アリサの告発
次の日、アリサはすぐさまローウェンを呼び出し、告発することにする。
なんという行動力だ。
それは僕にないものではあるが、彼女を手本にするのは難しい。
王の間。
城の二階にある、その広い空間に、天窓と壁の円窓から、太陽の光が降り注ぐ。
装飾の施された壁からアーチが伸び、太い柱で支えられている。
奥に何段かの段差と、その上からが赤い、金の刺繍で縁取られた厚い絨毯が部屋へと伸び、その上に、玉座が見えた。
歳はそんなに取っていないだろう四十くらいの若い国王が座り、その横にオリヴィアと、横にいるということは王子だろうか、金髪の男が立っている。
先日会った男爵と、他にも数名が「何事ですか」と様子を伺っていた。
ローウェンが玉座から離れて、王に向かい立つ。
昨日からクラリスがいないはずなのに、慌てる様子はない。
僕らは彼の横に立ち、
「ローウェン、あなたに聞きたいことがあります」と言って、アリサが告発を始めた。
「いいですね? これは私の部下が入試した、あなたの日記です。中には、私を暗殺する計画が記されています」
オリヴィアがぴくりと反応するが、周りの人たちは黙ってその様子を見守り続ける。
「本当ですか? 偽物ではありませんか?」
ローウェンがそれを聞き反論し出す。主導権を握るつもりだろう。
「クラリスが話してくれましたよ、この日記が偽物であれ、書いた人物はあなただと」
「それも疑わしいですな、彼女がそんなことを言うとは思えませんが」
「二人を拘束し、取り調べる必要がある、と感じます」
やり取りが続く。
一見するとただの日記であり、彼女の持っている物が複製の偽物だ、と主張する彼は笑みを浮かべ、子供と戯れるような余裕を見せる。
だが、負けじとアリサも真剣な表情を見せる。
「しかし、それだけでは……」
オリヴィアが眉をしかめ、口を開く。
確かに、日記だけで彼が犯人だと決めつけることはできない。
「それで私を捕えよう、とでも言うのですか?」
ローウェンは手を後ろに組み始めた。
僕はオリヴィアの指摘から、場が彼の流れになっていくのを感じ、逃げられてしまう、と不安になった。
深く息を吸ってアリサが話し出す。
「いえ、あなたへの告発はこの一件だけではありません」
その姿勢を緩めない。
ローウェンが少しだけ、表情を変える。
「クラリスの持っていた剣、あれはこの国の物ではありませんね?」
彼の表情が鈍く、笑みが消えた。
「ヒューガを訪れた際、聞かされました。
ユアンの中に、その情報を流しているものがいる、と」
今度はオリヴィアの隣にいた王子が顔を上げ、反応を示した。
「
アリサの言葉は嘘だった。
僕は雫の光に混乱し、それが何を示しているのか必死に理解しようとする。
が、ローウェンは違った。その顔がゆっくりと歪んでいく。腕を持ち上げ、何かを話そうしている。それを見て僕の理解が追いついた。
「何を言う! どこにそんな根拠が!!」
「クラリス、彼女はこの国の者ではありませんね?
あなたは彼女を使って、ユアンの情報を流しているのです!」
「
語気が強まり、その口から飛ぶ唾が、必死さを伝える。
僕はさらに雫が反応している事を伝えようとするが、アリサの手が、もう大丈夫、とでも言うように僕の前に差し出された。
「王よ、この者から話を聞く必要があると存じます」
最初に口を開いたのはオリヴィアだ。
「私も同じです。一件だけなら分かりかねますが、二件と重なれば疑いの目は避けられません。手記と合わせて調査する必要があります」
王子が続く。
王はその様子を見て、静かに「捕えよ」とだけ言い、この事件は集結した。
どこからか兵士が現れ、ローウェンを拘束する。
「クラリスは! クラリスはどこだ!」
そう叫ぶ彼を見て、安心のような不安のような鉛色の感情が僕に押し寄せた。
「アリサ、この度のこと、ご苦労だった」
オリヴィアの横にいた王子が近づいてきて、ねぎらいの言葉をかけた。
短い金髪の似合う、凛々しさ溢れる若い顔つきをしている。
「シュバルツお兄さま、それは違います。
私を助けてくれたのはこの者です、そうですね? コウキ」
突然名前を呼ばれ、驚いてしまう。
「ほう、貴様が。どうやらその腕は確からしいな」
王子の後ろから現れたのはオリヴィアだ。
大きく口を開けてハッハと朗らかに笑っている。
気持ちはいいが、その物言いには少しだけ疑問を感じる。
「彼の腕は確かです。宿で暗殺を見抜いたのも彼ですから」
ケイが戸惑う僕を見て、助け船を出してくれた。ありがとう。
