第21話 負けヒロインとは言わせない
「江波先輩にアレの件を話すのはギリギリまで伏せた方が良いかもね」
学校からの帰り道、俺の隣を歩くツバメは江波先輩について話を始めた。
アレ=堀道の二股について。
その事実を江波先輩に伝えるのは、今ではないとツバメは提案してきたのだ。
「俺も賛成かな。数日だけど、江波先輩の人柄について理解できたし」
「ちなみに、サクから見た江波先輩の印象は?」
「裏表の無い良い人だと思う。情に厚くて、自身の中でキチンとした軸がある感じ。今日はプロレス部がお休みだったけど、俺が筋肉痛になっていたから気遣ってくれたんだと思う。友達とか家族を大切にするタイプだよ」
「まあ、アタシも数回しか会話してないけど、抱いた印象は同じだわ。きっと、アレについて話したら、速攻で暴力事件になりそうだもの」
「まず間違いないだろうね。妹さんについて聞こうとしただけで、なんか……こう、殺意の波動が醸し出されるもの。きっと、理兎音さんは大切にされているんだと思う」
そんな、大事な大事な妹が学校内に居る人物とお付き合いしているうえ、二股されているなんて事実を耳にしたら、数秒後には堀道がミンチになっているかもしれない。
こうなると、事実を伝えるタイミングが重要になってくる。少なくとも今ではないのは確かだ。
堀道がボコボコにされただけでは、一時的な効力しか見込めない。アイツの性根は変わらないのだ。
あくまで、最終的な目標は堀道自身の立場を失くし、二度と過ちを起こさせない程に追い詰める。それが目的なのだから。
ツバメは眉をひそめながら小さなため息を漏らす。
「江波先輩は委員会の仕事経由で顔も広いし、協力者として引き入れられたら強力だわ。伝えるタイミングは慎重にしないとね。とりあえず、サクは短い期間ではあるけど関係を深めていきなさい。肉体同士をぶつけ合えば上手くいくはずよ!!」
「そうだといいな!! 誰かさんのせいで全身筋肉痛だけどね!!」
握りこぶしを作りながら笑みを浮かべるツバメに、すかさずツッコミを入れる。慣れない筋トレのせいで腹筋も痛いのなんの。声を出すだけで腹部が辛いのよ。あまり痛めつけないでおくれ。
「ふふ……ごめんね。流れとはいえ、プロレス部への入部を仕向けたのはアタシだし」
「気にする必要はないよ。その代わり、技を会得したら、アイツにドロップキックの一つくらいお見舞いしてやるわ」
「さぞかしスカッとするでしょうね。楽しみにしておくわ。さて……と、そうとなれば舞台を整える準備も本格的に進めないと。サクは体育館ステージを使用する部とかクラスのタイムスケジュールを知っているのよね?」
「ああ、もちろん。偶然とはいえ、都合が良い仕事をもらえたと思う。軽音部が壇上に立つ時間もしっかりと把握しているよ」
俺の言葉にツバメは満足げに頷く。この文化祭でのタイムスケジュールが重要な情報なのだ。
まず、堀道は軽音部に所属しており、体育館のステージで演奏を披露する予定だ。
すると、ツバメは人差し指を立てながら質問を投げかけてくる。
「さて、演奏中の彼がステージに立っている時、とある人物が来たら、どうなるでしょうか?」
とある人物……里兎音さんを指しているのだろう。
「二股相手が事前連絡もなしに来たら、さぞかし驚愕なサプライズになるだろうな。しかも、ステージに立っている状態だと、簡単には演奏を止められないし、逃げ出しづらい」
「そういうこと。これが、廊下で偶然にも理兎音さんとバッタリ出会ってしまうと、逃げられたりしちゃうかもだけど。ステージなら観客の目もあるし、脱出は難しいわね〜」
「さながら、ステージはアイツを追い詰める断頭台というわけだ」
「文字通り首を洗って待っていろ……ね。そうだ、軽音部のステージ利用申請は提出されているのよね。持ち込み機材が書かれたリストの内容も覚えているかしら?」
ツバメの口から出た「機材リスト」とは、簡単に言えばステージで使用する物リストである。
例えば、演劇部なら小道具や照明、漫才部ならマイクを使用するといった具合だ。
「軽音部も機材リストは提出されているよ。えっと、ギターやドラムといった楽器類とアンプ……あと、ステージに備え付けのプロジェクターとスクリーンの利用申請もされていたな」
楽器はともかく、映像研以外が使わなさそうなプロジェクターの利用申請は意味が分からないけど。何に使うんだ?
