第10話 三ヶ島さんとツバメの手作り弁当を食す回

 美少女に囲まれながらお昼を共に過ごす。


 そんなシチュエーションは男子たるもの誰しもが夢をみるだろう。

しかし、実際にその場面に直面した際、一体どれだけの男子が楽しんで居られるだろうか?


 ちなみに、俺はめっぽう緊張するタイプらしい。

なぜなら、現在進行形で両隣に美少女が座っており一言も喋れていないからだ。


「(なぜこうなった……)」


 さて、本日は土曜日、時刻は12時。空は快晴、太陽の光が教室の窓から差し込んできて実に穏やかである。

そんな室内には一人の冴えない男こと俺と二人の美少女……三ヶ島さんとツバメが居る状況。


二人とも部活の午前練習が終わり、待ち合わせに指定された教室へと来てくれたわけで。

もちろん、部活の練習後なので、当然ながら三ヶ島さんは体操服に身を包んでいる。実に爽やかで眼福である。


 そこまではいい。問題があるとしたら……。


「さあ、お昼にしましょうか!!」


「ちょっと待て、ツバメ!! この席配置はどういう意味だ!?」


 ツバメの昼食開始宣言を遮るようにツッコミをいれると、「なによ、文句あるの?」っと言いたげに睨みつけてくる。だがしかし、最後まで抗議させてもらおう。


「なんで両隣にお前らが座っているんだよ!!」


 そう、今の席の配置は、三ヶ島さん、俺、ツバメの順で横並びで座っているのである。

なんか「教科書忘れたから見せて」みたいなノリで、机も席も横一列に並んでいるのだ。

てっきり、向かい合う形で座るのだと思っていたよ。


「サク、別にいいじゃない。両手に花なんだから喜びなさいよ」


「落ち着けるかぁ!! なんとなく流されて座っちまったけど、緊張しちまう」


「あ、稲瀬くん、私の隣が嫌なんだね……離れて座るね」


「離れないで三ヶ島さん!!」


 遠慮して移動をしようとする三ヶ島さんをすかざず止める。

嫌じゃないんだ。ただ、好きな娘が隣に居るのが馴れないだけというか。


 結局、意志薄弱な俺は流されてしまい、両隣に三ヶ島さんとツバメが居る配置のままとなる。

ある意味、ツバメの目論見通りなのかもしれない。


「さて……と、サクの文句も終わったし、改めてお昼にしましょうか」


 改めてツバメは開始の宣言をすると、カバンから大きめのタッパーを2つ分取り出して机に配置する。


 てっきり、手のひらサイズのお弁当箱を想像していたので、ファミリーサイズな大きさのタッパーに入ったお弁当に面食らう。


「まさか……この弁当、ツバメが一人で作ったのか?」


「そんなわけないじゃない。陽歩さんと二人で作ったのよ。愛情たっぷり込めたから感謝しなさい」


「三ヶ島さん……とだと?」


 すかさず三ヶ島さんへと視線を向けると、彼女は唇をキュッと甘噛して頬を赤く染める。


「ほ、殆どはツバメさんが作ってくれたから自信はないけど。でも、最低限食べれる物にはなっているから……」


「陽歩さん、そんなに卑下しないの。サクなら、おままごとで作った泥団子だって、喜んで食べてくれる紳士だから」


「稲瀬くんってお腹が丈夫なんだ……」


「三ヶ島さん、俺も愛でカバー出来る範囲には限界があるからね? 泥団子を食べたら普通にお腹壊しちゃうから」


 さて、泥団子の冗談はさておき、三ヶ島さんとツバメの共同作となるお弁当か……。


『アタシと陽歩さんがアンタの為にお弁当を作ってきてあげる♡』


 よもや冗談だと思っていたが、本当に作ってくれるとは思わなんだ。

これは味わって食べなければ無作法というもの。


 そんな俺の期待が高まったのを察してか、ツバメがニヤリと不敵に微笑んでタッパーの蓋を外す。


 現れるのは彩色豊かなおかず達。


 一つ目のタッパーには主菜、副菜などが敷き詰められている。

薄衣がついた胸肉の揚げ物。

色濃い黄色が映える卵焼き。

マカロニとブロッコリー、ベーコン、ジャガイモをマヨネーズであえた炒め物。

それぞれの匂いが入り混じり食欲を程よく刺激してくれる。


 2つ目のタッパーには主食であるおにぎりが詰め込まれている。

ただ白米を握っただけの素朴な物ではなく、具材入りのおにぎりだ。

具材は、そぼろ、おかか、わかめ……肉巻きおにぎりまである。

