第12話 堀道との対峙、静かな宣戦布告
「まあ、話しでもしようぜ、稲瀬」
堀道は肩に手を回して逃げ道を封じると、近くにあったベンチへと腰掛けさせる。
表情こそ笑顔ではあるけど、怒りの感情が隠しきれていない。いや、わざとなのかもしれない。
それこそ、偶然にしては出来すぎている。おそらく、尾行されていたのだろう。堀道は三ヶ島さん経由で俺と出かけるのを聞いているし、実行に移すだけなら簡単だ。
そして、三ヶ島さんが居ないタイミングを見計らって声をかけてきたのだろう。
だとしたら、こちらもご丁寧に対応する義理はない。さっさと本題に入ったほうが懸命だ。
「堀道、要件は?」
「おいおい~、そんな睨むなって。仲良くしようぜ」
そう告げながら、俺の肩に乗せられた堀道の手に力が入っていく。
この時点でお察しである。いわゆる、「オレの女に手を出すなよ?」と、脅しに来たのだろう。
堀道は先程までの温和な表情からうってかわり、露骨ともいえる嫌悪混じりの息を吐き出す。
「はぁ……分かってんなら、さっさと帰れよ。お前の用事はとっくに済んでるだろ?」
「まだ終わってないよ。それに、友だちと遊ぶのに何か問題があるの?」
「普通はねぇな。だけど、お前、陽歩を狙ってんだろ。今までは陽歩の自主練の付き添いだから見逃していたが、今日は流石に出しゃばりすぎだ。これ以上は説明しなくても分かるよな? な?」
すると、手の力が更に強まる。痛いな。だが、堀道が浮気をしている現場の景色がフラッシュバックし、痛みよりも怒りの感情が勝ってしまう。
憤怒の感情に支配された俺は痛みを我慢しつつ、堀道を睨み返す。
「狙っている? 自分はただ三ヶ島さんと仲良くなりたいだけだよ。それとも、彼女を束縛しないと他の男に獲られてしまうほど心配なのかな」
「へぇ、よく言うじゃん。そこまでオレを理解してるなら身を引いてくれねぇか。それとも、もっと痛い目に合いたいのか?」
「脅しで解決しようとしても無駄だよ。俺は三ヶ島さんとの交流を止めるつもりはない。それに、会う会わないのを決めるのは三ヶ島さん自身だ」
しっかりと相手の瞳を見つめながら言葉を返すと、堀道は恐喝の類は効かないと判断したのか拘束を解除する。
諦めてくれた……というわけではないらしい。
「堀道くん?」
聞こえてくるのは、あどけない声。
三ヶ島さんがお手洗いから戻ってきたようだ。
そして、彼女は居るはずがない堀道の姿を目にして、不思議そうに首をかしげる。
まあ、堀道も脅している様子を三ヶ島さんには見られたくないよな
どうやら、予想は当たっていたらしく、堀道は圧の強い雰囲気を消し去り、爽やかな笑顔で三ヶ島さんに挨拶をする。
「やあ、陽歩。偶然だね」
その対応に、何も知らない三ヶ島さんはパァっと無垢な笑顔を向けてくる。
「堀道くん、どうして、ここに居るの!? もしかして、堀道くんも友だちと遊んでいた?」
「まあ、そんなところ。適当にブラブラしてたら、偶然、稲瀬を見かけたから”挨拶”をしていたんだよ。陽歩が世話になっているからさ」
挨拶ねぇ……。どちらかといえば、恐喝に近いけど。
しかし、事実を知らない三ヶ島さんは向日葵みたいにニコニコと温かな笑みを浮かべている。
「堀道くん、今日は稲瀬くんとのお出かけを許可してくれて、ありがとう。おかげで、楽しく過ごせているよ」
「それは良かった。だけど、今後は許可出来ないかな」
「どうして? もしかして、稲瀬くんが何かしたの? 理由を聞かないと納得できないよ」
「理由ね……。だって、稲瀬は陽歩が好きだから」
「なっ……!!」
まるで息を吸うかのような暴露に思わず体が硬直してしまう。
しかし、三ヶ島さんは意味を理解できていないのか、キョトンとした顔つきになる。
「それって、どういう? 稲瀬くんは私も好きだよ」
「それは友達としてだろ? はぁ、はっきりと言わないと分からないかな。稲瀬はお前を友だちとしてじゃない。異性として、一人の女性として、見ているってことだよ。さっきの”挨拶”で分かったから」
「……っ!?」
改めて堀道は俺の恋慕を暴露する。これは、三ヶ島さんも予想していなかったのか、次の言葉が出ずに瞳孔を見開いた。
このまま堀道にペースを握られては駄目だ。
俺はすかさず堀道の言葉に食てかかる。
「堀道、なに適当を言っているんだよ!?」
「適当ねぇ。いやいや、嘘じゃないでしょ? 稲瀬が実らない恋を続けるのがしんどそうだから代わりに言ってやっただけさ」
すると、堀道は言葉を閉ざす三ヶ島さんの肩を軽く叩く。
「ほら、陽歩も稲瀬に言ってあげないと。『私は堀道くんと付き合っているから、稲瀬くんとは付き合えません』ってさ」
「で、でも……それは……」
三ヶ島さんは声を震わせながら太陽が落ちたみたいに瞳を曇らせる。
これが堀道の狙いか……。この状況では、真面目な三ヶ島さんも俺を振らざるおえない。
加えて、堀道的にはどちらに転んでもいいのだろう。
三ヶ島さんが俺を振れば、堀道は「恋慕を抱く相手に二度と接触をするな」と強く言える。
