第3話 猫かぶりな協力者の浦春ツバメさん

『あと5分で到着する』


「この暑さの中で5分待つのか……」


 スマートフォンの画面に表示された簡素なメッセージを眺めながら、俺は汗を拭う。

堀道の二股を目撃した次の日。この事実を白日の下に晒す為、とある人物に協力をして欲しいと連絡を入れていた。

そして、詳細を話すため、待ち合わせ場所である駅前広場に居るわけなのだが、日陰が無いせいで熱いのなんの。時刻は13時。太陽は真上に佇み、俺の肉体をこんがりと焼いていく。


「いきなり呼び出したのは俺だし、文句を言える立場じゃないけど、せめて屋内を指定してほしかった」


 文句を言いつつ、永遠とも思える灼熱の5分間を過ごすと、その人物は指定された時刻にきっちりと現れた。


「ごめ〜ん、待たせちゃった?」


 そんな、屈託のない明るい声を響かせながら現れたのは俺の友人である浦春燕うらはら つばめだった。


 彼女は小学生の頃からの幼馴染……というより、腐れ縁である。高校では隣クラスに所属しており、今でもこうして交流がある仲である。


 容姿はというと、大きな二重の瞳に、目立つくらいの長い眉。ツリ目がちなところが美少女度を上げている。


 髪は栗毛色に染めており、長さは鎖骨に届く程度の内巻きに伸ばしている。ミディアムボブカットに分類されるのだろう。

おかげで体を動かすたびにふんわりと髪がなびき、本人の快活な笑顔も合わさり、チョロい男なら一発で陥落してしまいそうな雰囲気を作り出している。


 身長は165cmと女子としては高めな方。そして、三ヶ島さんほどとではないが、バストは出ている所は出ている大きさ。彼女が本日着用している紺色のプリーツワンピースで豊満な部分を上手に隠してはいるが、やはりデカい。


 そんな、世の男性が羨むような特盛ハッピーセットを詰め込んだ女子が、我が幼馴染である浦春燕なのである。そして、今回の協力者として呼び出した人物だ。


「お〜い、どしたん黙り込んで? 私が美少女すぎて絶句しちゃったとか♡」


 彼女は両頬を指に当てながらニッカリと笑みを振りまいてみせる。あざとい、実にあざとい。


「なあ、ツバメ? その、男子の理想を振りまくムーブをやめないか。長年の付き合いからしてみるとゾッとするのだが」


「も〜、サクはつれないなぁ。お互いに名前で呼び合うくらいの仲じゃないか〜。もっと可愛いって褒めていいのよ?」


「キョウ キテイル ワンピース スゴク カワイイネ」


「うわ〜、すっごく棒読み。そんなんじゃ、女子にはモテナイぞ〜、ウリウリ〜」


 そう告げながらツバメは人差し指で俺を小突いてくる。微妙にやめて欲しい。ぶっちゃけ、コイツの本性を知っている分、恐怖しかわかないぞ。

 そんな嫌悪を示していると、後方で眺めていたツバメの女友達グループの一人が声をかけてくる。


「お〜い、浦春。ウチらを放置して彼氏とイチャつくなよぉ」


「別に彼氏じゃないよ〜。ほら、前に話した幼馴染の稲瀬咲くん」


「ああ、兄弟みたいな友達っていってたヤツのぉ。そんで、今日は早めに切り上げるって言ってたのかぁ」


「そうだよ〜。だから、申し訳ないけどスイーツ食べ放題は皆で行ってきて」


「りょ〜。あとで写真送ったるわぁ」


「飯テロすんなし〜。じゃあね〜」


 そんな緩い別れをし、女友達が角を曲がり姿を消した瞬間、ツバメは鋭い目つきで俺を睨みつけてくる。


「で? わざわざアタシを呼びつけておいて、何の用なの?」


 ドスの利いた声色に、高圧的な態度。先程までの向日葵みたいな笑顔は潰えて、辺りを焦土に変えてしまいそうな辛い態度へと一変する。


 そう、浦春燕は猫をかぶっているのである。

周りには明るい女子として振る舞い、俺に対してだけ辛辣な態度をとるのだ。


「ツバメ、とりあえず、移動しないか? 炎天下の中で待っていたから、クーラーの効いた場所で涼みたい。飲み物を奢るから」


「まあ、この暑さじゃ、立ち話もなんだしね。それと、待ち合わせ場所について配慮が足りなかったわ。ごめんなさい」


 ツバメは謝罪を述べると、そのまま何処かへ向けて歩き始める。

なんというか、塩い態度のくせに、悪いと思ったら素直に謝ってくれるので嫌いにはなれない。根はいい奴なんだよな、猫かぶっているけど。


 そうして、先行する彼女の後を追い、近くにある『喫茶店コマンドー』なる物騒な名前の店へと入るのであった。



「三ヶ島さんを寝取ろうと思う」


「ボフォ!!」


 俺の発言にツバメは飲みかけだったアイスコーヒーを漫画みたいに吹き出してみせる。シックな装いで落ち着いた雰囲気の喫茶店内では随分と目立つリアクション。


 そして、テーブル席の向かい側に座る彼女はゲホゲホと咳払いをしながら、殺気100%の表情で睨みつけてくる。喫茶コマンドーなる店名に拮抗しそうな恐ろしい表情だ。


「アンタ、失恋して頭がおかしくなったの? ていうか、話しの順序くらい考えなさいよ!!」


「あ、ごめん。ツバメ、アイスブレイクとか嫌いだから、すぐに本題に入ったんだけど」


「流石に内容がイカれすぎているのよ!! いくら長い付き合いだからって全部が許容できるわけないじゃないわ」


「まあ、そうだよな。だけど、狂人にじみた行動にも理由があるんだよ。これを見てくれ」


 俺はスマートフォンを取り出して、例の二股証拠写真をツバメに見せる。そして、簡単な経緯を説明し終えると、ツバメは眉を潜めながら、俺にも向けない本気の嫌悪を醸し出す。


「女の敵じゃない!!」


「つまり、そういうこと。堀道の二股の証拠を掴んだのはいいけど、俺みたいな発言力の低い奴が写真をバラ撒いても効果は薄そうだなって」


「それで、アタシに協力を求めてきたわけね。昨日、陸上部の予定を知りたいだなんて意味不明な連絡をよこしてきた理由も分かったわ。」


「おかげで、その日のうちに三ヶ島さんと出会えたから助かったよ。ツバメの猫かぶりによる交友関係の広さが役立った。ただ、素を隠して疲れない?」


「アンタみたいに陰キャをしているよりかは楽しいわよ。そんで、サクはアタシに協力しろって言いたいわけ? 悪いけど、積極的な気持ちになれないわ」


「どうしてさ? このままだと、堀道は三ヶ島さんを裏切ったままだぞ」


「堀道の件に関してはアタシだって許せないと思うわ。問題は、もう一つの方よ。三ヶ島さんを寝取るってやつ。アンタ、自分がやろうとしている行動について倫理観がブっ飛んでいる自覚ある?」


 目を細めるツバメの視線は侮蔑が混じっている。そりゃ、彼氏持ちの女子を横取りするなんて狂ってるとしか言えないよな。


「自覚がなきゃ行動なんてしてないさ。承知の上でツバメに頼んでいるんだ」


「はぁ……アンタって内気なくせして、浮気とかに対しては人格が変わるわよね。まだ、お父さんを恨んでいるの?」


「当たり前だろう。息子と妻が居るのに別の女を作って消えたクズだ。二度と同じような被害者を出したくない」


「だから堀道も断罪するってわけね。でも、三ヶ島さんを横取りするのだって、結局は相手を惚れさせて二股をさせるって意味よ? サクの大嫌いな浮気を三ヶ島さんにさせようとしているのよ?」


 ツバメは人差し指でテーブルを小刻みに叩きながら重みのある言葉を投げかけてくる。

だけど、それが演技だと見抜いている。良識がある彼女だからこそ、圧をかけて俺の悪行を止めようとしてくれているのだろう。


 それでも、俺の軸はブレない。


「十分理解しているつもりだ。それでも、突き進むよ。堀道の罪を暴いて、三ヶ島さんが少しでも悲しまないように手を尽くす」


「はぁ……真っ直ぐな瞳で薄汚い提案をよくできるわ。浮気は許さないくせに、選ぶ手段は浮気って、随分と酷いダブスタ。エゴイズムの塊というか、ジャイアニズムとでも言うのかしら」


 ツバメは大きな溜め息を吐き出して、頭を抱える。それも当然だよな。なにせ、何年も付き添ってきた幼馴染が人の道を踏み外そうとしているのだから。


 だけど、俺は止まらない。既に足を踏み出しているのだから。

 俺はツバメに向かい深々と頭を下げてみせる。


「悪になると決めたんだ」


「アンタの邪悪が歪すぎて一周回って純粋に思えてきたわ」


 すると、髪を掻きむしる音と共に、ツバメが呆れに近い声を響かせる。


「あ~、もう!! このまま放置したら誰も幸せにならないじゃない!!」


「協力してくれるのか!?」


 勢いよく顔を上げた瞬間、俺のオデコに向けて強烈なデコピンが炸裂する。


「いったぁ!!」


「むしろグーパンじゃないだけ、ありがたく思いなさい。この先、真実を知るはずの三ケ島さんの痛みはもっとなんだから」


「忘れないでおくよ。それで、協力は?」


「ええ、してあげる。それこそ、堀道の二股に関して許せない気持ちは同じだから。放置したら三ヶ島さんは悲しむし、アンタは変な暴走をしそうだしね」


「ありがとう。手伝ってくれるだけでも助かるよ」


「ただし、条件があるわ。この計画が終わったら、三ヶ島さんには真実を全て話しなさい。もちろん、アタシが協力しているのも含めてね」


「分かった……と、言いたいが、ツバメまで罪を被る必要はないだろ?」


 すると、ツバメは俺のオデコを人差し指で軽く小突いてくる。


「サクは馬鹿ね。協力するからにはアタシも共犯者よ。人を騙している以上、アタシはアタシ自身の心が罪を隠して生きていくのを許さないの。アンタが思い描くエゴイズムがあるのと同じで、アタシにはアタシなりのエゴイズムがある。それだけよ」


 そう告げると、ツバメはまるで子どもをあやすみたいに俺の頭を撫でて、諦めの感情を混じえた笑みを浮かべてみせる。


「アンタと一緒に地獄へ堕ちてあげる」


「……ごめん、ツバメ」


「気にする必要はないわ。幼馴染を説得する手段を思いつかなかったアタシなりの償いだから」


 呆れ混じりの溜め息を漏らしながら、ツバメはスマートフォンのスケジュール帳を起動する。


「さて……と、協力すると決めたからには出し惜しみはしないわ。アタシは堀道の調査を進める。サクは三ヶ島さんとの交流を進めなさい。恋愛は電撃戦が基本。躊躇していたら三ヶ島さんは堀道との絆を深めて攻略は難しくなるわ」


「つまり、短期決戦にする必要があるわけか。一体、どれくらいの期間を目安にするんだ」


「そうね。今は8月だから、2学期にある学校行事を加味して……」


 ツバメは口元を抑えながらブツブツと呟き、答えを導いたのか指をパチンと鳴らす。そして、俺に向けて攻略期限を告げるのであった。


「アンタは10月までに三ヶ島さんを堕としなさい!!」





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