第15話 堀道とツバメの会合にストーキング②

「ツバメ!! 聞こえるなら返事しろ!!」


 しかし、彼女からの返答はない。どうやら、堀道が言っていた薬とは睡眠薬で確定だ。

となれば、先程の音はツバメが寝てしまい、ソファに倒れた時に鳴ったものだろう。


「くそ!! どうする!?」


 ”絶対に後悔させてやるからな。覚えておけよ”

 堀道の報復内容が今になって理解できた。それは、俺の幼馴染であるツバメを傷物にすること。


 俺が傷つくのなら、いくらでも我慢できる。だけど、無関係のツバメを手に掛けるなんて許せない。


 怒りで我を忘れそうになるが、痛むくらいに歯を食いしばり抑え込む。

落ち着け。あいつらの所に突撃するのは最終手段だ。相手が二人も居るのは分が悪いし、暴力沙汰になれば騒ぎになる。

最悪、俺だけが連行されて、堀道と谷地が場所を移動して、ツバメに暴行を加える可能性だって考えられる。


『お〜い、ツバメちゃん〜? 寝ているのかな〜?』

『薬が効いたみたいだな』


「……っ」


 どうやら、堀道と谷地が部屋に戻ってきたらしい。


 焦る気持ちを携えながら俺はトイレを出て、ツバメの居る308号室の前へと移動する。

室内の様子は、扉についているガラス窓から確認が出来るはず……っと考えたが、ブレザーが扉にかかっているらしい。おかげで室内の様子が分からない。


『うほ〜、この娘おっぱいでけぇ〜。まるで山よ、山。服の上からでも形が分かるわ〜』

『おいおい、あんまり乱暴にするなよ。浦春さんが起きちまう』


 スマートフォンから興奮した谷地の声が聞こえてくる。マズイ、このままだと全てが手遅れになる。

躊躇して後悔するくらいなら、このまま突っ込む。


 覚悟を決めて扉に手をかけた瞬間、堀道の落ち着いた声が欲情状態の谷地を止めにかかる。


『谷地、いくら寝ているからといっても、浦春さんが起きる可能性もある。暴れて逃げられたら、オレでも言い訳は難しい。頼んでおいた縛るものは購入してきたか?』


『あ、やべぇ〜。買い忘れちった。ずっとヤることしか考えてなかったからさ〜。メンゴ〜』


『はぁ……お前なぁ。仕方がない、オレが買ってくる。隣のビルに100均があったから、結束バンドくらいはあるだろ。お前は浦春さんを監視していろ。いいか、部屋には誰も入れるなよ』


『おけまる〜。餌待ちのワンちゃんみたいに、ご主人様の帰りを待っているワン!!』


『キショいぞ。チッ……まったく、なんでオレがパシらなければならねぇんだよ』


 堀道が部屋から出てくる!!

俺は咄嗟に308号室から離れて、たまたま空いていた向かい正面にある309号室へと身を隠す。

そして、窓ガラス越し外の様子を眺め、堀道がエレベーターへと向かう姿を見送る。


「偶然とはいえ、少し時間に余裕が出来たぞ」


 あとは部屋に残る谷地を追い出せれば、ツバメを救出できる。


「問題は、どう追い出すかだ」


 このまま突撃をしてもいいが、谷地がどういった人物なのか分からない。

仮に室内へ突撃したとして、暴力展開になったら、俺は大人しくボコられるしかない。それこそ、騒ぎになれば堀道にも気付かれるだろうし。


『あ〜、ムラムラしてきたぁ。あと10分で帰ってこなかったら、手を出してもいいよなぁ。喉も乾いたけど、ドリンク注文したら、店員が部屋に入ってくるし……』


 スマートフォンから聞こえる谷地の独り言。どうやら、コイツは欲望に忠実な性格をしているらしい。

このままだと、堀道が戻ってくる前に、ツバメに危害が加わってしまう。


「でも待てよ……ドリンク?」


 俺は空き部屋にあるメニュー表を確認する。ここのカラオケ店はドリンクバーではなく、オーダー制を採用している。そして、注文はQRコードから専用ページへとアクセスして、メニューを頼むタイプだ。


