第29話 文化祭当日、堀道への断罪②

『私が伝えたい告白。それは、堀道くんが二股をしている事実です!!』


 この瞬間、愛を告白する大会が、罪を告白するステージへと変貌する。

 ザワザワとした困惑と、とんでもない事件の訪れによる驚愕の感情が、体育館全体へと侵食していく。


 俺は壇上で堂々と達振る舞う三ヶ島さんを眺めながら、謝罪と感謝の言葉をポツリと呟く。


「三ヶ島さん、ごめん。そして、協力してくれて、ありがとう」


 彼女のおかげで作戦は上手くいった。

俺が思いついた代替の作戦。

それは、軽音部のステージ前に行われる告白大会で、三ヶ島さんに堀道の二股を暴露してもらう作戦であった。


 そう、3人目の協力者として引き入れたのは、三ヶ島さんなのだ。


 昨日、堀道に暴行を受けた俺は三ヶ島さんに連絡を入れた。

『堀道に暴力を受けた』と、伝えると、三ヶ島さんは一目散に俺たちの元へと来てくれたのだ。


そして、俺たちは堀道の二股について、三ヶ島さんへ隠さずに話した。


 話し始めこそ、三ヶ島さんも堀道を信じたかったようだが、ツバメの証言と、俺の服の内側に出来た青あざを見せると、信頼は呆気なく崩れ去ったのだ。


 あのとき、三ヶ島さんは「酷い……酷すぎるよ」と、語りながら、ボロボロと涙を流していた。

二股の事実と俺とツバメ……友人に対する数々の暴力によって堀道への信頼は粉々に散り去ったのだろう。


 俺は改めてステージ立つ三ヶ島さんを見つめながら、口にする。


「お前はどうするんだ、堀道?」


 すると、俺の問いかけに答えるように、舞台袖へと繋がる扉がひっそりと開く。そこには堀道の姿があった。

現在、皆の視線はステージに向けられている。こっそりと逃げるには今のタイミングしかないだろう。


 少しでも反省し、三ヶ島さんと理兎音さんに謝罪をするなら情状酌量の余地もあったが、これで迷いは無くなった。


 もう、許されない。

 お前は逃亡を選択したのだから。


「堀道!!」


 俺は逃げ出そうとする堀道に感情任せの声を張り上げる。

状況が状況だ。追い詰められて精神的に余裕がない堀道はビクンっと体を揺らすと、全力で体育館の入り口へとダッシュし始める。


「待て!!」


 すかさず、俺はヤツの後を追うが、残念ながら運動神経が高い堀道は捕まえられない。


 だが、これも作戦の一つ。

人間ってのは、勝利を確信した瞬間に最も気が緩むのだから。


 堀道は俺から逃げ切れると判断したのか、ニヤリと頬を緩ませて体育館の出口へと向かう。

それが、罠だとも気づかずに……。


「江波先輩!!」

「任せろ!!」


 入り口に待機していた江波先輩が、堀道に向けてタックルをしつつ、捕獲に成功する。


「は……?」


 まさか、堀道も別の人間が待機していたとは想像もしていなかったのだろう。俺から逃げ切れたという安堵から油断したのか、彼は呆気なく江波先輩に拘束されたのだ。


「くそっ、離せっ!!」


 堀道も抵抗はするが、流石に身長差がありすぎる。ガタイのいい江波先輩にガッチリとホールドされたら逃げられまい。まさに赤子同然である。


そして、江波先輩は堀道の顔を見るやいなや、真っ白な歯を見せつけるように笑みを作る。


「やあ、初めましてだな、堀道くん。さっそくだが、自己紹介といこうか。自分は3年の江波一虎というもんだ」


「ひっ……」


 堀道は”江波”という名字から察したのだろう。先程まで赤くなっていた顔が、瞬時に青ざめていく。


 そして、逃亡は不可だと判断したのか、堀道は力なくうなだれ、江波先輩の手によってズルズルと体育館脇に設置されたプロレス部お手製のリングへと引きずり込まれる。


 こうなると、観客席に居たギャラリーも何事かとリングへと移動し始める。


 ここからは、報復の時間だ。

俺はリングへと入ると、江波先輩に両腕を拘束された堀道の前へと立つ。


 すると、堀道は俺を睨みつけながら問いかけてくる。


「稲瀬、お前の仕業か?」


「ああ、そうだ。元々、予定していた二股写真の公開は、お前に阻止されたからな。三ヶ島さんに協力してもらって、今の形で暴露させてもらったよ」


「はっ!! なんだよ、ったく。結局は稲瀬の言葉を信じんのかよ、陽歩のヤツめ。クソが!!」


 この状況で、まだ開き直るのか。

三ヶ島さんは二股の真実を知った時でも、最後までお前を信じようとしていたんだぞ。


 ふつりふつりと、怒りの感情が全身へと迸る。

三ヶ島さんだけじゃない。ツバメも、理兎音さんだって傷つけた。


 もう、容赦はしないぞ。


 俺は江波先輩へと視線を向けると、無言で頷いてくれる。


 それを合図に俺は体制を整える。

ここ数週間、俺はプロレス部で、とある技の練習を重ねてきた。それを披露するタイミングは今しかない。


 俺は堀道から距離を取り、そのままダッシュをし、攻撃範囲内に入ると跳躍をする。

そして、堀道の腹部に目掛けて両足を伸ばして蹴り飛ばす。


「人の痛みを思いしれっぇぇぇぇぇ!!」


 ドゴンっという鈍い音と共に、俺の繰り出したドロップキックは堀道の腹部へとクリーンヒットする。


 そして、堀道の肉体は勢いよく吹っ飛ばされる。

あまりにも綺麗に決まったのと、場所がプロレスリング風な装いも合わさり、この場に居合わせた生徒達から「おおおお!!」という興奮の声が沸き起こる。


