第一章 参幕 ②

 和室の大広間。数十メートルにもわたる畳が床に敷き詰められた室内。老若男女問わず和服を着用した人間が皆一様に一人の人物を取り囲むようにして等間隔で置かれた座布団へと腰を添えている。

「平坂市の復興計画の推定費用は割り出せましたか?」

室内中央に頓挫するの掛け軸の手前。その取り囲まれている人物。大勢の人々に若旦那、当主、と人々から羨望の眼差しを向けられている男。今年で齢40と少々になり疲れからか少しほうれい線が目立ち始めた八神家十九代目当主。八神凪は眉を顰め一枚一枚と積まれた紙の束に目を通しながら言葉を発した。

「若旦那、それがですね……」

白髪に顎髭を少しばかり蓄えた男が自身の斜め左に位置する上座へ座っている当主へと目を向ける。

「なんせ今回の被害復興、当家以外にも東京都や日本政府が一枚噛んできている状況でして。旦那が今手に持っておられる資料に記載されている復興費用ってのが最大限譲歩できる金額だと……」

「ふむ……」

鋭い眼光を嘶かせ上座に座る凪は紙の束へと目を配る。

「少しばかり桁が違うような気がしますが、些か少額過ぎではありませんか?」

「へい、それがですね……」

両の手をこすり合わせながら男は日本政府や都が構想した復興計画について具体的に説明をし始める。かなり婉曲な言い方をしたものの結局のところそれは平坂市が被った甚大な被害は経済や外交のパイプラインである東京都全体のインフラにはそこまで影響を与えてはいないので復興は後回しである、と言った内容の物であった。

「かなり、攻め入った計画ですね……」

押し黙る人々の中、一つ一つ目を通さなければいけない資料をかみしめるように見て凪は呟く。

ここは東京都平坂町八神邸奏楽(そら)の間。現在、ここでは江戸の時代からこの平坂を守ってきた由緒正しき一族、八神家を支える重役達が顔を揃え、平坂で発生した未曽有の大規模テロ事件の後復興に対する議案が進められていた。


一族一同が静かに復興計画に目を通していたのも束の間。凪が話し合いを始めてものの数分でいつの間にか苛立ちや疑念が静寂から解き放たれ、奏楽の間に険悪な雰囲気が漂い始める。

「今までどれだけの金額を政府に収めたと思っているのだ!」「この支援額の少なさ……恩を仇で返すような真似をしおって‼」「貴様ら田舎者如きが我ら八神を愚弄するなど」

「当主、ここは何一つ我が八神の面子を保つためにも一声強気に出られてはいかがなさいましょうか?」

怒りを擬する声の中一際大きな声で長い口髭を生やし頭皮が剥げかかった男が不意に立ち上がって凪へ語り掛ける。

「まあまあ兼猿さん、少し落ち着いてください。言いたい気持ちはわかりますがここは冷静に大人として対応するのが八神家の筋というものです」

どうどうと宥めるように凪から見て右手に座る女性がその男へ向けて制する仕草を見せる。

「ですが伊弉代さん。ここでこんな少額を認めてしまってはこれから八神は嘗められたまま……ましてや貴殿の旦那様の品位もすらも……」

「兼猿さん、奥方に当たってもしゃあないやないです?それ以上は御当主の口から聞きましょや」

兼猿と名乗られた男の正面に座る体の線が細く、目が絹のように細い男が兼猿へと語り掛ける。

「くっ……」

まだ何か言いたげな瞳を地面へ逸らしたまま兼猿は再び自席へと尻を付かせる。その様子を見るなり細目の男は凪へと顔を向け一度だけ会釈をし、口を開く。

「すんません。御当主。本題の腰を折るような真似してもうて。やけど、僕も流石にこの図体で声は張り上げませんが兼猿殿の言い分は一理あると思います。御当主、言葉ではなく行動で示すのも考えの一つかと」

