第16話 ツバメ救出、その後の帰路にて
「ん……あれ? ここ、どこ?」
ツバメの呆けた声が首筋から俺の耳へと届く。どうやら、眠り姫が目覚めたようだ。
つい数十分ほど前、俺は堀道の罠にはまったツバメを無事、救出するのに成功した。
しかし、薬の効果が即時切れるわけではない。眠るツバメの頬を優しく叩きながら「ツバメ」と、何度も呼びかけたが目覚める気配はなし。
かといって、その場に留まるわけにもいかず、ツバメを背負い、現場から逃げ出したのだ。
つまり、一般道で女子高生を背負いながら歩く男子学生……という絵面が現在進行系でお目にかかれるわけである。
おかげで通行人からは「なんだあれ?」といった奇異の視線をプレゼントされるわけで。
そして、人の目線を誰よりも気にするツバメも意識が瞬く間に覚醒したのだろう。
気恥ずかしさが混じる声を響かせる。
「う~、アタシはまんまと堀道にはめられたわけか……」
「そういうこと。だけど、ツバメが無事で良かったよ」
「ごめんなさい、サク。アタシを助けてくれたんでしょ?」
「別に大したことじゃない……なんて格好良く言いたいけど、苦労したわ」
俺はツバメを不安にさせないためにも軽く笑ってみせる。
だが、彼女は未遂とはいえ性的暴行を受けたのだ。ツバメは恐怖を感じたのか、すすり泣きながら俺の体を抱きしめてくる。
「グスッ……うぇぇ……」
「ツバメ、怖い思いをさせてごめんな。そもそも、堀道の会合を無理やり止めていれば……」
「スンッ、グスッ……ちが、違うのぉ。こわくて泣いて、なんかない。サクを、心配、させちゃって」
「もしかして、俺を不安にさせたから、申し訳なくて泣いているのか?」
「……うん」
ツバメの肯定に、俺は小さな息を吐き出してしまう。
自身よりも相手の心配か……。根が良いやつすぎる。
「ツバメ、今日くらいは自分のために泣いてくれ。そうしてくれないと、かえって不安になるから」
「わかった……」
そう伝えると、背中越しからワンワンとツバメの泣く声が響く。
時折、その涙が俺の首にあたり、生暖かい感触を与えてくれる。
その温かさが俺の中に湧く怒りをなんとか抑えてくれた。
「(ツバメをここまで悲しませたアイツを絶対に許さない)」
今すぐにでも錆ナタで堀道の頭をかち割ってやりたい。そんな衝動に駆られるが、暴力程度でこの怒りが静まるわけがない。
徹底して、全力で、アイツを社会的地位から引きずり落としてやる。
それこそ、性的暴行を実行した堀道の罪を見過ごすわけにはいかない。
三ヶ島さん、江波さんに行っている二股も。
ツバメに行った暴行についても。
全ての罪を償わせてやる。
胸中で静かな覚悟を決めた後、俺は思考をツバメへと切り替える。
今は彼女の痛みを少しでも和らげてあげるのを優先してあげないと。
とはいえ、俺はコミュニケーションが得意とはいえない。傷心した友だちを慰める手立てが思いつかず、不甲斐なさを感じてしまう。
そうなると、俺からツバメへ提供できるのは昔話だけだ。
俺は黒く染まる夜空を眺めながらポツリと告げる。
「そういえばさ、昔もツバメを背負って歩いた時があったよな」
「ん……なに、突然?」
「ただ、昔の話をしたくなっただけだよ。確か、小学生くらいだったかな。ほら、バスケをしている時に、ツバメが倒れて脚を挫いてさ。帰り道で“ツバメは怪我をしてるから俺が運ぶ”なんてカッコつけてたよな」
「あったわね、そんなこと。あの頃は、サクよりアタシの背が高かったわよね」
「そうそう。おかげで全然上手く運べなくてさ。力のない自分が情けなく感じたよ」
「ふふ……今は立派に成長したじゃない」
ツバメは小さく笑いながら、体を密着させてくる。おかげで、彼女の柔らかな感触が俺の背中へと伝わってくるが、その体は僅かに震えていた。
声色こそ落ち着きを取り戻してきているが、恐怖は拭えきれていないのだろう。
俺はツバメを背負い直しながら、他愛のない昔話を続ける。
