第11話 そして三ヶ島さんと浮気デートをする

「お待たせ……稲瀬くん」


 本日の曇り空と同じくらいの暗い表情を作りながら三ヶ島さんは待ち合わせ場所に現れた。


『明日、俺と一緒にデートしてくれない?』


 昨日、俺は三ヶ島さんをデートへと誘い、勢いのまま了承得て今に至る。


 デートの場所として指定したのは都心部近くにある駅ビル。商業施設がいくつも立ち並び、カップル、家族連れ問わず利用者が多い人気のスポットである。


 もちろん、学生の遊び場としても利用者が多く、デートにも最適。


 それ故、三ヶ島さんも意識してしまっているのか、いつもと違う大人しい雰囲気を醸し出している。


「稲瀬くん。えっと……本当に私で良いの?」


「寧ろ三ヶ島さんしか適任は居ないよ。ツバメの誕生日プレゼントとか、俺一人だと分からないし」


 そう、これが三ヶ島さんをデートに誘えた口実である。

彼氏持ちの三ヶ島さんからしてみれば、異性とのお出かけは流石に後ろめたさがあるのだろう。


 そこで、逃げ道として用意したのが10月にあるツバメの誕生日プレゼント選び。

友達のプレゼント選びならば、真面目な三ヶ島さんでも断り辛いはずと読んだのだ。 

いわゆる、練習と称して一緒に居るのを応用したの技である。


「三ヶ島さん、もしかして堀道に申し訳ないって思ってる? でも、今日のお出かけだって本人には伝えているんでしょ?」


「う、うん。稲瀬くんと行くのを伝えたら、大丈夫だよって言ってもらえたよ。」


 それでも、三ヶ島さんからしたら複雑な心境なのだろう。

友達も大切にしたい、彼氏も大事にしたい。

優しい彼女らしい葛藤である。


 だけど、堀道は君を性欲のはけ口としか見てないよ。

昨日だって、浮気相手と会っているのだから。


 それでも、今の三ヶ島さんは何も知らない。


 俺は痛くなるくらいに手を強く握りしめながら微笑んでみせる。


「堀道は優しいね。だったら、今日は楽しまないと。遠慮しちゃうと、気を使ってくれた彼に失礼だよ」


「そうだね……。うん、そうだよね!! 堀道くんの気持ちを組み取らずに、自分のことばかり考えてた。友達は大切にしなよって堀道くんは考えてくれたんだよね、きっと」


 三ヶ島さんは納得したのか、みるみると活力が戻っていく。


「稲瀬くん。ツバメさんのプレゼント、良いのを選ぼうね。あと、許可してくれた堀道くんにもお礼に何か買わないと。稲瀬くんもアドバイスくれないかな? 私、男の子の好みとか知らないし」


「俺の意見が参考になるか分からないけど手伝わせてもらうよ」


 え、嫌だけど?……っと口にしかけたのは内緒である。

とりあえず、三ヶ島さんの元気も戻ったし、さっそくデートを楽しもうか。


 おっと……その前に、三ヶ島さんに伝えないと。


「三ヶ島さん、今日の服とっても可愛いいね、似合ってるよ」


 当たり前だけど、今日は日曜なので、三ヶ島さんは制服でも体操服でもなく、私服姿である。


 アウターは白いブラウスに薄ピンク色のカーディガンを羽織っている。

アンダーは薄いベージュ色のロングスカートという大人しめの格好。

それに加えて、トレードマークとも言えるポニーテールは溶いており、黒髪の動きが映えるストーレートヘアースタイルになっている。


 あざとい、実にあざとい。加えて好きな娘となれば、幸福値は青天井である。


「可愛いよ、三ヶ島さん!!」


「二回も言わなくても大丈夫だよ〜。でも、ありがとう稲瀬くん……えへへ」


 三ヶ島さんは純粋にはにかんでみせる。

やっぱり、君には最後まで笑っていてほしい。


 そう強く願いながら、俺は三ヶ島さんとのデートを開始する。


 まずは、表向きの目的であるツバメの誕生日プレゼント選びから。

適当に駅ビル内を歩きながら丁度良い品がないか見ていると、三ヶ島さんがふと質問を投げかけてくる。


「ツバメさんのお誕生日プレゼントなんだけど、欲しいものに心当たりとかないかな?」


「恥ずかしながら候補が思いつかなくて……」


「そうなんだ。じゃあツバメさんが好きなものとかは?」


「う〜ん、ツバメは大体、欲しいものは自分で手に入れるタイプだからなぁ。それこそ、勝利とか? ツバメ、負けず嫌いだから」


「あはは、それは贈れそうにないや。でも、サポートは出来るかな。ツバメさん、バスケ部員だからスポーツ系の補助グッズが良いかも」


「そうなると、リストバンドかな。ツバメが使っているやつ、長年使っているせいかボロボロだし」


「贈り物は決まりだね。スポーツ用品店に行こう」


 方針が決まり、さっそく三ヶ島さんとスポーツ用品店へと足を運ぶ。

そして、目的のリストバンドはすぐに見つかったが……。


「種類が多いな……」


 パッと見ただけでも、ブランド、素材、色など。適当に選べるかなと思ったら考えが甘かった。選択肢が多すぎる。


 こうなると、判断に迷うな。こういう時こそ、三ヶ島さんを頼ろう。


「三ヶ島さん。ツバメと同じアスリートとして意見をお伺いしたいのだけど」


「う〜ん、私もリストバンドは使わないから、性能的な知識では役に立てないかも。でも、身につけるなら明るい色がいいかな」


「色か……。ツバメが好きな色合いは確か水色だったはず」


 ふと商品棚にある水色のリストバンドを手にすると、三ヶ島さんが問いかけてくる。


「ツバメさん、水色が好きなの?」


「いや、どうだろう。実はツバメが使っているリストバンド、俺が昔あげたやつなんだ。俺が中学でバスケをしていたのは聞いているよね。退部する時に、俺が使っていた水色のリストバンドをツバメにあげたんだよ。まさか、今でも使い続けるなんて想像もしていなかったけど。色褪せているのに、なんで大事に使っているんだろうか」


