第27話 堀道の報復

「まずは一発!!」


 堀道のケリが俺の腹部へと命中し、グニャリと視界が歪む。


「ゲホッゲホッ」


 その場に倒れ込み、上手く呼吸が出来ずにえずいてしまう。


 つい数分ほど前。帰路で待ち構えていた堀道は、俺とツバメを人気のない裏路地へと引き連れた。


 状況からして、すぐさま逃げるべきだったが、堀道が連れてきたであろう複数の不良生徒によって退路を防がれたので、抵抗する暇さえ与えてもらえなかった。


 おかげで、俺は堀道に一方的な暴力を受けるはめになっている。


「サク!!」


 ツバメは今にも泣きそうな声をあげる。

彼女は現在、男子生徒に両腕を掴まれており身動きがとれない。


それこそ、俺が堀道に抗おうものなら、ツバメに危害が及ぶかもしれない。


「随分とお利口さんじゃないかぁ!?」


 そんな俺が反撃できないのも堀道は分かっているのだろう。今までの鬱憤を晴らすように、一方的な暴力を与えてくる。

こうして、何十分にも感じられる数秒間の暴行を実施したあと、堀道は片眉を上げながら問いかけてくる。


「お前、理兎音を知っているだろ?」


「……っ!?」


 どうしてそれを?

