第26話 文化祭の前日
「堀道とか言うやつぁ何処だぁ!! 今すぐ病院送りにしてやる!!」
おぞましいとも言える怒号と剣幕。江波先輩は今にも人を殺めそうな表情を作り上げていた。
文化祭前日。プロレス部の出し物であるリングステージの準備が終わり、俺達は更衣室でジャージャから制服へ着換えていた。
そして、着替え終えると、俺は江波先輩に妹である理兎音さんが堀道と付き合っている事実を話したのだ。
妹に彼氏が居る……そんな一文だけで江波先輩の纏う空気に殺気が漂い始めたので、最後まで話をするべきか悩んだ。しかし、先だろうが後だろうが、二股の事実バレるのは時間の問題だと判断し、全てを話したのだ。
そうなれば、先輩の反応は想定通り……というより、それ以上の憤怒を顕にしたのだ。
「先輩落ち着いて下さい。暴行をしても一時的な解決にしかならないです。むしろ、暴力を振るわれたら堀道は被害者として訴えて、先輩どころか妹さんの立場を危うくさせる可能性もあります」
「ぐっ……しかし、どうすれば」
妹さんにも迷惑がかかる。そんな言葉に先輩も冷静になったのか、ベンチへと力なく腰を降ろす。
「それで、稲瀬。どこで理兎音……妹が二股されている事実を知ったんだ?」
江波先輩の質問に、俺は順を追って説明し始める。
夏に堀道が見知らぬ女子と歩いていたのを見かけたこと。
すぐさま言及しても、言い逃れされそうだと予想したこと。
故に、ツバメと協力して準備を進めたこと。
その過程で、偶然にも理兎音さんの兄である江波先輩と知り合えたこと。
もちろん、三ヶ島さんを寝取る内容は伏せた。
全てを話し終えた俺は先輩に頭を下げて謝罪をする。
「申し訳ございません。堀道を追い詰める為に江波先輩を利用していました」
「なるほどな……。どうりで、プロレス部にすんなりと入部してくれたわけだ」
頭をかく江波先輩は渋い顔つきになる。
「はぁ……ここで感情に任せたら誰も助からんな。なあ、稲瀬、1つだけ質問がある」
「なんでしょうか?」
「半ば無理やりとはいえ、お前はプロレス部に入った。それこそ、運動慣れしてない稲瀬にとって練習は辛かっただろう。部として成り立たせる義理だけ果たして、幽霊部員にだってなれたはずだ。それなのに、どうして休まずに部へ参加し続けたんだ?」
この問いかけは、江波先輩が俺自身の人となりを判断するためなのだろう。
ここで回答を誤れば、先輩の協力は得られないはず。
どうすれば?……と、考えたが、下手な言葉は真摯さを欠く。俺はありのままの本音を先輩へと伝える。
「だって、貧相な肉体じゃ、堀道を思いっっ切りぶん殴れないじゃないですか」
「……!?」
その返事に、江波先輩は驚きなのか怒りなのか、読み取り辛い表情をしたあと、口元を抑えながら不気味な笑い声を漏らし始める。
「ふふふ……あはは、ハッハッハ!! お〜なるほど。そいつは筋力を鍛えるべきだ。自分もさっきまで暴力に訴えようとしてたしな」
楽しげに笑う江波先輩は立ち上がり、俺へと手を差し伸べる。
「分かった、協力してやる。作戦を教えてくれないか? 妹を泣かせるやつは徹底的に追い詰めてやる」
どうやら、俺の回答は先輩に刺さったらしい。
俺は差し伸べられた手を強く握り、深く頷く。
こうして、2人目の協力者として、江波先輩が加わるのであった。
◇
江波先輩へ作戦を伝え終えた俺は校門前へと向かっていた。太陽は既に奥へと消え、街頭が暗い夜道を照らす時刻。その道を辿った先、校門前に一人の影が映る。
「ツバメ、お待たせ」
俺が声をかけると、彼女はボブカットの髪を小さく揺らして、こちらへと視線を向ける。
「やっと来たわね」
「悪かったって。江波先輩との話が長引いたんだ」
「そう。アンタの顔つきからして、成果はあったみたいね」
俺は無言で頷き肯定すると、ツバメは満足げに口元を緩める。
「なら、準備は整ったわね。改めて明日の流れについて整理をしましょう」