 俺は軽く笑うと、三ヶ島さんは小さく頬を膨らませながら正反対の感情をあらわにしてみせる。


「稲瀬くんの鈍感。このままだと、私、帰っちゃうよ?」


「ええ……? その、鈍くてごめん。でも、そうだよな。ツバメが今でも使い続けるのも、理由があるはずだし。リストバンドも大事な思い出なのかもしれないし、止めた方がいいか」


「寧ろ、私はリストバンドが良いと思うな。あ、でも、私が選ぶんじゃなくて、稲瀬くんが、ちゃんと考えて選ばないと駄目だよ?」


「そうなのか……?」


「そういうものです」


 深く頷く三ヶ島さんをみて、俺の中では混乱が生じる。

うむむ……ツバメの心は分からないけど、三ヶ島さんは答えを導いているみたいだ。乙女の心、難しい。


 だけど、三ヶ島さんは俺がしっかりと考えて選ぶべきだとアドバイスをくれたのだ。今は、その言葉を信じて選ぶしかない。


 そうして、俺は数十分ほど悩んだ挙げ句、一番最初に手にした水色のリストバンドを選ぶ。

三ヶ島さんもコクコクと首を動かして肯定を示しているので、問題はないのだろう。


 プレゼントも決まり、レジで会計を済ました後、スポーツ用品店を出る。


「三ヶ島さん、ありがとう。俺だったら一生、悩んでしまって、決められなかったよ。ツバメは俺には厳しいから、贈り物の判断も難しくてさ」


「ふふ、きっとツバメさんも喜んでくれるよ。むしろ、稲瀬くんのならツバメさんは何でも喜んでくれると思うけど」


「あはは、そうだとしたら楽でいいんだけどね。何年も一緒に居るのに、未だにツバメの気持ちが分からなくて情けない」


「大事に想っているからこその悩みだよ。羨ましいな……」


 笑みを浮かべる三ヶ島さんはポツリと羨みの言葉を口にする。

やっぱり、長年の付き合いというのは三ヶ島さんからしたら良いものとして映るのだろうか。

俺からしてみれば、常に気遣いをしなければならないから大変でしかないけれど。


 だからこそ、三ヶ島さんのアドバイスは助かった。さすがのツバメもプレゼントを三ヶ島さんと一緒に選んだと伝えれば、大きな文句もないだろう。


 こうなると、感謝を示さないのは無作法というもの。


「そうだ、三ヶ島さん。これ、あげる」


 俺は三ヶ島さんに紙袋を差し出す。先程、スポーツ用品店で、こっそり追加購入した品である。


「稲瀬くん、これって?」


「お礼だよ。ツバメの誕生日プレゼントを一緒に選んでくれたお礼」


「そんな、私は大して役に立ててないよ。プレゼントを最終的に決めたのは稲瀬くんだし」


「それでもだよ。じゃあ、日頃から俺と仲良くしてくれている感謝も兼ねて」


「うう……その言い回しは卑怯だよ」


 そう言いながら、三ヶ島さんは袋を受け取り、中身を確認する。

それは、ふくらはぎ用の青色カーフスリーブであった。


「わあ〜綺麗な色。もしかして、私がよく走るから?」


「うん。三ヶ島さん、自主練も多いし、なるべく脚の負担は少ない方が良いかなって考えてさ。毎朝、ランニングもしているしね」


「ふふ、そうだね。ありがとう、稲瀬くん」


 三ヶ島さんは袋をギュッと抱きかかえて、頬を緩ませる。

 喜んでくれて良かった。



 さて、これで表向きの用事も終わった。時刻は12時で、まだまだ時間的な余裕はある。

ここからは、時間が許す限り三ヶ島さんと楽しく過ごそうじゃないか。


「三ヶ島さん、ちょうどいい時間だし、お昼ごはんにしない?」


「いいよ〜。私、お腹減っちゃった。その前にお手洗いに行っていいかな?」


 俺は頷いて了承を伝えると、三ヶ島さんはそのままトイレへと姿を消す。

待っている間に、どこの店へ行くか候補を決めておこうかな。


 そう考えながらスマートフォンを取り出そうとした瞬間、俺の背後から肩に手が乗せられる。

いきなりの出来事に思わず体がビクンッと跳ね上がった。


「あはは、そんなに驚かなくていいじゃないか」


 そんな俺のリアクションが面白かったのか、爽やかな笑い声が耳へと届く。

 この声……もしかして?


 恐る恐る後ろへ振り返り、背後に立つ人物を視認する。


「堀道……?」


「やあ、奇遇だな、稲瀬」


 俺の背後に佇んでいたのは、堀道なのであった。

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