第14話 堀道とツバメの会合にストーキング①
『通話記録はきちんと録れているかしら?』
「ああ、ちゃんと録音ボタンを押しているよ」
俺はスマートフォンから漏れ出るツバメの声に返答をしながら、会話の録音がONになっているのを確認する。
”今週、暇な時に二人で一緒に遊ばない?”
堀道からの誘いにツバメが応じてから2日後。今日はツバメと堀道が会合する予定である。
ヤツが指定してきた場所は学校の駅前にあるアミューズメント施設、その中にあるカラオケ店だ。
放課後の時間帯ともあり学生の姿は多く盛況ではあるが、遊ぶ場所が場所である。
なにせ、カラオケは密室空間。表向きでは歌おうって流れなのだろうが、どうしたって邪な考えを連想させてしまう。
大丈夫だよな、ツバメ?
不安を覚えながら、物陰からツバメの様子を観察する。
現在、ツバメはアミューズメント施設の入口に立ち、堀道が来るのを待っている。
堀道曰く、ちょっとした用事があるらしい。この時点で貶める企てをしているのが丸わかりである。
『な〜に、心配をしているのよ。安心なさい、少しでも怪しい雰囲気になったら、トイレへ行くふりをして逃げるから』
「とはいってもな……。俺が尾行をしているとはいえ、密室空間だと音声以外の情報が入って来ないぞ。それに、いくらなんでも体を張りすぎてないか」
『堀道や江波さんの調査で脚を使っているから、既に十分な肉体労働をしているわ。ここまで頑張っておいて、今までの労力は無駄になりましたってなる方が大きいダメージだわ』
スピーカー越しからツバメのフンっという鼻息が聞こえてくる。頼もしくもあるが、今回ばかりは心配になる。ツバメはしっかりしているから問題はないと思うが、気は引きしめておこう。
『堀道が来たわね。じゃあ、通話はオンにしたままスマートフォンはカバンに入れておくから、間違っても切るんじゃないわよ』
「了解。アイツを追い詰める証拠が録音できればいいが、願わくば何も起きないのを祈っているよ」
俺はツバメに一言告げて、こちらもスピーカーをオフにする。これで、俺が声や物音を出したとしても、ツバメのスマートフォンから音は漏れないだろう。
改めて視線をツバメと……手を軽く振りながらやってくる堀道へと向ける。
遠くからなので会話内容は聞こえてこない。代わりにスマートフォンのスピーカーから漏れる会話に耳を傾ける。
『浦春さん、おまたせ。ごめんね、待たせちゃって』
『おっす〜、堀道〜。アタシも来たばかりだから気にしてないよ〜』
ツバメは表モードへと切り替えたのか、緩い挨拶を堀道へと返す。先ほどまでの俺への遠慮ない態度から、猫かぶりモードへの切り替えの速さ。照明のスイッチみたいによくパチパチと切り変えれるな。
おっと、関心している場合じゃない。
ツバメと堀道は適当な雑談をそこそこに、アミューズメント施設の中へと入っていってしまう。後を追わないと。
こうして、俺も二人に気づかれない距離を保ちつつ尾行を開始する。
カラオケ店は施設の3階にあるので、二人はエレベータで向かうらしい。
流石に一緒に乗り込むと俺の存在がばれるし、かといって次のエレベータを待って二人を見失うのも嫌である。
「仕方ない、非常用階段を使うか」
今から登れば追いつくだろうし、万が一に備えてエレベーター以外の脱出経路を把握しておきたい。
俺は迷いなく非常用階段へと足を運び、3階へと向けて登りだす。
「ふぅ……よし、たどり着いた」
こうして、3階へと問題なく到着。逃走経路も確認できた。
さて、二人はどこだろうか。
エレベータはカラオケ受付の正面に来る作りだが、非常用階段はカラオケ個室部屋が並んでいる廊下に出るみたいだ。
それこそ、受付の店員さんに見つからず出入りできるのはありがたい。……が、逆に追跡対象を見失ってしまっては本末転倒だ。
『部屋は308号室ね』
すると、スマートフォンから部屋番号を告げるツバメの声が聞こえてくる。どうやら、尾行が途切れたのに気づいた彼女が気を利かせてくれたらしい。出来る女である。
「さて、308号室か……」
番号さえ判明すれば問題ない。俺は部屋の位置を確認すると、一度トイレの個室へと避難する。
廊下で二人と鉢合わせをしたら言い訳出来ないからな。
ひとまず、追跡が落ち着いた俺はスマートフォンから聞こえてくる会話に集中する。
『そういえば、堀道くん。どうして、遊びに誘ってくれたの? 1学期に連絡先を交換したきりで、交流とかはなかったわよね』
『あ〜気になるよな。ほら、陽歩から浦春さんの話をよく聞くからさ。日頃から彼女がお世話になっているし、オレも交友を深めたいな〜って思ったんだよ』
『そうなのね〜。ふふ……でも、あんまり仲良くすると、二股になっちゃうわよ』
『あっはっは!! 陽歩に怒られるよ』
まあ、お前がツバメに手を出したら二股どころか三股になるけどな。ツバメも笑えない冗談をぶっこむよ。
『冗談はさておき、今日は浦春さんに紹介したいやつが居るんだ。親睦を深めたいのもあるけど、実は呼び出した本命はこっち』
『なるほどね〜、アタシに興味がある男子が居るから、堀道くんは餌にされたわけか。どうりで、カラオケの予約がスムーズだったわけね〜』
『餌とは酷いなぁ〜。まあ、遅れた理由もソイツを先に部屋へ案内していたからだよ。それじゃあ、入ろうか』
すると、扉の開く音がして、ノリの軽い元気な自己紹介が聞こえてくる。
『ちわ〜す!! はじめまして〜、オレっち谷地ケンヤって言います〜!! ケンヤって名前呼びしてくれっと嬉しいなぁ。よろ〜!!』
……なにこの絵に描いたようなチャラ男は?
