第25話 ツバメの心音、ブザービートはまだ鳴らない
「いきなり呼び出しておいて、話って……告白でもしてくれるのかしら?」
公園に姿を見せたツバメは普段と変わらず悪戯な笑みを浮かべてみせる。
数分前、三ヶ島さんに俺の過去を全て話した。そして、今度はツバメに同じ内容を話す番だ。
公園には俺とツバメの二人きり。……ではなく、ツバメに気づかれない遠くの物陰から三ヶ島さんが様子をこっそりと観察している。彼女曰く、「私が稲瀬くんを監視していれば逃げ出さないでしょ? 大丈夫、声の聞こえない位置で様子を見るだけだから、お気になさらず」とのこと。どうやら最後まで見届けてくれるらしい。
もとより、逃げ出すつもりなんて微塵もないが、三ヶ島さんが見守ってくれているので、少しだけ心強い。
後は一歩進む勇気だけ。
俺は肺に酸素を行き渡らせて、適当な雑談もなしに、すぐさま深々と頭を下げる。
「ツバメ、ごめん!!」
「どうしたのよ、いきなり?」
「今までのツバメに行ってきたことを全部謝りたい。……都合が良い話だし、許されないかもしれないけど、伝えておきたいんだ」
そして、俺は1つずつツバメに謝罪の言葉を届ける。
バスケを辞めてしまった理由を告げずに消え去ったこと。
そのまま、謝りもせずツバメの優しさに甘えて友だちを続けたこと。
加えて、俺が原因で心が傷ついたのに、ツバメの裏表ある立ち振る舞いに嫌悪感を示したこと。
挙げ句の果て、堀道の二股や三ヶ島さんとの寝取りについて協力を願ったこと。
洗いざらい全てを話しきる。
すると、ツバメは過剰とも言えるくらい長いため息を吐き出す。
「今までの出来事についての謝罪をされるなんて予想してなかったわ。三ヶ島さんに言われたのかしら?」
「元々、ツバメには謝るつもりだったよ。三ヶ島さんに指摘されたのは確かだけど。三ヶ島さんが怪我をしたのは聞いているよね? ついさっきまで、三ヶ島さんと会っていたんだ」
「そこで、サクの過去を洗いざらい話したってことね。おおよその流れについては察しがついたわ」
ツバメは肩をすくめながら、やれやれといった表情を作る。
「サク、一つ確認なんだけど、アンタが自覚したのはいつなのかしら?」
強調するように”自覚”という単語を口にするツバメ。
つまり、俺が、どれほど酷い行いをしていたのか、いつ気付いたのかと質問しているのだろう。
「しっかりと自覚したのは、今日だけど……きっかけはツバメが暴行未遂にあった時だよ。今までは怒りの感情だけで動いていたけど、あの事件があった日、怒りよりもツバメを心配する感情が上回ったんだ。あとは、三ヶ島さんの怪我が鍵になった感じかな。今までずっと逃げてた現実から真剣に向き合おうって考えたら、自分の行いを客観的に振り返れたんだ」
それこそ、今までは自身の感情のみ優先していた。おかげで、ツバメ自身の気持ちなんて二の次になっていた。
ツバメの気持ちが分からなくなるのも当たり前だよな。
俺の言い分を聞き、ツバメは片手で顔半分を隠しながら、、呆れた声を漏らす。
「はぁ〜、やっとサクが自分自身の行動がイカれている自覚が芽生えたかぁ……」
「ツバメ、ごめん。……とはいっても、この謝罪だって一方的な物だ。許されない行為だし、償ってどうにかなる問題じゃない。俺はツバメを傷つけた事実は一生消えないのだから」
「そうね。そもそも、謝罪なんて相手が求めて無い限りは自己満足でしかないもの」
「うぐっ……」
全く持って正論でしかない。罪は一度犯せば二度と消えないというのは学校で習った通りである。
そんな罪の意識に翻弄される俺の表情を眺めながら、ツバメはご満悦な笑みを浮かべている。
「さて、サクをイジるのも面白いけど、いつまでも許さないってわけにもいかないわね。アタシ自身はサクを心底恨んでいるわけじゃないけど、ケジメはつけないと」
「罪には罰が必要だ。何でも受け入れるよ」
「軽々しく何でもって言わないの。凄く虐めたくなるじゃない〜」
ニッコリと爽快な笑みを浮かべるツバメ。全面的に俺が悪いので仕方がないけど、少し怖くなってきた。
恐怖に慄く俺に対して、ツバメは悪戯な顔つきから、ノスタルジックな表情へと変化する。