遠足でお弁当をひっくり返してしまい、見かねたツバメが自分のお弁当を半分分けてくれた話。
初めてバスケの試合で負けた時、悔しくて夜まで練習して先生に注意された話。
帰り道にあった駄菓子屋で買食いをして、食べ終わったら近くの公園でバスケをした話。
毒にも薬にもならない平凡でありきたりな話なのに、俺とツバメにとっては、たまらなく楽しく感じる。
おかげで、自然と笑顔がこぼれていく。
「ついたよ、ツバメ」
そうしているうちに、ツバメの自宅前まで到着した。彼女の体の震えも、いつの間にか消えていたので、もう大丈夫だろう。
俺はツバメを降ろすと、別れの言葉を口にする。
「ツバメ、また明日な」
「うん……今日はありがとう。サクが居なかったら、今頃、アタシはどうなってたか」
いつも強気なツバメも今日はしおらしい。無理もない、酷い目に合いかけたのだから。
少しでも元気を取り戻してほしいけど……。
「そうだ、プレゼント」
ふと、俺は思い出し、カバンの中に忍ばせていたプレゼントを取り出す。
「ツバメにあげるよ。少し早いけど誕生日プレゼントだ」
「アタシへの? もしかして、前に三ヶ島さんとお出かけしたのって……」
「あはは、バレたか。三ヶ島さんに相談してもらって選んだんだ」
「ふふ……二人で選んでくれたのね、嬉しいわ。開けていい?」
「どうぞ」
俺が促すと、ツバメは丁寧に梱包を解いて、中に入っていた水色のリストバンドを取り出す。
「これって……」
それを見たツバメは目を見開き、喜びよりも驚きが勝る表情をあらわにした。
「もしかして、まずかった? ツバメの使っているリストバンド、色褪せていたから、新しいのをプレゼントしたんだけど」
「あ、ううん。それは大丈夫よ。ただ、ちょっと驚いただけだから、ちょっとだけ……」
そう告げるツバメはプレゼントのリストバンドを着けて、はにかんでみせる。
「どうかしら?」
「似合っているよ。体操着とかユニフォームを着ていたら、もっと映えそうだよ」
「アンタがバスケ部に入部したら、毎日拝めるわよ?」
「遠慮しておく。俺はもう、バスケをするつもりはないから」
「あら、残念。でも、ありがとう」
柔らかな表情を作るツバメはリストバンドを愛おしそうに眺める。
どうやら、気持ちは落ち着いてきたみたいだ。もう、大丈夫だろう。
「それじゃあ、夜も遅いし、俺も帰るよ。また、明日な」
簡単な別れの挨拶を伝え、俺は背を向けて去ろうとする。
すると、俺の右手を掴み、帰宅を阻害する感触が脳へと走る。
「ツバメ?」
ゆっくりと振り返ると、ツバメが俺の手を掴んでいた。
彼女の頬はどこなく赤く染まり、恥ずかしそうな雰囲気を携えている。
「サク……えっと、その……」
「どうした?」
「お、お休み」
ツバメはお休みの挨拶を口にして、目線を下に向ける。紅潮していた頬は顔面全体へと広がっていく。
困った、意図が分からないぞ。だけど、今日は色々とあったし、きっとツバメも疲れているのだろう。
俺はツバメの肩を軽く叩き、軽く笑いながら、今度こそ別れを告げる。
「しっかりと休んで、また俺に悪態をついてくれよ。じゃあな、お休み!!」
今度は捕まらないように走り出す。
夜の道、街灯に照らされる体、少しだけ早くなる鼓動。その高揚感のおかげで、ふと気づく。
「そっか……俺にとって、ツバメは大切な存在なんだ」
彼女が危険な目に遭い、改めて実感する。
ツバメが襲われそうになった時の焦りも、プレゼントを渡した時にみせた嬉しそうな笑みも。
ただの幼馴染だと思っていたけど、大切にしたい関係なのだと気づけた。
そのせいだろうか。俺を引き止めて、恥ずかしそうに赤面するツバメが少しだけ可愛いと思えたのは。
「バレたら、からかわれそうだ。これは秘密だな」
また明日になったら元通り。そう思いながら、コンクリートの道を強く踏みしめるのであった。
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