第18話 文化祭の準備と断罪計画
「それでは、文化祭のクラス実行委員は稲瀬咲さんに決定ということで〜」
放課後のホームルーム。気怠けなクラス委員長の声と、まばらな拍手が俺へと送られる。
なんというか、あっさりと決まったな。
さて、文化祭まで残り3週間。本格的な準備は1週間前から始まるが、生徒会や文化祭委員など運営の動き出しは少し早い。
各クラスの出し物の把握、体育館ステージのタイムスケジュール管理、その他もろもろ。
事前準備としては様々なタスクが盛り沢山だ。
そうなると、生徒会と文化祭委員の人員だけだは人手不足となるわけで。
必然的に各クラスから代表者という名の派遣雑用係を出さなければいけないのだ。
それこそ、皆は友達と文化祭を楽しみたいのであって、本格的な裏方作業はやりたくないのである。
3週間もの奉仕活動となれば、やりがい以外でのメリットは見当たらない。
もちろん、我がクラス内でも立候補者は不在であった……俺以外を除いて。
「いや〜、稲瀬が立候補してくれて助かったよ」
クラス委員長はおっとりとした声色で、ふんわりとお礼を述べてくれる
まあ、自分もやりたくて立候補したわけじゃないけどな。
『文化祭の実行委員になれば、当日も何かと理由をつけて動き回れるでしょ? だから、サクも立候補しなさい。どうせ、誰もやりたがらないでしょうし』
昨日、ツバメが提案してきた内容である。
堀道の断罪を決行するのは文化祭当日。クラスによる出し物の手伝いを回避するための提案だった。
『だって、展示系にしても出店にしても、シフトが入って動きが制限されるじゃない。だったら、実行委員の仕事があるって理由をつけて、クラスの手伝いを免除してもらう方がいいわ。文化祭当日に見回りと称して校内を動き回れるしね』
こういった計画をスラスラと提案できるツバメには素直に関心してしまう。
数日前には暴行未遂をされたのに、翌日には普段と変わらない元気さを取り戻したのだから、彼女の強さに頭が上がらない。
とまあ、ツバメの提案に否定する部分も見当たらないので、俺はクラス代表として文化祭委員となったわけだ。
しかし、代表とは聞こえはいいが、クラスメイトにとっては「面倒な仕事をよく知らない人がやってくれた」程度な感情なのだろう。
これといった賛辞を送られるわけでもなく、ホームルームはお開きとなる。
クラスメイトは部活やバイトなど、各々の予定へと向かうべく足早に教室を出ていく。おかげで、数分と経たないうちに人は居なくなった。
「さてと……俺も与えられた仕事をこなさないとな」
本日から実行委員に任命されたわけだが、さっそく仕事があるらしい。各クラス代表は多目的室に招集されている。ちょっとだけ面倒だが、これも計画を成功させるために我慢だ、我慢。
そう自分自身に言い聞かせていると、背中をぽんっと優しく叩かれる。
振り返ると、三ヶ島さんが裏表のない笑みを向けてくれる。
「稲瀬くん、これから委員会の仕事?」
「ああ、そうだよ。初日から呼び出しとは、忙しくなりそうだ。三ヶ島さんは部活でしょ?」
「うん。大会まで残り1週間だからね。この日のために努力してきたし、最後まで頑張らないと」
彼女は胸の前で両拳を作りながら、鼻息をフンッと鳴らしてみせる。
気合は十分といった御様子で。
「あはは、すごい気迫だ。でも、怪我には気をつけてね」
「分かってますとも。ちゃんとサボる時はサボりますので。稲瀬くんの教えは守るから」
「それは安心できそうだ」
お互いに自然と笑みがこぼれる。この様子なら、三ヶ島さんも大会で良い結果が出せるかもしれないな。
プレッシャーになるから口には出さないけど、心の中で彼女に「頑張れ」と、エールを送る。
「さて、そろそろ委員会に行かないと。三ヶ島さん、また明日」
「うん、また明日。文化祭、楽しみだね」
三ヶ島さんは無垢な笑顔で告げて、部活棟へと去っていく。
すげぇ良い笑顔だったけど、俺が文化祭で君に告白して振る約束を忘れてないよね?
「三ヶ島さんなら、ありえそうだ……」
そんな不安を覚えつつも、深く考えないように首を左右に降る。
気持ちを切り替え、俺は集合場所である多目的室へと足を進めると、今度はツバメが駆け寄ってきてペチンと背中を叩いてくる。
俺の背中を叩くのがブームなんですかね?