「今後の貴様の働き、期待しているぞ」と彼女は言い残し、足早にその場を後にする。
シュバルツは彼女に呆れて、説明をし始める。
「何者かがこの国の情報を流している、ということだけは掴んでいたんだが、尻尾を出さなくてね。
これはアリサと君の手柄だ。彼の取り調べで新しいことも分かるだろう、よくやってくれた」その声を聞き、遅れて実感がやってきた。
日が沈みかける帰路の途中、
「そういえば、あれって嘘ですよね?」
とアリサに告発のことを聞いてみた。
すると彼女は少し悩んでから、
「何のことでしょう」と言い、にっこりと笑った。
夕陽に照らされるその笑顔が僕には、輝いているように見えた。
帰ってからアンに一部始終を伝える。
「そうですか」と言う彼女が見せた笑顔に、僕はひとまず安心することができた。
続けて、クラリスの元へ行く。
彼女の長い髪はほつれて彼女の顔に張り付き、ずっと、うなだれていた。
一緒に様子を見に来たアリサが事の顛末を伝えると彼女は反応し、「あの人は一体どうなるのだ」と口を開いた。
「取り調べを受け、余罪があればそれも見つかるでしょう。あなたも同様です。その罪を償ってもらいます」
「そんな……私のせいだ」
アリサの言葉を聞いた彼女の表情が歪み、自責の涙が頬を伝っていくその様は、僕の心にズキズキと確かな痛みを運んだ。
僕の力じゃどうすることもできなかったな、と悔しさを感じていると、アリサが話しかけてくる。
「今回のこと、あなたのおかげです。私たちだけではこの結果は得られなかったでしょう」
「コウキ、私はあなたを利用しようとしていました。本当です。
でもあなたは疑わず、私を信頼してくれましたね。
これでは、フェアではありません。申し訳ありませんでした。これからも、私たちと共にきてくれますか?」
断る理由はない。
「もちろんです」
それを聞き、彼女は「感謝します」とお礼を述べた。
彼女の言葉は嬉しい。だが気になっていることがあった。
「クラリスはこれから、どうなるのでしょう」
アリサが重い口を開く。
「ローウェンの取り調べ次第ですが、最悪の場合、死罪でしょう。滅多にありませんが」
それを聞き、一抹の不安を覚えるが、どうすることもできない。
「気がかりですが、こればかりは……」
その夜、アンを傷つけてしまったこととクラリスを救えなかったことに、深い悔しさを感じながら、僕は眠りに着いたーー。
◇
ーーミィロが待っていた。
久しぶりのことのように感じ、安心する。
穏やかな表情で深くソファーに腰掛ける彼女が喋り出す。
「雫を通して見守っていたわ、よくやってくれました」
いや、僕は何もできてはいない。
クラリスのことを尋ねた。彼女はどうなるのか、と。
「あの子はまだ幼いから、命まで取られることはない、とは思うけど……まだわからないわ」
「クラリスは、いじめられていた時の僕と同じです。自分のことを騙していたんです」
「悲しいけど、そういう人はいっぱいいるわ。
ーーあなたの世界にだって。
支えてあげるしかないのよ、誰かが。神だっていいわ、私のようにね」
そう言って彼女はにやりと笑い、紅茶を飲む。この人の言う通りだった。僕にもできるようになるだろうか。
「アリサが生きてくれたおかげで、しばらくの平和が訪れるわ。本当にありがとう」
彼女に感謝を告げられる。でも、この人がくれた雫がなければなにもできなかったーー。
ーー私の名前は
私は、電車に飛び込んで死んだはずだった。
おかしい。
なら、私が今見ているこの世界は死後の世界なのかしら。
白い床と木でできた古い扉。
なぜだろう、気になる。
私の父は借金を残し、母はおかしくなってしまった。
私にはもう生きている楽しみはない。
狂ったように私に暴力を振るう母から逃れられるならどこへでも行く。
その扉をそっと開けた。
中は、暖かい。
一度か二度訪れたことのある田舎のおばあちゃんの家のような独特の香りがする。
誰かいるのだろうか。
廊下のすだれをくぐり奥へと入った。
「やぁ、タマキちゃん。僕はミコト。ずっと君のことを見ていたよ」
そこにいたのは薄緑の着物を着た細い目の若い男性だった。こたつに入り、壁に投影された映像をみている。現実世界のようだが、その詳細はわからないし、私はこの人を知らない。
「だ、誰ですか?」
「僕かい?僕はねぇ、神さ。君にお願いしたいことがあるんだ。使者として、生まれ変わってほしいんだけど、いいかな?」
「えっ……?」
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