細目の男が言い終えるなり我も、我もと火が付いたように意見が飛び交う。どうしたものかと凪は悩まし気にさせた眉毛の角度を更に鋭利にさせ始める。

「まま、皆さん皆さん。落ち着きなさってください。そう意見飛ばしてても御当主かて聖徳太子ちゃうんやから一遍に聞けませんがな。すんません。御当主。僕がこない言うたばかりに。せや!皆さん、こないな時は時期御当主様の御意見でも聞いてはみませんでしょうか?」

わざとらしい演技で細目の男は凪から見て右手最前列にある空白の席へ掌を向ける。

「おや?次期当主様?」

男はさも急にその席の人物が消えたかのような驚いた表情を浮かべた。

「申し訳ございません龍照さん。娘は今席を外しておりまして……」

申し訳なさそうにその空白の席の正面に座る凪の妻、伊弉代が頭を下げる。


こんな一大事に席を外す?

御当主様のご子息はどうなさってるのかしら?

なんでも御当主の御意見に反発しているそうよ 

八神家の後が思いやられる……


ひそひそと耳打ちをする声が周囲を行き交い、先程とは異なる色のざわめきが室内を包み込む。

「娘のりなについては私の教育の不徳に致す所にございます。八神家の一存を左右する大事な場において席を外していること、誠に皆様への申し訳が立ちません」

僅かながらの憶測が縦横無尽に駆け巡り伝播し続ける中、娘への悪評をかき消すように凪と伊弉代は床に手を付く。

「いえいえ。反抗期なんて学生が健康たる証拠ですやん。御当主、それに奥方、お顔を上げなさってください」

顔を上げた凪の真正面に座りこみ、細目の男、龍照は凪の顔を凝視する。

「ですから、今はこちらをご覧になってください」

音もたてずに龍照はそれまで懐にしまい込んでいた一枚の紙を凪へと差し出した。「これは……?」

「そ、それはッ‼」

眼前に差し出された紙を疑問に思う凪に対し、先程まで復興計画の概要を伝えていた白髪の男が気難しい表情をする。だが悪びれる素振りもなく龍照はいたって真剣に説明をし始める。

「世界連邦から送られてきた平坂市の復興費用ってやつです」

「世界連邦……?」

「ええ」

コクリと深く龍照は頷く。

「数日前、当家に人員を割いてほしいと頼んできた連中のことです」

「あぁ、あの方達のことですか」

両手で龍照から差し出された紙を受け取り、凪は少し前の記憶を呼び起こす。ほんの数日程前、聞いたこともない機関から町のために壊してもいい場所と少しの人員を提供してくれと多額の費用と共に頼みこまれて提供したのだ。その機関の名前が確か世界連邦という名であった。

「僕もとやかくは言いたくないんですけどね」

紙面の内容に釘付けになる凪に対し、龍照はそっと囁く。

「さっきは娘さんちらつかせてほんまに申し訳ないです。こうでもせな御当主に近づけんおもて」

「どういうことですか?」

少し表情が強張る凪に龍照は構わず続ける。

「実はこの紙、ほんまは今日御当主様に拝見していただく資料に入ってたんですわ。それを誰やかが上手く抜き取ってたみたいで。聞けば、この世界連邦って胡散臭い機関。国連御用達の治安部隊組織みたいで日本政府とあんま仲ようないみたいなんですわ」

「成程。ということはこの中に政府の息がかかっている人物がいるということですか?」

「みたいですね」

龍照は目を少し開け、焦燥した面持ちの白髪の男を見る。

「ま、なんとなく誰かはお察しって感じですけどね」

「それでどうして龍照さんがこのことを……?」

凪は訝し気な眼で自身の耳元でささやく龍照を見る。

「なんや僕もようわからんのんですけど先日その世界連邦に貸し出した土地が僕んとこが所有してるとこでして。その伝手で連邦のトップにおるシキシマ言う人から御当主に直談判して欲しいって頭下げられましてね。話聞く限り悪い内容じゃなかったんで御当主に是非話だけでもと」

