第4話 三ヶ島さん寝取り攻略戦始動

「2ヶ月で三ヶ島さんを堕とす……か」


 ツバメを協力者として迎え入れてから次の日。俺はジャージに身を包み、河川敷に立っていた。

時刻は5時半と空は薄青色に染まっており、殆どの人は寝ている時間帯。俺とて普段ならベッドで快眠をしている時間だ。

……が、わざわざ眠いのを我慢して河川敷まで訪れているのには理由がある。


 それは、昨日ツバメと喫茶店で話した内容が関連しているのだ。


『サク……アンタ、2ヶ月で三ヶ島さんを落とせるのかって疑っているわね。まあ、普通なら無理だわ。アンタがアイドル並みに超絶イケメンだったら話は別だけど、無いものねだりしても仕方がないもの』


『人並み以下で悪かったな。そのような言い回しをするってことは、何か案でもあるんだろうな』


『もちろんよ。勝ち筋が無ければ私が三ヶ島さんを落とす百合ルートを構築した方が早いしね』


『さすが演技派……いや、詐欺師といったところか』


『お会計お願いしま〜す』


『待って!! 冗談だから、帰り支度を始めないで……』


『なら詐欺師とか言わないの。まあ、恋愛だって詐欺というか、騙し合いみたいなものだけど。

さて、アンタには女性にモテるのではなく、三ヶ島さん攻略特化のメタ戦術を伝授するわ。まずは……』


 ツバメの言葉を思い出していると、とある声が耳へと届く。


「稲瀬くん、おまたせ〜」


 黒いポニーテールを文字とおり尻尾みたいに揺らしながら三ヶ島さんが駆け寄ってくる。


「いや、俺も来たばかりだから。それに、三ヶ島さんこそ俺の我儘に付き合わせちゃってごめんね」


「ううん、平気だよ。むしろ、友達と一緒なんて嬉しいし。それじゃあ走ろっか」


 そう告げて、三ヶ島さんは俺の心中なんて知らず純粋な笑顔を作りながら走り出す。その背中を追うように俺も脚を動かし始める。


 さて、三ヶ島さんと何を始めようかと言うとランニングである。

彼女は日課として学校近くにある河川敷で毎朝ランニングをしてるのだ。「俺も参加して良い?」と、三ヶ島さんに連絡し、了承を得て今に至る。


『その1、相手となるべく一緒に居ること』


 ツバメ流、三ヶ島さん攻略のアドバイスの1つ目だ。これは詳しい説明がなくても分かる。いわゆる、日常を過ごす時間を増やして親密度を上げていくという至極単純なものだ。


 しかし、三ヶ島さんは堀道という彼氏が居るので、いきなり接触を試みようものなら警戒されてしまう。


 そこで、卑しさを薄める為に提案したのが三ヶ島さんのランニングに同伴するといったものだ。もちろん、一緒に居る理由もきちんと用意してある。


「やっぱり、脂肪燃焼は走り込みだよね。まさか、稲瀬くんがダイエットしたいだなんて。でも、気持ちは分かるよ~」


「はぁ…はぁ……うん、お腹がだらしなくなってきたしね」


 これが三ヶ島さんをとランニングを行う口実である。もちろん、ダイエットをしたいというのは事実でもあったし。

 

 さて、第一関門はこれで突破。しかし、問題が一つある。


 「ぜぇ……ぜぇ……」


 俺の体力が雑魚と称するのでさえ恥ずかしいレベルで無いのである。


 「稲瀬くんは犬派? 猫派?」


 「ウッ……い、犬ぅ」


 「じゃあ私と一緒だねぇ~」


 そして、隣を走る三ヶ島さんは散歩感覚で嬉しそうに雑談をしてくれる。日頃の努力がしっかりと結果に結びついている証拠だ。方や俺は数分ほどで息が荒れてしまっている。


 おかげで、数秒と保たず脚がガタガタになり走りを継続するのは不可となった。


 最終的に「俺に構わず先に行って」と、どこぞの使い古されたセリフを三ヶ島さんに伝えてギブアップ。河川敷道路の脇にある芝生の傾斜に座り込み、酸素を取り入れる作業に専念する。


