知らせ
ーー行灯だけが照らす暗い部屋の中、手紙を書く薄紅色の着物をきた少女と、その完成を待つ、手に竹笠を持つ従者がいた。
無数の足音が響き、斬られたであろう男の断末魔のような声が轟き、二人を焦らせる。
「タマキ様、このままでは、」
「あと少しだから! 待って!」
従者が竹笠を被り、部屋の隅に置かれている鳥籠から、鷹を解放する。
しつけが施されており、腕に止まって主人の命令を待っている。
「できた! チヨ! これを!」
すぐそこに刺客が迫る。
チヨは急いで完成した文書を手に取ると折り畳み、鷹の足へとくくりつける。
「こっちへ」
窓を開け、眼下を流れる川に目を向ける。辺りは薄暗く、水の流れる音も高さがありしっかりとは聞こえてこない。
しかし、部屋が建物から突き出るように作られており、ここ以外に逃げ場はないように思える。
一人の長い、一メートル半はある刀を持った男が部屋へと入ってくる。その足音が二人を極度の緊張で包み込む
(斬られる・・・・・・)
二人は抱き合い、窓から外へと逃げ出すことを決めた。飛び込む。
バシャーン! と音がして、二人は夜の川の流れの中に消えていった。
部屋には一人、返り血を浴びて、赤く染まりかける白い着物をきた男が、窓から外を眺めているだけであったーー。
「いいかコウキ、ケイの足の動き、肩の動きをよく見て予測するんだ。どこに剣がくるか」
その日もクラリスの稽古は続き、僕は額から汗を流していた。
彼女の教え方はうまかった。
その原理を教えてくれている気がする。
ケイの剣は早く、目で追うのは難しい。
だから彼全体を見る。
足の踏み込み、腰の回し方、腕の角度に目線の動き、その全貌から彼の剣がどこにくるかを予測する。
彼が木刀を振りかぶる。
避けれた。木刀が僕の右へと流れていく。
そして今ならここに腕がある、その場所目掛け、木刀を振った。
あと少し、のところでケイが後ろに下がり、避けられてしまう。
「危ない危ない、」と彼の口から漏れる。
惜しい。次こそは、
「次は、クラリスと手合わせしてみろ」
ケイが言う。
その時の僕は調子に乗っていた。
「わかった」と何の気なしに返事をしてしまったのだ。
クラリスがケイから木刀を受け取り、ゆっくりと僕の目の前へと歩いてくる。
その歩幅は小さく、彼女の髪が足の動きに合わせ、揺れている。
そして僕の前に立った彼女は腰に木刀を、刀のように構えた。
妙だ。
スキだらけのようにも見えるし、ないようにも見える。
「こないのか」
彼女が口を開く。
その実力がどれほどのものか分からない。
彼女目掛け、振りかぶってはみたが、一瞬でかわされ、木刀ごと弾き飛ばされてしまった。
「甘いな」という彼女の声が聞こえてくる。
「タイプが違うんだ。
俺は手数の多い攻めの剣だが、クラリスは待ちの剣なんだ。コウキには待ちの方が合ってるかもしれないな」なるほど。
ケイが解説していると、そこに、アリサが訪れた。
少し普段とは違う深妙な面持ちをしている。
「今日はコウキとクラリスの二人にも城にきてもらいます、いいですか?」
「何かあったんですか?」
「ヒューガの方で、いざこざがあったみたいなんです。クラリスにも関係のある話かも知れません」
彼女は少し不安げに答えた。
僕、クラリス、アリサ、ケイの四人で馬車に乗り、城へと向かう。
その途中、クラリスが俯いていることに気がついたアリサが声をかけた。
「言い方が悪かったみたいですね。あなたのことではありませんよ。ローウェンのことはもう解決したことですから」
彼女は表情をあまり変えない。
「えぇ」と短く返事をするだけで、耳に入ったかどうかは分からなかった。
「行きましょう」
馬車が城へとつき、僕らは中にはいった。
以前来た時は緊張で気が付かなかったが、玄関ホールは広く、天井には大きなシャンデリアが飾ってある。
床には赤い、刺繍の着いた大きな絨毯が敷いてあった。
ホールの右にある二段の段差を上り、廊下を歩く。
柱の間から庭が見える。整理された花壇と、石でできた円形の噴水が見え、上部から細い線を描いて水が滴り落ちている。
不思議だ。
その庭を見ていると、なぜだか心が和らいでいくのがわかる。
カチャリと廊下の扉をアリサが開き、会議室へとたどり着いた。
中にはオリヴィアとシュバルツ、複数の男爵や見たことのない顔の者もいたが、王はいなかった。
「遅いぞ」
僕らの顔を見て、オリヴィアが説明を始めた。
「昨晩、ヒューガから一通の知らせが届いた。
その中には老中の一人、
これをどうするか、話し合いたい
みんな、知っているだろうが、次期皇帝争いによって、今ヒューガは二つの派閥に別れている」
アリサの顔が歪む。ヒューガに行ってきたのは最近のことだ。心当たりがあるのだろう。
オリヴィアは話し続ける。
「私としては、救援を送ってもよいのだが、非公式のものなのだ。簡単に出す訳にはいかない」
クラリスと関係があるのなら、
「僕が行きます」
その言葉が予想外だったのか、みんなキョトンとして反応に困っている。
だが、オリヴィアだけは違った。
「よく言ってくれた! 貴様なら丁度いい!」
豪快な笑顔を見せつけ、大声が響き渡る。
「でもお姉さま、クラリスが、」
「クラリスはヒューガの者だ。
道中役にたつだろう。連れていけ。
もし無事に帰ってくれば、監視から外してもよい」
そう言ったのはシュバルツだ。本当らしい。
戸惑いの色がアリサの顔に浮かぶが、クラリスにとっても、ユアンにとっても良い提案ではあった。
「で、でも・・・・・・」
この話に決着をつけたのはクラリス本人だった。
「私に、行かせてください。
ヒューガは祖国です。それに私ならばその手紙の内容が罠であったとしても、大した問題はないでしょう」
真剣な表情で話す彼女の言葉を聞いたアリサは「はぁ、わかりましたよ」と僕らの提案を渋々、受け入れた。
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