「成程」

凪は眉をまた八の字にし紙面をじっと見つめる。確かに記載されている額は都や政府が打ち出した支援金とは桁が2つほど違っていた。だが、

「基本的に好条件なんですけど、問題が一つありまして」

凪の心に浮かんだ疑問を読んでいたかのように龍照は色の白い細い指で紙面の下部を指す。

「八神家が所有している人員と土地の権利の数パーセントを二か月の間貸し出してほしい、ですか?」

「そうです。そうです」

賛同を得るように龍照は二度頷く。

「国連の息が掛かってる治安維持組織に僕らの家のもんと土地を貸すってのが危険すぎな気はしてるんです。あと、僕が怪しい思うんはも一つあって。これも噂の内に過ぎないんですけどね」

龍照はさらに声を潜め凪に耳打ちする。

「前回僕らが貸した廃校。あそこで生物実験みたいなんが行われてたかもしれないらしんですよ」

「生物実験……」

ええと龍照は頷く。

「急に有無を言わさない莫大な額押し付けてきて土地貸してくれやなんて怪しいやないですか?せやから怪しいことせんようにあの周辺一帯に見張り何人かつけとったんです。そうしたらつけてた見張り皆が言うんですわ。化け物を見たって」

「バケモノ……??」

疑問で顔をしかめる凪におかしいと言わんばかりに龍照も少し笑みを浮かべる。

「ええ。大の大人が揃いも揃って化け物見たって言うんです。おかしいと思いません?」

「確かに何か変ですね」

「でしょ?せやから僕はも少し様子見た方がいいのかなって思ったりもしてるんです」

世界連邦……化け物……点で分からない言葉ばかりが並べられ心の中で凪はため息を付く。費用だけで見ると断然世界連邦から支援を受けるのが妥当。だが、曰くつきの可能性が大いにある。考えあぐねて虚ろを見つめていると部屋の付近でどたどたと大きな足音が聞こえ、奏楽の前で止む。

「お話の最中失礼いたします」

入ってください、と凪が促すと勢いよく扉が開かれ黒いスーツを身に纏い髪を後ろに束ねた女性が現れる。

「御当主様申し上げます!お嬢様が数人部下を連れて禁止区域に侵入してしまいました!」



「禁止区域……!?」

「なっ……」

「貴方!!」

驚嘆の声と共に追いすがる声が凪の耳元を伝う。禁止区域。あのテロ事件以降なぜか日本政府の通達でとある場所一帯のことを指すもので、土地の主である八神家の人間ですら立ち入れてもらえない場所。噂ではテロの首謀者がいるだ何だと叫ばれているが実態はわからない。『大の大人が揃いも揃って化け物を見たって言うんです』不意に龍照の言葉が凪の脳裏を掠める。迷信だと思っていた噂に身内が入った、しかもそれが実の娘という事実が脚色され現実味が帯び始めていくのを凪は感じる。

「あのお転婆娘め……」

凪は顔の皺を更に濃くさせ目尻を抑えた。



畳部屋に伏せ、夢うつつに入ろうとするレオの視界に人影が張り込む。

「シロか?」

閉じかけていた瞳を再び開け、レオはその影を作っている主を見定めようと試みる。影の位置は以前レオの家に強襲を仕掛けてきたミナミが破った障子から。月明かりに照らされるようにしてスッと伸びていた。

「シロ……じゃないよな?」

ぼんやりとしていた脳がようやく働きだし、レオの瞳孔は対象を捕らえる。長い丈の紺色の袖に同色のロングスカートを履いた腰まである長い髪の女。見るからにシロウサギではない何者かがそこで立ち尽くしていた。

「よう。あんた達がこの町を騒がしてるって連中か?」

女は状況がつかめず呆気にとられるレオの元へ一歩を踏み出す。

「りなお嬢様‼お待ちください!!」

女が畳部屋に足を踏み出した途端、突如として別方向から数人の黒スーツをきた人間達が現れ、レオへと銃口を向けた。

「こいつら!!」

やんわりとしていた思考が一気に結びつきレオは立ち上がる。

「世界連邦……‼」

睨みを利かせレオはいつでも能力が生かせるように構えの体制をとる。

シロは……どこに行ったんだ?

