第一章 四幕

「国防長官の皆様方、お初にお目にかかります。ミコト局長よりご紹介にあずかりました本作戦に置いて指揮をとらせていただきます強化個体識別番号00 ソークです。以後、お見知りおきをお願いいたします」

ざわめきが飛び交い続ける世界連邦中央制御室内。最敬礼を大型スクリーンへ施し、通る声で男は呟く。

「待て。色々と聞きたいことが山ほどあるがその、ソークとやら強化個体……といったな?」

自身の眼前に手を伸ばし何かを制するような仕草を見せながらロシア国防長ルーシェンコが言う。

「はっ!その通りでございます」

最敬礼を解かず体制を維持したままソークは険しい瞳を一切動かすことなく画面にいる男を見つめる。

「まずは、だ。我々は今回の八神家の件もあり、強化個体の在り方についてもう一度定義する必要がある。ソークよ。我々貴様ら強化個体において人類とはどのような存在であるのか、述べたまえ」

「はっ!」

ソークは額に構えていた指先を下ろして最敬礼を解いた後、両腕をピタリと迷彩柄のズボンに合わせ口を開く。

「我々、強化個体にとって人類とは我々を生み出した崇高なる存在であり、我々は人類に与えられた力を行使しその大ある恩に報いなければいけない、と私は考えております」

「ふむ。よろしい。ソークよ、休んでいいぞ。では次の質問へと移ろうか」

ルーシェンコは短いため息を付いた後自身の目の前にある机で指を組む。

「君の能力はなんだね?」

「はッ!」

ソークは閉じていた足を開き両手を後ろへと回す。少し間が空き、前方にいるミコト長官が目配せをしてきたのを確認した後、ソークはその豊満な大胸筋に力を入れて胸を張る。

「私の能力は全身の筋力の強化であります!」

「全身の筋力の強化……?具体的には?」

「はっ!」

ソークは力いっぱい鼻から息を吸い、全身に吸った空気が澄み渡っていくイメージを灯す。

「御覧の通りッ」

そう言っている内にも元来筋肉質であったソークの体はみるみると筋力を更に帯びて大きくなっていく。

「私の力は深く息を吸ってから約3分間の間、体内の筋繊維の密度が高くなると同時にそれに合わせて全身が肥大化する能力です。この力を行使している間、数字にして常人の約10倍ほどの力を出力させることが可能です」

「おおっ。素晴らしい。素晴らしい力ではないか!ソークよ」

パチパチパチ、とルーシェンコが拍手をするのを皮切りに次々と画面越しからは感嘆の声と共に拍手喝采が響き渡る。

「身に余るご評価を頂き、光栄であります」

休みの姿勢を解きソークは再び画面へと向かい最敬礼をする。

「それで今回の作戦、君が主導で決行すると言っていたがどういった内容の物なのかね?」

拍手がちらほらと止み始めた頃、堰を切らしたかのようにせわしなくアメリカ国防長 ルドナルが手を上げて声を出す。

「はっ!」

画面越しのルドナルへと視線を合わせ、敬礼をした後再び両手の指先を迷彩柄のズボンに真縦に刻まれたラインに合わせソークは胸を張る。

「本作戦では強化個体識別番号04 ザラを投入した後に平坂市一帯を大勢の人間で包囲。その後敵の能力、主にリナ・ハチガミについての情報収集を行う、といったた内容のものが本作戦の主旨になっております」

「ま、待ってくれ」

なよなよとこの場にいる誰よりもか細い手を上げ、フランス国防長 レジムが口を開く。

「レジム様、どうぞ」

ソークの隣にいるオノが掌をレジムのいる方へ差し出すとほっと息をつかせレジムは言葉を出す。

「そ、ソーク君、君は実地へは赴かないのかね?」

「はっ!誠に恥ずかしながら私はミコト局長と同じくしてこの世界連邦中央制御室からザラへと指示を出す予定であります!」

「そ、それは何故だい?君がいてサポートをしてやれば事が上手く運ぶのではないのかね?第一、これまでやられた強化個体は皆単独で挑んで奴らの返り討ちに合っている。同じ轍を踏む行為になりそうな気もするのだが……」

「はっ!恥ずかしながら、先の強化個体の不慮行動につきまして皆様にご心労をおかけさせていることをこの場にてお詫びさせていただきます」

ソークは画面に向かい丁重に頭を下げる。

「ですが、ザラの能力の特性を加味した上で我々のような他の強化個体を同時に運用してしまうと弊害が訪れてしまう可能性が大いにあると判断し、本結論に至ったところであります。また万が一予期せぬ事態が起こらぬよう、必要な情報を得次第ザラは直ぐに場から撤退させ次点の作戦、大規模討伐作戦に備えさせる予定です」

「強化個体04 ザラ……と言ったかそこまで君が信用を置いている強化個体の本作戦におけるメリットとは一体どのようなものなのかね?」

レジムがまだ何か言おうとした時、横やりを入れるようにしてルーシェンコがソークへと語り掛ける。

「はっ!」

地面に向かわせていた頭を少しだけ上げソークは自身に語り掛けてきた男の姿を捕らえる。

「先に対峙させたアデリ―やミナミのような力押しの戦力ではやつらの技術力に押される。かと言ってワタリアのように緻密な炎を操る能力を持つ人間でも数で気圧される。ならば圧倒的な数と対峙せざるを得ない状況を作り、かつその細かな技術力で避けきれない障害を作ってしまえばいい。ザラには私や他の強化個体ができないそれをやってのけれる能力があります。故に本作戦に置いてザラは核となる唯一無二性を兼ね備えた強化個体である、というのがザラを投入するメリットである、と私は考えます」