逆に堀道の提案を拒否すれば、「今まで支えてきたのに裏切るんだ」と、三ヶ島さんに不義理の感情を与えられる。これを逆手に、彼女への要求をエスカレートさせるだろう。
それに、俺が嘘をついて「三ヶ島さんを異性として見てない」なんて否定も出来ない。
そうすれば、彼女を傷つけてしまう。
くそっ……逃げ道がない。どう答えても、この場に居る誰かが必ず傷つく。
それは、三ヶ島さんも頭で理解しているのだろう。
視線を下に落とし、呼吸を荒くしている。両手でスカートの裾を握りしめてシワを作っている。
彼女の動揺と困惑。それが見ているだけでひしひしと伝わってくる。
「……負けだな」
俺は自然と敗北の単語が漏れてしまう。
好きな女の子が苦しんでいるのだ。これ以上は無茶をさせられない。
そうなると、ここは三ヶ島さんに振られてしまうのが最善だろう。そうすれば、傷つくのは俺だけで済む。
だけど、大人しく負けるつもりもない。
最後まで足掻いてやる。
どうせ、この策が上手くいかなければ、所詮、俺と三ヶ島さんとの間柄は、その程度だという意味だ。
深呼吸を一度して、俺は三ヶ島さんに向けて軽く笑みを向け、伝える。
「三ヶ島さん、サボっちゃおう。もっと先延ばしにしていいんだよ」
「サボ……る?」
呆けた声を漏らす三ヶ島さん。
だが、俺の言葉の意図に気付いたのか、彼女の力んだ手に力が抜けていく。
「そっか、そうだよね……。忘れてたよ、稲瀬くんは私にサボり方を教えてくれるんだった」
だが、言葉の意味を理解していない堀道は冷静さを欠いた声色で口を挟んでくる。
「陽歩、もしかして、オレの提案を拒否するのか? 中途半端にしておくと、稲瀬だって苦しい想いをするんだぞ?」
「ううん、違うよ、堀道くん。きちんと、稲瀬くんには付き合えないって伝えるよ。だって、私は堀道くんの彼女だから。でも、その言葉は”今”は伝えたくないの」
「はぁ!? 何を言っているんだよ、陽歩!!」
三ヶ島さんの妙な話に堀道はついていけないのか、温和な雰囲気が崩壊して粗々しい声色へと変わる。
だけど、三ヶ島さんは一歩も引かず、真っ直ぐな瞳で言葉を紡ぐ。
「堀道くん、確かに私は稲瀬くんを振らないといけない。でもね、それは今すぐじゃなくても良いと思うんだ。だって、私は稲瀬くんの口から想いを伝えてもらってないから。告白って凄く大切で覚悟がいる。稲瀬くんだって、振られるのは分かっていたとしても、自分で決めたタイミングで振られたいと思うの」
「だからって、結果は変わらないだろ!?」
「そうだね、変わらない。でも、今日みたいに、本人の意図しない形で振られるのは一番悲しいよ。私は……人の気持ちを軽んじたくない。大切にしてあげたい」
すると、三ヶ島さんは俺へと視線を移して問いかけてくる。
「ねえ、稲瀬くん。私に想いを伝えたいのはいつかな?」
「そうだな。三ヶ島さんは部活の大会もあるし、その後、落ち着いた時期かな。10月にある月盃祭……文化祭で君に告白するよ」
「うん、分かった。その時に返事をしてあげる。
堀道くんもそれで、いいよね? もし、納得できなくて、今すぐにでも稲瀬くんを振るのを強要するなら……」
彼女は一呼吸置いて宣言する。
「今ここで、私は堀道くんと別れるよ」
その発言により、流れが大きく変化する。
この状況では、堀道も強くは言えないだろう。
堀道は想定外の展開に言い返しが出来ず、歯を食いしばる。
「陽歩の……気持ちは分かったよ。そこまで言うなら、10月までは我慢する。だけど、それ以上の先延ばしは許さないからな」
「うん、それで良いよ。でも、稲瀬くんは約束を破るような人じゃないから」
三ヶ島さんが笑みを返すと、堀道は諦めたのか溜め息を漏らす。
そして、俺へと近ずくと、耳打ちをしてくる。
「絶対に後悔させてやるからな。覚えておけよ」
その言葉と共に、堀道は速歩きで人混みへと消え、姿をくらませた。
とりあえず、終わったんだよな?
終わりを実感して肩の力が抜ける。すると、隣に居た三ヶ島さんが脱力感ある声を漏らしながら、その場でうずくまる。
「あ~~~~緊張したぁ~~」
「あはは、三ヶ島さん、凄かったね。あんなに堂々と堀道に意見するなんてカッコよかったよ」
すると、三ヶ島さんは顔を上げて、へにょへにょな緩みきった表情を作りあげる。
「まさか、稲瀬くんを振れだなんて言われると思わなかったよ。でも、稲瀬くんがサボろうって言ってくれたから、返事を先延ばしにしちゃった。ふふ……私、悪い子だ」
「俺の教えがしっかりと活きている証拠だよ。三ヶ島さんが俺の発言から意図を汲み取ってくれたおかげだ」
「あの言葉がなかったら、今頃、稲瀬くんは失恋していたね。あ、でも……そもそも前提が違う可能性もあるよね。稲瀬くんって、私を異性として好きなの?」
「答えは10月までのお楽しみということで」
「凄く気になるやつ~」
結果を先延ばしにしてサボった俺達は顔を見合わせながら笑うのであった。
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