第9話 二学期が始まり妙によそよそしい三ヶ島さん
「三ヶ島さん、おはよう。今日から2学期だね」
残暑厳しい9月1日。夏休みも終わり本日から2学期が始まる。
さすがに長期休みの後ともあり登校初日は気怠さもあった。……が、しかし、通学路で歩く三ヶ島さんの姿を見つけて、即座に面倒くさいという感情は消し飛んだ。
そう、二度目の発言になるが本日は登校日。当たり前だが、三ヶ島さんは制服を着ているのだ。
それこそ、夏休みの間は走るのに適したジャージを身に着けていたので、制服姿は久々で眩しいのなんの。
白い半袖ワイシャツに紺色のスカートの御姿は眼福と表現するに相応しいだろう。加えて、真面目にもシャツを入れているので、豊満な胸がパッツンパッツンに浮き出ているという悪魔的なコンボである。
好きな女子✕制服、これ最強。
そうなると、気分が高揚するのも無理はない。
俺は堀道が近くに居ないのを確認してから、三ヶ島さんに挨拶をする。すると……
「え、あ!! お、おはよう、稲瀬くん。今日は2学期でしゅね」
……っと、俺の顔をみるやいなや、慌てふためきながら返事をしてくれる。しかも、噛んだ。可愛い。
しかし、俺からの挨拶で、ここまで挙動不審なリアクションになるだろうか。理由も一応、聞いておこう。
「三ヶ島さん、何かあったの? 悩みがあったら何時でも話してね」
「うん、大丈夫だから!! 平気だから!!」
「あはは……逆に大丈夫じゃなさそうだよ。顔も赤いし、もしかして熱中症? 9月といっても、気温は20度以上あるからね。水分補給は大事……なのは俺から言うまでもないか。これをあげるよ」
俺はカバンの中から未開封のペットボトルを取り出し、三ヶ島さんへと手渡す。元々、自分用に購入したやつだけど、また買えばいいし。優しさ大事。
すると、三ヶ島さんは冷えたペットボトルをオデコに当てながら悶えてみせる。
「うう〜〜ズルいよぉ〜」
「今の会話に卑怯な要素あった!?」
「そのまま気付かないで〜。私、変みたいだから……」
「逆に気になるやつ。もしかして、朝練に出なかった間に何かあった?」
「そういうわけじゃないけれど。それよりも、筋肉痛は大丈夫?」
「もう痛みは引いたよ。まさか自然公園のランニングコースを一周しただけで、夏休み終わりまで痛みが続くとは思わなかったけど」
まあ、ランニングコース最後の数メートルは三ヶ島さんと一緒に走れただけで幸せだったから問題なし。
だけど、生真面目な三ヶ島さんは真に受けて申し訳なさそうに視線を下に落とす。
「ごめんね。私が無理をさせちゃったから……」
「気にする必要はないよ。日頃の運動不足が招いた結果だから。それに、三ヶ島さんの可愛い制服姿を拝めたから心身共に完全復活したよ」
「かわっ!? うう……稲瀬くんのバカァ」
すると、三ヶ島さんは俺の腕を軽く小突いて、そのまま走り去ってしまう。
う〜ん、言葉選びを間違えたかな。ツバメのアドバイス通り、なるべく三ヶ島さんを褒めるのを心掛けていたが、攻めすぎたかもしれん。
「考えてみれば、付き合ってもいない男子から褒められても複雑なのかもな。今度から反省しよう」
そう気持ちを改めながら、俺は遠くから見える三ヶ島さんの揺れる髪を眺めるのであった。
◇
「明らかに避けられている気がする」
午前の授業も終わり、一時の休息が訪れるお昼休み。
俺は教室の自席で黙々とコロッケパンをかじりながら思案する。
脳内の議題は『朝のやり取り以降、三ヶ島さんと一言どころか接触も出来ていない問題』である
なるべく三ヶ島さんとの関わりは数秒でも多くもっておくべきだと考え、授業合間の休み時間に一言会話をしようと試みたのだが……。
「ことごとく無視されるのだが?」
声をかけるたびに無視される、もしくは視界に入った瞬間に逃亡されるといった具合である。