「ぜぇ……ぜぇ……情けない」


「何が情けないの?」


 すると、俺の首筋に冷たい感触が迸り、思わず体をビクンッと強張らせてしまう。咄嗟に振り返ると、三ヶ島さんがペットボトルを両手に持ち佇んでいた。


 どうやら、三ヶ島さんが俺の首に冷えたペットボトルを当ててきたらしい。彼女はイタズラっぽく微笑むと、手にしたペットボトルの一つを渡してくれる。


「あはは、良いリアクション〜。はい、お水買ってきたよ」


「あ、ありがとう。だけど、俺に合わせてもらってというか、迷惑かけて申し訳ないというか……」


「ううん、私の自己満足だから気にしないで。友達を放っておけないしね。それに、最近は練習ばかりしていたし、怪我に繋がるから無理は出来ないんだ」


 そう告げながら三ヶ島さんは隣に座り、水分補給を開始する。その姿を見ながら自然と小さなため息が漏れてしまう。


「はぁ……三ヶ島さんは凄いな。毎日、自主的な朝練をして立派というか」


「別に走っているだけだから普通だよ。あ、でも、これだけ練習を重ねても万年2着なのは特殊かも?」


「それは……ごめん、確かに凄いかも。俺ならとっくに諦めてるよ。だから、三ヶ島さんは偉いよ。毎日、欠かさず練習して、人にも気づかいできて。おかげで勇気を貰えている」


「ふふ……ありがとう。急に褒められると、ちょっと恥ずかしいかも」


 すると三ヶ島さんは感情を隠さず気恥ずかしそうに頬を緩ます。


 普段から応援ばかり貰っている彼女からしてみれば、頑張るのは当たり前で、褒められるのは慣れていないのだろう。


『その2、とにかく相手を褒める』


 これがツバメからのアドバイスだ。


『サク、覚えておきなさい。三ヶ島さんは周囲の理解もあって折れずにいるわ。だけど、応援は結果が実を結んでから効力が出るものよ』


『つまり、三ヶ島さんの現在行っている努力を褒めてあげればいいのか』


『そういうこと。なにより、今を褒めてあげれば特別感が出るわ。アンタみたいな弱者……ゲフンッ、素朴な人からの褒めは逆に効果があるのよ』


『おい、弱者って言ったろ?』


『ごめんなさい、言葉が過ぎたわ。アンタと居ると素が出るくらい落ち着くのよ』


『む……そう言われるとむず痒いな』


『これが相手を褒めるテクよ』


『計ったな!!』


 まあ、褒められて悪い気分はしなかったのは事実だけど。

……となれば、躊躇する理由はないので、俺は言葉を続ける。


「三ヶ島さんは2着が続いているから努力の結果は出ていないって思っているけどさ、きっちり出ているよ」


「そうなのかな? 私はただ走っているだけだよ?」


「そんなわけない。だって、三ヶ島さんがサボらずに部活も自主練も頑張っているのに影響されたから、帰宅部の俺も運動しようと決めたんだもの。

ね? ちゃんと成果が出ているでしょ?」


「うへぇ……その、うううう~~、なんか心がポカポカする……」


 やはり三ヶ島さんは褒められなれていないのか、髪をくしゃくしゃにしながら悶えてみせる。

その横顔を眺めながら俺も自然と顔がほころんでしまう。


 だけど、楽しんでいるだけでは駄目だ。このまま本題へと入らないと。

ツバメの3つ目となるアドバイスを思い出しながら、とある人物の名前を口にする。


「はぁ……しかし、堀道が羨ましいよ。三ヶ島さんと付き合っているんだから」


『その3、堀道について情報収集しろ』


 要は堀道の調査と三ヶ島さんとの関係性に隙がないか探りを入れるわけだ。

 あまり乗り気にはならないけど。


『サク、なに気乗りしない顔してんのよ。孫氏曰く彼を知り己を知れば百戦殆からずって言うでしょ? 三ヶ島さんの惚気聞きながら大人しく脳破壊されなさい』


 あ、はい、理解してますよ、ツバメさん。昨日の御言葉はしっかりと覚えてますので。


 それじゃあ、覚悟を決めますか……と、三ヶ島さんの返事を待つ。

しかし、彼女のリアクションは想像と異なり、暗い声色で返ってきた。


「あはは……そんなに羨むような関係じゃないよ。堀道くんの彼女として立派だなんて言えないし」


「堀道から何か不満を言われた?」


「ううん、寧ろ逆かな。堀道くんは凄く優しいの。それこそ、部活動を優先で良いよって言ってくれてね。普通だったらデートしたり一緒に過ごしたりするべきなんだろうけど。それどころか、キスもまだしてないし……」