「成程、君の言いたいことはよくわかったよ。そこまで言うのであるのならば私達も文句は付けない。上手くやりたまえよ」

「はっ!ありがとうございます!」

ソークは再び地面へと瞳を向かわせ頭を下げる。

「して、厚かましいお願いではございますが、本作戦に置いて実は栄えある実力を持った長官方の力を少しお借りしたく存じます」

「ふむ。いいだろう。だが、謙遜はよしたまえよ君。我々は国の民意を代表してここに居るのだから偉くもなんともないのだから。で、その『お願い』というのは何だね?」

「はっ!」

リミットが過ぎ、肥大していたソークの体は膨らんだ風船がしぼんでいくようにみるみると小さくなる。

「本作戦の犠牲となる価値を持つ人間を少しばかり拝借せてい頂きたいのです」

大きさが変わっても相手の敬意を一切怠ることなく、だがしかし静かに燃ゆる闘志を瞳の奥に宿らせソークは頭を下げた。


「りな。洗濯物は洗濯機に入れたらきちんと干すまでがルールだぞ。あと皿をちゃんと洗え、ごみはその場に置かずにきちんとごみ箱に捨てろ」

「へいへいへい。ったくうるせぇなぁレオは。女みてぇにぐちぐちぐちぐちよぉ」「お前も女だろうが」

「わかった、わかった。私の負けだやりゃいいんだろ。やりゃ」

よっこらせ、という掛け声と共に先程まで畳部屋で横向きに寝ていたりなは立ち上がる。

「まずは、お前に貸してる二階の部屋から掃除しろ。何で住み始めて経った数日であんなゴミ屋敷みたいに菓子袋と化粧品が散乱してるんだ」

ほれとレオはりなに所持しているごみ袋で一番大きな45lのゴミ袋を渡す。

「ばっっ!!!レオお前勝手に私の部屋入ったのか?」

ゴミ袋を受け取るや否やりなは顔を赤く紅潮させ、自身の体を両腕で覆う素振りを見せる。

「勝手に何も最初から俺の家の部屋だ。あの部屋の中にいるもんあったからりながいない時に入ったんだよ。悪いか?」

「『悪いか?』じゃねぇよ!!!プライベートっつうもんがあるだろうが!!!乙女の園に勝手に立ち入ってんじゃねぇよ」

ばかやろう、とりなはレオに向けて中指を立てる。

「す、すまねぇ。そんな怒るとは思わなかった。そりゃあ、悪かったな……」

レオは今にも泣き出しそうな顔をしているりなへ向けて申し訳なさそうに手を合わせる。

「ぃゃ、別に……散らかしてたのは私が悪いしさ、そりゃあ……」

恥じらいを隠すようにりなは自身の前髪を何度かいじる。

「んぁあああああああもう!!らしくねぇ!!!むずむずする!!アタシ、ごみ集めてくる!!それで痛み分けだ馬鹿野郎!!」

大声で吠えながらりなは二階へと階段を上っていく。

「変な奴だな……」

次からはきちんと本人に確認を取ってからにしよう。レオはもう一枚ゴミ袋を取り出し畳部屋に散らばった散乱物を片付けようとする。

「レオ」

レオが畳に落ちているポテトチップの袋を持ち上げゴミ袋に入れようとした時、背後から大きな影と共に籠った声がレオの耳へと届いた。

「うわっ!シロかよ。びっくりした~どこ行ってたんだよ?」

「りなとレオが言いあってる時くらいからここにいたぞ。驚かせてしまったのならすまない」

巨大な影の正体、シロウサギは前方にいるレオへ向かって丁寧にお辞儀をする。

「いいって。いいって。それより何か用か?」

「ああ」

コクリとシロウサギはレオへ向けて首を動かす。

「俺に何か手伝えることはないか?」

「手伝うこと……?」

「ああ」

もう一度、シロウサギはレオへ向けて深く頷く。

「先程のりなへ命令したように俺にも何か命令してくれれば手伝うのだが」

「ああ、手伝うってそういうことか」

「どういう意味だと思ったんだ?」

「いや、なんでもねぇ。シロが言うからなんか難しいことかと思っただけだ。ほんじゃ、なんか手伝ってもらうか」

「任せろ」

なんでもできるぞ、と得意気にシロウサギは頷く。

「じゃあ、この部屋掃除しといてくれ。俺はキッチンで洗いもんしてるから」

「了解だ」

レオの不安も微塵に感じさせない動きで早速シロウサギは掃除機のコンセントに手をかけ、掃除をしようとする。その姿を見て安堵してレオはキッチンへと赴こうと足を後ろへと翻そうとする。だがしかし、レオが僅かに体を後ろへと向かせたタイミングでレオの視界は信じられないものを捕らえた。



「レ”、レ”オ”」

レオの視界の端で掃除機のコンセントを手に持ち、ブルブルブルブルとシロウサギの体は震える。

「お、おい」

どうしたんだよ、とレオが言いかけた拍子にタイミングよくドタドタドタと地響きのような低い音が階段から聞こえる。

「ゴミ!全部袋に入れ切ったぜ!!」

階段を上り終え、ふぅっと右手で額を拭い自慢げにりなはレオ達へと向けて胸を張った。

「おお!!凄いな!!やるじゃねぇか!りな!!」

興味の関心をりなへと切り替え、レオは期待に満ちた瞳をりなへと向ける。

「だろだろ~もっと褒めてくれてもいいんだぜ」

ほれほれ、とりなはさっきよりも胸高らかに姿勢を正す。

「普段からこれやってくりゃ、文句ねぇのにな」

「うっ……それは……」

唐突に何かを失ったかのようにシュンとりなは猫背気味になる。

「っま!今できてるからいっか。すまんシロ。ほいじゃこれゴミ捨て場に捨ててきてくれ」

頼むわ、とりなからゴミ袋を受け取り、レオはシロウサギに菓子袋や化粧品が詰まりに詰まった袋を渡そうとする。だが

「レ”、レ”、レ”、レ”、レ”オ”」

ブルブルブルブルブル。シロウサギは先程よりも小刻みに体を震わせながらレオの持っているごみ袋へと手を差し伸べようとしていた。

「そうだった!!完全にりなと話し込んじまった!!シロどうしたんだよ!?おい、シロ?」

レオがシロウサギの体へと触れようとすると、ビリビリビリと言う音ともに手先から鈍い痛みを伴ったなにかがレオの全身を駆け巡る。

「な”に”こ”れ”」

痛みに耐えきれず反射的にレオはシロウサギの体を離してしまいその場に倒れこむ。「だーっはっははっはっはっはっはは!!」

その様子を見て耐え切れなかったのかりなは声を上げながらシロウサギとレオを指さし、満面の笑みを浮かべた。


「り”な”、」

若干まだ掠れた声で床へとしゃがみこんでいるレオはりなへと顔を向ける。「お”ま”え”の”い”だずら”か”??」

「違う違う、違うって。私じゃねぇよ。うぷっ。だーっはっははっはっはっはっはは」

腹筋が限界を超えたのか瞳から浮かばせた涙をりなは手で拭う。

「はぁ、ふぅ、ふぅ。ようやく落ち着いた」

散々に笑い終えたりなは痛みに悶絶し畳へと土下座をしているしている男と未だコンセントと手が繋がっている男を見る。

「二人とも、感電したんだよ」

「かん……でん……」

「お”、お”、お”、お”そ”ら”く”お”れ”も”そ”う”だと”お”も”う”」

レオは辛うじてりなへと顔を上げながらシロウサギはブルブルブルブルブルと体を震わせながらそれぞれ呟く。

「おうよ」

腰に手を当て、りなはさも自身があるように話し始める。

「ウサギの体は氷でできてるだろ。そんで氷は溶けたら水になる。常温でもウサギの体はほんの少しずつだけど溶けてるんだよ。だから、コンセントを電源に差し込んだときに僅かだけど水と電気が触れ合ってしまったウサギは感電した。次いで言うとそれを助けようとしたレオも感電してるウサギの体を引っぺがそうとしたからウサギに帯電してた電気がレオの体に飛び移っちまったってワケ」

これは予想だけど、とりなはまた思い出したかのようにケタケタとニヤつく。

「じゃあ……シロは……どうしたら……いいんだ?」

痛みをこらえるようにしてレオは体を震わせながら辛うじて首を傾げる。

「簡単だぜ」

そう言うなりりなは少しばかり後ろへと下がりシロウサギと距離をとる。

「こうすりゃ!剥がれるんだよ!!」

そのままりなはシロウサギへと走り込み、弾みをつけその体へとドロップキックをした。



「すまない。迷惑をかけたな」

「いいの、いいの。困った時はお互い様だぜ。それに面白いもんも見れたしな」

ぐっとりなは笑顔でシロウサギに向けてサムズアップをする。

「お前ら……マジでいい加減にしろよ……」

ぜぇはぁ、とレオは肩で息をつかせる。

「んで結局アタシら何しようとしてたんだっけ?」

「あ~えっと何だったっけな……」

りなとレオは首を傾げ、記憶を呼び起こす素振りをする。

「俺がそのゴミ袋を捨てに行くのではなかったのか?」

「ああ!」

「確かに。そんな感じだったな」

ほいじゃ、頼むわとレオはシロウサギに菓子袋や化粧品が詰まりに詰まった袋を渡す。

「勿論。今度こそ達成して見せよう」

それを受け取るなりのそのそとシロウサギは歩いて玄関の扉を開いて家の外へ出ていく。

「アタシらは何やっとく?」

シロウサギの後姿を見届けながら、りなは仁王立ちをする。

「とりあえず、そのコンセントをどうにか入れねぇとな」

レオは薄ら笑いを浮かべ、地面へと野垂れ落ちているコンセントを見やった。



数分後。

「おっしゃ!!ピカピカになったぜ!!」

「ったくヒヤヒヤさせやがって」

ふぅ、とため息を付きレオとりなは畳へと座り込む。いつもよりも丁寧に掃除をしたお陰か廊下や畳は塵や埃一つなく一点の曇りなく輝いていた。掃除が落ち着き、二人がしばらく、談笑しあうこと更に数分。