「あはは……別に拳で解決するわけじゃないから。言ったでしょ、サクを恨んでるわけじゃないって。だって、アタシの望みは、あの頃みたいに、サクと無邪気に笑いあいたいだけだもの」
そう告げるツバメは公園に備えつけのバスケットゴールへと足を進める。
そして、近く落ちていたバスケットボールを拾い上げた。
「少し空気が抜けているわね。これ、サクのボール?」
「ああ、俺が持ってきたやつだよ」
「そう……完全にバスケから逃げたわけじゃないのね。なら、サクへの罰はこれで決定ね」
ツバメはボールを2〜3回ドリブルさせた後、俺へ向けて提案をしてくる。
「今からアタシとバスケをしなさい」
「それだけで良いのか?」
「アタシにとっては重要なのよ。何でも言うこと聞くんでしょ? ごちゃごちゃ言ってないで攻めてきなさい」
これ以上の説明は不要と言わんばかりに、ツバメは手にしたボールを俺へとパスしてくる。
それを受け取ると、ツバメはゴール前に立ち、ディフェンスの体制を取る。1対1の形式で始めるつもりらしい。
これで、良いのだろうか……という戸惑いはある。
だが、ツバメが望むのなら、全力で挑ませてもらおう。
「ツバメ、行くよ!!」
「来なさい、サク!!」
まるで漫画みたいなセリフ回しを皮切りに、俺はドリブルを行いながらツバメへと突っ込んでいく。
……が、しかし、残念ながら実力は圧倒的な差がある。
呆気なくツバメにボールを取られてしまい、攻守交代。
次は取り返す!! なんてリベンジに燃えるのすら許されず、ツバメは綺麗なボール捌きで俺の横を通り過ぎて、綺麗なシュートを放つ。もちろん、ボールはゴールの中へと吸い込まれていった。
「これで1点ね。次はサクが攻めの番よ」
「なあ、ツバメ。こんな下手くそな俺とやってて楽しいか?」
「言ったでしょ? あの頃みたいに、サクと純粋にバスケがしたいの!!」
心底嬉しそうにツバメは笑顔を向けてくれる。
誰かと接する時のような演技じみた笑いじゃない。
俺をからかっている時の微笑みでもない。
まるで、純粋に遊びを楽しんでいる……小学生みたいな笑顔。
心の底からバスケが楽しくて楽しくて仕方がなかった頃、よくツバメが向けてくれた笑い方だ。
ああ、駄目なのに……。許されないのに……。
俺も釣られて笑みがこぼれてしまう。
罰を受けるべきなのに、忘れてしまうくらいに楽しい。
そうして、俺達は時間さえ気にせず、バスケのプレーに没頭していく。
ボールの占有率は圧倒的にツバメが高くて、一方的な試合である。
ブランクは容易に埋まるわけじゃない。だけど、目は徐々に馴れてくる。
20点以上もスコアを離された辺りだろうか。ツバメに疲れが見えてきた一瞬の隙を狙い、俺はボールを奪い取る。
「なっ!?」
彼女自身も油断をしていたのだろう。ボールを取られて驚きの声を漏らす。
だが、俺はその動揺によって生まれた数秒を見逃さない。
ゴール下の位置からスリーポイントラインまで後退をしながら、ツバメから距離を取る。
そして、俺はボールをゴールへ向けて放出した。
それは綺麗な放物線を描きながらゴールリングへと吸い込まれていく。
「はぁ……はぁ……やっと、点が取れた」
「ナイスシュート。やっぱり、サクのシュートは綺麗ね」
ツバメは汗を拭い、満足げに背伸びをしてみせる。
「ん〜〜!! 久々に楽しくバスケができたわ〜」
「俺はツバメに追いつくので必死だったよ」
「ふふ……なら、またバスケを始めればいいじゃない。いつでも歓迎するわよ。好きなものこそ上手なかれって言うじゃない」
「ありがたい提案だけど、遠慮しておく。俺は勝つんじゃなくて、楽しみたいから。練習すると、ツバメに勝ちたくなってしまう」
「そう、残念ね。また逃げ出されても困るから諦めるわ。サクがボールを手にしてくれただけでも十分だしね」
ツバメは一瞬だけ表情に影を落とすが、再び顔を上げて明るい表情を作る。
「おかえりなさい、サク」
「ただいま、ツバメ」
全てが許されたわけじゃない。俺の罪は一生消えないだろう。
ならば、俺が出来るのは、あの時逃げ出した地点から再び動き始めるだけだ。
