、ミコト長官はんんっと咳ばらいをする。

「しかし、計十数年に渡る長い戦いが幕を閉じ、安息を得たのも束の間。天使は次なる『信託』を我々へと告げてきました。それがNENOの研究施設から逃げ出した個体、シロウサギを捕らえることなのです。長くなりましたが何故天使はシロサギ討伐を我々に委ねているのかという質問の答えをお教えしましょう。それは天使たちはその力が強大すぎるが故。一度行使してしまえば辺り一帯が灰になりかねないほどの力を所持しているからなのです」

皆が目を見開け口を開け唖然とする中、ミコト長官だけがただ一人口を動かす。

「とはいえ天使側も今現在の我々の戦力ではシロウサギと太刀打ちするのは難しいと考えたのか、ある戦力兵器を我々へ提供してきました。その兵器とはNENO根絶の過程で天使達が回収した生物兵器のサンプル。強化個体なのです」


「失礼……これ以上話すと本題がずれてしまうので話を黒煙についての詳細にもどしましょう」

水を打ったかのように静まる室内にミコト長官の通る声だけが響き渡る。

「要点だけを纏めると我々は今画面に映し出されている写真からアンプル瓶の中に入っているものが何者かの力により作成されたものだと断定しました。よって我々はこの数日、黒煙を操る者の正体を掴むことに心血を注ぎ、あらゆる手段を用いてシロウサギを中心にレオ・ニワ、リナ・ハチガミの観察を行いました。その結果、とある新事実が浮かび上がってきたのです。オノ、次のものを頼めるか」

ミコト長官が鋭い瞳を背後にいるオノへと向けるとオノは了承したように頷く。

「ご覧いただいているのは、シロウサギがこの数日間三十分以上滞在していた場所を衛星写真上に点としてあらわしたものです」

ミコト長官は画面上に映し出された一枚の写真を咎めるような目つきでながめる。

「赤の点は3時間以上、黄色の点は1時間から3時間、緑の点は30分~1時間。それぞれシロウサギが留まっていた時間になっています。見て分かる通り赤で示した点は一か所のみ、この場所とは即ちレオ・ニワの拠点です。だがしかし時折その拠点から散らばるようにしてぽつぽつと黄色や緑の点が点在しているのがわかりますかな?実はこの赤以外の点こそが我々が現在焦点を当てて探っているもののヒントになっているのです。オノ、次のものを」

また静かにオノが頷くと今度は緑や黄色の点の側にそれぞれ数枚の写真が現れる。「こちらの写真はその点の実際の写真です。我々はここにある共通点を見出しました。その共通点とは、決まって影が存在する場所であるということです」


「次いでこちらの映像をご覧ください。これは偶然にもシロウサギの後を追っていた探知型サーモグラフィーが残した映像です」

ミコト長官の声を追うように一同は画面を舐めるようにして眺める。映像はシロウサギが陰の前で茫然と立ち尽くした後、しばらくしてシロウサギが立ち去るものであった。

「シロウサギが消えた後、陰の部分に注目していてください」

ミコト長官が言い終えるや否や、シロウサギがその場を退くと同時に陰から真っ赤な熱が発され次から次に、並んだろうそくに順に火をつけるようにしてその熱が陰からまた別の陰へ移動していき遠くへ消えていく。

「どういう理屈かはわかりませんが見えない何かが陰から陰へと移動しているのように見て取れはしませんか?」

ミコト長官の問いかけに全員が賛同をするように静かに頷く。

「現状シロウサギ達を含めた強化個体のような突然変異体は一個体につき一つまでしか能力を確認できていません。このことからこの熱を持った影が何らかの力を持った強化個体と仮定すると黒煙を作った個体とは別個体である可能性が高いと我々は見切りを付けました」

さざ波が立つように中央制御室のスクリーンからまた驚嘆に満ちた声が少しずつ聞こえ始める。

「結論から申し上げますと、煙の人物の実態が一寸も掴みきれない以上陰から陰へと移動するこの個体をターゲットにし捕らえることをたった今我々は決断しました」


たった今だと?


ミコト長官の放った一声にさざ波だった声は徐々に纏まりとなり不満一色の喧騒へと変化を遂げ始めていく。

「ご説明いたします」

喧騒がざわめきとなり各々の思考が四方八方へと霧散し始めたところで万全を期したかのようにミコト長官の代わりにソークが口を開ける。

「先に申し上げた通り我々は数日間の偵察の結果から陰の個体は定期的にしか姿を現さずシロウサギと影を媒介にし接触している可能性が高いと推測しました。また、つい先ほどのザラとの一戦でシロウサギがザラの操る人間に囲まれた際テレポートをしたかのような現象が確認されました。これに関して局員が事前に各個体へ取り付けていたカメラを調べ上げた結果、シロウサギは陰から突如として這い出てきた手に引きずられ床に沈んだかのようにその場から消え、数分後に数百メートル先の地点へ現れたとのことです。このことから陰の男には明確に実態があるのではないかと我々は結論付け、これを利用して作戦を想起することといたしました」

画面越しの声が慌ただしさをまた増し始める中素知らぬ顔でソークは続ける。

「作戦の具体的内容としてはシロウサギが捕獲対象と接触を図る際に探知型サーモグラフィーを利用して陰の追跡を開始。平坂市一帯を四つの区画で区切り、影を落とす建物や路地裏、ありとあらゆる場所に兵を配置し、一区画ごとに一個体、強化個体を配備。シロウサギと対象がある程度離れた時点で全ての影にライトを照射し現れた対象を捕獲するといったものです」

「待ちたまえ」

ソークの話を聞きそれぞれが考えに耽り静まり返る室内で渋い顔になっていたルドナルが声を上げる。

「作戦内容とその理屈は大方把握したのだが影を日の下にさらすだけで対象が現れてくる保証はどれくらいあるのかね?」

「はっ!!」

鼻から勢いよく空気を全身に送り込んだソークは胸を張る。

「誠に僭越ではありますがこの作戦は潜んでいる影を一瞬でもなくすことで能力が一時的に解除されるという推測を前提とした作戦であるが故に保証はなく、全てが賭けになります。悲哀すべきことに我々も賭けに出ないことには奴らと対等に渡り合う術を持たないことは事実です。しかしここはどうか、何卒ご理解をいただきたく存じます」

確証のない発言を引き金に途端に室内は空気で満たされた肺のように不満が膨張した声が響き渡る。だが、ソークの意思は揺らぐことなくまっすぐな瞳で画面に映る男達を捕らえたまま一心不乱に声を張り上げる。

「本作戦は賭けではありますが失敗は絶対に許されません。そのことを鑑みるに現時点で稼働できる全個体総出で人類の為、全力で挑む所存であります」

野次が飛び交う中、ソークの放った強者であるが故の勇猛果敢な一言は顔の周りを飛び交い続ける蚊にも似た不愉快な声を黙らせる。

「ソークよ」

覇気に気圧された室内でそれまで考え込むように耽っていたミコト長官は真後ろにいる男に目を配る。

「決して手を抜くことなく遂行せよ」

「ラジャー!!」

滞った室内で唯一ソークの声だけが周囲を轟かせ天井を揺らした。

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