最終話 横取り恋愛 終わりと始まり

「二人とも、お腹すいたでしょ?」


 屋上で三ヶ島さんを迎え入れると、開口一番、彼女は満面の笑みを浮かべながら、パンパンに膨らんだビニール袋を見せつけてきた。

本当は今すぐにでも告白の用事を済ませたかったが、三ヶ島さんの持つ袋から香ばしい匂いが漂い、俺とツバメの鼻を刺激してくるのだ。


 考えてみれば、午後からは堀道の件で忙しく、ろくに飲食をしていない。


「サク、お腹が空いたわ」

「空腹には抗えないな」


 というわけで、まずは空腹を満たすのが優先された。


 三ヶ島さんも断られないだろうと読んでいたのか、レジャーシートを広げて、そこに食物を並べていく。


「稲瀬くんもツバメさんも忙しかったみたいだから、お店が閉まる前に色々と買ってきたんだ。焼きそばに、たこ焼き。あと、2年生のクラスが出してたチュロスと調理部が出してたドーナツ。美味しいって評判だったから沢山買っちゃった。飲み物は紅茶にしたけど、大丈夫だよね」


 続々と目の前に展開されていく食物達に思わず生唾を飲み込んでしまう。


 ぐっ……計画準備と文化祭委員会の仕事で忙殺されていたせいで気づかなかったが、こんなにも美味そうな食品系の店があったのか。


 どうやら、人は飢えていると思考が鈍るらしい。

俺とツバメは先について考えるのを辞めて、レジャーシートに座り、ペットボトルの紅茶を手に取る。


「三ヶ島さん、ありがとう」


「ううん、気にしないで。二人ともお疲れ様」


「アタシは別に何もしていないけどね。まあ、でも、お疲れ様」


 強張っていた筋肉が緩むような感覚。とりあえず、今はお腹を満たそう。


 各々、ペットボトルの蓋を開けるのを確認してから、宣言する。


「かんぱい!!」

「かんぱ〜い」

「かんぱい〜」


 コトンっとペットボトルを叩いて乾杯した後、紅茶を喉へと流し込む。

自販機で売っている舌に馴染んだ味わいだが、一仕事終えた後の味わいは別格である。疲れが溜まっているせいもあるのだろうけど。


 飲み物でこうなら、料理にも期待が高まっていく。

 3人とも自由に料理へ手を伸ばし、自然と会話を弾ませていく。


「焼きそば美味ぁ……」

「外で食べると不思議と美味しく感じるよね〜。私、屋台の味とか好きだよ」

「アタシのたこ焼き、タコが入ってなかったわ。こういうアクシデントはサクの役割なのに」

「俺のイメージってなんなんだよ。……って、俺のもタコが入ってなかったわ!!」

「ふふ、そしたら、私のたこ焼きもタコは……入ってたみたい」

「くそう、たこ焼きの出店してたクラスはどこだ? 仕事が雑すぎるわ」

「それには同意ね。まあ、あんまりカリカリしても仕方がないわ。甘いもの食べましょ」

「そうだな。三ヶ島さんが言っていた評判の良いチュロスとドーナツの味は……これ凄く美味いな!?」

「わあ〜、本当だね。シンプルな味付けなのに、口にじんわりと甘さが広がっていくよ〜」

「本当に美味しいわね。お店で出されてる商品って言われたら、アタシ騙されるかも」


 こうして、他愛のない会話をしながら、のんびりとした時間は過ぎていく。

とても楽しくて、幸福で。

しかし、時間は等しく進んでいく。


 全ての料理を完食し終えると、俺たちは両手を合わせて「ごちそうさま」と告げる。


 すると、三ヶ島さんが紅茶を一口飲んだ後、俺たちに向けて小さく頭を下げた。


「稲瀬くん、ツバメさん。今回はありがとう。二人が堀道くんの浮気について話してくれなかったら、私は今頃、一人で悲しんでいたかもしれないから」


「陽歩さん。気にする必要はないわ。むしろ、被害者なのは貴方なんだから」


「そうだよ、三ヶ島さん。それに、俺たちは、三ヶ島さんが悲しむのと予測はついていたのに協力を頼んだんだから。謝るのは俺たちの方だ」


 ツバメも俺も三ヶ島さんと同じように頭を下げて、謝罪を述べる。

彼女を傷つけないために動き出したのに、結局は辛い選択をさせてしまい不甲斐ない。


しかし、三ヶ島さんは愛想よく笑みを浮かべて否定をする。


「悪いのは堀道だから」


 堀道“くん“ではない、堀道と呼び捨てにする三ヶ島さん。

そこに、怒りや悲しみの感情が全て込められているような気がした。

そして、彼女は気持ちを切り替えるように、両頬をパチンっと軽く叩く。


「ヨシッ、あの人について考えるのはお終い。私も前を向かなきゃ」


 すると、三ヶ島さんは立ち上がり、俺に向けて告げる。


「稲瀬くん、約束を果たそう?」


「ああ、そうだね」


 少し、寄り道をしてしまったが、これで本当に最後だ。


「ツバメはどうする?」


「最初に言ったでしょ? アンタに協力するのは、三ヶ島さんに全てを話すのが条件だって。最後まで見届けさせてもらうわ」


「分かった。三ヶ島さんも、それで良いかな?」


「うん、大丈夫だよ。告白を友達に見られるのって、不思議な気分だけど」


 頬を緩ませ穏やかに笑ってみせる三ヶ島さん。

 おかげで、俺も覚悟が決まる。


 開いた手を握り、俺は彼女の瞳を見つめて告白を始める。


「三ヶ島さん、俺の想いを伝える前に、ここまでの計画を全て話すよ」


「うん……聞かせて、稲瀬くん」


 そうして、俺は今まで行ってきた内容を隠さずに話していく。


 堀道が理兎音さんとホテルへ入っていくのを偶然にも見かけたこと。

そこから、堀道への断罪と三ヶ島さんを横取る計画を企てたこと。

そして、ツバメにも協力をお願いしたこと。


「三ヶ島さんへの好意は確かにあった。けど、俺は堀道を断罪する目的を達成するために、三ヶ島さんへ近づいたのも事実だ。俺は君を利用した、ごめん」


 頭を深々と下げると、ツバメも隣に立ち、同じく頭を垂れる。


「サクへ協力したアタシも同罪よ。三ヶ島さん、ごめんなさい」


 すると、三ヶ島さんはツバメと俺の肩に手を乗せる。


「二人とも顔を上げて。確かに私を騙したのは事実だと思う。けど、それは私の為を思っての行動でしょ? もし、二股の事実だけが晒されたら、私は一人で悲しんでいたから。それにね……」