これだけでも十分におかずになる品々。おかげで口内に唾液が広がっていく。


「うまそうだ……」


「もちろん、実際の味も美味しいわよ。遠慮せずに食べなさい。サクの為に作ってきたんだから」


 すると、ツバメは俺に箸を強引に渡してくる。ここで変に躊躇しても怒られそうだし、お言葉に甘えるとしよう。


「いただきます。じゃあ、まずは野菜から」


 さっそく、炒め物であるブロッコリーに箸をつけて、口へと運ぶ。

じゅわりと広がるのは野菜独特の苦みと甘さ。程よいマヨネーズの味付けが一噛みごとに旨味成分を舌へと広げてくれる。


「うっま……」


 こうなると、箸は止められなくなる。次に卵焼きを口へと入れる。これまた、甘みと塩っけが程よいバランスで絶品。

揚げ物はどうだろうか? 躊躇なく頬張ると、肉の旨味と衣の甘さが幸福値を底上げしてくれる。


「美味しい……美味しい……」


 もはや語彙力崩壊である。美味しいという単語しか出てこない。

ひとまず、一品ずつ主菜を堪能したあと、次へ手を伸ばすのはオニギリ。日本人たるもの、ご飯のお供は炭水化物に限るからな。


 とりあえず、一番美味しそうな見た目をしている肉巻きオニギリを手にして、さっそく一口。


「……んまぁ〜」


 噛めば噛むほど肉汁が白米と混ざりあい、美味しいのセッションが形成されていく。

これは、別の意味で危ないな……しばらくは白米だけでは物足りない体になってしまう。


 そうなると、他のおにぎりも気になるというもの。二人に了承を得て、一口ずつ食べ比べてみる。すると、予想通り甲乙つけがたい旨味が脳へと侵食していく。


 その様子を眺めるツバメは珍しく屈託のない笑みを作ってくれる。


「そんなに美味しそうに食べてくれるなんて、陽歩さんの家でお泊りして作り込んだかいがあったわ」


「うめぇ、うめぇよ、ありがとう、ツバメ、三ヶ島さん。……というより、いつの間にかお泊りする間柄になってたのかよ」


 知らぬ間に俺より仲良くなってない?

そういえば、ツバメの振る舞いが猫かぶりモードでなくなっているし。

俺としては今の方が落ち着くけど、ツバメは企みでもあるのだろうか?


「な〜に変に勘ぐっているのよ、サク。単純にアンタと陽歩さんが居る機会が多くなりそうだから、いちいち切り替えるのが面倒になっただけよ。それに、陽歩さんも変に気を遣われるよりも良いわよね?」


「うん、遠慮されるより全然いいかな。それに、私は素のツバメさんも好きだよ〜。なんか稲瀬くんと同じくらいに感じられるし」


「三ヶ島さん、大丈夫? 俺と同じってことは、ツバメに辛辣な態度を取られるという意味だよ?」


「それはアンタだけの特別よ♡」


 ツバメは俺の頬を人差し指でグリグリと押し込んでくる。やめて、ソフトに痛い……。

三ヶ島さんには素を出しているとか嘘じゃねぇか。


 これ、今は三ヶ島さんの前だからツバメも少しイジる程度だけど、二人きりになったら反動が凄そうだ。

大人しく昼食を堪能しよ。


 こうして、ツバメと三ヶ島さんも箸を手に取り、穏やかな昼食が開始される。

俺は女子に囲まれながら食事を堪能するのであった……などと、簡単には終わらせてくれないようで。


 ある程度お腹が膨れ始めると、ツバメは安寧を破壊する魔王の如く威圧感あるスマイルを作りながらニッコリと告げる。


「サク、今回のメインを忘れたの? 陽歩さんとアタシの作った料理、どちらが美味しいか決めないと」


「美味しすぎて忘れてた……。もう、どっちも美味しいで良くない? それに、誰がどの料理を作ったか分からないし。三ヶ島さんも優劣つけられるのは嫌だよね?」


「1着2着がつくのは当たり前じゃないの?」


「アスリート体質!!」


 考えてみれば二人とも運動部なのである。日頃から勝負の世界で闘ってるウォーリアーみたいな娘達なので優劣なんて慣れっこなのだ。


……が、しかし、選ぶ身としてはたまったもんじゃない。

せめて、各おかずを誰が作成したかの情報は掴んでおかないと。


「ねえ、三ヶ島さん。担当したおかずってどれかな?」


「秘密だよ。だって、稲瀬くん優しいから、知っちゃっうと迷うでしょ?」


 三ヶ島さんは淀みなき瞳で答えてくれる。

 くそう!! 今は三ヶ島さんの気配り上手が死ぬほど辛い!!