朝方の容姿を褒めたのがまずかったのだろうか。いや、しかし……それだけがトリガーになるとは思えない。
何かしら不満が蓄積され、それが爆発したのかもしれない。
ふと視線を三ヶ島さんの席へと向ける。彼女は堀道を含む複数人の友達と一緒に昼食を楽しんでいる。
すると、俺の視線に気づいたのか、三ヶ島さんはチラリとこちらを見ると、即座に視線を元に戻してしまう。
うう……避けられるってのはメンタルに結構くるな。
「どちらにしても、俺一人の脳みそでどうこう出来る問題じゃないな」
俺は半ば無理やりコロッケパンを口に押し込み昼食を終えると、教室を後にする。
そのまま向かう先は俺の所属するクラスA組の隣教室であるB組。別の教室というだけで妙な緊張をしてしまう。くわえて、これから会う人物のせいで気の重たさは倍にも跳ね上がる。
だが、臆する暇はない。
意を決して教室の入口に立ち、その人物の名前を口にする。
「浦春ツバメさん、居る?」
すると、近くの席に座る女子生徒が反応してくれて、教室の窓際に居るツバメに向けて大きな声を張り上げる。
「浦春さ〜〜ん。ご指名入りましたよ〜〜」
なんで夜のお店みたいな呼び出しをするんですかね?
あとでツバメに「変な勘違いされるから止めろ」っと、理不尽に怒られるの確定じゃないですか。
そんな、俺の不安を他所に、ツバメはこちらを一瞥すると、ニッコリとした笑顔で近づいてくる。逆に怖い。
「何かようかしら、稲瀬くん?」
すると、呼び出してくれた女子が近所のオバサンみたいに「あらやだ〜」と言わんばかりな手の動きをして煽ってくる。
「浦春さ〜ん。男子からの呼び出しなんて熱いですなぁ」
「も〜、そんなんじゃないってば。変な噂立てないでよ〜?」
「そんなんムリムリィ。我がクラスの女子共は恋愛話に飢えた猟犬ですからなぁ。後で話を聞かせてよぉ」
「あ〜はいはい。好きなだけ話しますよ〜。止めるなんて無理だしね〜」
すると、ツバメが俺の腕を掴んで「稲瀬くん、行こっか♡」っと、半ば引きずる形で人気のない場所へと連行される。力強っ!! 痛い、痛いですツバメさん!!
そうして、学校別棟にある現在は使用されていない第二被服教室へと入ると、ツバメは笑顔を崩して鋭いナイフみたいに睨みつけてくる。
「サク……アタシを呼び出すなら指名料5万を用意してから来なさい」
「俺は歌舞伎町にでも居るのかな!? お値段が法外すぎるだろ!!」
「アタシみたいな人気者はそれだけギャランティが高いのよ。……それで、話しってのは陽歩さんについて?」
「話が早くて助かるよ。三ヶ島さんについて、ちょっと相談があって……」
俺は怒るツバメを座らせて、三ヶ島さんとのやり取りを脚色なく話す。
「……っというわけなんだ。なぜか三ヶ島さんに避けられているんだが、原因がわからなくて」
「なるほどね。感想としては、アンタは異世界に転生して第二の人生を始めればいいと思ったわ」
「遠回しに死ねって言うなよ!? あ〜でも、やっぱりツバメ的にも、俺の行動にマズイ所があったから罵っているんだよな?」
「いいえ、別にサクの行動も言動も大きな問題はないのよ。どちらかといえば、アンタが絵に描いたみたいに察しが悪くて苛立つという感情ね。あ、でも……チャンスではあるのかしら?」
ツバメは口元に手を押さえてブツブツと独り言を呟き始める。
困ったことに、俺自身はどこが鈍感なのか理解出来ていない。まあ、ツバメ曰く、そういう部分が察しが悪いという意味なんだろう。
そして、数秒ほどして、ツバメは自己完結したのか、クソデカいため息を漏らしてみせる。
「結論から言うわ。陽歩さんは……三ヶ島さんはアンタに惚れている」
「……は?」
「三ヶ島陽歩さんはサクに惚れているって言ってんの。低く見積もっても脈はあるはずね」
「はあああああ!! いやいや待て待て!? 一体、どのタイミングでだよ?」
