次の日の朝、ケイと一緒に衣服を揃えに店へと行く。

 少しだけ彼の方が僕よりも身長が高く、自分のものを持っておいた方がいいということだった。


 石畳の通りに面する服屋に入ると、現代と同じように何着か服が並べられていた。

 どうやら他に客はいない。


「服はみんな作るから、買うやつは急に必要ななったやつとか好きなやつだけだな」


 ケイの言葉に頷く。

 中は暗くて店員もいるのかいないのかわからなかったが、身軽な何着かのダボっとしたチュニックと、黒い丈が膝までのズボン、黒い刺繍の入った羊の皮でできているらしい靴を購入した。

 カウンターの奥からお婆さんのような店員が出てきて会計をしてくれる。

 一応、僕の給金が減らされるとのことだけどないよりはましではある。


  ◇



 その日の午前中に、ケイから剣術を学び始める。

 剣術といっても僕が行うのは木刀での素振りだ。筋肉をつけるためではあるけど、これが辛い。

 刀自体は軽いのだが、腕を何回も振り下ろすと次第に感覚を失くなってくる。

 握る指の力も入らなくなり、持っていることも難しくなってしまう。


「こう、腰を使って、こう」

「こう?」

「あぁもっとこう、肩から下ろす感じ。貸してみろ」


 彼が僕の木刀を持ち、素振りも始めた。


 確かに、違う。

 体つきや腕の筋肉の動き、肩の動き。

 滑らかに剣の切先が弧を描いている。

 僕は少しだけ、運動部に入らなかったことを後悔した。


  ◇



 昼になるとアリサが起きてきて、みんなで彼女の朝食兼昼食を食べる。

 その日はアンが焼いてくれたトーストと、ベーコンエッグがメニューだ。


「午後は、アンさんと部屋の掃除をしてください。ちょうど物置になっている部屋があります」

 昼食を食べ、アリサはケイを連れて城へと向かう。仕事があるようだ。

「私がいない間の仕事、お姉さまに頼むんでした」と後悔しながら馬車に乗り出発していった。


  ◇


 そして、僕が滞在する部屋を掃除することになる。昨日は食卓の脇の白いソファーで寝た。

 寝付けないことはなかったけど、やはり自分の部屋をもらえるとなると胸がワクワクする。


 しかし、

「こちらです」

 アンさんに案内されたところは、屋根裏だった。まぁそんなところだろう、


「すみません。お客様が来ても泊まるということはないので……。しばらくしたらケイの部屋を片付けて二人部屋にしますから」


「いや、大丈夫ですよ」

 もらえるだけありがたいと思おう。




 口を手拭いで覆い、はたきと雑巾を持って屋根裏の掃除を始める。

 といってもこの家自体元々三人しか住んでなくて、修理予定だという壊れた木の棚と使われていない衣装ケースがあるだけだった。

 掃除自体はそこまで苦じゃなく、埃を払い階下へと運び、床の木を雑巾でかけていく。

 

 衣装ケースは水拭きをした。

 乾いたらそれを戻して横にして置き、そこに予備の布団とシーツを敷いて簡易的なベッドをつくる。


「これなら、寝れそうです」

「後日、家具を揃えますから、すみません」


 アンさんは丁寧だ。

 こちらが申し訳なくなってしまう。

 枕は藁を詰めた予備があったため、それを使い、枕元にランプを一つ持ってきて置いた。

 今のところ部屋にはベッドと壊れて骨組みが折れてしまっている棚しかないし、天井はやや低いがこれでも立派な部屋になった。


「ありがとうございます。アンさん」

「すみません、手伝っていただいて。これから家のことをやりますがよろしいですか?」


 大丈夫だ。

 彼女の後を着いて家のリビングへと続く折りたたみ式の階段を降りた。



 一つ気になることがあったので彼女に質問してみる。


「そういえば様子を伺いにくる何者かって、大丈夫なんですか?」


「あぁ昨日のことですか、大丈夫です。アリサ様はあれでも王女ですから、その屋敷に押し掛けたとなれば罪に問われます。それに、私もいますし」


 そう言って彼女は口元に指を当て、なにやら不敵な笑みをこぼした。


 気を取り直して、二人で一緒に家事をこなす。

 まずは昼食の片付け、皿洗い。


 木桶に汲んできた水で簡単に汚れを落としていく。

 下水や生活排水などは街の地下を流れる水路に流し、南部の農業地域へと流れていく仕組みだ。


「コウキさんがいてくれて、助かります」

「後は水汲みのやり方ですね。大変なんですよ、いつもは一人なので」


 アンさんに案内されて近くの生活用水路へと向かい、水を組んで帰ったときには日が沈んでもう夜になっていた。


  ◇


 城からアリサとケイの二人が帰ってきて一緒に夕飯を食べる。

 食事は燻製された肉と野菜のピクルスだったが、口に合わないということはなく、何より動いてお腹が空いていたことあり、その日はぺろっと平らげてしまった。

 アリサが自分のいない時間のことを尋ねてきた。


「部屋はどうですか?」

「屋根裏ですけど、ベッドを作りました」

「えぇ!? 