「レオ」

という声と共にガラガラガラ、と玄関の扉が音を立てながら開きシロウサギが帰って来る。

「ミッションコンプリートだ」

二人の座る畳部屋に現れるなりシロウサギはぐっと右手の親指を立てた。

「シロ、ありがとな」

「やったぜ!ウサギ!」

いえーいとりなはシロウサギに向けてハイタッチをする。

「ま、ここ座れよ」

のそのそとどこかへ歩き出そうとするシロウサギに向かってぽんぽんとレオは自身の隣を手で叩く。

「ああ、すまないな」

シロウサギは大きな体を動かし、レオとりなの間へと座り込んだ。


「そういえば、さっきゴミ捨て場で隣人と初めて顔を合わせてきた」

「ああ、お隣さんか」

「ああ。多分な」

コクリ、とシロウサギは頷く。

「あそこ一人暮らしのおばあちゃんなんだよな。婆ちゃん元気そうだったか?」

「婆ちゃん……?それは御老体の意味であっているのか?」

「ああ、他に何がいるんだよ」

「俺が会って話したのはそいつではなかったぞ」

「婆ちゃんじゃなかったのか。ほんじゃ、その隣の御夫婦だな。最近赤ちゃんが生まれて旦那さん、筋トレ始めたんだよ。俺も筋トレ趣味だから結構話盛り上がってさ。プランク何分できる~とかジム行った時、ベンチプレスどこまで上げるかとか話したりしてさ」

「そいつでもなかった」

うん?とレオは不思議そうに首を傾げる。

「じゃあ、その隣の~」

「そいつでもない」

「じゃあ向かいに住む~」

「そいつでもない」

「じゃあ~」

「そいつでもない」

「嘘だろ!?じゃあ俺の知らねぇ人か!?最近越してきた人かもな……他に誰かこの周辺でゴミステーション同じの人いたっけ……」

レオとシロウサギ。二人が互いにままならない押し問答を繰り広げていると、

「ちょっと待てよ」

今度は不思議そうな面持ちでりなは二人を見つめる。

「ウサギ。お前その人に姿みられてもなんとも思われなかったのか?」

「ああ。ごく普通に挨拶されたな」

「それってなんか変じゃねぇか?」

「何が?」

いたって普通だろ、と言わんばかりにレオはりなへと首を傾げる。

「アタシらは日常でウサギを見慣れてるけど、普通の人間が初見でウサギの姿を見て驚かないなんてことあるのか?」

「あ……そりゃ、そうだ……そうだったわ」欠けていた何かを思い出したかのようにレオは眼光を開く。

「おかしいな、どうしてだ?いや待てよ、それどころか……」

レオは右手の人差し指をあごに乗せ何か閃いたようにりなとシロウサギへと目配せをする。

「なんで今、ご近所さんなんているんだ??」


「対象、平坂市への輸送が完了し、現在作戦進行中とのことであります。現在フェーズ1を突破とのことです」

「うむ。よくやった」

無線越しに聞こえる声に満足が言ったかのようにソークは深く頷く。

「上手くいっているのか?」

「ええ」

緊迫した面持ちで話しかけるミコト長官に向けソークは自信ありげに頷く。

「先程しかけた餌の一人が対象と接触したようです。現地からの情報によるとその出で立ちから接触したのは個体名 シロウサギの可能性が高そうです」

「シロウサギ……して奴の反応は?」

「はっ!それが……」

ソークが何故だか言葉を選ぶように悩んだ後首を横に振りミコト長官へと姿勢を正す。

「……大きな袋のような物を運んでいたようです」

「大きな袋、だと?」

「はい」

悩まし気に眉を顰めるミコト長官に対しソークは言葉を続ける。

「袋の中身を調べたところ、中には携帯食料の袋や化粧品等の日用品が入っていたそうです」

「点でわからんな。一体どういうことだ?」

「私も想像だにできません。現在調査中とのことです」

「わかった。ではその話はまた後で報告を聞いてからにしよう」

「はっ!了解いたしました!では、ミコト長官」

「ああ。次の段階に移行したまえ」

「はっ!」

ソークは軍服の胸ポケットにしまった無線を取り出し口元にそれを充てる。

「本部より通達。本部より通達。作戦進行に不具合なしであることが確認されたし。全隊員、次のフェーズへ移行せよ」

「ラジャ―。フェイズ2へと移行を開始する」

無線越しに低めの女性の声が聞こえた後プツン、と言う音が鳴り無線が途切れる。「順調にこのまま進んでくれるでしょうか……?」

ソークがまた無線を使い、遠方にいる実地部隊と会話をしている間、ミコト長官の背後でぽつりと秘書のオノが不安げに呟く。

「イレギュラーは必ずつきものだ。その前にいかに準備をしておけるかどうかがこの作戦の、そしてこれからの作戦の鍵となる。我々が今ここでできることは彼らを信じ、そして次につながる情報を何としてでも見つけ出すことしかあるまいよ。だから胸を張って見続けようるとしようではないか」

ミコト長官は普段よりも幾分優しい瞳を一瞬だけオノへ向けた後、また画面を真剣に見つめる始める。さあここからが正念場だ。頼むぞ。心の中で祈りながらミコト長官は机の上に置いた手を静かに組み直した。


