第3話 あそこの調子どう?

 1限の時に佐宮さみやさんに振り回されたものの、それからは問題なく昼休みを迎える。俺は自分のデスクで、昨日の残った夕食を詰めただけの弁当を食べる。


あくまで自称だが、人並みに料理はできる。高校生の時に母さんに「男でも料理できないとダメよ」と言われたので、その時から家を出るまで料理の練習をさせられた。


当時は厳しいと思ったものの、今となっては感謝しかない。なんて思いながら食べていると“H・T”から〇インが来た。


H・Tって誰だっけ? 一瞬戸惑ったが、早川はやかわ つむぎさんの事だと思い出す。生徒と連絡を取り合ってるのを悟られないように変えたんだった。


それより、用件は何だ?


『朝のホームルームの時の、元気なかったね。風邪ひいた?』


ひいてねーよ! 村松むらまつ先生を“オカズ”にしなかったからだ! なんてバカ正直に伝える訳にはいかないので、『昨日言われたから対策した』と返信した。


するとすぐ『残念…』という言葉の後ろに、泣き顔が添えられた状態で返信される。


何で残念なんだよ? 意味が分からない。これで終わりかと思いきや…。


『今日も昨日と同じぐらいの時間に帰ってくるの?』


おいおい、また俺の家に来る気か? 適当にあしらっても学校で会うからなぁ…。


悩んでる間に『おーい!』と『スルー?』を受信している。仕方ない、正直に伝えよう。


『昨日と同じ予定だ』


『今日も行くね♪』


やっぱりこうなるのか。


『わかった…』


今の俺の心は揺れまくっている。昨日のような気持ち良い事をしてもらえるかも? という期待と、道を踏み外すかもしれない不安だ。


をさすられるだけでこうなるんだぞ? それ以上されたらどうなるんだ? それ以上か…。もっと気持ち良いのかな?


こんな妄想を昼休みの間、ずっとしてしまったのだった…。



 今日の勤務が終わり、俺は学校を出る。昨日より少し早い退勤になったから、早川さんが来るまで余裕がある。急に声をかけられると心臓に悪いんだよ…。


そんな風にリラックスしながら歩いてる内に、マンション前に到着する。いつも通り中に入ろうとすると…。


「せんせ~!」

早川さんが小走りでやって来て、俺に追いつく。


何でこんなタイミング良く来れるんだ? そんな事より…。


「早川さん、学校の外かつ遅い時間に“先生”と呼ばないでくれ。わかったか?」

俺は彼女の口を手で塞いでから確認する。


歳が離れた異性と会う事自体不自然なのに、先生と呼ばれたら誤解されかねない。最近は周りの目が厳しいからな…。


早川さんは頷いてくれたので、すぐ離す。


「もう、大胆過ぎるよ♡」


しまった! この行動もアウトじゃないか! …幸い、誰も見ていない。


「早く颯君の部屋に行きたい」


「はいはい」


俺達は逃げるように、マンション出入り口付近を後にする。



 早川さんを家に上げ、俺達は部屋でくつろぐ。彼女は男の部屋が珍しいのか、ずっとキョロキョロしている。


「颯君の部屋って、思ったより普通だね」


「思ったより?」


「うん。萌えキャラのフィギュアとかあると思った」


「そういうのは高いから無理だ」

クオリティが高いフィギュアは万単位だから手が出せない。


「へぇ~。安かったら買うんだ~」

ニヤニヤし始める早川さん。


この話題はマズイ…。さっさと変えよう。


「そんな事より、今日の俺の帰りは昨日より早かったはずなのに、早川さんは何ですぐ来れたんだ?」


考えられる可能性はそう多くないが、直接聴きたい。


「あたしの家もマンションなんだけど、このマンションのすぐそばなんだよ。だからすぐ来れるって訳」


今は個人情報保護のため、担任であろうと生徒の住所を知る事はできない。それはわかったが…。


「その回答は不十分だ。すぐ来れる事とタイミング良く来れる事は別だぞ」


「……怒らないって約束してくれる?」


なんだ? 怒られる事なのか? 早川さんの申し訳なさそうな顔を見たら、怒る気なんて湧かないな。


「約束するよ。だから教えてくれ」


「実は颯君を探すために、校門とか颯君のマンション前あたりを双眼鏡で見る事があるの。今日は念のため早く見てたから…」


双眼鏡で俺が学校を出たのを確認すれば、合流するのは容易い。予想通りの流れだな。


「早川さん、そういう紛らわしい行動は止めてくれ。連絡先を交換したんだから、遠慮なくすれば良い。すぐ返信できる保証はできないがな」


「わかった。颯君に迷惑かけたくないから止める」


「聞き分けがいいな」



 普段なら帰宅してすぐスーツを脱ぐんだが、早川さんがそばにいるから脱げない。これ以上は限界だし、さっさと着替えよう。


「早川さん。すまないが着替えたいから、壁でも見ててくれないか?」


「え~。颯君の着替えが気になるから無理!」


「もし逆だったらどうする? 早川さんは俺の目の前で着替えられるのか?」


「できるよ?」

彼女はTシャツの裾を掴み、本当に脱ごうとする。


「しなくて良い!」

羞恥心がないのか? それとも俺を男として見てない?


「この程度で動揺し過ぎだって~」


またからかわれる俺。生徒だから強く出れないし…。


「そうそう。今脱ごうとして思い出したんだけど、更衣室で“さーちゃん”とった?」


「はっ…?」


早川さんがリードする流れは、まだまだ続きそうだ。

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