迎撃態勢を整えつつレオは今ここに何故かいない仲間のことを考える。

連れ去られたのか……俺が眠ろうとしている間に?いや、まさか。

それ以上最悪の事態を考えすぎないようにレオは自身が今対峙すべき相手との距離を測る。ざっと見て4~5メートル。鉛玉を喰らってしまえば防ぎようのない距離まで相手に近づかせてしまったことにレオは緊張感を覚える。

シロの野郎、当分奴らはこないって言ってたんじゃなかったのか?

仲間とは言え出会って数日の得体の知れない人物に全幅の信頼を置いてしまったことを脳が拒否し始める。

女が更にレオの元へと前進し始めたところでレオは右腕を後ろへと引き込みイメージを掴もうと試みる。

「圧すい……」

「よせ、レオ」

『何か』を発生させる直前で見知った声がレオの耳に触れる。

「シロ?」

声のした右方をレオの視界が捉える。角が二本生えた透明な結晶体で覆われた生物がいつの間にかそこに現れていた。

「奴に敵意はない」

「どういうことだ?」

意味が分からないと言わんばかりにレオの表情は険しくなる。

「敵意がないってじゃあなんであいつら銃口をこっちにむけてきてんだよ」

レオは銃口を向けたスーツ姿の人物たちをちらりと見る。

「あれは社交辞令のようなものだ。肝心の本人は危害を加えるつもりはない」

「肝心の本人……?」

レオは先ほどまで自身が敵意をむき出しにしていた眼前にいる女を見やる。

「ご名答。私はあんたらと戦うためにわざわざここに足を運んだんじゃねぇよ」

女は腰に手を当てて、太陽のような明るい笑顔でニカっと笑う。

「おおっと。そうだった。いきなり来たのに名前名乗んねぇのは失礼だったな。アタシの名前は八神りな。よろしくな」

左手をレオ達のいる方へ差し出し女は微笑んだ。


「お前達が戦ってる映像、観たぜ。凄かったな!あれ!どうやってやるんだ?つうかこの体って溶けたりしねぇの?」

「レオ……」

表情には出てこないが恐らくは困っているだろう声色でシロウサギはレオの方を見る。八神りな、と名乗る女はさっきからシロウサギの右手を両手で握りながら激しく上下にその手を振っていた。

「その辺にしといてやれ。困ってるだろ」

見かねたレオは振られているシロウサギの手を止めに入る。

「あぁすまんすまん。つい聞きたいことがありすぎて」

手を下ろしりなは一歩後ろに体を引く。

「それで、お前、ハチガミっつったか?もしかしてあの八神家の人間か?」

「おう!私は正真正銘八神本家の長女だ」

凄いだろう、とりなは胸を張る。

「何の用があってここまで来た?八神家と世界連邦の間に関りがあるのは知っている。お前もその類で来たのか?」

訝し気に鎌をかけようとするレオに対し、りなはいいやと即刻首を横に振る。

「これは私の独断だ。一言で理由を表すならそうだな……町を騒がしてる奴らがどんな奴かこの目で見てみたくなったからってところか?」

「テロリスト疑いをされてる俺達にか?下手したら殺される可能性だってあるのに?」

レオの問いかけに、またもやりなは即刻でそれはない、と首を横に振る。

「前にあんた達が戦ってる映像を見せてもらったんだが、ほら。連邦に従ってわざわざトラックに乗って移動してっただろ?そんなことよっぽど心に余裕がなけりゃ出来ねぇことだって思ってよ。だからあんた達は暴力性はそんなにはないんじゃないかと私の感が言った。そんで一度会って話してみたくて会いに来たってとこだよ」

「じゃああの障子から俺の部屋に一歩も入ってこない黒スーツの人間達は……」

レオは数メートル先にいる格式ばった服装の人々を見る。りなの言いたいことは分かったが戦闘の意思がないのに、なぜ彼らは自分に敵意を持銃口ちを突き出したのか。レオにとってそこが唯一引っかかる部分であった。

