第7話 三ヶ島さんと公園デート

「三ヶ島さん、どうも~。浦春燕で~す。よろしく~」


「初めまして浦春さん。三ヶ島陽歩です」


 純白の体操着に身を包み、お互いにペコリと頭を下げて挨拶を交わす二人の美少女。そして、間に挟まる地味な男こと俺。


 本日は夏休み最終週。今日は俺と三ヶ島さん、そして、ツバメと自然公園へと訪れていた。目的は園内にあるランニングコースで練習をするのためである。

もちろん、裏の目的はツバメが三ヶ島さんと接点を持つこと。つでに、俺も三ヶ島さんとの交流を深めるためだ。


 そんなわけで、午前10時頃に自然公園内で待ち合わせをし、三ヶ島さんと合流して今に至る。


「ふふ……でも、驚いちゃったな。稲瀬くんと浦春さんが友だちだったなんて」


「そんな驚くほどの関係じゃないよ~。サク……稲瀬くんとは小学生の時からの幼馴染ってだけだから。ね~サク~?」


「あ、うん……ソウダネ」


 そんなツバメの童貞を騙すパーフェクトスマイルを見せつけられて鳥肌が立ってしまう。もちろん、気色悪いという意味でだ。

普段こそ悪ガキみたいな悪戯っぽい笑顔と圧の強い雰囲気に慣れているので、表モードのツバメはどうにも苦手である。


 うう……三ヶ島さんが居るから、今日のツバメは表の顔でずっと過ごすんだろうな。コイツ、表の時だと無駄に愛想が良いから怖いんだよ。


 だが、我慢しろ。これから先について考えるなら、三ヶ島さんとツバメの仲は良いに越したことはない。


 俺は腹の底を漂うを不快感を懸命に抑えつけ、かろうじて絞り出した微妙な笑みを浮かべてみせた。


「とりあえず、時間も惜しいから、さっそくランニングコースを走ろうか」


「うん、そうだね!! はぁ~やっぱり、自然が多いからなのか空気が美味しいね。ワクワクしてきちゃった。稲瀬くん、今日は誘ってくれてありがとう」


「あはは、お礼を言われるのは早いよ。とりあえず、コース1周しようか」


 そうして、入念なストレッチを行った後、俺達はランニングコースを走り始める。

コースは自然公園の外周を回る形で作られており、地面は真っ平らに舗装されていているので走りに最適。くわえて、道の両脇は森や花畑が完備されており、視覚的にも満足度が高い景観になっている。


 おかげで、三ヶ島さんも普段とは違う環境に浮足立っているのか、走るフォームもどことなく軽い気がする。それを証明するかのように……


「〜♪」


 鼻歌が時折、漏れて聞こえてくるのだ。これ以上にないくらいに上機嫌である。


 うん、うん。連れてきて良かったよ。


 ああ、幸せだな……なんて、感じちゃいますけど、永遠なんてものは存在しないのを痛感してしまう。


「ぜぇ……ぜぇ……きっつ」


 走り込みを開始してから数十分後。お約束通り、俺のクソザコ体力が本領を発揮する。


 しょせんは帰宅部。それこそ、三ヶ島さんとの朝練をして多少は体力がついたとしても、2週間そこらで肉体は劇的に成長するものではない。


 だがしかし、眼の前で楽しく走る三ヶ島さんの邪魔はしたくない。それこそ、ここで俺がリタイアしようものなら、体育祭の時みたいに「一人だと寂しいでしょ?」なんて優しさを発揮してしまうだろう。


 だからこそ、ここは歯ぁ食いしばって耐えろ!!