「もしかして……」


 脳裏に、とある可能性がよぎり、すぐさまスマートフォンでメニューの注文ページへとアクセスする。

そして、一番最初に『あなたの部屋番号を入力して下さい』という画面が表示されて、俺の予想は確信へと変わる。


「番号は308っと。メニューは来るのが早いドリンクを注文」


 手早く「308」と部屋番号を入力し、オレンジジュースを一つオーダーする。


 予想が当たっていて良かった。

居酒屋やカラオケ店では電子パッドやスマートフォンを使い、専用ページで注文を行う店舗もある。


しかし、システム導入費用を渋って、こういった注文ページだけ作り、部屋番号の管理は手入力といった店も多いのだ。ここのカラオケ店も例外ではなかったらしい。


「あとは店員さんが来れば部屋に入るだろうし、谷地も対応くらいはするだろう。だけど、時間稼ぎもしておかないと」


 俺は再び谷地が居る部屋の前へと移動し、刑事ドラマよろしく、扉を拳でドンドンっと荒く2回叩く。

すると、扉越しから谷地の苛立ちを交えた声が飛んできた。


「ああ!? なんだよ!!」


 よしよし、いい感じにリアクションが返ってきたぞ。俺はすぐさま向かい正面にある309号室へと避難する。

それと同時に、部屋の扉が開き、眉を潜めて周囲を観察する谷地が姿を現す。


 だが、周りには人影はない。谷地は「ったく、なんだよ」っと、イライラしながら扉を閉める。

こうなれば、あとは繰り返し作業の始まりだ。


 俺が谷地の居る部屋の扉を叩き、すぐさま309号室へと避難する。すると、谷地は部屋から出て犯人を探すが、それらしき人物は見当たらない。積み重なるのは苛立ちだけである。


「ジャケットを窓ガラス前にかけてくれて助かったよ」


 当初こそ、谷地と堀道は室内の様子を確認させないためにジャケットをかけていたはず。だけど、今は裏目に出ている。外から見えないというのは、中からも廊下の様子が見えない状態なのだから。


 正直、窓ガラス越しから外の様子を監視されたら、この作戦も実行は出来なかった。

それこそ、今からでもジャケットを下ろせばいいだろうが、谷地は頭に血が上がっているせいで冷静な判断ができていないのだろう。依然としてジャケットは掛かったままだ。


 こうなると、谷地の頭の中はツバメではなく、扉を叩いてくる犯人へと向けられていく。


『次ノックしてきたらブン殴ってやる!!』


 スマートフォンからも谷地の怒り声が漏れ聞こえてくる。

 いい具合にヘイトがツバメから逸れてきているな。


 そして、谷地の憤怒が最高潮に達したタイミングで、受付から店員さんがオレンジジュースをお盆に乗せてやってくる。先程、俺が注文したメニューのご登場である。


 あとは店員さんが室内の様子を確認してくれれば、いいのだけど……。


「これって問題があるよな?」


 さっき、谷地は殴ってやるとか言ってたような。

 このままだと店員さんが被害者になってしまう!!


 待ってくれ……っと呼びかけようとしたが、一歩出遅れてしまう。

何も知らない店員さんは308号室の扉に向かいノックをする。


「お客様、失礼いたしま……」

「テメェ、ふざけてんじゃねぇぞぉ!!」


 店員さんの言葉を遮る形で、谷地は扉から勢いよく出てきて殴りかかってくる。

しかし、その暴力は失敗に終わった。


 ボスンっと鈍い音が響く。


 谷地のグーパンが店員さんの胸部へと当たったのだ。だが、痛がるのは店員さんではなかった。


「いっってぇぇ……」


 なぜか、暴力を行った谷地が手を抑えながら悶絶しているのだ。

だが、これは当然である。彼が殴りかかった店員さん、実に2mを超える高身長に加えて、ラガーマンとかボディービルダーさんですか?と、言いたくなるくらいガタイの良いお兄さんだったのだから。


 おかげで、あまりにも硬い胸筋に殴りかかった谷地が痛みを覚えるという奇妙な結果になったのだ。


 だがしかし、店員のお兄さんからしてみれば、殴られた事実は変わらない。店員さんはニッコリとした営業スマイルを向けながら、谷地を見下ろす。


「お客様、当店では暴力の類を一切禁じております。申し訳ございませんが、スタッフルームまでお越し頂けないでしょうか?」


「へ……あ、え? ちが、オレっちはぁ……」


 情けない声をあげる谷地は店員さんにガッチリと肩を掴まれて連行されていってしまう。

ひとまず、店員さんに怪我がなくて良かった。


「さて、のんびりもしていられないな。堀道が戻ってくる前にツバメを助けないと」


 俺はすぐさま308号室へと足を踏み入れて、ツバメの様子を確認する。


「ツバメ!!」


 その呼びかけに返事はない。

彼女はソファでスウスウと寝息を立てている。


 良かった、ひどい目にはあっていないみたいだ。

 幸い、衣服にシワが出来ている程度で、それ以外に何かされた形跡はない。


「ごめん、ツバメ」


 その謝罪に対して、ツバメは「んへへ〜」っと、穏やかに笑みを浮かべせてみせる。

 こうして、俺はツバメを背負い、非常階段から脱出するのであった。

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