「まず、そもそもの話なんで人がここにいるんだ?立ち入り区域になってるはずじゃないのか?」

レオは首を左右に動かし自身の正面に座るシロウサギとりなを見やる。

「なんかわかんねぇけど、解かれたんじゃねぇの?」

「いや。そんな話仲間からは聞いてはいないな。ここはまだ連邦の人間以外立ち入り禁止のはずだ」

「じゃあなんでウサギは人の姿を見て疑問に思わなかったんだ?」

「はて何故だろうか……言われてみるとあの人間に話しかけられた時何か頭に靄が掛かったような感覚に包まれた気もするな」

「なんだそれ?催眠術でも掛けられたのか?」

「連邦の人間だったら心当たりがあるな。もしかすると奴の仕業かもしれん」「奴?」

「ああ」

シロウサギはコクリと頷く。

「奴の名は……」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょいストップ」

レオは正面にいる二人に対し両手を目いっぱいに広げ待ったをかける。

「んだよ、レオ?」

「どうした?」

「わりぃ。次から次に新しい情報が入ってきて脳みそこんがらがってきちまった。一旦一つずつ整理させてくれ」

スウッとレオは深呼吸を一度した後、真剣な面持ちで右手の人差し指を立てる。

「じゃあいこう。最初にシロ、教えてくれ。お前が会ったっていうそのお隣さんらしき人。どんな顔立ちだった?年齢でも見た目でも何でもいい教えてくれ」

「ああ。了解した」

深く頷いた後、シロウサギもレオを真似るかのように右手の人差し指を立てる。

「肌の色は真っ白。髪の色は金髪。年齢は人間で言うとこの二十~三十歳前後で細身の体だったな」

「おいおい嘘だろ……」

シロウサギが言い終えるや否やレオは顔を青ざめさせ体を硬直させる。

「そんな人近所には絶対いねぇ……少なくとも髪を金髪に染め上げるようなチャラい見た目の人間はここらには一人も……」

「おいおい。なんでんなこと断言でくるんだ?」

「だってここら一帯に住んでいる人間は皆気前のいいご老人や落ち着いた身なりの若いご夫婦ばかりで……うっっっつ……」

「答えになってねぇっつんの。んなもん昨日越してきたとかって可能性も無きにしも非ずだろうが」

「いや、だから……」

うっっっと唸りながらレオは両腕で頭を抱え込む。

「レオ?おい、どうしたんだよ?」

「…………」

心配そうにりなはうずくまり始めるレオの背をさすっていると、

「ピンポン」

「あ”ん?」

「何か鳴ったな」

「家のインター、ホンだ」

苦しそうに膝に蹲った頭をレオは上げる。

「レオ、大丈夫なのか?」

「すまん。いきなり頭が痛くなった。もう大丈夫だ。ありがとな、りな」

「ならいいけどよ。ったく心配かけさせんなよ」

「すまん。すまん」

レオはりなへと両手をこすり合わせ謝罪の意を表明する。

「ピンポン」

「また鳴った」

「鳴ったな」

「ちょっと待て今確認する」

レオは立ち上がり、壁に取り付けられたインターホン越しに外に取り付けられているカメラをみる。

「なんだ……これ……」

「どうしたんだよ?何が映ってるんだ?」

唖然とインターホンの前で立ち尽くしているレオを押しのけ、りなはインターホンへと顔を近づける。

「んだよこれ……」目を見開き恐る恐る立ち尽くしているりなとレオの目が合い、二人は後方で座り込んでいるシロウサギを見つめる。

「どうした?二人とも?」

シロウサギが立ち上がり、二人の背中越しにインターホンを見やるとその四角い小さな映像の中では、肌の色がまばらまばらな数十人に及ぶ外国人らしき集団が身を寄せ合って三人を覗き込んでいた。


ドンドンドンドンドン。

呼び鈴を押すだけでは物足りなくなったのか大勢の人間がレオの家の扉を叩く音がする。

「やべえってこれは」

「どうする、裏口から抜け出すか?」

「抜け出すことができても追ってくるはずだ。迎え撃つしかない」

「迎え撃つってこんな大人数をか?個で圧倒しても数で押されるだけだ」

「だがこのまま待っていても埒が明かない。レオとりなは下がっていろ。俺が出る。二人は奴らがここに侵入するのを見込んで、何が起こってもいいように構えておけ」「歯ァ食いしばれ。レオ。こんなの龍照が見せてくれたホラー映画でしか見た事ねぇけどやるしかねぇ」

「龍照って誰だよ……」

「龍照ってのは私の~」

りながそれ以上何かを話そうとした時、

バンバンバンバンバン

「レオ・ニワ~リナ・ハチガミ~シロウサギハ~イマすか~?」

「ひっ!」

片言の日本語が聞こえ、先程よりも一層りなは顔を青ざめさせてレオの背後へと周る。

「てめぇが一番ビビってんじゃねぇか!!」

「だってよぉ。あんな感じの喋り方でいきなり名前言われたら驚いちまうのが普通だろうがよ。ビビってねぇてめぇらが異常なんだろうが!!」

「逆ギレすんな!!落ち着け。焦ってもやられるだけだぞ」

両足がぶるぶると震えるのを感じながら、レオは廊下の先にいるシロウサギの背中を見る。

「いくぞ」

ガラガラガラガラ、と鈍い音が鳴り、シロウサギは扉を開ける。

「…………」

「…………」

「……………」

ダダダダダダダダ。開いた扉から突如として走り出す群衆と瞬時にお互いの体を抱き合い固まるレオとりな。

「逃げろ!!!!!!!」

その側でシロウサギの咆哮だけがレオの家にこだました。


扉を開けた瞬間。一瞬の合間に目の前の人だかりがシロウサギを押しのけ二人の元へ向かう。

「やばいやばいやばいやばい!!!」

「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!!!」

瞬く間に二人は畳部屋へと赴き、敗れた障子に向かって体を伸ばす。

「何だよあれ?」

「分からん!!兎に角今は逃げるしかねぇ!?」

無事に障子を潜り抜け外へと脱出し、開けた道に出た二人は一目散に均等な方向へと向かって走り出す。

「逃げるたってどこに?それにウサギはどうなるんだよ?」

「あいつなら上手くやれてるはずだ!それに、」

それ以上口を開きかけたところでレオはなんとなく悪寒がし、背後を振り返る。

「野郎!もう目に見えるところまで追って来てやがる!!」

「嘘だろ!?」

驚きの表情を浮かべ、走りながらりなは後ろを振り向く。大通りの歩道を埋め尽くすほど。数にして数十人程の人間がレオとりなに向かって一目散に駆け出していた。


ぜぇ、はぁ、はぁと息を切らし二つの人影が人気のない路地裏へと身を顰める。

「行ったか……??」

「ああ。多分な」

建物の壁へと身を沿わせて祈るようにコクリとレオは瞳を閉じる。

「ひとまずは窮地を脱したってとこか?」

はぁと大きくため息を付きレオと同じく建物に身を沿わせていたりなはへなへなと座り込む。

「いや、むしろここからだろ。シロと分断されちまったし、まだ奴らはここら辺をうろついてるはずだしな。ここも見つかるのも時間の問題だが動けばあの人数だと確実に見つかっちまう」

「問題は山ずみってわけかよ」

「ああ」

「なあ、レオ。やっぱりここは最初にウサギが言ってた通り迎え撃つしかねぇんじゃねぇのか?」

「いや、それは確実に無理だ」

レオは激しく首を横に振る。

「多対一で戦い慣れているシロならまだしも俺達はまだ力を貰い立てのド素人だ。正面からやりあったところですぐにエネルギー切れを起こして数で制圧されちまう。ここは一端逃げ切ってシロと合流してから立て直すのが妥当なんじゃねぇか?」

「だけどよ。ノーリスクでそれを実現させるのって難しくねぇか?力使って一発二発相手のド玉に風穴開けていかねぇと突破できねぇ気がするんだよな。それにこんなにちょこまかちょこまかと数で物言わす奴は気にくわねぇから殴り飛ばしてぇ」「前々から思ってたけどりなって結構男っぽいとこあるよな」

