第13話 ややこしい事に…

 早川さんと佐宮さんは、大型ショッピングモールにある映画館で〇リキュアを観るようだ。観ている2人の反応を確認するため、窓口でチケットを買ってから俺も入場しよう。



 今日は3連休の真ん中だからか、お客さんが多めだ。当日チケットを買うには並ばないといけないな…。とはいえ、〇リキュアの上映時間までには間に合いそうだ。


「ありがと~ございました~!!」


3つある窓口の内1つで、ひときわ大声で挨拶する女子がいる。あの声、聴いた事あるぞ。既に並んでいる俺は遠目で声の正体を探る。


……間違いない。俺の生徒の篠崎しのざきさんだ。彼女は良く言えば“元気”だが、悪く言うと“おバカ”なんだよな…。


というのも、俺の担当教科である現代文で指名しても答えられない事が多く、しかも提出物の締め切りはいつもギリギリ。世話が焼けるが、問題行動は起こさないから良しとしている。


ここでバイトしてるとは…。なんて悠長な事言ってられない! もし篠崎さんに〇リキュアの件がバレたらどうなる? 口が堅そうには見えないから困る。


幸い、窓口は3つあるから確率は3分の1だ。彼女に当たりませんように…。俺はそう祈りながら、順番を待ち続ける。



 ……現実は非情だ。何でこういう時に限って当たるんだよ!? 普通3分の1って外すよな!? やはり神様はいないのか?


窓口の前でいつまでも文句を言っても仕方がない。さっさと注文しよう。


「(裏声)もうすぐ始まる〇リキュアの大人1枚」

正体がバレないようにごまかした結果だ。


「……」


篠崎さんは俺を睨んでいる。帽子を深くかぶってマスクしてる男が、裏声で話したら不審者だよな…。仕方ないから地声で言うか。


「もうすぐ始まる〇リキュアの大人1枚」

頼む、気付かないでくれ!


「その声…」


あろう事か、篠崎さんは勝手に俺の被っている帽子を外し始めた。


「やっぱりいそちゃんだ~!」


1年以上同じクラスなのが仇になったな。付き合いが浅ければ、声で特定される事はなかっただろう…。


「磯ちゃんも〇リキュアファンだったんだね~。アタシもなんだよ~」


そういう好みだから、映画館の窓口でバイトしてるのかもな。


「そ…そうなのか。篠崎さん、この事は誰にも言わないでくれ」


「どうしようかな~?」


俺の弱みを握ったのを確信したのか、彼女はニヤニヤする。


「頼む! 訳アリなんだ。だから…」


早川さんと佐宮さんをよく知るために、〇リキュアの当日チケットを買わないといけないんだ! 本当に訳アリだから嘘ではない。


「…はいはい。みんなに睨まれてるし、早く買って」


篠崎さんが俺と話してるせいで、残りの2つの窓口が大忙しだ。店員・お客さん問わず睨まれるのも無理ない。これから頑張ってくれよ。



 無事? 〇リキュアの当日チケットを買った俺。席は指定席だったので、後ろかつ端のほうを選んだ。これで早川さん・佐宮さんを見つけやすくなる。“近い席でありますように”と祈っておく。


…今度は俺の思いは通じたようで、2人の座席は俺の数席前だ。席に向かう際に顔を見られてないかが心配だが、大丈夫だと思いたい。


「人少なくて良かったね」

早川さんが佐宮さんに声をかける。


数席後ろだから、話し声もバッチリ聴こえる。


「そうだね。映画館で観るのは好きだけど、知らない人が隣にいると落ち着かなくて…」


「あたしもそうだよ。片方だけならともかく、挟まれるのは絶対嫌」


隣だけならマシだぞ。席に座れない満員電車は360度囲まれるんだからな…。


それからも上映まで2人は小声で話し続け、俺は聴くのに集中するのだった。



 上映時間になり、館内は暗くなる。2人の姿が見えづらくなっていく…。


「…そろそろだね、はーちゃん」


「うん」


声を聴くだけでも待ち遠しい様子が伝わってくるな。俺は2人が映画を楽しむ事を願いながら、暗い中で観察を続けていく…。

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