第一章 参幕 幕間 夜更け前
夜更け前、時刻が丁度次の日であることを知らせた世界連邦中央制御室。無事に今日というタスクをこなし終えた男はエグゼクティブチェアへどっと疲れを預けるように座り込み、深いため息を付く。
「お疲れ様です。ミコト長官」
椅子へ座った男の背後にいた体格の良い男がタイミングを見計らったかのように男の眼下にある机にそっと淹れたてのコーヒーを置いた。
「ありがとう、オノ」
火傷をしてしまわないようにそっとカップの取っ手を取りミコト長官は静かに口の中にその真っ黒な液体を入れる。液体が喉元を通り過ぎた後、フッと力が抜けたように短いため息をミコト長官はついた。
「どうかなさいましたか?」
顔色を窺うようにオノが身を屈めミコト長官を見る。
「いや、あの男について少し考えていただけだ」
「あの男……レオ・ニワのことですか」
オノは顎に片手を添え、少し考える仕草を取る。
「失礼ですが長官、私にはシロウサギよりもあの男の方が危険度が高いとはとても思えません」
「確かに。現在までの奴らの交戦状況を見ればレオ・ニワよりもシロウサギの方が危険度が高いと感じるのは妥当な判断だ。だが……」
ミコト長官は顔をしかめまだ数人が交代で作業をこなしている制御室を見つめる。「先程長官がおっしゃられていた『ポテンシャル』ですか?」
「あぁ。その通りだ」
視線が一定の場所で定まりミコト長官は顔を机へと向ける。
「前回、ミナミと対峙した時レオ・ニワは最初の数分間、微塵も動く素振りを見せなかった。だが、腹に銃創ができた後、シロウサギに何かを吹き込まれ突如として臨戦態勢に入った。オノ、それは何故だと思う?」
言い終えるなり鋭い視線が背後にいるオノを突き刺す。
「ふむ……そうですね……先程おっしゃられていた長官の仮説を元にするならエネルギーの補充をしていたのではないでしょうか?アデリ―隊との交戦から中1日しか経っていなかったので技に使うエネルギーの充填がその時点ではまだ間に合っていなかった、と私なら考えます」
「あぁ。流石はオノだ。私もそう考えている」
視線を眼下に戻しミコト長官は深く頷く。
「だが、理由はもう一つあるのではないか、と私は踏んでいる」
「もう一つの理由……見当が浮かびませんね。長官、一体それは?」
「奴はエネルギー切れを起こしていたから放つことができなかったのではなく、単に自身の能力を制御できていなかったからではないだろうか?」
「制御できていない……?」
オノは眉を顰め自身の前方にいる上司の背中を見つめる。
「あぁ」
また、ミコト長官は深く頷く。
「正確に言うと奴は戦いの中で目覚しい進歩を遂げた、という方がいいのかもしれない」
「進歩、ですか」
まだ頭の中で点続きのオノはミコト長官の言葉をオウム返しにする。
「そうだ。奴はこれまで二度我々にあの青い塊を放出するところを見せてきている。一度目はアデリ―、二度目はミナミに向けてそれは放出された。オノ、この二度の交戦でのレオ・ニワの変化、君には分かるか?」
「レオ・ニワの変化……放出された青の塊……まさか⁉」
全てが繋がったとでもいうようにオノは目を見開く。
「放出された塊の威力の違い、でしょうか?」
「その通りだ。流石だな」
満足げに二度、ミコト長官は深く頷く。
「オノの言う通り一度目と二度目の交戦時のレオ・ニワの変化、それは放出された塊の威力の違いにある。奴は一度目の交戦時ではアデリ―の左脚部の腱を切る威力の塊を放ち、二度目の交戦時ではミナミの外殻を破り内部の骨を貫通するほどの威力を持った塊を放った。塊を放った後すぐに倒れこむような仕草を見せている状況を鑑みるに一戦一戦につき奴が威力を調整していた、という可能性は薄いのではないかと私は考える。即ち奴は交戦するほどにその塊の威力を上げているのではないのだろうか?」
「成程、確かに長官の仰ることには一理あるかもしれませんね……」
納得するように数回オノは頭を上下させる。
「数多ある可能性の内の一つにすぎんがな」
笑みを浮かべミコト長官はカップの中に入ったコーヒーを口の中へ含ませる。レオ・ニワ。ほんの数日前までごく普通の学生生活を謳歌していたはずの男ーー何故シロウサギは彼に目を付けたのか。何故彼はその能力を急に得たのか。疑問は多々ある。もう少し徹底的に彼については調べ上げなければならない。だがそのためだけに強化個体の運用はー最大限の戦力を作戦に向けるためにも投資はしたくない。それは軍人も同様。できるだけ被害を抑えて相手の手の内を図る。だがそれは不可能に等しい。ミコト長官はそっとコーヒーカップを机の上に置き深くため息を付く。それと同時に背後で何か局員と会話を交わしていたオノが頷いた素振りを見せた。
「どうした?」
振り返るミコト長官の耳元へオノは周囲へ会話が漏れ出ぬように手を口に当て呟く。
「長官、交渉中の人物と無事コンタクトが取れました」
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