クラリス②


ーー悪魔キュエルはその力を蓄えていた。

 人々の夢を奪い、食すことで自分の糧とする。

 暗い一室、傭兵として成り上がるという夢を持った男からその精気を奪い、彼女は己の蓄えた力が充分育ってきていることを確認する。


 男は脆い、自分の体を変異させれば容易なことだ。

 そろそろ充分だろう。

 体に蓄積された悪魔の力を解放させる時も近い。

 

 そう思った彼女は自分の体を愛でて光悦の表情を浮かべると、自我を失ってもう目覚めることはないその男を見ることもなく、部屋から立ち去ったーー。


  ◇


「コウキ、あなたは現実で足掻いてみてもいいわ」

 ミィロが僕に囁く。

 それは期待のような、願いのよう囁きだった。でもまだ、

「友達ができたんです。まだもう少しいます」


「よかったじゃない。あなたに友達ができるなんて。この世界にきてよかったでしょう?」


 そう言って、彼女は不敵に笑う。

「ずっと先のことは私にもわからないわ。

 だからみんな、もがくのよ」


 僕には、心を落ち着かせる時間が必要だと思う。それに、今後のアリサたちとクラリスのことも気になる。


「もしも困ったら、祈りなさい」

「僕はいつでも、何かに祈ってますよ」

 そう言って僕は再び異世界ヘと足を踏み入れた。


  ◇


 目を覚ました時には午後で、クラリスが牢へと連れていかれた直後だった。


 アリサとケイはもう城へと向かっていた。

 アンはまだ体を休ませている。

 これは大変だ。

 いつもはアンと一緒にこなしている家事を一人でやらなければならない。


「よろしくお願いしますね」

 そう言う彼女の声に励まされ、僕らの昼食を作り、水汲みや散らばった部屋の後片付けをこなす。

 窓も割れてしまっている。

 防げるものを探し、予備のシーツで窓を塞いだ。


 ユアンはひとまず平和だった。

 僕も城へと行くことはなく、午前中は筋トレのような木刀の素振りをし、午後は傷の治ってきたアンと二人で家のことをこなす。

 彼女はすっかり元のメイドに戻ってしまった。

 



 しばらくの月日が流れた頃、木刀を振る僕を見て、「そろそろいいだろう、今度から少し手合わせしようか」とケイが言った。


 そしてその日、アリサからローウェンが拘禁刑になる、という報告を聞く。

「私を狙えばーー、仕方はありません」

 彼女の話では、ヒューガ国のとある派閥から出国したことを知ったらしい。


 クラリスはまだ若いことと指示されたことから情状酌量の余地があるとみなされ、一年の監視つきで罪を許されたという。

 その監視が、僕だった。

 え?


「他に手の空いている人がいないのです。申し訳ありません。私たちも一緒ですから」

 アリサの言うことに、いやいや無茶ですよ、と思うが、話が進んでしまったようで明日連れてくるという。


 アンが、「あの方ならば、心強いです。料理を教えなければ」と、どこから湧いているのか分からない意気込みを見せた。



 翌日の昼、クラリスがやってきた。もちろんだが、刀は帯刀していない。

 着物を着替え、深い青のロングスカートと白地のシャツを着ており、その表情は暗く、少しやつれていた。

「これは大変です。ひとまずご飯を」

 アンが言う。その通りではある。

 僕がここにやってきた時も出していた食べたミートパイ作りが始まる。



 クラリスを交えて食卓に座る。

 少しだけ空気が重く、ケイが不安そうに彼女の顔色を伺っている。


 見かねたアリサが家長の勤めを果たし、喋り出す。

「今日から一年間ですが、ここに住むことになりました。みんな知ってるでしょう?

 クラリスです。ケイ、アンさん、よろしくお願いします」


 ケイがおもむろに口を開き、「もう大丈夫なんですか?」と尋ねた。


「大丈夫です。私たちもローウェンの執務室に無断で侵入したのですから、同罪です」


 クラリス本人も不安そうな顔をしている。

 だが、


 アンが皿を持ち、「これ、食べてください!」と彼女に差し出した。


 彼女は戸惑いの表情を見せ、フォークを使ってパイを口に運び始める

 その様子を四人で見守る。


「!!」

 彼女が驚き、「美味しい……」と口を開いたので、僕らはみんな笑顔になった。

 これなら、大丈夫そうだ。



 次の日、僕の剣の修行は簡単な実戦へと移る。

 ケイの剣筋に慣れ始め、避けることはできた。だが防げば腕がその剣圧で痺れてしまう。


 不思議と僕の切先は全て彼には見切られてしまうようで、擦りもしなかった。


 その様子を座って見ていたクラリスが立ち上がる。そして口を開いた。

「相手の動きをよく見ろ」


 相手の動き?足だろうか、腕だろうかと考えていると「焦ったいな。少し貸してみろ」と言って、クラリスが木刀を握る。


「いいか? お前の場合には全身が硬いんだ。

 だから反応が遅く、受けるだけで精一杯になってしまう。

 まず足の力から抜け、次に腰、肩、最後に腕だ」


「見ていろ」


 二人の簡単な手合わせが始まった。


 それは互角の勝負で、ケイの剣筋はしなやかで軽いが、クラリスはそれを見事に受け流している。

 速い剣だ。二人とも真剣な表情で剣を交わしつつも、相手の出方を伺っている。

 やがて見えなくなってしまう。

 ケイが押し込んでいるように見える。


 しばらく受けていた彼女が後ろへと下がり、距離を取った。

 そして向かってきたケイに対し、木刀を振るった。


 彼女の木刀はケイの手に当たったかのように見えた。

 が、彼は寸でのところで木刀を手から離し、かわしていた。


「相性の問題だな。手数は多いが一撃は軽い」

「やるなぁ、でも次はこうはいかない」

 ケイは腕を回して笑う。楽しそうだ。


「こんなにすごいと思ってなかった」

 僕は素直な気持ちを伝えた。

 しかし、

「私にはもう、剣しかないんだ、それも木刀だがな」

 そう言うクラリスは下を向き、悲しげな表情を見せた。


 彼女のその顔を見て、勇気を出すことにした。

 

「もっと、剣のこと、教えてよ」

「なぁ、二本先取にしないか?」

 少し悔しがるケイが続く。


 すると彼女はゆっくりと笑いながら顔を上げ、自信を取り戻したかのように、

「私でよければ、相手になろう」

 と言って、僕らは友達になることができた。

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