サザンピークの日




 街の入口の見上げるような大きさの門へと僕らを乗せた馬車が石畳の上を進んでいく。

 多くの人が往来しているからか、アリサはフードで顔を隠した。


 その端の、警備の駐屯所らしき所へと足を運び、ケイが簡単な話を済ませて男の受け渡しを行った。

 後日尋問を行うらしい。


 馬車は入り口までだ。

 門から少し進んだところの馬車小屋から何匹かの馬がこちらを覗いている。

 馬車から降り、荷台に乗せたリュックと鞄を手に持って僕らは歩き始めた。



 門の内側には円形の広場が広がっていた。

 その中心に樹木とまではいかない大きな木が生えておりその周囲を人が往来している。


 広場から伸びる一本の、幅の広い道が遠くに見える城まで伸びているのが目に入る。 


 整備された花壇の列とその間の噴水がその道の中央に立ち並び、左右に商店や屋台などが店を構え、多くの人が買い物をしていた。

 

 人々の服装は様々で、鎧を纏う騎士からターバンを巻いた砂漠からであろう商人、ジャラジャラと宝石のようなアクセサリーを身に付けた、踊り子のような呼び子などが目に入った。

 


 広場の左右からも二本の道が伸び、左側は二階建ての建物が軒を連ねているようだ。

 看板とランプの灯りが点々と続く宿が多くある旅人のためのエリアになっていた。

 大きめのリュックを背負った一人の男が近くの建物の扉を開き、建物へと入っていくのが目に入る。




 その広さと人の多さに目を奪われた僕は広場の木の陰に隠れてこちらを観察するポニーテールの少女の存在には、気が付かなかった。



 一旦広場のベンチに荷物を置いて、アリサはそこに腰掛けると馬車での会話のことをケイに説明し始めた。



「コウキには私の護衛として一緒にきてもらいます」

「彼が護衛……ですか。俺はいいですけど、彼は?」


 ケイは少し心配そうだが、アリサは違った。

「いいんです!」と言われてしまい、彼女の屋敷へと行くことになる。





「なら、こっちだ」


 ケイの声で僕らは右側の道へと歩みを進めた。

 道の左右に用水路のような側溝があり、その奥に飲食店だろう、なだらかな道に沿って建ち並んでいる。


 何かを焼いたような香ばしい香りやスパイスの芳醇な香りが僕の鼻につき食欲が目覚め始め、腹が唸りだした。


 右側にも何軒か店があり、そこは例えばチュニックなどの布地の衣服を売る店や、乾燥させた干し肉や瓶詰めの野菜などの日持ちのよい食料品を売る店、小さい棚や木桶などが店頭に並んでいたりする店と、どうやらここは商店街エリアのようだ。


 

 そこを歩く。

 緩やかな斜面になっているその道を少し登っていくと次第に店の数が減っていく。

 代わりに扉と呼び鈴のある家のような建物の数が増えていった。

 子供が何人か道の左右に伸びる路地の奥で遊んでいるようだ。

 団地の夕方のような声が聞こえてくる。



 やがて人通りも消え始め、日も沈み始める。

 けっこう歩いただろうか。

 庭をフェンスで囲んだ石造の一軒家が辺りには建っていた。

 まるで住宅街のような様相をしており、辺りは静かなのだがこちらを何者かが見ているようで少し緊張する。




「やっと、着きましたね」


 彼女の屋敷はその奥に建っていた。


 案内されたのは緑の庭が柵で覆われ、そこにレンガで作られた茶色い建物だ。

 三角の煙突の生えた屋根をもち、そこから煙が出ていて中に人がいるようで、ランプの優しい灯りが、窓から溢れている。


 アリサが柵を押して敷地に入り、僕らは玄関に続く飛び石の上を歩く。

 家に隣接して花壇が並び、家の灯りに照らされた赤黄に染まる花々がこちらを出迎えているようだった。




「お待ちしておりました。アリサ様」


 黒いショートヘアのメイドだろう、黒地に白のエプロンをつけた女性が中から扉を開いて僕らを出迎えた。

 丸い顔につぶらな瞳をのぞかせており、その年齢は若そうだ。


「ただいま、アンさん。私たちのいない間はどうでした?」


「何事もありません。ですが時々、何者かが様子を窺いに」


「よく留守番をしてくれました。その話、後で詳しくしましょう」



 ケイがすまない、と彼女に荷物を預けた。


 玄関はそこまで広くはない。

 花模様の刺繍の着いた絨毯が敷き詰められており、そこから続く廊下は王女の家とは思えない幅一メートル程度で、左右の扉のドアノブが目に入った。

 