「そうか?昔から家の習い事で武道やってたりしたからちょっと男っ気が入ってるのかもしれねぇな」

がっはっはっはとりなは笑う。

「静かにしろ!!あんまり大きな声出すな。見つかっちまう」

「あ~わりぃ、わりぃ」

「その声ももうちょい音量下げろ」

シーっとレオはしゃがみこみりなの眼前で人差し指を立てる。

「今ので見つかってないかちょっと向こう覗いてみる。りななるべく姿勢低くしとけ」

レオは再び立ち上がり壁に体を沿わせながら、路地裏から大通りへと通じる一本道へと目を配せる。

「どうだレオ?いるか?」

「いや、何にも」

りなの声に触発され自然とレオが隣を振り向こうとした時、何かに引っ張られたかのようにレオは右足から態勢を崩す。

「ぐぇっ」

必然的にりなへともたれ掛る形になりレオは小さく悲鳴を上げる。

「ちょっ!こんな時に!んんっ。レオ、どうしたんだよ?」

「すまん。なんかにつまずいてこけちまった」

「なんだそういうことかよ。大丈夫か?」

「ああ、わりぃな」

レオは立ち上がり、また壁に体を沿わせようとする。だが、

「痛って」

頭部だけを大通りの方へと向けようとしたレオの体にまた何かがぶつかる。

「んだよ次から次に」

「レオ」

「ん?その声は」

聞き覚えのある籠り気味な声に頭をさすりながらレオは上を見上げる。

「シロ!!」

「ウサギ!!無事だったのか?」

「ああ」

レオの眼前にいる巨大な塊、シロウサギは深く頷いた。


「どうやってあそこから抜け出したんだ?」

「何故だかはわからないが、」

一呼吸おいてシロウサギは気まずそうに二人を交互に見る。

「お前達が出て行った後、あの人間の集団はどういうわけか俺を無視して家から出て行ったんだ」

「なっ!?」

「どういうことだよそれ!?あいつらハナからアタシ達3人を狙ってたんじゃなくてアタシとレオを狙ってたってことかよ?」

「恐らくはそうなる」

りなに向けコクリとシロウサギは頷く

「許せねぇ!嘗めやがって。弱いもんいじめかよ……」

興奮気味に大声を出してりなは勢いよく立ち上がろうとする。

「ちょっ!まっ!馬鹿野郎!声がでけぇ」

がるるると今にも吠えだしそうなりなに向かいどうどうとレオは両手を上下させ宥めさせようとする仕草を取る。

「ぜってぇにぶちのめしてやんよ……」

「落ち着け、りな」

「タイショ、タイショ」

「るっせぇな!誰だよてめぇ!!」

怒りに身を任せ、りなは背後へと拳をかざしながら振り返る。

「あっ……」

「ほら!!言わんこっちゃねぇ!!」

「タイショ、タイショ」

「ミツカタ。ミツカタ」

「まずい!見つかった!いくぞ!!」

一本しかない細い道へぞくぞくと雪崩のように人間が押し寄せ始める。

「行くってどこにだシロ?逃げ場なんてねぇぞ!?」

「二人とも俺に身を委ねろ!!」

「「え???」」

りなとレオが顔を互いに見合わせ疑問に思うのも束の間、シロウサギは二人を抱え空へと飛び出した。


「うぉぉぉおおおおおおおおおおおお」

「だぁぁぁあああああああ!!!!飛んでるぅぅぅうぅぅ!!!!」

大勢の人々が空を見上げる中、シロウサギは二人を担いで高く飛びあがる。

「着地するぞ!なるべく衝撃は抑えるが身構えろ!!」

「身構えろって言われたって!!」

「どうしろってんだぁぁぁああああああああ」


バコン、と大きな音が周囲一帯に鳴り響く。


「ぜぇはあはぁはぁ」

「ふぅふぅふぅふぅすぅーはあ。すーはぁ」

「ひとまず安全な場所に降りた。大丈夫か??」

「大丈夫も何も……」

「もう二度とやりたくね”ぇ」

うぷとレオは口を押え喉元から上がってくる濁流を押しとめる。

「それで、ここは、どこらんだよ?」

うぇぇぇえと側でレオが耐え切れず嘔吐するのを見てりなも気分が悪そうに顔を青くさせる。

「さっきいた場所とは然程は慣れていない十字路だ」

「じゅうじろ、あ、ああ。じゅうじろね」

うんうんうんとりなは口元を片手で抑える。

「んで、結局のところあいつらは何なんだ?シロ?」

気分が悪そうに身を屈めるレオの背後でうぇぇぇえと今度はりなが嘔吐する。

「まずは、だ」

シロウサギは人差し指を立てる。

「先程レオ達を追っていたあの人間達、あれらは恐らく連邦の人間ではない」

「連邦の人間じゃない……」

「ああ」

「待てよ。じゃああいつら何なんだ?ひょっとして八神家みたいな連邦に雇われた人達ってことなのか?」

「恐らくはその可能性が高い。奴らの詳細は今俺の仲間が調べてくれている。時期にわかるだろう。そしてもう一つ奴らに関する俺の推測がある」

シロウサギは人差し指を立たせたまま中指を立て数字の二を作る。

「奴らは何者かに洗脳されている、ということだ」

「洗脳……?またどうしてだ?」

「ああ」

シロウサギはレオを見ながらコクリと頷く。

「奴らがレオとりなを追っていた時、奴らは皆波長を合わせたかのように一様に同じ言葉を介しながら走っていた。まるで、その言葉しか反復して話すことができないような素振りで、だ」

タイショ、タイショ。ミツカタ、ミツカタと声を合わせて叫ぶ肌の色がまばらまばらな人間の姿をレオは思い浮かべる。

「確かに……ありゃ、刷り込まれてなけりゃ気味が悪いな」

「そんで、結局アタシたちはどうすりゃいいんだ?」

やや猫背気味にとぼとぼと二人の元へやってきたりなは口元をハンカチで拭き取る。「大丈夫なのかよ……」

「何がよ」

ジロリ、とりなはレオを睨みつける。

「い、いやなんでもねぇ」

「あんま乙女にそゆこと聞いてるとモテねぇぞ」

「胸に刻みこんどきゃす……」

「そうだな。ひとまずはあの大勢の人間が操られて動いていると仮定して動くとするなら大本を叩くのが最優先事項だな。レオ、りな。また二人の力を」

「タイショ、タイショ」「ミツケタ、ミツケタ」「ツカマエル、ツカマエル」

「言ったらお出ましだ」

レオ、りな、シロウサギの三人がそれぞれの位置で振り返ると住宅地の家の中から道の先から次々に人が現れる。次第にそれは道という道を覆いつくし四つの道の交点にいる三人を取り囲むようにして列をなしていった。

「囲まれちまったな」

「ああ」

「おうよ」

いつ向かって来られても万全を期せるように三人は構える。

「レオ、りな」

「何だ?シロ」

「どした、ウサギ」

「さっきの話に戻るが何らかの指示を奴らが受けて動いている以上、大元かそれに準じている人間は恐らくこの近くにいる。お前達二人には今からそれを見つけ出して倒してほしい。頼めるか?」

「おう」

「任せろ」

「退路と進行方向は俺が作る。お前達は走るだけでいい。頼んだぞ」

氷槍、とシロウサギは小さく唱え体の節々から小さな氷を生成する。

「行け!!!」

レオとりなは足踏みを揃える。グレイシャというシロウサギのがなり声と共にシロウサギの正面にいる人だかりに向け二人は走り出した。


「現在、個体名、レオ・ニワ。リナ・ハチガミが作戦本部へと向かっています」

「もう居場所が割れたの?案外早いわね」

無線を片手に持ち、緑の縁の眼鏡をかけた女はポリポリともう一方の腕で頭を掻く。

「了解したわ。連絡ありがとう。後はこっちでやるから大丈夫よ」

「了解。ザラ隊長、ご武運を」

「ありがと」

ザザっと砂嵐の音と共に無線が途切れる。

「さてと」

んんっと即席で作られた自身のデスクで毛伸びをし、作戦本部と書かれた白いテントから強化個体04 ザラは顔を出す。

「一兎追う者は二兎も得ず、よね。やるしかないわ」

ザラは両手を正面に向け何かを念じるように目を閉じる。今戦いたくないのはエネルギーの潮流を掴みつつあるレオ・ニワ。どちらも接近戦に持ち込まれたら勝ち目はないけど私が戦って勝算が高いのはリナ・ハチガミ。連邦から得た事前の情報だと能力が開花したてのリナ・ハチガミは力を行使する際に莫大なエネルギーがまだ必要。力を行使される前にそうされないように力を先に奪い取ってしまえばこちらのもの。レオ・ニワ。目つきが悪いあの男。少し体つきが良いあの男。女性でも化け物でもないその男。そいつを狙いなさい。言葉を変え、表現技法を変え、ザラは心の中で誰かに命令をするように呟く。

「……そう、そう。後は任せるわ。ええ。ええ   …………来たわね」

しばらく時が経過し、両手を下ろしたザラは目を開いて正面を見つめる。


「よう?お前か大将ってのは?」


ザラの願った通り、腰まで髪を下ろし、制服を着崩した赤い目の女がそこに立っていた。


「構えろよ。ちょこまかちょこまか人をおちょくるようなことばっかりしやがって」「……」

黙りこくり自身を見つめる対象に対し、りなは腰を落とし、姿勢を低くする。

「はっ。ビビってしょんべんまき散らしてるってか。たかが知れるぜ。そっちがいかねぇってんなら」

りなはスカートの右ポケットの中から何かを取り出す。

「先手必勝!!こっちからいってやらぁ!!」

対象が目を丸くし驚いた表情を浮かばせていることに優越感を覚えながらりなはその何かを敵へと向け、吠える。

「抜剣 生太刀(ばっけん いくたち)!!」


数日前。

「りな」

「ん?どした、ウサギ?」

レオの家の居間。畳部屋で片肘をついて横に寝転んでいたりなは後方に佇んでいるシロウサギへと首を向ける。

「体は動かせるようになってきたか?」

「おうよ。大分疲労感的なあれもとれてきたぜ」

りなは塞がっていない方の腕をぐるぐると回す。

「ならよかった」

「おう。サンキュな」

りなは嬉しそうに微笑みシロウサギへと親指を立てる。

「りな」

「ん?どした?」

「少し話をしてもいいか?」

「話?いいぜ!どんな話だ?」

「お前に与えた力についての話だ」

「おお!!それは是非聞きたいぜ!!」

りなは顔色を変え、ようやく立ち上がる。

「よしっ聞く準備は万全だぜ!」

両手を腰に当てふん、とりなは胸を張る。

「わかった。ではまずはこれを」

シロウサギは自身の胸を掴み外殻を覆う氷の一部を削り取る。

「精製」

シロウサギが唱えるとひし形状だった氷はみるみる姿形を変えりなの手にすっぽりと収まりきるくらいの細い筒状の物へと変化した。

「すげぇぇええ!!今のどうやってやったんだ??」

「受け取れ」

興奮するりなの手前、シロウサギはその筒状の物体をりなへと差し出す。

「ありがとな!!大事にするぜ!」

物体を受け取っていない方の腕でりなはシロウサギに向けてぐっと親指を立てる。「にしても貰ったのはいいんだけどよ」

貰った手前、直ぐにりなは筒状の物体を不思議そうに見つめる。

「こりゃ、一体なんなんだ?なんか家にあった刀の柄みたいな感じもしないこともないけど……」

「りなが見たことがあるのも当然だ。なんせこれは俺がりなの深層意識へと潜った時に見た八神家の刀をモチーフに作った贋作だからな」

「へぇええ~そうなのか!これやっぱ家のやつか!!凄いなシンソウイシキってのは」

半ばわかっていなさそうなりなは嬉しそうに刀の柄を上下させる。

「でも、これなんで刀の柄だけなんだ?刃はどうして作らなかったんだ?」

りなは刀の柄を握った右手の掌と甲を交互に見返す。

「それには意味があるんだ」

「意味……?」

「ああ」

どういうことだと言わんばかりに首を傾げるりなに対しシロウサギは確信を得たように頷く。

「この刀の刃はりなが生み出すんだ」

「生み出す……?私が?」

「ああ」

シロウサギはりなが握っている刀の柄の末端からまるで刃があるかのように人差し指で虚空をなぞる。

「りなの力は自身の体内エネルギーを風に還元するもの。風は目では捕らえずらく手で掬うこともできない。だからこの力を自由に操れるようになるまでは相当な時間を要する。そこで風の流れを、自身のイメージをより掴みやすくするためにしばらくはこれを使って欲しい」

「なるほどな」

りなは手をあごに乗せ納得した面持ちで頷く。

「自転車の補助輪、みたいなものか……」

「ジテンシャノホジョリン、とはよくわからないがりなの理解できる範疇で解を得たのならいい」

「でもイメージっつったってどうイメージしたらいいんだ?こう風がぶわってなるとか嵐みたいにぐわわーってなるとか風によってもイメージって結構あんだろ?」

「そうか。それもそうだな……」

珍しくシロウサギはふむと唸り片手をあごに乗せる。

「発生させる風を刀の柄の先、つまるところ本来刃がある場所へ集約させるイメージはどうだ?」

「風を刀の柄に集めるイメージ……うん!うん!いいな!それ!」

納得を得たようにりなは頷く。

「後はそうだな……刀のイメージを脳内で意識させるのに刀に名前を付けるのはどうだろうか?」

「刀に名前……」

「ああ。数百年ほど前、人々の帯刀が許されていた時代では皆刀に名前を付けるのが」

「うん!うん!凄くいいなウサギ!かっけぇ!!らしくなってきたじゃねぇか!!」りなはぐっと身を前に乗り出しシロウサギに顔を近づける。

「刀に名前を付けるとするなら次は必殺技の名前もつけていいか!?必殺技作った方がなんかこうぎゅいーんってイメージが湧いてくる気がする!!」

「あ、ああ。勿論だ。それでりながイメージしやすくなるのであれば構わない」

「おっしゃ!」

喜びのあまり思わずりなは刀の柄を持った右腕を天につきかざす。

「よし!今日からお前の名前は」



「生太刀!!」

時戻り現在。刀の柄を懐から取り出すと共にりなはその名を叫ぶ。生太刀。それは生に縋り付く者を救いとる刀と願い、りなが名付けた名。これ以上自分のような思いをするものを作るべからずと自身へと差し伸べた祈りの手。希しくもその名は日の出づる国最古の文書に刻銘されている大刀の名と同一であった。

「くっ……」

相対する敵に明らかに動揺の表情が現れ瞳が揺らぐ。これなら押し通せる!りなは風を刀の柄に集約させるイメージを脳裏に宿り刃を象ろうとする。

「これで!終いだぁあああああああ!!!!」

右手に何かが集まり、結ばれ僅かな重みが生まれたのをりなは肌で感じ取る。そのまま風の勢いを揺らがすことなく全てを穿つ刃のイメージを頭へと叩き込みながらりなは刀の柄を相手へと向けた。否、向けたはずだった。だが、

「え……」

柄を握ったりなの右腕は動くことなくプラプラと自身の太もも付近で宙を彷徨っているだけであった。

「も一回!!」

右手の中で眠っている柄にもう一度力を籠めりなは右手を相手に向けようとする。しかし、

「な……に……が……」

手は動くことなく、それどころか見る見るうちに体から力が抜けりなは全身を脱力させる。

「ふぅ。ヒヤヒヤしたわ」

りなが全てを諦めたかのように空を見つめる眼前。目の前にいる眼鏡をかけた敵は両手をりなへと向け不敵な笑みを浮かべた。


「そろそろ種明かしをしてくれてもいいのではないだろうか?」

世界連邦中央制御室大型スクリーン。アメリカ国防長、ルドナルは自身の画面越しにいる即ち制御室内にいる両腕を後ろに回し佇んでいる男、強化個体00 ソークに向かって訝し気な眼差しを向ける。

「はっ!勿論であります!」

ソークは片腕を解いて指先を自身の額へと持っていき敬礼をする。

「ご覧いただいている通り」

ソークは額にピタリとくっつけていた掌を裏返し画面へと向ける。画面中央の映像。数々の男達の顔がその縁を彩るかのように囲んでいる側、それは動き続ける。先程まで強く握りしめていた何かを離し空を眺め佇んでいる少女。そしてその正面で両腕を伸ばし右手と左手を交互にそれぞれ逆方向へと回す素振りを見せている女。以上が映像を一目見て伝わる情報であった。

「強化個体04 ザラの能力は人の脳波を掌握し、意のままに操れる力であります」

「んんっ。ソークよ。つまるところこの『ザラ』という個体は人間を洗脳することができる、ということでいいのかな?」

ザラの能力を知り感嘆し、疑問が湧きだし徐々にざわめき始める室内を静まり返らせるようにルドナルが声を張り上げる。

「はっ!ルドナル長官殿の仰る通りでございます!」

ソークは画面へと向けていた掌を再び額へと戻らせ敬礼のポーズをとる。

「具体的に説明させていただきますとザラは能力を行使する際に両腕を用い、右手を時計方向に回すことで相手の脳波と同じ波長を相手の脳内に送りこみ波長同士をぶつからせて相殺させます。そして次に左手を反時計回りに回すことで自身の念じた波長を生成し相手の脳内へと送り込むことで、意のままに相手を操ることができるようになります」