いや、音声だけだから、ビジュアルは見えていないけどさ。少なくとも金髪ないし派手な髪色に染めたベタなチャラ男のイメージしか想像ができんよ。
思わず頭を抑えてしまう俺だが、ツバメは動揺もせずにきっちりと挨拶を返す。
『はじめまして〜、浦春ツバメっていいます。陽歩さん……つまり、堀道くんの彼女の友達です』
『知ってる、知ってる~。レオンから話しは聞いててさぁ〜。ツバメの写真を見せてもらって、もう一目惚れっての? ビビンっと来たのよ!! あ〜、これオレっちの運命の人だってね』
『ふふ、ありがとう。でも、谷地くんが想像しているよりも、アタシは酷い性格をしているかもよ〜』
『裏の顔ってヤツ? むしろギャップがあって、アリって感じかもしんねーしさ。仲良くしようぜぇ』
す……すげぇポジティブな人だな。あと、ツバメをさらっと名前呼びしているし。
「しかし、不味い状況になったぞ」
俺は口を抑えながら小さく言葉を漏らす。
もともと、堀道とツバメの二人きりを想定していたので、ここで別の男が現れるのは想定していなかった。
こうなると、ツバメが何かをされたら逃げ切るのは難しいだろう。
最悪、今すぐにでも引き返すべきだ。
だが、俺の考えとは真逆に、ツバメは楽しげな声を交えながら状況を受け入れる。
『谷地くん、今日はよろしくね〜。一緒に楽しみましょう』
そう告げると、ツバメは椅子に座ったのか、ソファの軋む音が聞こえてくる。
どうやら、ツバメはリスクを受け入れたらしい。こうなったら、俺も覚悟を決めるしかないな。
願わくば、本当に谷地という男がツバメと交流をしたいだけだと思いたいが……。
こうして、堀道、ツバメ、そして、チャラ男もとい谷地とのカラオケが始まる。そんな、和気あいあいとした楽しげな音声を俺はトイレの個室で寂しさと不安を抱えながら聞き入る。
『ウエ〜〜イ!!』
スピーカーから溢れ出てくるのは陽気なオーラ。
これといって大きな動きはなく、カラオケを開始してから数十分ほど経過した。
流石に最初は怪しい言動もなく、陽気で楽しげな雰囲気。スピーカーからは各々の歌声が聞こえてくる。
ツバメは普通に歌が上手くて、コイツのハイスペックっぷりに少しだけ嫉妬してしまう。
堀道は軽音部でボーカルを務めているだけあってムカつくが歌は上手である。
そして、谷地はタンバリンの音がうるさい。お前も歌え。
そんな充実した空気をトイレの個室で享受する俺。メンタルが徐々に削れていく。
しかし、折れてしまってはトラブルが発生した時に出遅れる。我慢だ、我慢。
すると、30分ほど経過して堀道と谷地が動き出す。
『ちょっとトイレ言ってくる』
『あ〜オレっちも連れション〜』
その言葉に切れかけていた意識が戻ってくる。
え、トイレ? つまり、俺のところに来るんだよな。
一応、個室に居るから見つかる心配はないけど、物音には気をつけよう。
俺が気を引き締めるのと同時に、トイレの出入り口から2人分の足音が聞こえてくる。
「ふ〜、レオン、マジで今日は感謝なぁ。あんなかわいい娘連れて来るって、やっぱイケメンはすげぇよ」
「別に構わないさ。それと、例の薬は飲み物に入れたよな?」
「バッチリよ〜。想像しただけで下がイライラしてきたわ〜」
薬?
カラオケ店で聞くには無関係でかつ不穏なワードに胸騒ぎを覚える。
まさか、睡眠薬じゃないよな?
それこそ、SNSなんかで女性が睡眠薬を盛られかけて、危険な目にあったなんて投稿を見たことはあるけど。
だとしたら、急いでツバメに伝えないと!!
その瞬間……。
『ドサッ』
スピーカーから何かが倒れた音が聞こえてくる。
先ほどまで聞こえていたツバメの歌声が途切れ、イントロ音だけが残響する。
ツバメ?
咄嗟に彼女の名前が出そうになったが、寸前で留める。
今は堀道と谷地がトイレに居るのだ。ここで俺が声を出してしまえば尾行がバレてしまう。
焦る気持ちをグッと堪えて、二人がトイレから出るのを一先ず待つ。
「さぁて、薬の効果も効き始める頃だし、お楽しみタイムといきますか〜。レオン様々ですわ〜」
「感謝しろよな。あんな良い女は中々いないんだから」
「わかってるっしょ。なんなら、レオンの彼女ともヤラせてくれよ」
「いずれな。まずは、浦春さんからだ」
そうして、二人の声がトイレから消えていく。
それを確認した俺は、すかさずスピーカーをONにする。
「ツバメ!! 聞こえるなら返事しろ!!」
しかし、彼女からの返答は来ないまま、俺の荒げた声だけがトイレに響くのであった。
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