「そちらの方は?」

 アンが僕を見て尋ねた。

「こちらはコウキ、後で紹介いたします。ひとまず、私は着替えますから」

「かしこまりました」 


 お邪魔します、と頭を下げて履いていた靴を脱ぎ、家の中へと入った。



「こちらへ」

 アンに案内され、奥へと進む。

 アリサとケイは自室だろうか、廊下の扉へと入っていってしまった。


 リビングには家庭用の大きめのテーブルに数多くの料理が並んでおり、奥にかまどと石窯だろうか、キッチンが見える。

 家具は多くないようだが、赤いレンガの壁に映える、大きさの異なる白いソファーが何個か無造作に置かれていた。

 大きめの丸窓がいくつかあり、そこから見える外は夜の黒が馴染んでいる。

 


 初対面の人と二人きりになると途端に何を話せばいいかわからなくなる。


 アンさんは違った。立っている僕を見て声をかける。


 食卓の白く塗られた椅子を下げ、「座ってください」と言う。

 そしてキッチンへ行くと食器棚から、何枚か皿を取り出して僕の前に並べた。


「アリサ様が客人を中に入れるのは珍しいですから、二人を待ちましょう」

「コウキさんは、こういうの、初めてですか?」


 こういうの、とは人の家でご飯を食べることだろうか、ひとまず「初めてです」と正直に答えた。


「私も、料理をお客様に食べてもらうのは初めてなんです。よろしくお願いしますね」



 両手の平を合わせてそう言った彼女の丸い顔にうっすらと赤らみが見え、気を使ってくれたのだろう、その優しさが僕の緊張をほぐす。



 そうこうしていると家着に着替えた二人がやってきてテーブルにつく。

 アリサはパジャマのようなゆったりとしたカーキ色の服を着ているがケイは変わっていない。ベージュ色のチュニックを着ている。




「お待たせしました。いただきましょう。コウキも食べてください」


アリサの言葉で、僕らは食卓に着いた。



 食事は豪華だった。

 今日帰ってくる予定になっていたアリサのためにアンが腕を振るったようでミートパイがその焼いた小麦の匂いを放ち、鳥の丸焼きがその存在感を放っている。


「大変だったの、アンさん。帰り際の宿でーー」

 男に狙われたことをまるで久しぶりに会った友達のようにアリサが話し出す。

「どうやって、撃退したのですか?」


 それを聞くアンはまるで夕方のロボットアニメの話題を聞かされているみたいだ。

「敵は二体なのですか?」と聞いている。



 僕は目の前の料理に、これは食べていいものか、と手をつけずにいた。

 その様子を見たケイがニヤニヤし始める。


「食べないのか? これ、うまいぞ」

 鳥の丸焼きを切り分けて、こちらに差し出した。

 肉のついた骨から肉汁が滴り落ちている。腹も減っていた。

 「いただきます」と言い口に入れる。

 



 美味かった。

 確実に鳥の丸焼きは塩がきいていて確かに美味しかった。

 でもそれ以上に、彼らの優しさと、温かいこの雰囲気が、団欒ってやつで、久しくこんな気持ちになることはなかった。






ーー現実を思い出す。

 母と父はよく喧嘩していた。

 僕のいじめが原因だった。

 母の金切り声と父の怒鳴り声がいつまでも僕の耳から離れず、嫌気が差したことを覚えている。

 そして僕はいつからか、自分の部屋にこもり一人でご飯を食べるようになっていたーー。

 



 みんなが笑い、色のある食事、

 ふと、涙が出そうになった。

 


「そんなにうまかったのか!?」

 僕の様子を見たケイは驚いて「よかった、こっちも食えよ」と笑いながら更に手渡してくる。



「そういえば、紹介を忘れてました」

 アンとの会話から戻ってきたアリサがハッと我に帰ってきた。


「コウキには、これから二人と一緒に住んでもらうことになります。

 私の護衛として働いてもらうことになりますが、返事はよろしいですか?」


 そういえば返事は後でいいと言っていたな、と思い出す。

 心はとうに決まっていた。



「はい。よろしくお願いします!」



「わかりました。よろしくお願いしますね」



 僕の声を聞いてケイとアリサが顔を見合わせて笑う。

 一方のアンは「こちらこそよろしくお願いします」と合わせた両手を胸の前で撫でながら言うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る