だが、ツバメはプロジェクターの単語を聞き、腹黒い笑みを浮かべてみせる。
「どうやら、仕込みは上手くいったみたいね」
「……ツバメの仕業かよ。一体、プロジェクターを、どんな用途で使う気だ?」
「簡単よ。表向きでは軽音部のPVを流す予定なの。映像研に協力してもらったわ」
「裏向きの理由は? ……いや、言わなくていい。察しがついた」
ここで問題です。堀道と理兎音さんがホテルに入る例の証拠写真を提出するベストなタイミングは?
つまり、そういうことだ。
体育館ステージでは何も知らない堀道が演奏に夢中。
くわえて、彼は人気者だし、観客はそこそこ来るだろう。
その観客の1人として参加するのは三ヶ島さんと理兎音さん。
そして、バックに映し出されるのは軽音部のPV……ではなく、二股の証拠写真。
観客は証人へと変わり、二股の事実は言い訳の暇もなく、校内に拡散されるだろう。
「聞くだけで胃が痛くなるような話だな……」
思わず想像してしまい、お腹を擦ってしまう。ノミみたいな心臓の俺なら泡吹いてぶっ倒れそうなシチュエーションである。
しかし、堀道には同情の余地はないけどな。二股に加えて、暴行未遂。容赦なく断罪されろという話だ。
「仮にアイツが逃げ出すようであっても、体育館の端ではプロレス部の先輩方が居るでしょ? 先輩達には入口を封鎖する、お手伝いをしてもらいましょうか」
「ますます江波先輩を仲間に引き入れないといけないな」
既に舞台は整いつつある。ここからは、細かな調整をする段階。堀道にはバレないよう、慎重に計画を進めないと。
そうして、計画について話しているうちに、ツバメの自宅まで到着する。
彼女は早足で玄関扉まで向かうと、お別れの言葉を口にした。
「それじゃあね、サク。見送ってくれて、ありがと。土日はアタシも外出は控えるから、心配は無用よ。また月曜日にね」
「おう、また月曜日に……じゃない!!」
おっと、いけない。忘れるところだった。
「なあ、ツバメ。土日は外出しないと言ってたけど、予定は空いている認識でいいんだよな?」
「ええ、そうね。もしかして、デートのお誘いかしら?」
「遠からず近からず。日曜、一緒にでかけない?」
「ふえっ……!?」
ツバメは予想外だったのか、いきなりの誘いに顔を真っ赤にさせる。普段は俺がからかわれるので新鮮な光景だ。
しかし、変に誤解されると大変だ。
俺はすぐさま捕捉をいれる。
「ほら、日曜に三ヶ島さんの大会があるでしょ? 学生証があれば会場に入れるらしいから、一緒に応援でもどうかなって」
「ああ、そういうことね……。ちょっと期待しちゃったじゃない」
どうやら、ツバメは変な勘違いをしたのが気に食わなかったらしい。
眉間にシワを寄せると、威圧感を携えながらズカズカと近づいてくる。
あ、ヤバい、ツバメに殴られる。
そう考え、咄嗟に身構える……が、俺に来た衝撃は痛みではなく、柔らかさであった。
「アタシをドキドキさせた罰よ」
ギュッと、ツバメは俺に抱きついてきたのだ。
ほんのりとした柑橘系の匂い。
引き締まった体。
そして、柔らかな二つある胸の感触。
「っぁ……!!」
思わず声にならない声が漏れ出てしまう。柔らっ……!!
その布越しに伝わってくる独特な接触に、全身の血液が駆け巡り、体が熱くなる。
だが、熱さが最高潮に達する前に、ツバメは体を引き剥がし、すぐさま距離を取る。
「あはは、少しは意識してくれたかしら? じゃあね、サク」
恥ずかしさなのか、嬉しさなのか、ツバメは判断に迷う複雑な笑みを浮かべながら自宅へと姿を消してしまう。
残るのは呆気に取られる俺と衣服に残る彼女の温もり。
「何がしたいんだよ、アイツ……」
俺は髪をむしりながらボヤいてみせる。
いくら幼馴染とはいえ、客観的にみればツバメだって十分な美少女だ。
俺とて健全で童貞な男子高校生。あんな美少女にハグをされてしまえば、少なからずとも意識はしてしまう。
「またね……か。日曜日に、どんな顔して会えばいいんだよ」
先ほど、玄関扉を開けて消え去るツバメ横顔を思い出してしまう。彼女の赤く染まる頬が脳裏に焼き付いて離れない。
こうして、翌日になるまで、俺は三ヶ島さんでなく、ツバメの顔ばかり浮かんでしまうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます