第17話 ツバメの憧れの人、好きな人【浦春ツバメ視点】
「サクに迷惑をかけちゃったな……」
アタシは自宅へと入り、玄関で扉にもたれかかりながらポツリと呟く。
今日、堀道の罠に、まんまと引っ掛かったアタシはサクに助けられて自宅まで送ってもらった。
「サク……」
視線を上に向けて、幼馴染の男の子の名前を再び口する。
そして、瞼を閉じながら、昔について思い返す。
アタシは稲瀬サクという男の子に憧れていた。
あれは、小学5年生の時。アタシは他の子達よりも成長期が早くて、クラスどころか、学年で一番背が高かった。
それだけなら大した話じゃない。問題はクラスのお調子者な男子達からイジられた内容にあった。
「デカ女がやってきたぞ!! 地震が発生するから机の下に隠れろ〜」
「女型の巨人を怒らせるなよ〜。食われちまうぞ〜」
つまり、そういうこと。アタシは誰よりも大きい身長を馬鹿にされたのだ。
周りの女子は小さくて可愛くて、比べてアタシは大きくて恐ろしい。
みんなと違う。そんな些細なきっかけは、小学生の繊細な心を砕くには十分すぎる理由だった。
おかげで、アタシはコンプレックスである大きい体をなるべく小さくみせようと、猫みたいに背を縮こまらせ、下を向いて歩くのが癖になっていた。
そんな、ある日の放課後。アタシは運命の人と出会う。
「浦春、今から暇?」
その男の子は隣のクラスに所属していて、いきなり自己紹介もなしに暇かと問うてきたのだ。
正直、身長について以外で男の子に話を振られたのは久々で、思わず面を食らい、まとな返答ができなかった。
だけど、アタシの肯定も、否定もしないリアクションに、彼は白い歯が見えるくらいの笑顔を向けてきて、勝手に解釈するのだ。
「返事がないってことは、暇でいいよな!!」
「え、あっ!!」
すると、男の子はアタシの手を掴んで、体育館へと移動する。
中では、バレーやバトミントンなど、運動に励む同級生や上級生の姿が沢山存在していた。
そして、運動系のクラブ特有の威圧感にアタシは身震いしてしまう。
当時のアタシは運動とは無縁な生活を送っていた大人しい女子だった。それゆえ、床をバンバン鳴らすボールの音や活力ある掛け声の類が、たまらなく恐ろしく感じてしまったのだ。
「こっちだよ、浦春」
だけど、アタシの手を掴む男の子は気にする素振りを見せず、無理やり体育館の奥へと引き連れていくのだ。
そこでは、何名かの生徒がバスケットボールを手に持ち、シュートやパスなどの個人練習を行っていた。
一目でバスケットクラブなのだと理解はした。けど、連れてこられた理由が不明のままだった。
「えっと、あの……?」
「ちょっと見ていて」
アタシはここに来た理由も聞けずビクビクしていると、男の子は床に転がっていたバスケットボールを両手で持ち、それを額に当てる形でポーズを取る。漫画とかテレビでよく観るセットシュートのスタイルだ。
そして、男の子はボールを天に目掛けて放つ。ボールはゴールへと向けて、ブレのない放物線を描きながらネットへと吸い込まれていった。
「……きれい」
思わず、混ざりけのない純粋な言葉が口から漏れ出ていた。
ここに連れてこられた意味も分からず恐怖に怯えていたのに、たった一回のシュートによって、アタシの心は全てを奪われてしまったのだ。
呆けるアタシに対して、男の子は満足げに頷いて、ボールを渡してくる。
「今度は浦春が投げてみなよ」
「え……?」
「なんとなく、マネて投げるだけでいいからさ。一回だけやってみてよ」
半ば無理やりバスケットボールを押し付けられ、意志薄弱なアタシは受け取ってしまう。
バスケなんてやったことないし、どうすればいいの?
あまりにも唐突すぎるイベントに、アタシの頭はプリントの束を床に落としてしまったみたいに混乱してしまう。
だけど、さっきの男の子みたいに綺麗なシュートを打ってみたい。
そう思い、見様見真似でセットシュートのポーズを取り、ボールを天井へと向けて押し放つ。
すると、ボールはゴールに向かう……わけではなく、更に斜め上へと飛び、ゴール板を飛び越える場外ホームランを決めてみせた。
「うう……」
やっぱり、上手くいかないよね。アタシは一回のミスだけで恥ずかしさに包まれ、周りからの情報を遮断するように瞼を強く閉じてしまう。
だけど、その羞恥を突き飛ばす元気な声が耳へと届く。
「すげぇ〜!! やっぱり、身長があると高く飛ぶなぁ!!」
「え……?」
予想していない肯定的なリアクションに、アタシは目を見開いて顔を上げる。そこには、瞳を輝かせて興奮気味にまくし立てる男の子の姿があった。
「やっぱ、背が高いとゴールまでの距離も近くなるから、凄え高くボールを飛ばせるんだな」
「えっと、その……どちらかというと、力加減の問題だと思うけど。ボールも力んじゃってゴールを飛び越しちゃったし」
「それって、遠くまで飛ばせるパワーがあるって証拠だろ? 身長が高い分、筋力があるって本当だったんだな。浦春は特別だ。バスケの世界じゃヒーローだ」
彼はにっこりと微笑んでみせるけど、どんな反応をするのが正解なんだろう?
背の高さでイジられていた時とは正反対のリアクションだから困惑してしまう。
だけど、彼はアタシの動揺なんて気にせず、バスケットボールを再び渡してくる。
「バスケは身長が高ければ高いほど活躍出来るスポーツなんだ。だから、浦春も一緒にバスケをやろうよ」
「で、でも……アタシ、今まで運動とか体育の授業くらいしか経験ないし、運動オンチだし……」
「そっかぁ~。同じ学年にすげぇ大きい女子が居るって聞いたから、誘ったんだけどなぁ」
彼は肩を落とし、分かりやすくガッカリとした感情を表に出す。
だけど、すかさず顔を上げて、バスケットゴールを指さしながら伝えてくるのだ。
「じゃあさ、シュートが決まる気持ちよさだけでも覚えていってよ!! シュートのやり方は俺が教えるからさ」
「そんな、アタシ、部外者だし、教えてもらうなんて、貴方に迷惑をかけるわけには……」
「俺が迷惑かどうかじゃない。浦春の気持ちを聞いているんだよ。あのゴール、外したままでいいの?」
彼の言葉に、アタシは下げていた顔を上げてゴールを見つめる。
外してしまった時の寂しさと、ちょっぴりな悔しさ。そして、脳裏に焼き付いた彼の綺麗なシュート。
アタシは手汗を服で拭い、握りこぶしを作りながら想いを吐き出す。
「アタシも……君みたいな綺麗なシュートを打てますか?」
すると男の子は今日一番の明るい表情を作りあげる。
「もちろん、出来るよ。それと、君じゃない。俺の名前は稲瀬サクって言うんだ。よろしくな、浦春!!」
彼はアタシの背中を叩き、その反動で自然と背筋が伸びてしまう。
狭まっていた視界が広がり、世界が一変した瞬間だった。
これが、アタシと稲瀬サクとの出会い。そして、バスケを始めるきっかけになった話である。
それからは、サクと一緒にバスケの研鑽を積み重ねていった。
1年、2年と努力を続け、中学でもバスケ部に入部。これからもサクと頑張り続けるのだと勝手に思い込んでいた。
だけど、アタシが14歳……中学2年生の時に事件は起きた。
「サク、部活やめるって、どういうことなの!?」
そう、サクがバスケ部を辞めると聞いたのだ。
あまりの唐突な出来事に、アタシは彼を問い詰めずにはいられなかった。
すると、彼は喜びも悲しみもない平板な顔つきで答えてくれる。
「ツバメ、そのままの意味だよ。バスケは辞める」
「それって……サクのお父さんが原因なの?」
「”アイツ”は関係ないよ。ただ、俺が辞めたいから辞めるだけ」
実の父をアイツと言葉にするサク。アタシのお母さん経由でサクのお父さんについては聞いていた。女性に対して、だらしない人なのだと……。
つい最近、別の女性を作り、家を出ていってしまった事実も知っている。
だから、てっきり家庭の問題が原因で部活を辞めてしまうのだと思っていた。だけど、サクは違うと否定する。
「じゃ、じゃあ、なんで部活を辞めちゃうの? アタシ達、小学生の時から頑張ってきたじゃない。アタシ……サクが居ないと寂しいよ」
「ありがとう、ツバメ。だけど、俺はもう無理みたいなんだ。バスケを純粋に楽しめなくなった」
「せめて、理由だけでも教えてよ」
「…………」
サクは視線を逸らすだけで、沈黙を貫いた。
どうして? サクにとって、アタシは頼りないの?
今まで一緒に歩んできた親友からされた初めての拒絶。
思春期のアタシにとっては、受け入れがたい事実であった。
「どうして、どうして……答えてよ……」
彼を止める術が思いつかず、アタシは子どもみたいに瞳から雫を落としていく。
だけど、サクは「ツバメ、ごめん」と、謝罪だけしか述べてくれない。
「ツバメ、俺が弱かったのがいけないんだ」
「そんなことはない。だって、サクは……」
アタシの憧れだから。
誰よりも綺麗なシュートを打てて、弱気なアタシに前を向かせてくれた。
だから、いかないで……。
そう答える前に、サクはアタシの前から消えてしまう。手に残ったのは、彼が使っていた水色リストバンドだけ。いつの間にかサクが渡してくれたらしい。
「どうすれば……良かったのかな?」
リストバンドを見つめながらポツリと呟く。
まるで穴だらけのジェンガのように心がグラついていく。
それから、アタシの感情はグチャグチャになり、サクに対しての接し方が分からなくなってしまった。
友達やクラスメイトには明るく振る舞えるのに、彼を前にすると高圧的な態度をとってしまう。
それは月日が経つにつれて戻せなくなり、最終的には猫かぶりな自分が誕生してしまったのだ。
本当は昔みたいにサクと普通に笑い合いたかった。でも、彼の力になれなかった不甲斐ない自分に苛立ちを覚えて、八つ当たりに近い感情をぶつけてしまうのだ。
その裏表なアタシの性格は、サクとの関係に溝を深めるのに十分だった。
いっそのこと、サクなんて忘れてしまえばいい。そう思い、大勢の人と交流をして、サクを忘れようとした。
だけど、人との関わりを増やせば増やすほど、アタシの中で彼の存在が大きくなっていくのだ。
「もう、昔みたいに戻れないのかな?」
そうやって、未練がましくズルズルとサクとの関係を保ち続けてきた。
挙げ句の果て、同じ高校に進学してしまうあたり病的ともいえる。
この関係だって、いつかは終わってしまうかもしれないのに。
いや、既に終わりは近づいている。
『三ヶ島さんを寝取ろうと思う』
サクが寝取りの協力を要請してきたのだ。
もちろん、彼が三ヶ島陽歩さんに恋慕を抱いていたのは知っていた。その恋が堀道によって成就せずに終わったことも。
だからこそ、この提案が
だけど、それを超える狂気がアタシの中で
サクには堀道の浮気を暴露するためと言った。それは表向きの理由。
腹の底では、それでもサクと、また関わりを持てるという狂った思考に満たされていたのだ。
『アンタと一緒に地獄へ堕ちてあげる』
この言葉は、ここまで暴走するサクを止められなかった自責と、賛同したアタシへの罰を込めた返答のつもりだった。
それこそ、この計画は完全には成功しない……そう思っていた。堀道の浮気を断罪するのが関の山だろうと。
だけど、想定を上回る展開が訪れる。
陽歩さんがサクに惚れたのだ。
サクは堀道の罪を白日の元に晒すどころか、このままだと陽歩さんとの恋まで成就させてしまう。
そうなれば、アタシとサクの関係は断ち切られるだろう。
きっと、今みたいな気軽に会える仲ではなくなるのだろう。
「それは、辛いな……」
記憶の整理が終わり、アタシはゆっくりと脱力しながら、床にへたり込む。そのまま、体育座りをして、膝に顔を埋める。
フラッシュバックするのは彼のことばかり。
今日の帰り道、サクとした思い出話は凄く楽しかったな。
アタシの誕生日、まだ覚えていてくれたんだ。
サクがバスケを辞める時にくれたリストバンド、まだ使ってるのバレてたな。
まさか、プレゼントとして新しいのを貰えるだなんて思わなかった。
それこそ、サクにとってアタシはどうでも良い存在じゃなくて、まだ友人として扱ってくれている。それを知れて、たまらなく嬉しかった。
だけど、彼には陽歩さんが居る。計画通りに事が進んだら、10月の文化祭で堀道は断罪されて、サクは陽歩さんを横取り、恋仲へとなるだろう。
そうすれば、協力者の『浦春ツバメ』の役割は終わりを迎える。アタシは用済みになるのだ。
嫌だ、嫌だ、いやだ。
「サク、好きだよ……」
誰にも聞こえない、返事もない、愛の告白が口から漏れる。
今更この気持ちに気付くなんて……いや、アタシは最初から知っていたんだ。ただ、目を逸らしていただけ。
「アタシ、サクが好きなんだ」
アタシは稲瀬サクという男の子に憧れていた。
そして、アタシは稲瀬サクという男の子に恋をしている。
小学生の頃から引きずり続けていて、あと少しで終わってしまう苦い苦い初恋なのであった。
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【あとがき】
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