「なるほど。それは、無理をしてでも部活を頑張ろうってなるね。だけど、大変じゃない?」


「大変?」


「だって、三ヶ島さんは数日前、ここの河川敷で泣いていたじゃない。あれって、弱音が吐き出せていない証拠でしょ?」


「うう……稲瀬くんには隠し事は出来ないね。大変かは分からないけど、自分自身への甘えを許せていないのかも。堀道くんは優しいから、カップルらしい要求はしてこないし……。もし、私が頑張るのを諦めても気にしないで受け止めてくれると思うんだ」


 すると、三ヶ島さんは姿勢を体育座りの形にして、身を縮こませながら「逃げるのは怖いな」と、ポツリと呟く。


愚直に研鑽を積む三ヶ島さんの弱音を聞きながら、俺の脳裏には堀道が別の女子と歩く光景がフラッシュバックする。

君が悩み、努力を重ねる裏で、ヤツは他の女と寝ている最中かもしれないと考えてしまい、感情が昂ぶっていく。


 だけど、落ち着け。

 大事なのは信用の積み重ねと冷静さだ。


 幸い、堀道と三ヶ島さんの関係は確固たるものではない気がする。堀道にとって彼女はキープ要員と言うやつなのだろう。

今は三ヶ島さんを応援して、彼女の後ろめたさや折れるタイミングを見計らい詰め寄るつもりなのかもしれない。


 だけど、その役割は俺が一足先に横取りさせてもらうおう。


 俺は三ヶ島さんに向けて、君を支えたい建前と隙をついて落とす本音を混ぜ合わせ、下手くそでアンバランスな笑みを浮かべてみせる。


「俺にだけなら弱音を吐いてもいいよ」


「え?」


「だから、弱音を吐くんだよ。前に言ったでしょ? 俺と一緒の時はサボろうって。周りからの声援に頑張りで応えるなら、俺との時間は弱音を吐き出せばいいよ。疲れたとか、もう応援は間に合ってます〜とかね」


 そんな俺の言葉に三ヶ島さんは目を丸くしたあと、口元に手を当てて小さな笑い声をクスクスと漏らす。


「ふふ……そうだったね。稲瀬くんにはサボり方を教えてもらうんだった。だったら、遠慮なく弱音を吐き出しちゃおうかな」


「ああ、ドンッと来なさい。なんなら人生相談にも乗ってあげるよ」


「よろしくお願いしますね、稲瀬くん」


「それじゃあ、早速甘えてみようか。今一番我慢している何かを叫んじゃおう」


「じゃあ、遠慮なく言っちゃおうかな。コホンッ……」


 すると、三ヶ島さんは咳払いを1つして、欲望を乗せた言葉を川に向かって投げつける。


「スイーツ食べ放題でケーキを10個以上食べたぁぁぁぁーーーーーーーい!!!!」


 そんな三ヶ島さんらしい可愛い欲望に、俺は自然と笑い声を漏らしてしまうのであった。



「……とまあ、これが2週間にわたる俺と三ヶ島さんとの交流についてだ」


「ふ〜ん、相談役ポジションってわけね。いい形に持ってきたじゃない」


 三ヶ島さんとのランニングに付き添ってから2週間後。俺とツバメは喫茶コマンドーでお互いの成果報告をし合っていた。


 俺の成果は三ヶ島さんと毎日欠かさず早朝トレーニングを行い、交流も深めている状態だ。なんなら、最近は話を振らなくても三ヶ島さんは我慢していることや弱音を自然と吐き出せるようになっている。俺と居るとき限定であるけど。


 さて、方やツバメについてはどうだろうか?


「それで、堀道についての調査の進捗は?」


「まあ、それなりの情報は掴めたわ。アンタが撮った二股の証拠写真のおかげね」


 すると、ツバメは証拠写真に写る女子を指差しながら語り始めるのであった。


「堀道の隣に居る彼女が誰なのか分かったわ」

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