第23話 稲瀬の過去、バスケから逃げ出した理由①

「稲瀬くん、どうして私が困っているのに気付いたの?」


 俺の斜め後ろに立つ三ヶ島さんは当然の疑問を投げかけてくる。

つい数分前。堀道が三ヶ島さんの自宅から出ていくのを確認した後、俺は彼女を連れ出して近くの公園へと訪れていた。

本当は別の話をしたいけど、まずは三ヶ島さんの質問に答えないと。


 とりあえず、足を怪我した三ヶ島さんをベンチへと座らせて、俺も隣に腰を降ろす。


「順番に話していくね。三ヶ島さんが怪我をしたって電話が来て、心配だから様子を見に行こうとしたんだ。それで、家の前まで来たんだけど、先客が居てさ」


「堀道くん……だよね」


 俺は軽く頷いてから言葉を続ける。


「堀道も同じ目的なのかなって考えてさ。別の男子なら一緒に三ヶ島さんを出迎えようと提案できたけど、流石に友達の彼氏だからね。遠慮したんだよ」


 一部は嘘だけど。堀道の姿を見た時、三ヶ島さんの自宅に上がり込んで乱暴をするんじゃないかって考えていた。ツバメの件で前科はあるし、可能性は否定できなかったから。


 その事実を伏せたまま言葉を続ける。


「堀道の邪魔しても悪いから帰ろうとしたら、ちょうど三ヶ島さんが帰宅してきてさ。二人で家に入っていくのを見送ってから、帰ろうとしたんだ。そしたら、堀道の怒鳴り声が外まで聞こえてきたんだよ。何かあったんだろうって不安になったから、三ヶ島さんに電話をしたんだ」


「だから、電話に出たときの稲瀬くんは、私が困っているか聞いたんだね」


「そういうこと」


 本当は帰らずに、堀道が出てくるまで家の周辺で待機していたわけだけど。

まさか、堀道の怒号が聞こえてくるなんて予想外だった。


「あとは三ヶ島さんが知っての通りだよ。お父さんが帰ってくるって伝えて、焦った堀道は家を出るって感じ。流石に家族の前で派手な行いは出来ないしね。三ヶ島さんが何をされたかは……無理して言わなくても大丈夫だから」


 彼女の腕には薄いアザが見える。俺の勘違いかもしれないと思いたかったが、視線に気付いたのか三ヶ島さんは咄嗟にアザの部分を手で覆い隠す。これが、何よりの証拠だろう。


 さしずめ、堀道が三ヶ島さんの家族が居ないのをいいことに、無理やり距離を詰めてきた。

それを、三ヶ島さんが拒否したので、堀道は激情に駈られて大声を張り上げた……と。


「とりあえず、三ヶ島さんの両親が帰ってくるまで、少しだけ俺の話に付き合ってくれないかな?」


 三ヶ島さんの疑問には答え終わった。今度は俺の目的へと移る番だ。

しかし、当然ながら、三ヶ島さんは首をかしげて問いかけてくる。


「お話? 稲瀬くんは何を話してくれるの?」


「俺の昔話。まずは言葉よりも行動から……」


 俺はバッグからバスケットボールを取り出して、立ち上がる。

そのボールを手から地面へと打ち付けるのを繰り返してドリブルを始める。


「三ヶ島さんを公園に連れてきたのは、ここにバスケットゴールが設置されているからだよ」


 そのまま、俺はゴールの真下へと走り出し、ステップを踏みながらボールをゴールへと入れる。


 良かった、しばらくバスケをしていなかったけど、体は覚えているみたいだ。

そして、俺は幾つかのシュートを決めていく。セットシュート、アップシュート……基本的なシュートをばかりだ。


しかし、三ヶ島さんからしてみれば、いきなり友だちが目の前でバスケを始めたので、わけが分からないと思う。だが、俺のシュートに関しては純粋に凄いと感じたのだろう。彼女は小さな拍手を送ってくれる。


「稲瀬くん、凄く上手だね!! ツバメさんの言うとおり、辞めちゃったのが勿体ないよ」


 三ヶ島さんは興奮気味に高い声を上げるが、すぐさま発言を撤回する。


「あ、ごめんね……。稲瀬くんも事情があったから辞めたはずなのに、考えもせずに発言しちゃった」


「謝らなくて大丈夫だよ。俺だって辞めた理由を話してないから。というより、これから話そうと思ってたから」


「バスケを辞めた理由?」


 俺は深く頷き肯定する。

怪我をした三ヶ島さんに言葉を届けるためにも、まずは俺の過去について話す必要があると考えたから。


「少しだけ長い話になるけど、聞いてくれる?」


「うん、もちろんだよ。稲瀬くんの話を聞かせて」


 三ヶ島の返答を聞き、俺はゴールに向けてボールを放ってから、語り始めるのであった。

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