第五章③

 テュランたちが混戦を繰り広げる中、”支部隊長”のヴァイオレットは、あっけなく〈吸血鬼ドラキュラ〉を倒し、もう一つのパッツァオ洞窟を制圧していた。

 ところが、洞窟内をすべて見回ってみたが、お目当ての〈契約書〉はどこにもなかった。手掛かりを失い、途方に暮れた彼女は、生け捕りにした〈吸血鬼ドラキュラ〉に〈契約書〉の在り処を訊いた。

「〈契約書〉はどこにあるの?」

 声をかけると、満身創痍だった〈吸血鬼ドラキュラ〉は、キリッとした鋭い目つきでヴァイオレットを見上げた。まだ若い、好青年な男であった。

「それを知ってどうするつもりだ?」

「告発するわ。〈吸血鬼ドラキュラ〉との契約は法に反するからね。パッツァオもろとも処刑するつもりよ」

「小賢しい真似を……。パッツァオ様を脅かす者は絶対に許さない。死んでも在り処は話さないからな」

 男の顔は、強い決意に充ちていた。パッツァオに対する忠誠が伺える。

「どうして〈吸血鬼ドラキュラ〉がパッツァオに加担するのよ。あんな男、碌でもない腰抜けじゃない」

「口を慎め、愚か者。パッツァオ様は腰抜けじゃない」

「随分と好いているのね」

「当たり前だ。あのかたは、〈吸血鬼ドラキュラ〉にも分け隔てない愛情を注いでくださった。確かに……変わった性癖をお持ちではいるが、俺は気にしない。〈吸血鬼ドラキュラ〉を……同じ人間として扱ってくれた、唯一の人だったんだ」

 男の熱弁に、ヴァイオレットは鼻で笑って言った。

「あんたたちも、人間まがいなことを言うのね。つくづく愚者だわ。道端に転がる蟻のような存在ね」

「好きに貶せばいい。俺は吐かないからな」

 男は毅然とした態度を貫いた。ヴァイオレットはため息を吐いた。

「でも……その様子だと、この洞窟には無いみたいね。大事な〈契約書〉をたかが一人の〈吸血鬼ドラキュラ〉に守らせるわけないもの。もっと身近な場所に保管してあるんじゃないの?」

「勝手に考察してろ。俺は何も話さないからな」

「そうね。でも、あんたのその余裕な態度も長くはもたないわ。今頃、私の部下がもう一つのパッツァオ洞窟に侵入してる。〈契約書〉はそこにあるんでしょ?」

 高飛車な態度で尋ねられると、男は勝ち誇ったように笑った。

「〈守護者ガーディアン〉ってのは馬鹿なのか? お前らの脳みそは飾りかよ。あるわけねぇーだろ、洞窟に。無駄な人員を割いちまったな。あっちの洞窟には”拷問係トーチャー”がいる。おそらく全滅だろうなァ」

「”拷問係トーチャー”?」

 まだ仲間がいるんだな、とヴァイオレットは思った。

「やたらと仲間が多いのね。やっぱり、ザコほど群れるってのは本当なのかしら」

「群れてんのは人間おまえらだろ」

「いいえ。母数が違うから比較にならないわ」

 ヴァイオレットは強気な口調でそう言った。ギロリとした目つきで男を見下し、剣を引き抜いた。

「あなたはもう用済みね。知りたいことは聞けたし。楽にしてあげる」

「は……? 俺はあんたに何も教えて——」

 言い終わる前に、ヴァイオレットが男の首を切断した。血しぶきが飛んで、力尽きたように〈吸血鬼ドラキュラ〉は倒れた。ビクリとも動かない。

 死体を眺めながら、ヴァイオレットは厳しい顔で哀しげに眉を下げていた。青黒い液体の付着した剣を鞘に戻して、大きなため息を吐く。

 どちらの洞窟にも〈契約書〉は無いんだな—―と、彼女は考えた。

 それは、この男の発言からも明白であった。おそらく〈契約書〉はあるじの手の届く場所……すなわち、パッツァオ邸にあるのだろう。

 そして、これが事実だったならば、イカロゼは嘘をついたか、もしくはイカロゼ自身がパッツァオに騙されていたことになる。どちらにせよ、状況は最悪だ。

 ——テュランが危ない。

 事の重大さを理解したヴァイオレットは、即座に馬車に乗って、もう一つのパッツァオ洞窟へと向かうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る