 こうなってしまえば、誰も堀道を止める者は居ない。

 俺は観客に紛れる三ヶ島さんを見つけて、声をかける。


「三ヶ島さんも来なよ。遠慮せずに伝えるべきだ」


「うん」


 そんな呼びかけに応え、彼女はリングへと昇る。

そして、江波先輩によって無理やり立たされた堀道を見上げる。


「堀道くん。誰かを好きになるのは罪じゃない。それがたとえ、付き合っている人とは別の人でも。生物学上では仕方がないもん。だけどね……」


 すると、三ヶ島さんは堀道の胸ぐらを掴み、思い切り手を振りかぶると……


「二股は良くないよ!!」


 バチンっと大きな音を響かせながら、痛烈なビンタを炸裂させた。


 すでに俺の飛び蹴りによってフラフラだった堀道は、再び肉体を地面へと会合させる。

その姿を見下す三ヶ島さんは告げる。


「堀道くん。私たち、今日でお別れだね」


「……はい」


 堀道は弱々しい返答をし、これにて、三ヶ島さんとの関係は破局となった。


 こうなると、全ての罪を制裁させなければ意味がない。


「ツバメ!!」

「はいはい、居るわよ」


 待ってましたと言わんばかりに、ツバメがギャラリーを掻き分け登場する。


 流石に次の展開が読めたのか、ボロボロになった堀道は力なく後ずさる。


「うう……やめてくれ」


 しかし、逃げようとすると、江波先輩が堀道の両肩を掴み「代わりに殴ってやろうか?」っと微笑む。

筋肉隆々な先輩にやられるなら、ツバメの方が数倍ましだと判断したのか、彼は力なく立ち上がる。


「はぁ〜、アタシも言いたいことは山ほどあるけど、シンプルに一言だけ伝えるわ」


 すると、ツバメは右手で握りこぶしを作り、体を拗じらせながら、腕を斜めに下げて体制を整える。


「アタシの大切な人たちを泣かせるんじゃないわよ!!」


 その怒り声と同時に、堀道の腹部へ向けてツバメの腹パンが見事に的中する。

先程、俺の飛び蹴りが入った箇所を再び痛めつける形となり、堀道は苦痛に顔を歪めて、その場で蹲った。


 本来なら強姦未遂の件で怒るだろうが、俺や三ヶ島さんの痛みについて言及する辺り、実にツバメらしい。


「ひとまず、これで終了だな」


 俺、三ヶ島さん、ツバメからの制裁が終わった。そして、江波先輩は倒れた堀道の上半身を起こす。


「立てるか? これに懲りたら、二股なんて絶対にするなよ」


「はい……」


 流石に反省しているのか、堀道は力なく頷く。二股の事実も、今ここに居る観客が証人になるし、堀道は学校での地位も落ちただろう。


 こうして、堀道への断罪は終了するのであった……とはいかなかった。


「お兄ちゃん、どいて」


 江波先輩の背後から声をかける人物が一人。それは、理兎音さんであった。

彼女は感情が読み取れない平板な顔つきでリングに立っていた。


「理兎音。お前も……そりゃあ、堀道に文句も言いたいよな」


 妹の気持ちを汲み取り、江波先輩は身を引いて、堀道と対面させる。


 すると、理兎音さんは怒るのでなく、堀道に向かって慈悲深く微笑む。


「レオン、いっぱい殴られちゃったけど、平気?」


「り、理兎音……?」


 堀道も理兎音さんから殴られるのだと思っていただろうか、このリアクションに目を見開く。


そんなボロボロになった堀道に対して、理兎音さんは優しく頭を撫でる。


「痛かったっしょ? あーしも見ていて痛そーって思ったもん」


 この場に居る誰よりも優しい言葉をかけられ、堀道の瞳から活力が戻っていく。


「お、おう!! そうなんだよ、痛かったんだ。やっぱ、理兎音はオレを一番に理解してくれているな」


「そ〜っしょ? 反省した?」


「したした!! だから、助けてくれ、理兎音」


 藁にもすがるように、堀道は必死に理兎音さんに助けを乞う。

だが、その願いは届かない。


 先程まで仏のような微笑みから一転、理兎音さんは般若の如く怒りにまみれた顔つきへと切り替わる。


「調子こいてんじゃねーし、このヤ○チンクズやろぉ!!」


「ひっ!!」


 雷のようなピシャリとした怒号に、堀道は再び縮こまる。


「もし、レオンがあーしに対して、少しでも心配したり、謝ってくれんなら許してたし。けどさ〜、あーしが優しくした瞬間、レオンは自分の安全しか考えてないよ~な口ぶりだったっしょ。もう、いーわ。レオンには呆れた」


 理兎音さんは大きなため息を吐き出すと、堀道の胸ぐらを掴む。


「歯ぁ食いしばりな、レオン!!」


「え、ちょ……待て待て!! ごめん、反省したから」


「もう遅いっしょ!!」


 すると、理兎音さんは握りこぶしを作ると、体を半回転させて肩に力を込める。

そして、勢いをつけた鉄拳を堀道の顔面に向けて伸ばしていく。


「その面、二度と見せんじゃねぇし!!!!」


 バキィっという、今日一番の鈍い音が体育館に残響する。


 顔面に鉄拳をくらった堀道は、勢いよく地面へと倒れ込む。

 どうやら気絶したらしく、立ち上がる気配はない。


 こうして、堀道の断罪は無事……とはいえないが、幕引きとなるのであった。

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