「あそこにいるのは私に付き添ってくれる従者達だ。付いてくるなって私が言ったのに勝手に付いてきた」

スーツ姿の人間へ向けてりなは親指を立てる。幾分か慎重な面持ちは見えるもののりなが安全でいる姿を見てそこにいた人間達は次々と銃口を下に向けていった。

「そういうことかよ……」

その光景を目にし、レオは肩の力がほんの少しだけ抜けたのを感じる。黒スーツの人間が妙に焦っていたのも自身に銃口を向けていたのもある程度納得がいった。恐らくはこのお嬢様が一心不乱にここに赴いたからだ。何故だかはわからないがレオは胃がキリキリと痛む。

「それはそうと、私あんた達に聞きたいこと山ほどあるんだよ。な?会話しようぜ会話。え~と名前は……」

りなは人差し指を頬に預けながら首を傾げる。

「丹羽レオ」

「シロウサギだ」

「おう!分かった!レオにウサギな!私のことはりなって呼んでくれ!」

そう言い終えるなり、りなはずかずかと畳部屋に足を踏み出し、レオが先程まで寝転んでいた畳に胡坐をかいて座り込んだ。

「ささ、座れ、座れ」

りなが二、三度レオ達に向けて手招きをする。

「ここ、俺ん家なんだが……」

「こまけぇことは気にするなよ。早く話しようぜ!」

促されるままにレオとシロウサギも胡坐をかいて畳へと座り込む。

「さて、どっから話そうかな~まずはウサギから……」

「りな様!」

りなが話しを切り出し始めた直後、ボブカットにした物腰が柔らかそうなスーツ姿の女性がりなの元に駆け寄る。

「何?夏美?」

夏美と呼ばれた女性は顔が青ざめた様子で耳打ちしてりなに事を伝える。

「……だそうです」

「なっ!お父様に!?嘘だろ!?」

夏美は本当ですと小声で答える。

「りな様。すぐにでもお戻りにならなければ禁止区域にいこたとですらばれてしまいます」

「ちっ。しゃあねぇな。悪ぃ、シロ、レオ。色々面倒ごとになりそうだから私一旦家に戻るわ。近いうちにまた会おうな!じゃあな!」

敗れた障子から走り出して部下たちと共にりなは消えていく。

「風のような奴だな……」

りなのいた方向を唖然と見つめながらシロウサギは呟いた。


八神邸奏楽(そら)の間。

「りなお嬢様お戻りになられました」

部屋への入り口になっている大きな襖が開き、奏楽の間へとりなが従者に促されるまま物憂げに室内へと足を入れる。

「皆様、ご機嫌よう」

スカートの両端を手でつまみりなは丁寧に室内にいる皆に向かってお辞儀をした。「りな、どこに行っていたんですか?」

怪訝そうな顔つきで凪は入り口の前にいる自身の娘を見つめる。

「なんだかお外が私を呼んでいらしたので少し散歩に行っていましたのよ。お父様」父の機嫌をこれ以上崩すまいとりなは気合を入れてにこやかに笑顔を振るまう。

「話は従者たちから聞いています。まずはそこに座りなさい」

凪は自身を取り囲むように座っている一族にある空白の席を指す。

「説教は後です。お前も次期当主候補の一人としてこの話を真剣に聞くように」

なんだ。もうばれてるのか。面倒くせ。

この後のことを考え、思わず眉間に皺が寄りそうになるのを堪えながらりなは静かに座布団が敷かれた自身の席へと着席する。

「申し訳ございません。急ぎで出ていた跡取りが今帰宅いたしまして、ええ。それでその追加条件、というのは……」

りなが座るのを確認するや否や凪は自身の目の前に置かれたタブレット端末越しに誰かと話し始める。父は誰と一体誰と話をしているのだろうか。当主である父が平身低頭で話す相手は限られている。どのような人物であるのだろうか。まだ見ぬ人物にりなが興味を馳せていると、雰囲気を察してか父の隣でしゃがみこんでタブレット端末を覗き込んでいた細目の男がりなの肩をトントンと二度叩く。