 三ヶ島さんは俺たちの頭を上げさせると、ギュッと力強く抱きしめてくれる。


「私は稲瀬くん、ツバメさんと友達になれたのが嬉しかったよ。朝練に付き合ってくれたり、一緒にお弁当を作ったり……その時の楽しかった思い出は嘘じゃないでしょ?」


「三ヶ島さん……ああ、そうだ。楽しかったよ」

「ええ、そうね、それは嘘じゃないわ」


 俺たちも三ヶ島さんを抱きしめ返す。

 ほんのりと伝わる体温が心地よく感じる。


 そして、数秒間の温もりを感じた後、三ヶ島さんは数歩ほど離れて、問いかけてくる。


「今まで行ってきた罪の告白は、これで全部だよね。じゃあ、次は稲瀬くんの愛の告白を聞かせてほしいな」


 真っ直ぐな瞳で見つめてくる三ヶ島さん。その姿が少し眩しくて、改めて俺の恋慕を告げるのが恥ずかしくなる。


 だが、約束は約束だ。

 俺は深呼吸を一度して、彼女を見つめ返しながら想いを言葉に乗せる。


「俺は三ヶ島さんが……」

「ちょっと待って!!」


 好きです……と、告げようとした直前。

 三ヶ島さんは俺の告白を阻止してしまう。


「ごめんね、稲瀬くん。返事の前に、稲瀬くんにはビンタを一回だけします」


「へ?」


いきなりの静止に俺は呆けた声を漏らしてしまう。

すると、三ヶ島さんは困ったように苦笑しながら提案してくる。


「稲瀬くん、仕方ないとはいえ、私を騙してたでしょ? だから、告白の前に、その制裁をしておかないといけないなって思って」


「ああ、なるほど。確かに嘘をついた罰はしっかりと受けるべきだな」


 俺は告白前の恥ずかしさを隠すように、首筋をかきながら了承する。


 そして、三ヶ島さんが近寄ってきて、「目をつぶって」と、お願いしてきたので素直に従う。


 さあ、ビンタが来るぞ……。


 俺は身構えると、飛んで来たのは痛み……ではなく、柔らかな感触。

しかも、頬ではなく唇に。


「んんっ!?」


 目を開くと、三ヶ島さんは俺にキスをしていた。柔らかな感触の正体は、三ヶ島さんの唇だった。


「ぷはっ」


 数分にも思える数秒間のキスを終えた三ヶ島さんは、顔を紅潮させながら微笑む。


「えへへ、私のファーストキス、稲瀬くんに奪われちゃった」


 そして、彼女はひと呼吸おいた後、俺が伝えたかった言葉を口にする。


「私は稲瀬サクくんが好きです」


 元々、フラれる覚悟で告白をするつもりだったのに、まさか逆告白された上にキスまでされるなんて……。告白とキスの順序が逆な気もするけど。

というより、俺もファーストキスです、はい。


 動揺して惚ける俺に、三ヶ島さんは吹っ切れた表情で言葉を続ける。


「だって、私は堀道くんとお別れしたもん。今はフリーだし、問題ないよね?」


「いや、まあ……そうだな!!」


 言われてみれば、そりゃそうだ。

俺が三ヶ島さんに嘘をついていたのと、付き合うのは別問題だし。


 だが、この後に別の約束を果たさないといけない。


 どうやら、三ヶ島さんも察しはついていたのだろう。

彼女はツバメへと視線を移して問いかける。


「ツバメさんは伝えなくて大丈夫なの?」


「はぁ〜、陽歩さんにはバレてたか。なら、アタシも遠慮なく。サク、こっちを向きなさい」


 約束通り、今度は俺がツバメに告白される番だ。

言われるがまま、彼女の方へ向いた瞬間……。


「んんっ……!?」


 隙を許さぬ速さでツバメは俺にキスをしてきた。しかも、軽いやつじゃない。


 舌ぁ!!

 ツバメの舌が俺の口内に侵入してきてる!!


 慌てふためく俺の心情なぞ知らず、ディープなキスをツバメは続行する。

クチュクチュと唾液が混じる官能的な音をたてながら、呆然とするしかなかった。


「ぷはっ……」


 ツバメは満足したのか、俺から唇を離す。そして、自身の舌で唇周りを舐めると、爽やかな笑顔で告げてくる。


「サク、好きよ」


「順序が逆ぅ!! 告白前にいきなりディープキスされるなんて思わなかったわ!!」


「ふふ、ごめんなさい。でも、三ヶ島さんにサクの初めてのキスが取られちゃったもの。代わりにディープキスを貰ってあげたわ」


 いや……だからってなぁ。

混乱する俺を他所に、ツバメと三ヶ島さんはニコニコとした笑顔をお互いに向け合う。


「ツバメさん、実は言うと、私は負けたくないって気持ちと、友達に悲しんで欲しくないって気持ち、どちらもあるんだ」


「あら、奇遇ね。アタシも同じ気持よ。困ったわね……。こんな悩みを抱えるなんて、人をたぶらかしたサクが全部悪い」


なんか酷い言われようなんだけど。

そんな、俺の気持ちは置いてけぼりに、ツバメは三ヶ島さんに耳打ちをし始める。そして、三ヶ島さんは「ふふ……それは稲瀬くんが困っちゃうよ」と悪戯っぽく頬を緩ます。


一体、何を考えているんだ?

すると、ツバメと三ヶ島さんが俺へと向けて問いかけてくる。


「それで、どちらと付き合ってくれるのかな?」

「それで、どちらと付き合ってくれるのかしら?」


 二人の声が重なると、彼女達は顔を見合わせる。

その瞳にはアスリートらしい闘争心と友達には悲しんで欲しくないという慈悲が混じってるように感じられた。


そして、ツバメと三ヶ島さんはアイコンタクトを終えると、不敵に微笑み、再び俺へと提案をしてくる。


「それとも、二股でもしちゃう♡」

「それとも、二股でもしちゃう♡」


 負けず嫌いな彼女達の問いかけに俺は言葉を詰まらせてしまう。


 二股の断罪が終わり、幕引く物語。

 今度は二股を迫られる物語が始まりを告げるのであった。



 -完-



――――――――――――――――

【あとがき】

以上で完結となります。最後まで読んで頂きありがとうございました。

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よろしくお願い致します

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横取り恋愛‼️初恋の人である黒髪ポニテの清楚同級生が彼氏持ちだけど、相手の男が二股していたのでNTRることに決めました ジェネビーバー @yaeyama

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