そう告げながら歩き始めるツバメ。その後に俺も続いていく。
「さて……と、まずは文化祭で、お互いの予定の確認からね。アタシのクラスは喫茶店をやるから、シフトがある時間は動けないわ。午後は空けているから、委員会の仕事と併用して、理兎音さんをこっそりと体育館へ誘導するわ」
「了解。俺のクラスの出し物はスタンプラリーだ。教室の受付と各スタンプ台設置場所の受付管理でシフトがある感じだな。俺は文化祭委員の仕事で校内パトロールがあるからクラスの仕事は免除されている。ちなみに、三ヶ島さんと堀道も、午前にはシフトが入っているから動けないはず。監視は必要ないよ」
俺はカバンからシフト表を取り出して、ツバメへと渡す。
「なるほどね。三ヶ島さんと堀道は13時からフリーってわけか」
「たぶん、二人で文化祭を回るつもりなんだろうな。だけど、堀道は14時から軽音部のステージがあるから、三ヶ島さんと文化祭を回るのは、軽音部のステージ後だと思う」
「その予定は実現しないけどね。ヤツにとって、人生のラストステージよ」
眉を釣り上げるツバメは強い口調になる。暴行未遂についての報復はキッチリとこなす気満々だ。
「軽音部の演奏中、プロジェクターに映し出された映像には例の証拠写真を流す。クラスメイトが複数居る状況では言い逃れも出来ないはずよ」
「仮に逃げられても、体育館の出口は1つだけだから、そこはプロレス部の江波先輩と、もう一人居る先輩部員でブロックしてもらう。先輩達には話はついてるよ」
逃げ場は確実に防がれている……そんな状況を楽しむように、ツバメはニヤリとほくそ笑む。
「これで最低限の準備は整ったわ。一応、確認するけど、ステージの予定については大きな変更はないわよね?」
「ああ、変更届けは特に出されてない。13時からプロジェクターの設置予定だよ」
「随分と早いわね?」
「軽音部の前にもプロジェクターを使用するクラスがあるんだよ。告白大会みたいなのに使用するらしい」
「いかにもな企画ね〜。アタシも参加して、サクに向けて愛を叫ぼうかしら?」
「やめてくれよ……」
小悪魔的に笑うツバメの言葉は冗談に聞こえない。
『アタシはサクを寝取ってやるわ!!』
2週間前に俺はツバメから横取り恋愛の宣言をされた。
今日の今日まで、「一緒にお昼を食べましょ?」とか「放課後にバスケで勝負しましょ? サクが敗けたらアタシと手を繋いで帰りなさい」など、積極的なアピールをされまくっているのだ。
ちなみに、バスケ勝負は案の定ボロ負けして、ツバメと手を繋いで帰るはめになった。
「ツバメのせいで一部男子から殺意の眼差しを向けられて胃が痛いよ」
「あら? アタシに関してドキドキしてくれてるなんて、意識されてて嬉しいわ〜」
「スリリングなドキドキ求めてないわ!! マジで心臓が痛い……」
胸に手を当てて青ざめる俺の姿にツバメは目を細める。
「アタシだって必死なのよ。人生で1番、分が悪い勝負だもの。最悪、サクが三ヶ島さんに振られて傷心してる時に詰寄ろうかしら。最終的にアタシの横にサクが居てくれればいいし」
そんな、どこぞの世紀末覇王みたいなセリフを口にしながら、ツバメはクスクスと小さな笑い声を漏らす。
本来なら下手に先延ばしにせず、付き合えないと断るべきなのだろう。
だけど、ツバメにはツバメなりのタイミングがある。それこそ、三ヶ島さんの言う「人の気持ちを軽んじたくない、大切にしたい」というやつだ。
だから、今だけは変に気遣わず、友だちとして、最後の帰り道を楽しもう。
「なあ、ツバメ……」
俺が声をかけると、先程まで緩い表情をしていたツバメの顔つきが急に引き締まる。
一体、なにが?
ただならぬ気配に視線を前へと向けると……
「よう、稲瀬、浦春さん」
そこには、爽やかな笑顔を向ける堀道と、ガラの悪い複数人の男たちが俺達の帰路を塞ぐのであった。
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