「おっす〜、サク。クラス委員になれたかしら?」
「俺以外の立候補がいなかったので無事にな。向かう方向からして、ツバメも委員になったんだろ?」
「ご明答。そりゃ、雑務なんて誰もやりたがらないしね〜。ある意味、都合がいいじゃない。アタシとサクが一緒に居ても、文化祭委員の仕事って理由があるから怪しまれないし」
「まあ、普段から会っているから、今更感はあるけどな」
「あら? だったら、いっそのこと付き合っちゃう?」
「俺は心に決めた人がいるので、お断りさせていただきます」
「振られちゃったか。この悲しみと怒りはアイツの断罪に向けるとしますか」
ツバメは肩を落としながら、ヘイトを別の人物へと向ける。アイツとは堀道を指しているのだろう。
怒りをぶつけたくなるのも当然だ。ツバメは被害者なのだから。俺だって怒りの気持ちは同じくらいある。
だが、この憤怒をぶつけられるまで、あと少し。計画も終盤に差し掛かり身震いしてしまう。
「緊張してきたな」
「今から震えるだなんて、サクは小心者ね〜。当日が不安だわ」
「そりゃ、そうだろう。それに、俺達が例の証拠を掴んでるのをアイツは知らないとはいえ、個人的な恨みは買っているわけだし」
それこそ、ツバメが襲われかけた事件なんて分かりやすい証拠である。失敗で終わっているけど。
しかし、プライドの高い堀道が黙っているとも思えない。
二股の暴露計画も重要だが、今後はツバメの安全も気にかけないと。
堀道は何をしてくるか分からないしな。
そんな俺の考えをツバメは読み取ったのか、露骨にデカいため息を吐き出す。
「そんな不安そうな顔をしないの。アタシだって、派手な行動は控えるわ。懸念があるとすれば、
「そうだな。それこそ、次も事件が起きた時、俺はツバメを守りきれる自信はないぞ」
前回の未遂事件は俺がツバメをストーキングしてたから防げただけ。
もし、ツバメが強襲されるような事態になったら……。想像するだけで、恐怖を覚えてしまう。
すると、ツバメが俺の服の袖を引っ張りながら、弱々しい声でつぶやく。
「ね、ねえ……提案、なんだけどさ。これからは、なるべく一緒に帰らない?」
「へ?」
「ほら、一人きりだと物騒じゃない!! アタシも帰り道で襲われたりしたら、どうしようもないし。それに、サクなら帰りも同じ方向だから……だめ?」
ツバメは前髪をいじりながら、少しだけ頬を赤らめる。
いつもの彼女なら「女子を一人きりで帰らせるなんて、気が利かないわね。モテないわよ?」なんて罵倒の一つくらい投げてきそうなのに。
いや、それくらい、あの事件はツバメにとってトラウマなのだろう。うん、そうに違いない。
「だめじゃないよ。むしろ、俺もツバメと一緒に帰りたいくらいだし」
「え……あ、うん。その、ありがと」
俺の返事に、ツバメは緩んだ頬を指で必死に抑えつけて戻そうとする。
なんか、妙に素直というか、感情がチグハグだな、今日のツバメは。
言葉にしたら蹴られそうなので黙っておくけど。
そうしているうちに、多目的室へと到着。ひとまず、計画についての話し合いは後にして、表向きの仕事を頑張りますか。
気持ちを切り替え、俺とツバメが部屋に入ると、上級生らしき先輩が「クラス代表の人かな? まだ全員集合してないから、空いている席に座って待ってて」と、案内される。
言われるがまま、適当な席に腰掛けると、ツバメは辺りをキョロキョロと見回し始める。
「どうしたんだ?」
「例の計画に協力してくれる人がいないかなって思ってね。人手は多いに越したことはないし。だから、ちょうど良い人いないかな〜って」
「抜け目ないな。だけど、そう都合の良い人材なんて居ないだろ」
「そうよね〜。屈強で義理堅く、口も硬そうで、アイツに対して個人的な恨みを持ってそうな人が居たらいいんだけど……」
「要求のハードルが高い求人票かよ」
居るのか、そんなやつ?
とはいえ、俺とツバメだけでは心許ないのは事実である。既に俺とツバメは堀道に目をつけられているし、裏でこそこそと動き回っていたら、計画を感づかれる可能性だって十分ありえる。
そうなると、堀道と直接的な関係がないけど、恨みがありそうな絶妙な立場の協力者が必要なのだ。
考えるだけで夢見がちな要望であるけど。
無い物ねだりをしていても仕方があるまい。ひとまず、目の前の仕事に集中しないと。
すると、壇上の前で代表者と思われる上級生が手をパンっと叩いて、会の始まりを合図する。
「はい、それでは全員集まりましたので、文化祭実行委員の会議を始めたいと思います。今日は自己紹介と今後の仕事について報告をする予定です。まず、文化祭委員長から挨拶をお願いします」
そう告げて、入れ替わるように委員長と思わしき男子生徒が壇上へと立つ。
「は?」
その委員長の姿を見て、俺は思わず変な声を漏らしてしまう。
まず、彼の身長についてだが、およそ2メートルは超えているであろう巨体。くわえて、ラグビーでもやっていましたか?と、言いたくなるような筋肉モリモリな肉体。
それだけでも、十分に目を引くだろうが、俺の驚愕は別の所にあった。
「あの時、カラオケに居た店員さん!?」
そう、ツバメが襲われた事件の日、カラオケ店で谷地が殴りかかった店員さんである。その彼が今現在、文化祭委員長として君臨していたのだ。
しかし、驚愕の情報はそれだけで終わらない。
彼はスポーツマンらしい健康的な笑顔をニッコリとみせて、快活な声を部屋中に響かせる。
「え〜、皆さん、こんにちは!! 文化祭実行委員長、3年の
ガッツポーズを決める江波先輩に室内の空気はどこなく和らいでいく。
しかし、俺の心臓はバクバクと高鳴るばかり。
恐る恐る、隣に居たツバメへと視線を移すと、目を見開きながら伝えてくれる。
「江波一虎先輩……。名前だけ知っていたけど、江波理兎音さんのお兄さんよ」
江波という名字を聞いて、まさかとは思ったが的中らしい。
堀道の浮気相手である江波理兎音。そのお兄さん。
居たよ、屈強で義理堅く、口も硬そうで、アイツに対して個人的な恨みを持ってそう……ではないけど、持てそうな人。それこそ、俺たちの事情を話せば協力してくれそうな人物。
「さて、どうやって引き入れようか」
2人目の協力者候補となる江波先輩を見つめながら、俺は息を大きく息を吸い込むのであった。
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