クラリス
その日の夜遅く、捕獲したクラリスの手足を拘束して尋問を始めた。
彼女のブラウスははだけ、スカートにはアンがつけたであろう破れた傷が目立つ。
小さな靴は脱がされ、靴下を履いた足が自由を取れず、もがいている。
しかし、彼女は話さなかった。計画のこと、ローウェンのこと、自分のこと。
口にした言葉といえば、水はあるか、というものだけだった。
アリサが額に指をあて、「いい加減話してくれませんか? 何か知っているんでしょう?」と聞くが、反応はない。聞こえてはいるようだ。クラリスの汗が滴る。
「私を狙ったことが知れたら、罪に問われます。ローウェンにも疑惑がかかるでしょう。それでもいいのですか?」
その話題に彼女は、前髪が張り付いた顔を上げ、こちらを睨みつける。
「私一人でやったことだ。あの人は関係ない」
雫は反応しない。襲撃のことだろう。
アリサが責め立てる。
「そういうわけには行きません。アンも傷つけたのです。責任は彼がとることになるでしょう」
「私にそんな価値などない。あの人は私を切り捨てるだろう、」
クラリスは再び顔を俯き、下を向く。
この場ではない、遠くに焦点のあった彼女の目に、僕は悲しみを感じた。
そして思い出す。
「私に価値などない」
その台詞をどこかで聞いたことがあった。
過去へと潜り、探し出す。
見つけた。自分だ。
虐められていた時、よく言われた言葉。
「お前なんて生きてる価値なんてねぇんだよ!」
いつからかそう思い込むようになってしまっていた自分が今、目の前にいた。
クラリスの中にいる自分に対し、何か言えるだろうか。思い浮かばない。
口を開き、「決めつけちゃダメだ」とだけ言った。僕のこの言葉は彼女に届くだろうか、
アリサがそれを聞き、話の主導権をそっと差し出す。
「なんだお前、いいか?
クラリスの嘘が僕に重く、確かにのしかかる。
青く雫が光りを放ち、左目から涙が流れ出した。
しかしこれは、彼女になんて言ったらいいんだ。
彼女は思い込んでいる。自分を騙しているんだ。
正直に伝えよう。意を決して話す。
「僕には嘘がわかる。君は……、駒なんかじゃないよ」
「ふざけたことを、お前にあの人の何が分かるって言うんだ!」
ダメだった。彼女の怒りに触れてしまった。
それでもーー、
「それを教えてくれないか?」
様子を見ていたケイが見かねて口を開く。
右手を差し出し、眉間から困惑の表情が見て取れる。
「教えるわけないだろう……、もういい、
それは冷たく、暗い言葉だった。
僕の片目からは涙が流れ続ける。
これ以上は続かない、と判断したアリサが手のひらを突き出して「殺すわけないでしょう」とため息をついた。
しばらく沈黙が続く。
気まずい空気が流れる。
「これ以上は私たちでは……」
アリサが諦めかけた時、思い出した。
日記だ。
まだその内容を見せていなかったことを思い出す。
「このページ、おかしいんです」
日記をパラパラとめくり、アリサやケイの二人に計画書のことを伝えようとした。
その様子を見たクラリスの様子が一変する。
「やめろ、わかるはずはない!
大声で主張するが、無意味だった。僕の前で虚しさとなったその声が消えていく。
「これは……なぜ今まで黙っていたんですか! 計画書です! 宿の!」
「ローウェン様、申し訳ありません。私のせいで、私のせいで、」
クラリスの体が、力なく崩れ落ちた。
やがて、アリサは落ち着きを取り戻し、その内容、日時を確認し、計画書であることを確かめ、口を開いた。
「いいですか? あなたは確かに命令された。指示を出したのはローウェンですね?」
「
決まりだった。
僕の頷きを確認したアリサとケイの二人がしばしの間退出し、僕はベッドに横たわるアンと床に崩れ落ちるクラリスのいる部屋に残された。
肩がうなだれ、首も座っていない、足は力なく伸びるその少女を眺め、何かを言おうとするが、かけることのできる言葉が見つからない。
雫の反応による涙は、とっくに収まっていた。僕は部屋のランプの灯りを消してその場を立ち去ろうとした。
「ニャー」
突然近くから猫の鳴き声が聞こえてきて驚く。
部屋に以前、水路で出会ったあの猫が入ってきていた。
クラリスが割った窓から入ってきてしまったのだろうか。
その猫を掴んで部屋の外へと追い出そうとするが避けられてしまい、その猫は窓の側へと立ち、もう一度「ニャー」と鳴いて、夜の闇へと消えていった。
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