 ……となれば、ツバメを頼るしかないが


「もちろん教えないわよ。忖度無しに判断してよね」


 そう告げるツバメは顔こそ笑っているが、『遠慮したら後で叩きのめす』という鬼みたいなオーラが漏れ出ている。


「ぐっ……逃げ道なしか」


 覚悟を決めるしかない。

つい数分前まで胃を掴まされていたのに、今は心臓を鷲掴みにされているような緊張感である。


 ベストは三ヶ島さんの手料理を当てる……これが最善のはず。

ぶっちゃけツバメは当てても外してもキレそうだからな。


 ヒントは無い……だが、味付けというのは慣れ親しんだ家庭の味が染み込んでいるもの。

言葉は嘘をつけても、舌は嘘をつかない。料理を作れば自然と自分好みの味に近づくはず。


 となると、攻略の糸口は味にあり。三ヶ島さんの好みは不明だけど、ツバメの好きな味の濃さは把握済み。

今まで口にしたおかず達の味付けから俺が導き出した答えは……。


「に、肉巻きオニギリが美味しかったです」


 緊張からカラカラになった声でファイナルアンサーを絞り出す。

おそらく、このオニギリは三ヶ島さんが作ったのだろう。


 理由として、ツバメは薄味派なので、仮に彼女が肉巻きオニギリを作るなら、もっと味を薄くするだろうと考えたから。


 もう一つの理由は、お弁当を出す前に三ヶ島さんは「自信がない」発言をしていたからである。そうなると、失敗のリスクが低いオニギリ系を作成したのだと考察したのだ。


「それで……こちらのオニギリを作成したのは誰?」


 恐る恐る視線を左右に動かしながら確認をすると、ツバメが小さなため息をついて、三ヶ島さんが鼻息をフンスっと吐き出しながらガッツポーズを取っている。


「やった〜。稲瀬くん、そのオニギリは私が作ったやつだよ、えへへ」


「やっぱり、三ヶ島さんが作ったオニギリかぁ。とても美味しかったよ。もちろん、ツバメの料理も美味しかったぞ」


「慰めはいいわよ。それなりに自信はあったけど、陽歩さんに負けちゃったか。でも、これで陽歩さんは堀道くんにも安心して、手作りお弁当を振る舞ってあげられるわよね?」


「え? あ、うん……そうだね」


「あら? アタシ、てっきり堀道くんに作ってあげる練習をかねて、サクを実験台にしたのかと思ったのだけど。もしかして、サクの為にお弁当を作ってあげたの?」


 ”堀道”というワードを切り口に、ツバメは三ヶ島さんの本心を引き出すような煽りをしていく。

そんな策略に三ヶ島さんは小さな口を更にすぼめて、目線を下へと向けてしまう。


そのリアクションにツバメは察したのか、俺に耳打ちをする。


「サク、これは”アリ”のパターンよ」


 隠語のように使われる”アリ”。つまりは、脈ありという意味だ。

それこそ、鈍感な俺でも三ヶ島さんから意識されているのは理解できる。


「だけど、ツバメ……この後、どうすれば?」


「鉄は熱いうちに叩くのが基本でしょ。遠慮なくグイグイ行きなさい」


 すると、ツバメは肘で俺の脇腹を軽く小突くと、席から立ち上がり、教室出口へと走り出す。


「それじゃあ、アタシは一足先に体育館へ戻るわね。サク、タッパーは洗って返しなさいよ。陽歩さん、また一緒にお泊り会しましょう。じゃあね」


 そう告げて、ツバメは教室を後にする。ポツンと残るのは、しおらしくなり沈黙を貫く三ヶ島さんと次のステップが思い浮かばない臆病な俺。


「とりあえず、片付けようか。三ヶ島さんも午後練習があるんでしょ? ここは俺がやっておくから」


「ありがとう、稲瀬くん。それじゃあ、私も部活に戻るね」


 先程までの快活さから一転、随分と弱弱しい姿へと変貌している三ヶ島さん。

ツバメの予測通り、三ヶ島さんが俺に対して好意を抱いているとしたら、複雑な心境なのだろう。


自分には堀道という彼氏が居るのに、それよりも気になる男子が居る。


お弁当だって、無意識のうちに稲瀬咲という男子の顔を想像しながら作っていたのだろう。

ツバメがわざと「堀道くんにお弁当を作ってあげる練習をかねている」と煽ったのも、それを気づかせるためだと思われる。


 移ろう心とは誰しもが抱える感情である。ここで俺が大人しく身を引けば、三ヶ島さんは無垢なままで居られるだろう。


 だけど、善良な思考が訪れるたびに、堀道が江波さんとホテルへ向かう光景がフラッシュバックするのだ。

 

 俺は既に道から踏み外れている。

 遠慮する理由などない。


 思考を切り替えた俺は、教室から出ようとする三ヶ島さんの手を握りしめて引き止める。


「稲瀬くん……どうしたの、いきなり?」


「俺さ、我慢できないみたいだ。もっと三ヶ島さんと仲良くなりたい」


「え? それって、どういう?」


 突然の出来事に三ヶ島さんはおどけた声色で問いかけてくる。

そんな彼女に、俺は更に困惑を重ねる言葉を口に出す。


「明日、俺と一緒にデートをしてくれない?」


 いきなりとも言えるデートのお誘いに、三ヶ島さんは今まで見せたことがないほどに顔全体を赤らめるのであった。

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