9.贈り物とオティーリエ王女

 晩秋がやってきて、バシュロ殿下の18歳の誕生日になった。


 その頃には私は、週末は王宮で過ごして側妃教育とバシュロ殿下の執務の手伝いをしていた。冬季休暇から本格的に王宮暮らしになる。


 バシュロ殿下の誕生日、私からの贈り物は王妃様からの助言でごくささやかなものにした。

 ガラスペンのセットとペン先のインク拭きだ。灰色のインク拭きの隅に緑の蔦を刺繍した。


 その日に合わせてカテーナ王国から使者が訪れ、「オティーリエ王女からの贈り物」の数々を献上した。

 使者達のもてなしで王宮では連日、晩餐会や夜会が続いている。バシュロ殿下はもちろん、デビューして成人になったリゼット様が参加している。


 その週末、私がバシュロ殿下の執務室に入ると、部屋中に贈り物の箱が積まれていた。

 今日の私の仕事は、文官と一緒になって贈り物と目録の確認だ。


 贈り物の中身は、なんというかまるでお伽話のようだった。


 例えば、両手に乗るサイズの純金で作られた王子様とお姫様の像。バシュロ殿下とオティーリエ王女らしい。手を取り合って見つめ合っている。

 極彩色の絵本。もちろんお伽話だ。

 宝石を散りばめたペーパーナイフ。これには少し驚いた。


 贈り物、親しい相手、特に夫婦や婚約者には「切るもの」鋏やナイフなどを贈ることは、「繋がれた関係の糸を切る」と、我が国インジャルでは忌避されている。忌避されているが、暗に「私との関係を切りたくないのならばお返しをください」という、払い戻しのような謎かけにもなっている。

 だからよほど仲のいい夫婦間の冗談や、逆に関係を切りたい相手にしか贈らない。


 目録の確認が終わり文官は退出した。

 執務室はいつもの通り、バシュロ殿下と私と彼の秘書の三人になった。


 バシュロ殿下は不機嫌を隠そうともせず、贈られたペーパーナイフをいじりまわしている。あんなお顔をしているが気に入ったのだろうか。


「見てよ、これ」

 ペーパーナイフの先で金の像を指す。

「いかにもお伽話の王子様とお姫様だね」

 と笑う。その冷たさに鳩尾がぎゅっとなった。


「この帽子、何羽の鳥の尾羽が使われていることやら。こんなけばけばしい帽子をどこへ被っていけばいいんだろうね」

 ご不興がみてとれる。

「オティーリエ王女は、私を道化師だと思っているに違いない」

 バシュロ殿下は、オティーリエ王女を好ましく思っていないのだろうか。


「このペーパーナイフは王女の人柄を伺えて笑ってしまうよ。私は誕生日の贈り物のお礼に何を贈ればいいんだろうね」

 執務室は重い空気に包まれている。


「恐れながら殿下、贈り物は側近がお決めになったのかもしれません。我が国の風習を知らなかったのかもしれませんし」

 秘書の言葉にバシュロ殿下は「ははっ」と皮肉な感じ笑う。


「じゃあ、どちらも我が国に興味がないわけだ」

「それは…」

 秘書は口ごもってしまった。


『バシュロ様、お誕生日おめでとございます。お会いできる日を楽しみにしています。あと四年でけっこですね』

 バシュロ殿下がオティーリエ王女の手紙を読み上げる。カテーナ語だ。

「"おめでと"に"けっこ"ね」

 バシュロ殿下はその手紙を、ついと私に手渡す。

「インジャルに嫁いでくるのにカテーナ語の手紙。しかも誤字。結婚という文字も書けないの?側近達は確認していなかったのかな」


 わざとだったらかなりあざとい。しかし手紙の文字はかなりたどたどしく幼い印象を持った。

 手紙には『贈り物は全部わたくしが選びました。お帽子、きっと似合います。ペーパーナイフはきいです』

「きい」…おそらく「綺麗」だ。

『どうかお迎えはバシュロ様がきてくれますように。会える日を待っています』


「国同士の結婚の意味もわからない王女との結婚かぁ」

 大きなため息をつくバシュロ殿下。

「見てよ」

 ペーパーナイフの先で示したのは肖像画だ。

 花束を抱えた赤銅色の髪の美少女が微笑んでいる。オティーリエ王女だ。

「なんて幼いんだろう。君と同い年なんて信じられる?」

 私は言葉を探した。

「十三歳の王女様ですもの。お可愛らしいではございませんか」

 フンとバシュロ殿下が鼻で笑う。


「きっと四年後はご立派な淑女になられますわ」

 正妃のフォローは側妃の努め。これは王妃様の最も力を入れている教育だ。


「君と言う側妃の存在がなかったら、きっと後宮は立ち行かないだろうね」

「そんなことはございません。オティーリエ王女殿下はきっとご立派になられます」

「肖像画が真実を描いているとしたら、お飾りにはぴったりだけどね」


 お飾り…

 今はそう言っても、実際に会えばその美しさに心を奪われるだろう。なによりオティーリエ王女はバシュロ殿下をお慕いしている様子がわかる。

 そう、わたくしは側妃と言っても寵愛ではなく執務の補佐なのだ。


「さて、この役に立たないペーパーナイフの返礼は何がいいと思う?君だったら書物って言うよね。いっそインジャル語の初等読本でも贈る?」

「殿下、お戯れをおっしゃらないでください」

 私は困ってしまった。


「よし決めた。ごてごて装飾をつけた重たいペーパーナイフにしよう。持ち上がらないくらいね。この金の像を潰して、ペーパーナイフの宝石を飾って作ろう」


 本当に困った殿下だ。

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