22.バシュロ様の真意

 春の庭園は気持ちのいい風が吹いていた。花星宮の西の庭園は、野花を中心に植えられていて野趣に富んでいる。


 私はバシュロ様に、オティーリエ王女をエスコートする約束をさせていた。決して冷たくしないことも。


 オティーリエ王女はバシュロ様にエスコートされて、上機嫌で東屋へいらっしゃった。今日も私が見立てたグリーンのデイドレスをお召になっている。新しいドレスがよほど嬉しかったのだろう。

 銀星宮の統括侍女が報告していたが、オティーリエ王女の持ってきたドレスはイブニングドレスばかりで、それもここ三年は着まわしている傷み方だそうだ。


 今日のオティーリエ王女は、少し落ち着いていた。

 バシュロ様が冷たい態度をとらないせいでもあるだろうが、なんとなく静かだが楽しそうだ。


「お茶会なんて久しぶりだわ」

 浮き浮きとしているオティーリエ王女。

「インジャルのお菓子はとてもおいしいのね。わたくし、これが好きだわ」

 と、侍女に皿に盛らせた苺のタルトをおいしそうに召し上がる。今日はとても所作が美しい。晩餐の時とは大違いだ。


 私は思った。このオティーリエ王女の方が真の姿で、晩餐では極度に緊張していたのではないのだろうか。


「知っているのでしょう?」

 声色が少し固くなる。

「カテーナが貧しいって」

 私はどう答えていいのかわからない。

「カテーナは手をだすべきではないことを、いくつもやってしまったからだ」

 淡々とバシュロ様がおっしゃる。


 それは事実だ。

 カテーナ王国が傾き始めたのは、二十年前にフェディリア王国の国境線を侵略したことが発端だ。軍部が独断でやったことだが、引くに引けなくなり、フェディリア王国との関係が悪化してしまったのだ。

 フェディリア王国との交易が途絶えてしまった結果として、じわじわと困窮していった。


「わたくしには関係ないのに」

 そう言うオティーリエ王女に、バシュロ様が冷たく言う。

「それでも教育を放棄したのは君だ。いい加減インジャル語を話したらどうだ」

「バシュロ様」

 私が遮る。

「明日から王太子妃殿下の教育が再開しますので、長い目で…」

「ベル、"王太子妃殿下"と呼ぶのは禁じたはずだ。実質、まだ妃でもないのだし」

 オティーリエ王女の顔が赤くなり、ばっと席を立った。

「わたくし、気分が悪くなりました。帰ります」


 オティーリエ王女は去って行った。


「バシュロ様!」

 咎める私にバシュロ様は言い放った。

「オティーリエ王女は人質だと知っているだろう?」

「はい、存じております」


「カテーナ王国の情勢が不安定で、経済状態が傾いていることを。それを援助する代わりに差し出されたのがオティーリエ王女だったわけだけど」

 暗い目でバシュロ様が続ける。

「婚約する前は聡明な王女だったそうだよ。我が国嫁ぐことが決まって、未来の王妃になると驕ってしまったそうだ。カテーナ王国側が言うにはね」

 皮肉っぽく笑う。

「七歳で聡明なんて、よく言えたよね。たとえそうだったとしても…」

「それはオティーリエ王女だけの問題ではございませんわ」

「それにしてはあまりに酷い。十二歳の君を見て思ったよ。覚えてる?中等部の入学式を」

 その時成績上位入学者五人は、インジャル語とカテーナ語とフェディリア語の詩を一編ずつ暗唱したのだ。

「インジャルの『あした咲く花』、カテーナの『あの星を道しるべに』、フェディリアの『冬の湖畔』…今でも覚えているよ。目をきらきらさせて、髪がランプの光を映していた」

 髪に触れるバシュロ様。

「同じ年の子があんなにがんばっているのに、カテーナからは酷い報告しか来ない。君がバイエの婚約者候補だと聞いた時は焦ったよ」

 バシュロ様はあの頃の私をすでに知っていたのだ。

「オティーリエ王女のことは婚儀の数年前から交渉をしていたが、年頃の王女がいないという理由でおしつけられたんだ」

 バシュロ様は冷たく突き放す。


「そこで契約が交わされた。公式に失敗を三度したら正妃から降格して側妃になると」

 私は驚く。一国の王女をそのように扱っていいものなのか。


「あちらは我が国の後ろ盾なくては、フェディリア王国が攻め入ってきても何もできないから、条件を飲むしかなかった」

 そして真剣な顔になった。


「君は私の政務を手伝っているから、知っているだろう。カテーナはもう限界に近い。近く、我が国とフェディリア王国とカテーナ王国で協議が行われる。おそらくそこでカテーナ王国は解体するだろう」

「そこまで話が煮詰まっているのですか?」

「ああ。カテーナ王国はここ数年、無茶をしすぎた。国交も満足にできないほどになっている。復興が大変になるほどね」

 淡々と続けるが急に私の手を取り、微笑んだ。


「私は嬉しかったんだ。君を正妃にする道が開けたと」

「わたくしを正妃ですか。そんな…」

 バシュロ様は握る手に、少し力を入れて言った、

「要は、君を愛してしまったんだ。知っているだろう」


 私はまだ素直になれない。

「わたくしを正妃にしても、国に益はございません」

 そういう私を、バシュロ様は驚いた顔をして見た。


「君は本当に無自覚で、自分の評価に興味がないね。君が政務を手伝いだしてから、臣下の間でも君を正妃にした方がいいと言う意見が多く上がっているんだよ?」

 握っている手に少し力がこもる。

「近々変化があるから、覚悟していて」


 そう言って、ふいに唇にくちづけた。

 驚く私を微笑んで見つめ、

「では、また明日」

 と言って去って行った。


 私を正妃に?そしてオティーリエ王女を側妃に降格?

 それではオティーリエ王女の立つ瀬がないではないか。

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