 空いている部屋は……ありませんでしたね。すみません。勘違いしていました」


 そう言った彼女がバツが悪そうな顔をしたので、

「気にしないでください。一人の時間は必要ですから」と僕は言った。

 異世界生活においてその時間は僕に必要だと思う。


「そうですか……。アンさんがよければ、私かアンさんの部屋を空けてもいいのですが」

「私は構いませんよ、」


 その提案にどこか申し訳なくなり、

「大丈夫ですから! 屋根裏にもう少し住んでみます」と変な意地を張ってしまった。




 結局、その話は後日アンさんの部屋を片付けて空けてもらうことで決着が着いた。


「いつでも俺の部屋にこいよ、気にしなくていいから」と僕が屋根裏に登る際、ケイが声をかけてくれた。


「ありがとう」と言って屋根裏の蓋を閉じ、ランプをつけてベッドに潜る。

 そんなに寝心地は悪くないが、やはりどこか寂しいのは気のせいだろうか。


  ◇


 それから午前中は木刀の素振り、午後はアンさんと家事をこなす、ということが僕の日常になった。

 

 何日か経ち、木刀を振っていた僕にケイがとある疑問を抱く。


「そういえば、宿に泊まった日、どうして襲われることがわかったんだ?」


 僕は雫の青い光のことを事細かに説明した。


「ミィロの話では嘘を見抜くらしいんだ」

「へぇ、面白そうだな。調べてみよう」と言う彼の提案で雫に対する簡単な調査が始まった。


 最初は簡単なものから。

 ケイが「俺は女だ」と子供でもわかるような嘘をつく。そんな簡単なことに反応するのか?と思っていたが、雫は一瞬光を放った。


「おぉ、反応したよ。他にも何か言ってみて」


 こうして、彼の協力により、雫の力についての実験が始まった。




 何回かの反応をみて、わかったことがある。

 雫の光は、どうやら僕の認知で収まるらしい。


 その仕組みはまず、誰かが嘘をつき、それが僕の耳に入ることで光り出す。


 遠くてよく聞こえないものや、小さい声でごにょごにょとしたものには反応せず、しっかり耳に入れる必要がある。

 ただ、ケイが「俺は女だ」と言った時のように、明らかに嘘とわかるものは一瞬で終わる。

 僕が嘘とわかっているので、意味はあまりなさそうだ。


 時が止まったのはミィロの関与だったのだろう。どのような言葉でもそれらしい反応はなかった。


 色んなパターンを試した。ケイだけが知っていること。僕が知っていたり知らなかったりと分けて実験をしたがどれも同じだった。

 ただ、ケイ自身も嘘だとわからないことについては試すことができなかった。

 人は嘘をつこうと思って発言した時、どうしてもそのことを意識してしまうのだろう。


「ありがとう、あとは自分で確かめてみるよ」

 実験を終わりにしてケイに感謝を告げた。

「そうか。これからコウキの前じゃ嘘つけないな」


 そう言って笑う彼の顔をみて、僕の頭にある一つの考えがよぎる。


(この力が現実で使えれば、いじめられることもないのかなーー)

 その考えをプルプルと左右に頭を振って捨てた。


  ◇




ーーサザンピークの北、ムンファの町。

 国境付近の問題を回避するため兵士の駐屯所や傭兵ギルドが立ち並ぶこの町では争いが絶えない。

 ギルドの入り口がある大通り、剣を帯刀したり、斧を持った傭兵が行き交うこの通りを人目につかず歩く白くて長い髪のたなびかせる女がいた。

 肩から胸部までを覆う暗い紫のピチッとしたスーツのようなドレスを羽織り、腰回りのショーツは破れかけ、足を覆うタイツも右の片側だけしか身につけていない。

 そして、その姿が周りには見えていないのか、彼女に反応する者はいない。


 彼女は傭兵たちがうろつく群衆の中を、その白い髪をかき上げて歩き、次の獲物を探しギルドの二枚扉を開けて中へと足を踏み入れたーー。

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