「そんなの知らないわよ。だけど、陽歩さんの態度を考えると、その答えが一番しっくり来るのよね」
「だけど、俺はいつも通りに接していただけだぞ? それが、どうして今日の朝になって急激に変化が訪れるんだよ」
「サクは馬鹿ねぇ。アンタが今まで三ヶ島さんと過ごしていって、好感度を蓄積したからじゃない。それが、偶然、ここ数日間で爆発しただけよ。でも、三ヶ島さんには堀道っていう彼氏が居るから、リアクションがチグハグになっていたのかもしれないわ」
「付き合っている人が居るのに、別の人を好きになって、対応に困って距離を置かれていた……と?」
それらしい筋は通っている感じだけど、唐突すぎていまいち実感が沸かない。
いや、寝取るだの横取るだの決意していたから、上手くいけば……とは思っていたが、あまりにも突然すぎて思考が追いついてないというか。
「サク、何を呆けた顔をしているのよ。千載一遇の好機じゃない。これを逃す手はないわ」
「それは……そうだな!! 期限まで1ヶ月しかないし、躊躇している暇はないしな。だけど、万が一、勘違いだった場合は下手に攻めるのは悪手じゃないか?」
「そうね。もう一個くらいは判断材料が欲しいわね。となると、アレを試してみようかしら。サク、土曜日は暇かしら?」
「ああ、俺は帰宅部だから常に空いているぞ」
「それじゃあ、次の土曜に学校へ来なさい。アタシはバスケ部があるし、三ヶ島さんも部活があるから、集合は12時くらいね」
「それは構わないけど、ツバメは何をする気だよ?」
「三ヶ島さんとアタシ、それとサクの3人でお昼を食べましょう。そこで、ちょっとした調査を実施するわ」
そう告げながらツバメはうっすらと微笑んでみせる。
うわぁ……絶対にろくでもない考えをしているよ。主に俺が困るシチュを考えている顔だ。
しかし、彼女は色々と協力してくれているので、文句はいえまい。
それはいいとして、一つだけ懸念がある。
「ツバメ、堀道は大丈夫なのかよ? あいつ、学園祭が近いから土曜日も軽音部の活動をしているはずだぞ。それこそ、昼も一緒に食べるだろうし」
「それなら心配はいらないわ。だって、堀道は浮気相手である江波さんと会う約束があるから。江波さん、友達に”土曜日は彼氏とデートなんだ〜”って感じで惚気けていたらしいのよ。だから、堀道は学校には居ないし平気よ」
「江波さんの情報も把握しているのか。ツバメが優秀すぎて怖い」
「せめて尊敬しなさいよ。さて……と、話はこれくらいかしらね。そろそろ教室に戻るわ。友達にサクとの変な噂がたっても嫌だしね」
そうツバメは告げると椅子から立ち上がり、教室の出口扉へと進む。すると、伝え忘れがあったのか、体をくるりと反転させて告げてくる。
「サク、土曜日のお昼だけど、昼食は持ってこなくていいわ」
「まさか、俺に断食をしろとか言うんじゃないよな?」
「そこまで鬼畜じゃないわ。アタシ達がお昼を持ってくるから不要って意味よ」
「アタシ……達?」
すると、ツバメは人差し指を唇に当て、小悪魔的な笑みを浮かべて答えてくれる。
「アタシと陽歩さんが、アンタの為にお弁当を作ってきてあげる♡」
ちょっと待って? 手作り……弁当?
「どういうことだそれぇぇぇ!?」
「どうもこうも、言葉のままの意味よ。アタシと陽歩さんがお弁当を作ってくる。それをアンタが、どちらが美味しいか決める。それだけ。美少女二人のお弁当を楽しみにしてなさい、じゃあね~」
改めて別れの言葉を告げながら、ツバメは教室を後にしてしまう。
三ヶ島さんも分からないけど、ツバメの気持ちは更に分からん!!
そんな俺の気持ちだけが置き去り状態のまま、午後を知らせる予鈴が校内に響くのであった。
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