7.可愛いあの子~王妃目線~
バシュロが側妃候補を上げてきた時、しかも本人にそれを申し込んだと言った時、わたくしはなんと軽率なことをと思ったものだ。
バシュロは難しい子で、カテーナ王国のオティーリエ王女の絵姿にも経歴にも、さも面白くないと言った顔を隠さなかった。
オティーリエ王女は現在十二歳。赤銅色の髪にヘイゼルの瞳、小柄でおとなしい性格だそうだ。
確かに今の段階では、後宮を任せられるような人物とは判断できない。
我が国は基本的に正妃を迎える前に、一人ないし二人の側妃を迎え、後宮を整えるのが慣例だ。
わたくしが入内した当時はひどいものだった。
二人の側妃が醜い争いを繰り広げている場に放り込まれたのだ。
後宮の運営は疎かどころか、二人の側妃の私利私欲のためにめちゃくちゃになっていた。
わたくしは後宮の運営に奔走した。わたくしが後宮の実権を握るために、どんなに大変な思いをしたことか。
バシュロが産まれるまで、二人の側妃はわたくしを軽んじたものだ。
翌年懐妊したが、懐妊中も出産直後も後宮運営の作業はわたくし一人の手で行うしかなかった。その上、命まで狙われたのだ。
結局、子供に恵まれなかったこととわたくしとバシュロの命を狙った罪で、現在二人は離宮に封じている。
バシュロの時はそのようなことが起きないように慎重に側妃を選ぶ心づもりで、何人かの候補を上げていた。
いずれもバシュロと同じ年か年上の穏やかで成績優秀な令嬢だ。
その令嬢達にも、バシュロは興味がない素振りを隠さなかった。
それなのに突然
「側妃をみつけました」
と言ってきたのだ。
聞けば、オティーリエ王女と同じ年、十二歳の少女だった。
新年祭に招待したと言うので、わたくしはそっと覗くことにした。
事前にバシュロが渡してきた資料では、成績は優秀、素行も優秀だったが、わたくし自身も学院に資料を求めた。バシュロの資料に偽りはなかった。
ただ一点、解せないことがあった。
子爵家とは言え、奨学生として学院に通っており寮暮らしだったことだ。
生家のアシャール子爵家を調べると、ベルナデットのまだ八歳の妹のコリンヌとバシュロの側近の十六歳のファビアン・バイエ伯爵令息との婚約を進めようとやっきになっていた。
そしてベルナデットの父の生家のプライブ伯爵家が、彼女を養女に欲しがっていることもわかった。
それだけではなく入学に当たって生家アシャール子爵家は、新しいものを何も持たせなかったそうだ。
さらには持参金も用意しておらず、学院の奨学生にならなければ王宮のメイドとして働かせる予定だったと報告が上がってきた。
新年祭当日、温室を覗けるよう手配してじっくり見定めるつもりだった。その時は粗探しをする気満々だったのだ。
バシュロが「エスコートを申し込む」と馬車に乗りこんで行ったので、さぞ得意満面の様子で現れると思っていた。
ところがベルナデット・アシャールは一人で温室に現れた。エスコートを断ったのだ。気骨のある娘だ。
清楚な淡い緑色のドレスに同色の花のファシネーター。他に装飾品は青い石のソリティアのピアスとペンダントだけ。
後でリゼットが、プライブ伯爵家の祖母が入学祝に贈ったもので、普段から着けていると言った。装飾品はそれだけしか持っておらず、身に着けておかないと妹に取られるか損なわれるからだと言う。
温室のパーティーではリゼットだけではなく、セリーナも親し気に傍に居た。
アッシュブロンドのベルナデットは落ち着いた様子で、浮ついては見えなかった。容貌は整っているが、絶世の美少女という感じではない。大人になったら、凛とした様子になるだろう。
わたくしは知らず、思い浮かべていた。
金髪のバシュロ、その隣に立つ正妃オティーリエ王女の赤胴色の髪、反対側に立つアッシュブロンドのベルナデット。
なんと似合いなことだろう。
パーティーでの動向を見ていると、落ち着いた淑やかで控え目な娘であることが見て取れた。
参加者との会話の中で、時々小首を傾げる様子が可愛らしい。
決しておしゃべりが過ぎることもなく、人の話をよく聞き、適切に返事をし、会話する様子に好感を持った。
パーティーの後、バシュロに
「気に入りましたよ。話を進めましょう」
と言えば、珍しく喜色を表した。
国王陛下も別の場所から覗いていて、気に入ってしまっていた。
夏にプライブ伯爵家と養子縁組させ、側妃となる宣旨を出すことがすぐに決まった。
バシュロはまんざらでもない様子で
「ベルナデットに叱られますね。彼女は怒るだろうな」
と笑った。
おとなしいだけではなく、物申すこともできる気概を持っているのも好ましい。
何より、王子の側妃の話に飛びつかない娘であることが気に入った。
ベルナデットならば、側妃になっても慢心せすに後宮を運営し、オティーリエ王女を支えてくれるだろう。
そして月日は経ち、一学年の最終日に彼女はリゼットに連れられて王宮へやってきた。
学院の無法者に髪を切られたのだと言う。
やったのはヘレン・アンダーソン伯爵令嬢。
アンダーソン伯爵は、不遜にも何度か娘のヘレンの後宮入りを請願していた。
リゼットとのやりとりを覗いたわたくしは、思いもかけず彼女の可愛らしい面を見て好ましく思った。
その印象は、夏の間何度も招いたお茶会でますます強まっていったのだ。
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