8.新学期と流行
夏季休暇中、私は週に一度の頻度で王宮に招かれた。
国王陛下も王妃殿下も優しく、少しずつ私の心はほぐれていった。
そして十三歳になった。
新学期、学院はざわついていた。
ヘレン・アンダーソン伯爵令嬢、ミネルヴァ・ギャローズ子爵令嬢、シリル・エンドレル男爵令嬢の三人が傷害と不敬罪によって退学処分放校された旨が掲示されていたのだ。
夏季休暇にはいってすぐ、私はプライブ伯爵家と正式に養子縁組して籍を入れた。
三人に髪を切られたことを知った伯父と叔母は、いや義父と義母は激怒し、三家に厳重な抗議を文書で送っていた。
そこに王家から私を第一王子バシュロの未来の側妃決定の宣旨が下され、話が大事になってしまった。
三人は王族関係者の傷害罪に問われたのだ。
しかし三人とも十二歳という年齢が考慮され、王立学院から放校することでどうにかおさまった。
とは言え、不敬罪で放校になったことで三人は自宅での教育を義務付けられ、十五歳の社交界デビューが難しくなった。デビューはできるが、社交界に受け入れられるかわからない。
はたしてデビュタントの夜会の後、どれだけの貴族が彼女達を受け入れるだろう。
デビュタントとして王宮で催される夜会に出席し、国王と王妃に目通りすることは義務であり、それがなくては結婚を許されない。目通りの時にどんな言葉をかけられるかで、その人の今後の社交界での立ち位置が決まってしまう。
彼女達は十二歳で王族関係者を傷つけ不敬罪に問われたという瑕疵がついた。
当時の私は、あれよあれよという間に決まったことに戸惑うばかりだった。そしてその意味や今後の彼女達の置かれる境遇について、王宮のお茶会で少しずつ教えられ、青ざめる思いだった。
「あなたの良心を傷める話ではありません」
王妃殿下がピシリとおっしゃった。
「三人はそれだけのことをしたのです。あなたが未来の側妃だから不敬罪が加わりましたが、どこの家の令嬢にしても、あれは傷害罪になります」
いとも楽しそうに笑って続けた。
「三人のお嬢さん達は、今後社交界への参加は難しくなるでしょうね。当然、婚約を結ぶ相手も躊躇して碌な縁も来ないでしょう」
私にむかって言う。
「あなたは毅然とお振舞いなさいね。同情も卑下も驕りもなりません。自分を律して堂々としていなさい」
小さくため息をついて続けた。
「これからあなたはずっと二番目と言う地位に甘んじなくてはなりません。バシュロの寵愛に驕らず、一歩引いて振舞うことを覚えないさい。将来はオティーリエ王女を盛り立てる立場になるのです」
寵愛…
そんなものがあるのだろうか。
私には実感が湧かなかった。
側妃にと望まれたのは、そんな甘ったるい感情ではないのだ。
ともかく新学期は明け、私の立場はひどく微妙なものになった。
それまで気安く話していた令嬢達は敬語になり、遠巻きになった。
学院では常に警護が付き、朝夕は王家の馬車で送迎される。
生徒会のメンバーとして執務がある。
なにもかもが私の思惑の外で動き始めた。
私の意思でできることは勉学だけだ。
「あら、そんなことないわよ」
リゼット様が笑った。
「あなた気づいてないの?この頃、両耳の上に髪飾りを着けることが流行しだしたのよ。みんなあなたを真似ているの。流行を作り出すのも政治よ」
「これはリゼット様がくださったものです。流行をつくったのはリゼット様でしょう?」
「いいえ。私は実践したわけではないもの。あなたがやり始めて、みんなが真似して流行ができたのよ。それにソリティアのピアスも流行っているわ」
「前は華美なピアスやイヤリングが主流だったのにね」
ミレーヌ様も言う。
私の髪飾りはプライブ家だけではなく、王家からもたくさん贈られた。
今年の誕生日は、数多くのものが贈られた。これらを寮に持って行くのが怖かったが、新学期からは寮ではなく、引き続きプライブ家のタウンハウスに滞在し、通学することになった。
今までの私は、どんなにアクセサリーを贈られても妹のコリンヌが欲しがって取られるか損なわれるかだった。だからアクセサリーの手持ちがなかった。プライブの祖父母から十二歳の誕生日に贈られたサファイアのソリティアのピアスとペンダントを、取られまいとずっと身に着けていた。
ペンダントは普段制服の下に隠しているが、ピアスは髪を切られてからは目立つようになってしまった。
言われてみれば、周囲に両耳の上の髪に髪留めやリボンを着ける女生徒が目につく。ソリティアのピアスも。
「流行を適度に作るのも上流階級の役目なのよ」
リゼット様が言う。
「リゼット様の周りでは、リゼット様を真似てハーフアップの髪型と銀細工の髪留めが流行しているのよ」
とミレーヌ様が言う。
「ほら、わたくしも」
ミレーヌ様の髪留めは繊細な銀線で、巣篭る鳩を模っていた。
リゼット様の髪留めは三羽の羽ばたく小鳥と小花。
リゼット様が言う。
「わたくし達は注目されているという自覚を持たないといけないわ」
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