 そんな俺の無茶にツバメは気づいたのか、甘ったるい声を作りながら問いかけてくる。


「サク~。ちょっと疲れちゃったかな? 無理は駄目だよ~」


「ぜぇ……ツバメ、その声止めて。マジで心が折れる」


「はぁ、そんなに嫌わなくてもいいじゃない。サク、アンタの頑張りは認めるけど、休息も必要よ」


 すると、ツバメは俺の背中を優しく叩き、数メートル先を行く三ヶ島さんに声をかける。


「三ヶ島さ~ん。ちょっと疲れちゃったから休憩しよ~」


「え? あ、ごめんね!! 夢中になりすぎちゃった」


 どうやら三ヶ島さんは周りが見えなくなるくらい集中していたらしい。俺達を置き去りにして先行していたのに今頃気付いたみたいだ。


そして、三ヶ島さん申し訳なさそうに口をすぼませながら、すぐさま俺達の下へと引き返して謝罪を述べてくれる。


「二人とも、ごめん!!」


「あはは~、本当に三ヶ島さんは走るのが好きなのね~」


「うう……恥ずかしい。それと、稲瀬くんは大丈夫? ベンチで休憩しようか?」


「はぁはぁ……休みたいって言いたいけど、せっかく、いつもと違う環境で走れるんだから、もう少しだけ頑張りたい」


 その言葉にツバメは少しだけ意地悪な笑い声を漏らしてみせる。


「サクも体力が落ちたわよね~」


「そりゃ落ちるさ。まともにトレーニングしてたのは中学生までだぞ?」


「トレーニング? 稲瀬くん、何かスポーツでもやってたの?」


 ツバメとの会話に、三ヶ島さんは興味をひいてしまったらしい。

昔の話はしたくない……という、俺の心にツバメは意地悪したいのか代わりに返答をしてくれる。


「サクは昔、バスケをやってたのよ。小学生ではバスケクラブに所属していてね。アタシも同じクラブに所属していたから知り合ったのもそこからなのよ〜」


「まあ、俺は中学の時にバスケは辞めたけどな」


「へぇ〜、浦春さんと稲瀬くん、その時から仲良しだったんだね」


「仲良しではない」

「仲良しではない」


 俺とツバメの否定の声が重なり、三ヶ島さんは羨ましそうに「二人とも仲良しだよ」っと微笑んでみせる。


 いかん、このままだと三ヶ島さんに変な誤解をされてしまう。


 それはツバメも感じとったのか、体をほぐすようにグッと背伸びをして話を切り替える。


「休憩も終わりにしましょうか〜。三ヶ島さん、サクはサクのペースで走るから、アタシ達は思い切り走りましょう。サクと違ってアタシはバリバリに現役のバスケ部員だから、三ヶ島さんにペースを合わせられるし」


「でも、稲瀬くんは寂しくないの?」


「俺はウサギとかじゃないから大丈夫だよ。寧ろ気を使われると申し訳ないし、三ヶ島さんが楽しんでくれる方が俺は嬉しいよ」


「そっか。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」


 すると三ヶ島さんは軽くストレッチをこなした後、白兎のような速さで走り始める。


「速ぇ!!」


 これが本気を出した三ヶ島さんか……。

それこそ、朝練だって俺のペースに合わせてくれていたんだなと痛感してしまう。


 そんな、気落ちの感情が顔に出ていたのか、ツバメは俺の肩を軽く小突いてくる。


「三ヶ島さんにとって、サクは歩幅を合わせるくらい一緒に居たいと思える存在なのよ。まあ、アタシはアンタを待たずに置いて行くけどね」


 ツバメはそう伝え終えると、三ヶ島さんの後を追う形で走り去ってしまう。


「俺も追いつかないとな……」


 息を整え俺は自身のペースで走り出す。三ヶ島さんの背中はまだまだ遠い。だけど、必ず追いついてみせる。


 そう心に誓いながら、足に力を入れて進みだす。

先程と違い、無理してペースを合わせる必要はないので、気持ちはいくらか楽である。


 こうして、適度に休憩を挟みつつ着実に前へと進んで行く。

そして、数十分後。諦めなかったおかげで、ランニングコースのゴールも近づいてきた。


「ふぅ…後少しで一周だ」


 汗を拭いながら気合いを入れ直すと、とある声が耳へと届く。


「稲瀬く〜ん!!」


 数メートル先。三ヶ島さんが逆走をする形で俺へと近づいて来る。


「三ヶ島さん、どうして戻ってきたの?」


「さっきツバメさんとゴールしたから、引き返して来たんだ。まだまだ走り足りないし、今度は稲瀬くんと走ろうかなって。だって、誰かと走る方が楽しいでしょ?」


「……っ!!」


 屈託の無い笑みを浮かべる三ヶ島さんの言葉に思わず目が熱くなる。

 いい娘過ぎないか? 惚れてしまう……。いや、既に惚れているんだけどさ。


 それと、何気なく三ヶ島さん、ツバメを名前呼びしているし。この数時間で名前呼びになるコミュ力よ。流石だよ、ツバメ。


 どちらにせよ、嬉しいのには変わりない。俺のペースに合わせて隣を走る三ヶ島さんに笑ってみせる。


「あはは、三ヶ島さんは凄いね。俺なんて走るのが遅いし、すぐに体力が尽きてしまうのに」


「ううん、そんな事はないよ。だって、稲瀬くんはさ……」


 すると、三ヶ島さんは照れくさそうに頬を緩ませながら言葉を届けてくれる。


「それでも、一緒に走りたいって思えちゃうんだもん。凄いよ」


「確かに凄いな。それに、俺のペースに合わせれば本気で走らずに済むってわけだ」


「ふふ……そうだね。稲瀬くんは私にサボり方を教えてくれるもん」


「体力の無い俺は今でも全力の走りなんだけどな」


 でも、気持ちはだいぶ楽になった。

こうして、残り最後の数メートルを三ヶ島さんと一緒に駆け抜ける。


 おかげで、時間はかかったが、リタイアせずにゴールまで辿り着いた。


「サク、お疲れ様〜」


 そして、待ち構えていたツバメに介抱される形で俺はベンチへと誘われる。さながら、チャリティマラソンを走り抜けたランナーのような扱い。サライとか流れ始めてもおかしくない。


「サク、何笑ってるの〜?」


「ぜぇ……ぜぇ……いや、なんでもない。それより、ツバメは表の顔をやめてくれ。肉体が限界だから、メンタルに余裕がない」


 すると、ツバメはため息を漏らしながら「仕方ないわね。陽歩さんの前だから黙るだけにしてあげるわ」っと、耳打ちする。


 その様子を眺める三ヶ島さんはポツリと感想を漏らす。


「やっぱり、稲瀬くんとツバメさんって仲が良いよね〜」


「それはない」

「それはない」


 そう言葉をシンクロさせる俺たちを見て、三ヶ島さんは


「羨ましいな……」


っと、感情が読み取れない声色で小さく呟くのであった。

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