第19話 新しい協力者候補の江波一虎先輩
「江波先輩ってカラオケ店でバイトしてますか?」
文化祭委員会が終わった後、俺はさっそく江波先輩に接触を開始した。
目的は堀道を断罪する協力をしてもらうためである。
とはいえ、相手が江波理兎音の兄だという情報以外は特に知らない。いきなり「貴方の妹さん、二股されてますよ」なんて切り出しても、心象が悪いだろう。
まずは、簡単な話題から先輩の人となりを探るべきだ。幸い、彼がカラオケ店でアルバイトをしているのは知ってるので、話始めるきっかけとしてはスムーズだろう。
そんな、俺の質問に江波先輩は驚きもせず、ゆったりとした声色で返答してくれる。
「お〜、してるぜ。まあ、あの店はウチの生徒も利用者が多いし、自分もこんな体だから嫌でも印象に残るか!! それで、何用かな、いな……稲作くん!!」
「“せ”が抜けてます、“せ”が。稲瀬サクです。えっと、それでですね、実は先輩に聞きたいことがありまして」
「おすすめのプロテインかな? それとも筋トレ方法かい?」
「あ、いえ、どちらでもないです。いきなり本題に入りますけど、先輩って妹とか居ますか?」
俺の口から出た”妹”というワードを耳にして、江波先輩は穏やかな笑顔から一変、熊でも殺しそうなオーラを出し始める。
「んん? 稲瀬くんは可愛い可愛い妹に興味があるのかい?」
あ、地雷を踏んだっぽい!! あれだ、妹を溺愛しているタイプのお兄ちゃんだ!!
ここで、「いえ興味ありません‼️」などと答えれば、「妹が可愛くないってのかよ!!」と殺される。
逆に「興味大アリです!!」などと返事をすれば、「家族を狙う、ふしだらな奴め!!」と殺される。
デッドオアデッドである。詰みです、頓死です。
とはいえ、沈黙を貫けば不誠実だと思われかねない。口を閉ざすも死である。
どうしよう……っと、思ったタイミングで、他の委員と話していたツバメが横から言葉をはさんでくる。
「江波先輩、突然すみません。アタシは浦春ツバメと申します。サク……稲瀬くんの友人です。それで、江波先輩の妹さん、理兎音さんで間違いないですよね? アタシ、他校に友だちが居て、理兎音さんとも知り合いなんです。彼女、凄くガタイの良いお兄さんが居るんだって口にしてたので……名字が同じだったので、でもしかしたらと思いまして声をかけたんです」
「理兎音の友人……ふむ、妹がそんなことをね」
ツバメ、ナイスアシストぉ。
江波先輩から殺意の波動が薄まる。
そこからは、コミュ強なツバメの独壇場。俺を置いてけぼりにして、あれよあれよと先輩から話題を引き出していく。顔が広いとツバメ自身は豪語していたが、その片鱗を垣間見た気がする。
「へぇ〜、江波先輩、プロレス同好会なんですね」
「ああ、そうなんだよ。あと一人、入部希望者が居れば部活認定になるんだが、いかんせん3人目が中々、見つからんくてな」
「プロレスって聞くと、痛いイメージが強いですからね」
「ボクシングとかと違って、プロレスはパフォーマンスだから極端な痛みとかは少ないけどな。1年からプロレス同好会を立ち上げて、色んな生徒を勧誘してきたが、興味を持ってくれる奴は現れなかったな。せめて、高校生活の最後くらいは部として発足して、文化祭でプロレスステージを実施したかったが……」
先輩は天を仰ぎ、ノスタルジックな悲しさと悔しさを醸し出す。
それくらい、プロレスへの強い気持ちがあるのだろう。
しかし、文化祭の規定では、同好会の活動は認められていない。クラスを除く出し物は、部として認められているのが条件なのだ。
それこそ、力になってあげたいけど、先程ツバメが言葉にしたように、痛いイメージが伴う。江波先輩と仲を深めるきっかけにはなりそうだけど、ここは別の手段で協力者として引き入れを……。
そう考えていると、ツバメが俺を指差しながら、江波先輩に告げる。
「じゃあ、稲瀬くんがプロレス同好会へ入部します」
「はぁ!? ツバメ、なにを言って……」
「それは本当かい、稲枝くん!?」
入部の単語が引き金になったのか、江波先輩は俺の両肩を掴みガッチリとホールドしてくる。飢えた虎ならぬ飢えた江波一虎先輩に捕捉された。
「うおお……苦節2年、ようやく部として認められるチャンスが訪れてくるなんて。まさか、バイト先で我が肉体が目について、加えて妹の理兎音との遠からずの縁が加わり、更には文化祭実行委員会に所属したのが全ての伏線になっていただなんて」
「あ〜。ソッスネ〜」
感涙にむせぶ先輩を前にして、否定が出来ない空気になってしまった。
どうするんだよ、ツバメ……っと、彼女に目配せをすると、サムズアップしながら『サク、生贄になりなさい』とアイコンタクトを送ってくる。このヤロウ!!
しかし、現段階で江波先輩の妹さんである理兎音さんが、二股をされている事実を伝えるわけにもいかない。
ある程度、先輩との仲を深めたうえで話すのがベストなのだろう。ツバメが俺を差し出したあたりで察しがついてしまうのが悲しい。
そうとなれば、ここは我慢するのがベスト。先輩が苦労してきた気持ちを組んであげたいという理由もある。
俺は覚悟が決まらないまま、カタコトで江波先輩に言葉を返す。
「ヨ、ヨロシクオネガイシマス」
「おお!! よろしくな、稲瀬くん!!」
裏の事情を知らぬ江波先輩はガシッと熱い抱擁をしてくれる。凄く、こう凄くガタイが良いです。
こうして、江波先輩を協力者として迎え入れるために、俺はプロレス同好会……ではなく、プロレス部へと入部するのであった。
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