「ふむ……なんとなくはわかったな。要するにダイヤルを回してラジオの周波数を合わせるようなものか」

「はっ!その通りであります!分かりやすいご鞭撻痛み入ります!」

ソークはルドナルに向かって先程よりも高らかに胸を張る。

「文系上がりの私には理解するのに些か難しいものであったよ。学生の時にもう少し学んでおけばよかったな」

ふっと画面越しにルドナルは苦笑いを浮かべた。


「奥の手は最後まで取っておくものよ?お嬢さん」

両手を幾度となく回しながらりなの前に立つ緑の眼鏡の女、ザラは呟く。

「うっ……あっ……うっ……」

一歩、一歩、一歩。少しずつされども確かな歩みを強制的にりなの体は命令され思考の余地なく前へと足を向ける。

「本部へ連絡。本部へ連絡。大至急応答せよ」

ザラは自身の耳元に打ち込まれている小型無線を起動させ、声を通らせる。

「こちら本部。どうした?」

野太い男の声が聞こえ、ザラはホッと一息ため息を付く。

「対象の一人、リナ・ハチガミを捕らえることに成功しました。至急、次の指示を仰ぎます」

何!?やったのか!!なんと!!少しのざわめきがザラの耳を通り抜けた後一幕置いて再び男の声が発される。

「よくやったザラ」

「ありがとうございます。ソーク隊長」

ザラは見えない相手に向かいぺこりと頭を少し下げる。

「こちらも次戦へと繋げれるデータが続々と揃いつつある。加えて現在少しづつではあるがシロウサギとレオ・ニワもそちらへと進行してきている。ザラ。そのままリナ・ハチガミを確保しつつ、即刻本部へ帰還せよ」

「ラジャ―」

ザザザッというノイズが混じった音と共に通信が切れる。少し時間が経ち、大きな旋回音を伴って巨大な両翼を備えた飛行艇が一台ザラの頭上へと現れた。


「これで一仕事終わりね」

リナ・ハチガミに背を向け自信を迎えに来た飛行艇をザラは見上げる。

「はぁ。帰って何食べようかしら。頭使ったからとりあえず甘いもの食べたいわね」徐々に低空飛行になっていく飛行艇を眺めながらザラはそっと強張らせていた肩の力を抜く。

「次の作戦まであと二か月くらい、か。次くらいが最期かなぁ」

ブロロロロロロ。飛行艇が地面へと近づいていることを示すように周囲の木々が徐々に風圧で逆立っていく。

「次も生き残れたら私、今度こそソーク隊長に」

ふと思い人の姿を思い浮かべザラは虚空を眺め始める。

「いや、まだよね。次のその次の作戦が終わった後位に」

ブロロロロロロ。飛行艇の雑音が思いを馳せたザラの思考を占有し始める。「…………遅いわね。早く戻らないと残りの敵に見つかちゃうっていうのに」

ブロロロロロロ。

ザザッ。ザザッ。ザザザッ。

「………くり返す……これいじ……」

地面との距離が近くなっていっているせいか風の音で音声が途切れ途切れにしかザラの耳には入ってこない。

「こちらザラ。いつでも離陸の準備は整っています。搭乗用梯子の準備をお願いします」

「…………ょうは…………けませ…」

「すみません、よく聞えな」

運命のいたずらなのか必然が呼び起こしたことなのか。反射的にザラは背後へと振り返る。

「なっ……どういうこと……?」

驚愕の表情を浮かべザラは目の前の在りうるべからざる光景を直視する。自分の少し前まで歩いて止まっておけ、と強く命令した少女。その少女が自身へと背を向け、地面に落ちた何かを拾おうとしていた。