「龍照……?さん?」

「久しぶりやね、りなちゃん」

りなが背後にいた人物を振り返るなり、男は笑顔を向けた。

「今おや……んんっ。お父様は何をしていらして?」

周囲に会話が漏れ出ぬようりなは口元に手を当てて龍照の耳に顔を近づける。

「世界連邦って人とオンラインで会話してるんや。ほら、こないだりなちゃんに見せたビデオにおった軍人さん達」

世界連邦……りなは自然と先程まで自分があっていた人物達を思い浮かべる。

「そ、そうなのね」

動揺が悟られぬようりなは納得した面持ちで数度頷く。

「最近はオンラインや言うてえらい遠くの人ともすぐ繋がれるようになって便利な世の中なったよなぁ。ところで、りなちゃん。さっきどこ行ってたん?」

龍照は感心したように腕を組み、りなへと体を少し寄せる。

「少し散歩をしに外を……」

無意識に片方の眉だけが上がっていくのを感じつつりなは答える。

「またまた、そないなこと言うていかんとこ行ってたんとちゃうん?誰にも言わへんからおじさんにだけ話してみ」

「い、いえ。ほんとにただこの周りを散策してただけですのよ。それに龍照さんはまだおじさん、と呼ばれる年ごろじゃございませんこと?ほんの10しか離れておりませんわ」

うふふとりなは変なこと聞いてんじゃねぇクソ野郎、と湧き上がってくる内心の苛立ちを抑えながら笑顔を龍照へ向ける。

「釣れへんなぁりなちゃん。そういう硬派な雰囲気、お父さんにそっくりやで」

「うふふ。当主である父と似通ったところがあるのは誇らしいことですわ」

「またまた、ほんまは絶賛反抗期中なくせに」

龍照とりなはお互いを見あって微笑みあう。

こういう掴みづらいところ苦手だ、こいつ。

その後も二人が牽制球の投げ合いのような社交辞令じみた会話を続けていると、凪の従者の一人が席に座る一同に向けてあわただしくホッチキスで数枚に束ねられた紙を配り始めた。

「これは……」

配られた資料を拝見し、りなは目を顰める。席に座る一族からは悲鳴じみた声が上がっていた。

「……これがシロウサギです」

父からシキシマさんと呼ばれている画面の中にいるがたいのいい男が声を発する。「送付させていただいた資料の次ページをご確認ください」

人間の悲鳴には慣れているのかシキシマは画面越しに聞こえるであろう八神家の驚愕の声を気にすることなく促す。

「時間も限られていることですので簡潔にご説明させていただきますと、我々、世界連邦は今から約二か月後、北極の地にて、資料に記載されております個体名 シロウサギ、レオ・ニワを対象とした大規模殲滅作戦を実行いたします。現在、シロウサギ、レオ・ニワの両個体は東京都平坂にいることが関係機関より確認されており、大規模殲滅作戦の準備期間である二か月の間、奴らが平坂市に留まることが予測されています。尽きましては八神家の皆様には金銭的援助並びに平坂市の復興を手伝わせていただく代わりにこの二か月間、二個体の監視をお願い申し上げたいのですが」シキシマが言い終えると一様に室内が騒ぎ始める。

テロじゃなかったのか?化け物が暴れだしてこの惨劇を生み出したのだな?

不安と恐怖が入り混じり、混とんとした空気が周囲を包み込み始める。

「わかりました」

数刻が経ち何かを決したように凪は画面にいる男の瞳を見つめた。

「誰一人傷つくことなく全員が無事に過ごせるという確証が取れるのであればそのお話、お受けいたしましょう」


    凪さん? 御当主様!? 旦那様!?


室内にいる八神家の誰もが目を丸くさせ凪を見つめる。

「この役割は私達が引き受けなくてもいずれ誰かが引き受ける定め。我ら八神はこの平坂を守るのが先祖代々からの役目です。なら、私達が引き受けるのが道理というものでしょう」

頬を引きつらせながらも凛とした口調で凪は答える。

「身に余るご厚意痛み入ります」

画面越しではあるもののシキシマは凪に向かって深々と頭を下げた。

「皆様のお考えになる万が一が起こらないよう、こちらとしても最善の努力と必要な武力を提供することを確約いたします」

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