俺は悟られぬように無表情を貫く。堀道からしてみれば、反抗的な態度が気に食わなかったのだろう。

今一度俺の腹部を蹴り、失望混じりの息を吐き出す。


「はぁ〜お前、自分の立場が分かってんの? それとも、まだ痛い目にあいたいのかよっ!!」


 まるでサンドバックを蹴るように堀道の右足が俺の腹部めがけて飛んでくる。


 鈍い音。チカチカと定まらなくなる視界。遅効的にやってくる痛み。


 それは一回では終わらない。

二回、三回……痛覚が鈍くなるまで蹴りは止まらない。

だが、洗いざらい話してしまえば、計画は水の泡になってしまう。


 どうせ明日には全部が終わる。

 耐え忍ぶだけでいいんだ。


 俺は歯を食いしばりながら、堀道からくる蹴りを懸命に耐える。

しかし、ツバメの我慢が限界に達したのか、涙混じりに声をあげる。


「やめてっ!! 話せば……いいんでしょ?」


 彼女の言葉に、堀道の足がピタリと止まる。


「懸命な判断だよ浦春さん。それで、理兎音に関して何を知っているんだ?」


 だめだ、ツバメ……。

しかし、ツバメは首を左右に降り、瞼を静かに閉じる。


「堀道、全部話したら、アタシと稲瀬くんを解放して」


「内容によるな。浦春さんが嘘をつかない保証もないし」


「それなら、貴方だって、アタシが全てを話したあと、素直に開放してくれる保証もないわ」


 ゆっくりと瞼を開けたツバメは、疑いと怒りの視線を堀道に向ける。

話が平行線になるのも堀道理解しているのだろう。彼は軽く両手を上げて降参のポーズを取る。


「話が進まないな。分かったよ、浦春さんの条件を飲もう。ただし、下手な嘘はやめておけよ? オレは既に知っているんだからな」


「この状況下で嘘をつく余裕はないわよ」


 ツバメは唇を甘噛みすると、今までの計画を全て暴露する。


 堀道が三ヶ島さんと理兎音さん、二人の女子と二股をしていること。

それについて、準備を整えて、しかるべきタイミングで暴露しようと準備していたこと。

その一環として、俺が三ヶ島さんへと接触したこと。


 明日の文化祭のために積み上げてきたものが、ツバメの口から一つ一つ崩されていく。

俺はただ、痛みを堪えながら聞くしかできなかった。


「……というわけで、これが全部よ、堀道」


「なるほどな〜。理兎音との関係がバレちまってたか。なんか、お前らが裏でコソコソと動き回ってたクセェと思ってたが、やっとスッキリしたぜ」


「なら、もういいでしょ? アンタを断罪する計画は失敗。早く解放してよ」


 だが、堀道は眉をピクリと動かして、苛立ち混じりの声を漏らす。


「ああっ!? まだ、あるだろうが。オレが理兎音と浮気をしているって確信に至った証拠がよ!!」


 堀道も馬鹿じゃないか。

ツバメは視線を左右に動かしながら、周囲の状況を確認すると、諦めの表情を作る。


「隠し通すのは無理ね……。証拠写真があるわ。スマートフォンに保存されているから、アタシの拘束を解いてくれないかしら」


 その要望を聞き、堀道は顎を動かす。すると、ツバメを拘束していた男子生徒の手が緩み、拘束が解除される。


 ツバメは不服そうにしながらも、言われたとおりにスマートフォンを取り出して、例の証拠写真を堀道へと提示する。

写真には堀道と理兎音さんがラブホテルへと入る姿が収められていた。


 決定的な証拠を前にして、堀道は愉悦に浸るように笑う。


「はっ!! どうりで強気な行動に出るわけだわ。だが、残念だったな。これは永遠に表には出ねぇよ」


 堀道はツバメからスマートフォンを奪い取ると、写真を削除する。そして、クラウドにバックアップ保存されていたデータも抜かりなく削除を行う。


「稲瀬のスマートフォンも持ってこい!!」


 言われるがまま、ツバメは俺の元へと駆け寄り、ジャケットのポケットからスマートフォンを抜き取る。


「サク、ごめんなさい」


「いや、この状況じゃ、どちらにしても無理だよ」


 ここまできたら、俺も諦めがつく。

俺はスマートフォンのロック番号をツバメに伝えて解除してもらい、二股の証拠写真を削除してもらう。もちろん、バックアップデータも同様にだ。堀道が監視しているので、仕方がない。


 こうなるなら、江波先輩にも写真データを共有すべきだったかもしれない。だが、大切な妹がラブホに入っている画像を押し付けるわけにもいかないよな。


 悔しいが、現状を打開する術も思いつかない。

 こうして、証拠写真は、この世から全て失くなった。


 俺とツバメは下に俯き、言葉を失う。それが、堀道にとっても「写真データは全て消えた」という判断に繋がったのだろう。

彼は鋭い眼差しから一変、クラスメイトに向けるような笑顔を振りまく。


「じゃあ、これでお終いだな。安心しろ、約束はしっかりと守ってやるから。いくぞ」


 こうして、堀道はガラの悪い生徒を引き連れて、俺達の前から姿を消す。


彼らの人影が消えたのを確認すると、安心したせいか全身に鞭で叩かれたような痛みが走る。


「痛っ……」

「サク、平気? 病院に行きましょう」


 今にも泣き出しそうな声をかけるツバメに向けて、俺は下手くそな笑みを向ける。


「大丈夫だと思う。痛みはするけど、体を動かして激痛がくるわけじゃないから。たぶん、骨折はないと思う。堀道のヤツ、人に暴力を振るうのになれてるよ」


 俺は上半身を起こして、壁に身を預けながら苦笑する。

暴行を受けた箇所はどこも胴体部分のみ。顔や腕、足などといった傷跡が目立つ部分には一切、手をだしてこなかった。加えて、病院送りになる大怪我にはならない程度の力加減。


 被害が大きければ相手の恨みつらみも増えるが、堀道は絶妙にコントロールして、相手の心を折り、恐怖を植え付ける程度に済ませたのだろう。

 イジメが上手いやつの手法だ。


「とりあえず、少し休んだら家に帰るよ。アイシングして、湿布を貼って安静にすれば治るだろ。明日の文化祭には出られると思うから」


「文化祭って……その怪我で無茶はしないで。それに、堀道を追い詰める証拠写真だって消されたのよ」


 ツバメは目を真っ赤に腫らしながら俯いてしまう。

確かに状況は絶望的だ。だけど、まだ終わりじゃない。


 ツバメは文化祭当日に理兎音さんが来る事実を堀道に伝えていない。

それに、お兄さんである江波先輩が協力者である事実も。

まだ、残り手札は残っている。


「ツバメ……」


 体の痛みを我慢しながら、俺はツバメの頭を優しく撫でる。


「諦めたら、そこで試合終了だよ」


 ブザービートは鳴っていない。

どんな状況であろうとも、プレイヤーは一分一秒たりとも点数を取るのを諦めない。今ならまだ、ジャイアントキリングを巻き起こせる。


「なあ、ツバメ。試合で最も油断する瞬間って、いつだと思う?」


「いきなり、どうしたのよ……。そうね、点差が開いて勝ちを確信した瞬間かしら」


 ツバメの回答に俺は深く頷く。


「今が、その状況だ。堀道は俺たちの最大の武器である証拠写真を消去し、油断している。その隙を突く作戦がある」


 だが、この作戦を成功させるには、とある人物の協力が不可欠。

俺はスマートフォンを取り出し、3人目となる協力者候補へと連絡をいれるのであった。

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