「それ以上、下に近づけません!!」

小型無線がようやく飛行艇から音を拾いザラの耳元でこだまする。

「一体どういうことよ……」

次から次にイレギュラーな情報が視覚から、聴覚から入り込みザラの体は硬直する。

「おい」

何かを拾い上げた少女が体を翻しザラへと顔を向ける。

「こんのっ!!!!」

止まれ、止まれ。ザラは両手を眼前へと掲げ右手と左手を強く捻る。

「ったくよぉ」

だが、いくら脳波を相殺しても新しい脳波を送り込んでも少女は止まることなく前へ前へと足を踏み出す。

「小細工ばっかりしやがって」

少女が踏み出すたびに風の音は強くなりザラは体が吹き飛ばされそうになる。

「うっ……くっ……何故、なんでなの!??」

この私の力が効かないなんて人間は今までいなかったのに。どうして。どうして。憎悪にも似た瞳をザラは対象へと向ける。

「さっきは奥の手がどうとかいってたっけなぁ???」

りなは再び握り締めた刀の柄を構え敵へと向ける。

「生憎つい最近一回同じようなことされたことあるから時間さえあれば解けるんだわ。わりぃな」

「そんな、こと……」

ザラは風で吹き飛ばされそうになった両腕を必死に伸ばす。

「ありえない。ありえない。ありえない。ありえない!!!!!!!私以外にこの反響定位(エコロケーション)を使える人間がいるなんて聞いたことが」

「ったくつべこべ言わず構えろよ。お前、死ぬぞ」

「このっっっっっ」

目を見開いてザラは意識を対象へと集中させる。

「止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれぇぇぇぇぇぇえええええええええええ」

「これが私の奥の手だ。  抜剣!!」

上空で滞留していた暴風が放射状に広がり風の一線一線が目に見える程の速さでりなが持つ柄へと吸い寄せられる。


「生太刀」



その胎動を祝すように静かにりなはその名を呼ぶ。刃の先端から末端まで風により産み落とされた刃は誕生の鳴動をごうごうと唸らし相手を見定めた。

「いくぞ」

「こんのぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!」

もうどうにでもなってしまえ!!ザラはそれ以上腕を動かすのを止め、眼前にいるりなへと走り出す。

「薫風(くんぷう)」

りなが静かに呟くと風の刃は歓喜の悲鳴を帯び嵐を纏う。先程よりも数段勢いが増した風は地面を抉り、大地を削って対象へと向かい始める。

「ひっ……!!」

拳と風刃が触れ合う直前。

「凩(こがらし)」

僅かに囁いたりなの言葉がザラの聞いた記憶が無くなる前の最期の言葉であった。



「お~い!大丈夫か??」

「レオ、ウサギ!!」

地面へと向けていた戸惑いの籠った瞳を喜々としたものへと変え、りなは次第に自身に近づいてくる声の方を振り返る。

「りな。無事か?」

「おうよ!ウサギ!この通りピンッピンに元気だぜ!」

りなはぐっと親指を立てる。

「前にくれたこれすっげぇ役に立ったしな!ありがとよ」

りなは右手に持っていた刀の柄をぐいっと二人へと突き出す。

「ん?なんだそれ?」

「はっはぁ~ん。そうか。レオは知らねぇのか。そうかそうか。あんときいなかったもんな」

ん?と首を傾げるレオを見てりなは嬉しそうに腕を組む。

「それはりなの力を制御するために俺が与えたものだ」

「んな”っ!」

「そうなのか、りな?」

「んだよもう。つまんねぇなぁ。もう少し渋らせてから言ってやろうと思ったのによ」

ガックシと言わんばかりにりなは少しだけ肩を落とす。

「ま、いっか。どうだ?レオ?すげぇだろ?かっけぇだろ?ちゃんと必殺技まで徹夜して考えたんだぜ?」

ほれほれとりなは刀の柄をレオへと突き出す。

「ぐっ……確かに言われてみりゃなんかかっけぇな……なあシロ。俺にも何かねぇのか?こう武器みてぇなやつ」

「ないな」

「即答かよ!!」

「レオの場合、その類の物は持たない方が強いからな」

「ちぇっ。そういうもんなのか?」

「そういうもんだ」

え~と項垂れるレオにシロウサギは静かに頷く。

「まあ、その話は置いとくとしてだ」

「おい!まだまだこれからだぞ?レオ?私がこいつで敵とどう戦ったのか、知りたくねぇのか?」

不満気にりなはレオへと距離を詰める。

「その『敵』の話だよ。こいつどうすんだ?」

「こいつ?」

「ああ。こいつだ」

レオはりなの足元でしゃがみこみ頭を垂れている女を指さす。

「こいつ、腕が一本取れてるだけでまだ息はあるぞ」

「どうする?レオ、りなとどめを刺しておくか?」

「いや。その必要はねぇだろ?」

りなはしゃがみこんで瞳を閉じている女の顔を見る。

「この女、アタシらだけを狙って襲ってきただけで人は殺してねぇし」

「俺も反対だな」

「そうか」

「あ!でも操ってた沢山の人達には迷惑かけてるよな……なあウサギ、あの人達結局どうなったんだ?まさか殺しちゃ」

「んなことしちゃいねぇよ」

なぁシロ?とレオはシロウサギに目配せする。

「皆峰打ち程度ですましてるぜ」

「ああ。それに、だ」

シロウサギはレオとりな、二人の顔を交互に見る。

「俺の仲間から得た情報によると俺とレオが相手していた人間は皆各国でそれなりの刑が確定していた犯罪者だったみたいだ」

「「なんだよそれ?」」

りなとレオは声を合わせお互いの目を合わせる。

「んじゃ、ちょっとくらい怪我させても大丈夫だったんじゃ」

「峰打ちにとどまらずも少し痛い目みさせときゃよかった……」


ブロロロロロロ。


「ん?」

「なんだ?」

さざめく機械音が頭上から聞こえレオとりなは同じタイミングで顔を空へと上げる。「あれは……連邦の飛行艇だな」

「おいおいおいおい」

「嘘だろ!?こんなタイミングで」

強張った顔つきでレオとりなはそれぞれ構えをとる。

「隊長、ご無事ですか!??」

飛行艇からが縄のような物が降ろされ、地面へと担架をもった数人の男が降りたつ。

「左腕に激しい損傷が見られるものの比較的バイタルは安定しています。至急、艇内の緊急手術室まで」

耳元につけた機械を使い男の一人が声を荒げる。

「隊長!意識をしっかりもってください!もう大丈夫ですよ!帰れますよ!」

「なあ」

「ひっっっ!化け物め!!!」

女の救出を試みる数人の男の前の手前、一人の男が腰の銃に手を当てレオへと向ける。

「あいつ、助けたいんだろ?」

「ここ、ここ、こちらに近寄るな!!撃つぞ!!」

震える男の眼前、はぁとレオはため息を付いて両手を上に掲げる。

「何もしねぇよ」

「う、う、う、う、嘘だ!!」

わなわなと手を震わせながら男は銃の引き金を引こうとする。

「なあ」

「な、な何だ??」

「俺達と取引しないか?」

「取引、だと!?」

「ああ」

レオは深く頷く。

「お前らは今必死こいて手当てしてるあいつを乗せて大人しく帰る。そうしたら俺達は手を出さない。その代わり」

「そ、その代わり……??」

引き金を引くことを忘れプルプルと男は体を震わす。

「お前が今俺達に向けてるそれをぶっ放そうってんなら容赦しないぜ」

「わ、わわわ分かった!!了承する!了承する!!!お、おい!!」

男は後ろを振り返り女の手当てを試みている男達へと顔を向ける。

「い、今の!聞いたか?ザラ隊長を乗せて大人しく消えるなら手を出さないそうだ!!」

手当てをしている男達は一様に互いの顔を見合わせ、頷きあう「撤収!撤収!!」

一人の男の怒号が周囲に響き渡り、男達は担架に乗せた女を抱えて空へと帰る。「お、お前ら!!」

女が飛行艇内へと運ばれそれに続くようにして男達がロープを伝っている中、最後に地面へと足を付けている男、先程レオ達へと銃口をかざした男が後ろを振り返る。「恩に着る!!!」

男は掌を頭の横に持っていき、敬礼をする。

「いいってんだよ」

レオは空へと昇るその男の背に向け親指を立てた。


ブロロロロロロと複数の羽を回転させる音が次第に小さくなり飛行艇が空へと消えていく。

「ひとまずは」

「終わった、のか……?」

「ああ」

シロウサギが言い放った途端、フッと力が抜けたようにしてレオとりなは地面へと勢いよく倒れこむ。

「アタシもう動けん」

「体が痛い……」

のたうち回る二人にやれやれ、とシロウサギは肩を竦め歩き出す。

「ほら、行くぞ。二人とも」

シロウサギは右腕と左腕でレオとりな、それぞれを抱える。今夜は二人が好きな食い物を食わせてやるか。シロウサギはもうじきくれる夕日に向かってゆっくりと前進した。


世界連邦中央制御室。先刻の映像を引き金に室内では現在各国の国防を担う長達が画面に佇む男とその隣で椅子に腰かけている男へ向かって口々に罵る言葉を吐いていた。

「頼みの綱がやられてしまったではないか!?これからの対応はどうするのだ!?ミコト君??」

「これだから強化個体というのはまだ信用がならん」

「作戦が成功した試しがないではないかね?」

「作戦内容を早期に明示せよ!!」

「先程のあの女の力は一体何なのだ??」

「洗脳は何故効かなかった??」

徐々に一人一人の声が大きくなり、意思の統制が乱れ十人十色の思考が一度に発され、室内では誰も誰かの話を聞ける耳ではなくなる。

「ソーク」

「はっ!」

ミコト長官はため息を付き、隣にいる男へ目配せをする。

「皆を一度黙らせろ」

「はっ!」

ソークはスウっと鼻から息を吸いみるみると体を大きくさせる。

「皆さん!落ち着いてください!!」

ざわめきが経つ室内で大男の怒声にも似た声が響き渡る。淀んでいた声が一目散に消え、室内には静寂が訪れる。

「皆様の仰る通り、此度の作戦は決してノーリスクハイリターンとは言えませんでした。しかし、確かに我々は奴らの手の内を知る有力な手掛かりを得ることができました!!!」

「だが、残る強化個体は残り4体。当初予定していた大規模作戦に投入する個体が二体も減ってしまった。そんな数で二か月後の作戦で奴らを倒しにかかることはできるのかね?」

納得がいかない、と不安気な顔をしているロシア国防長ルーシェンコが発した一声にそうだ、そうだと画面の中にいる男達は賛同し小さなざわめきが室内を再度織りなす。

「長官」

「うむ」

ソークと顔を合わせ互いに頷きあった後ミコト長官は机の上で指を組む。

「作戦は変わらず今から約二か月後に決行します」

「本当に大丈夫なのかね?我々はこの作戦に全てを掛けている。後がないのだよ。これ以上の失敗は許されない。わかるかね?」

ルーシェンコは自身の細い瞳を尖らせミコト長官を見つめる。

「勿論です。大規模作戦では必ず奴らを仕留めます」

ミコト長官は曇りない顔つきで画面へと頷く。

「そのために後一度、長官方の信頼を回復する意味も込めて大規模作戦前に作戦を決行する予定でいます」

「後一度???」

「なんだね、それは?」

「そんなこと聞いていないぞ!!」

「何のための準備期間か?」

「それではいたずらに強化個体の数を減らすだけではないのか?」

画面の中から一斉に怒声が響き渡り始める。

「いいえ」

その声にミコト長官は静かに首を横に振る。

「この作戦は来るべき大規模作戦へのラストピースであり予行演習の一環である、と私は考えております」

「どういうことかね?」

画面の中で首を傾げるルーシェンコにミコト長官は顔の堀を深くし真剣な面持ちで呟く。

「現状運用できる強化個体を全て投入しある人物を捕らえます」


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