自身の中で悔い改めていると、ツバメが近づいてきて、上目遣いで問いかけてくる。
「そういえば、もう一つだけ伝えたいことがあったわ」
「他にもして欲しいことがあるの?」
「少し違うわね。どちらかといえば、願望? いえ……宣言に近いのかしら?」
「遠慮なく言ってくれ。もう逃げたりしないから」
「それなら遠慮は不要ね」
すると、ツバメはいきなり俺に抱きついてくる。彼女が少し背伸びをして、俺の首筋に手を回す形のハグだ。
「あの……ツバメ?」
唐突すぎる彼女の行動に体が硬直してしまう。
ツバメの目的が分からない……。
そんな動揺をしていると、それを上書きするような言葉が耳元で囁かれる。
「サク、好きよ」
「え……?」
いきなりの告白に脳への理解が追いつかない。呆ける俺から、ツバメは距離を取る。
彼女の頬は夕日みたいに紅潮し、あの言葉の意味が親友へと向けられる愛情の類ではないと否定する。
「もう一度言うわ。アタシはサクが……稲瀬サクが異性として好きよ」
「なっ……」
人生で初めて女子から告白をされて、俺の肉体は熱が入ってしまう。
「ふふ、な〜に顔を赤くしているのよ。まあ、アタシも人に言えた状態じゃないけど」
ケラケラと照れ隠すようにツバメは笑い声をあげる。
「アンタは三ヶ島さんが好き。三ヶ島さんはアンタに惚れている。そして、アタシはサクが好き。だったら、取るべき策は一つだけよ」
すると、ツバメは人差し指を俺へと向けながら宣言する。
「アタシはサクを寝取ってやるわ!!」
正確には、俺は誰とも付き合っていないので寝取りの定義には当てはまらない。
しかし、彼女の意図としては、あの日、『三ヶ島さんを寝取ろうと思う』と、ツバメに協力を要請した意趣返しの意味が込められているのだろう。
好きな意中の相手が、別の女子と添い遂げるのを阻止する横取り恋愛宣言。
正々堂々たるツバメらしい言葉だ。
「サクが文化祭で三ヶ島さんに告白の返事をもらうなら、アタシへの返事も文化祭の時にしなさい。それまでの間、サクを惚れさせてやるんだから」
「ああ、分かった。返事は文化祭の時に」
その回答にツバメは腰に手をあてながら、スポーツマンらしく改めて宣誓する。
「ブザービートが鳴るまで、アタシは抗うつもりだから覚悟しておきなさい」
その声は茜色の夕空へと吸い込まれていく。
全ての終わりは近い。文化祭まであと2週間だ。
◆
【三ヶ島さん視点】
「はぁ……はぁ……」
本当は走っちゃいけないのに、私の足は止まらない。
つい数分前、私は稲瀬くんとツバメさんの様子を遠くから観察していた。
盗み聞きはよくないと思って、声が届かない距離から眺めていたけど……二人の様子から察してしまい、気付けば、その場から逃げ出していたのだ。
「ツバメさん……やっぱり、稲瀬くんのことが」
好きなんだよね。
その言葉を言いかけて口を閉ざしてしまう。
だめだ、これ以上は考えちゃいけない。
それでも、考えちゃう。
ツバメさんは稲瀬くんとバスケをしながら、誰にも見せないような笑顔を向けていた。
稲瀬くんにハグをして、二人とも顔が真っ赤だった。
少し鈍感な私だって、分かっちゃうよ。あれは……ツバメさんが稲瀬くんに想いを伝えたんだって。
「返事は、どうなったのかな」
その続きを見る前に、逃げちゃったけど……。
ズキズキと胸が痛む。
脈がドクドクと落ち着かない。
駄目だよ、気付いちゃ駄目だ。
それでも、私は体が落ち着かない原因を知っている。
もう、否定は出来ない。
私はツバメさんに嫉妬している。
「だって、私も稲瀬くんが……」
好きなんだ。
その言葉は口に出来なかった。
だって、私は付き合っている人が居るから。
足の痛みよりも、胸に刺さる痛みが勝るのを感じながら、私は走り続けるのだった。
――――――――――――――――
【あとがき】
少しでも「面白そう!」「期待できる!」そう思っていただけましたらフォローと星を入れていただけますと励みになります。
皆さまからの応援がモチベーションとなります
よろしくお願い致します
――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます