第五章①

「俺も……あんたたちと戦うよ!」

 そんなことを言われても、困るのはテュランたちの方だ。

 ——なんでイカロゼさんがここにいるの?

 パッツァオの件は、門外不出の秘密作戦のはずである。

 テュランはイカロゼを見るなり言葉を失い、戸惑いを隠せなかった。

「パッツァオは……〈吸血鬼ドラキュラ〉と契約してんだろ? 村の襲撃も……あいつの自作自演だったんだ。俺は、パッツァオを見過ごせない。頼む……俺に協力してくれ」

 イカロゼは背筋をぴんと伸ばして、綺麗にお辞儀した。誠意は見せているつもりなのだろう。

 その誠意を受け取って、ヴァイオレットが沈黙を破った。

「いいでしょう。私たちの計画に参加しなさい」

「おい……こんなヤツ信用できんのかよ」

 ミルが、厳しい眼でイカロゼを睨んだ。

 彼は、〈獣人けものびと〉を恨んでいる。ミルを殺そうとした男だ。信用できない。

「ミル……あの時はすまなかった。確かに〈獣人けものびと〉は苦手だが、俺だって〈守護者ガーディアン〉なんだ。お前を恨む前に、〈吸血鬼ドラキュラ〉を恨むよ」

 イカロゼは、表情を見てすぐミルの気持ちを察したようだった。握手するような関係にならないことは、本人が一番分かっている。

「テュランくんにも……悪いことをした。本当にすまない」

 やせ細った顔から、確かな熱意が伝わってくる。テュランは無言で彼を見つめ続けた。

 ——悪い人ではないのかな。

 信用できない部分もあるが、この謝罪を無下にすることもできない。迷った挙句、テュランはイカロゼを承認した。

「僕は……いいと思う」

「少年もかよ」

 ミルだけは納得できないようだった。彼女は、奥の肘掛け椅子を占領し、足を組んで俯いた。信用する気もないが、敵対する気もない、ということだろう。仕方なくイカロゼの介入を受け止めた感じだ。

「つってもよー。どうしてオマエに〈契約書〉の在り処が分かんだよ」

「パッツァオに誘われたんだ、傭兵にならないかって」

 イカロゼの表情は曇っていた。

「もちろん断ろうと思った。でも逆らえなかった。あいつの要件を吞まなかったら俺は殺されてた」

 イカロゼの話によれば、パッツァオの傭兵になった後、彼は〈魔術契約〉の説明を受けたそうだ。パッツァオは、数名の〈吸血鬼ドラキュラ〉を傭兵として雇い、〈魔術契約〉を結ばせていた。契約内容はそれぞれ別らしいが、”回収係コレクター”と名図けられた〈吸血鬼ドラキュラ〉は、ひと月に一度、村の子供をパッツァオ邸に連れてくる契約を交わしていたらしい。

「パッツァオの話が本当なら、〈契約書〉はパッツァオ洞窟にある」

「パッツァオ洞窟?」

 ミルが不思議そうに尋ねた。質問されたイカロゼの顔には、多量の汗が染みついている。

「パッツァオが管理する洞窟だ。テュランくんの村もパッツァオの支配領域だった」

「村――」

 テュランは小さく呟いた。イカロゼが眉をしかめる。

「だがな、パッツァオ洞窟はあるんだ。どちらの洞窟に〈契約書〉があるのか、俺も訊いたんだが答えてくれなかった。ただ、パッツァオは『〈契約書〉は洞窟に隠してある。絶対にバレない』と言ってた。洞窟にあるのは間違いないだろう」

 奇妙な話ではあったが、イカロゼの口調は熱っぽく、嘘をついているようには見えなかった。

「オマエらには……本当に酷いことをしたと思ってる。黙ってパッツァオの傭兵になって……裏切ったも同然だ。すまなかった」

 しばし、支部隊長室に沈黙が流れる。テュランもヴァイオレットも、ミルも、彼の言葉に黙って思いを巡らせているのだろう。

 三人が黙る中、イカロゼが畳みかけるように話を続ける。

「正直、俺ひとりで洞窟を襲撃するのも悪くないと思ってたんだ。せっかく掴んだ特ダネだったんだ、逃すわけにはいかないからな。でもよ、やっぱり無理だった。パッツァオの野郎、洞窟に〈吸血鬼ドラキュラ〉を配備してた。情けない話だが、俺は単独で〈吸血鬼ドラキュラ〉を殺せない。皆の協力が必要なんだ」

 イカロゼが口元を締める。

「そしたら御覧の通り……俺と同じように、お前らもパッツァオの〈契約書〉を探してたんだ。正直、驚いたね。”運命”ってやつかと思ったよ」

 ふっ、とヴァイオレットが軽く微笑んだ。

 彼女は、イカロゼの熱弁を遮って、すっと身を乗り出した。

「問題は山積みね。警備の〈吸血鬼ドラキュラ〉を討ったうえで〈契約書〉を見つけないといけない。面倒だわ」

 ヴァイオレットは怜悧な目つきで、テュランとミルを交互に見つめた。まだ未熟なテュランと、〈獣人けものびと〉のミル。戦いの行方を左右するのは、間違いなくこの二人だろう。

「洞窟は二つあるのよね……」

「あぁ、そうだ」

「二手に分かれて襲うしかないのかしら?」

「だろうな。洞窟の間は遠い。同時に襲撃するのが得策だろう」

 うむ、とヴァイオレットが厳しい顔で頷いた。

 ——僕は、この人たちの足手纏いにならないのだろうか。

 ヴァイオレットの話を聞いて、テュランは複雑な気持ちになった。自分の無力さに辟易したのである。

「だったら、三対一に分かれましょ。私は、一人で洞窟に向かうわ」

 ヴァイオレットの宣託に、ぴんとその場の空気が張り詰めた。ミルが、怒りを隠すように笑った。

「それは馬鹿な提案だな、ヴァイオレット。うちにはテュランさえいれば充分だ。イカロゼはてめぇーのわんちゃんと一緒に仲良く留守番してろ」

「そんなに俺が信用ならないか?」

 イカロゼが傷ついたような顔をした。ミルが、はっきりとした言葉で返答する。

「あぁ。まったく信用ならねぇー」

「…………」

 イカロゼは寂しげな顔をして、黙り込んでしまった。ヴァイオレットがテュランと目を合わせる。

「テュラン、あなたはどう思う?」

「へっ?」

 急に質問されたから驚いた。テュランは、目をキョロキョロさせて狼狽えた。

「僕は……イカロゼさんがいた方が安心かも」

 ミルが「おい」と茶々を入れてくるが、彼の意志は固かった。

 ——万が一の場合、僕だけじゃミルを守れない……。

 テュランは一度、目の前で母親を失っている。同じ失敗はしたくない。保守的な思考は、結果的にイカロゼに対する依存を招いた。

 そのようなテュランの心情を察したのか、ヴァイオレットは残念そうにため息を吐いた。

「分かったわ。私は、テュランの意思を尊重する。イカロゼはミルと行きなさい」

 イカロゼが頭を下げる。

「うち、外の空気吸ってくる」

 そう言って、ミルは部屋を出てしまった。彼女を追いかけるため、テュランも廊下に出た。

「——ミル」

 呼びかけると、ミルはこちらを振り向き、渋い顔を見せた。よっぽどイカロゼのことが嫌いなのだろうか。ミルは肩を落として目を細めた。

「うちだけじゃ、不満か?」

「———そういうわけじゃないよ。僕はただ……ミルが心配なだけなんだ」

 そう答えると、ミルはふざけたように笑った。

「ガキがいらん心配すな。言っておくけどな、うちはめっちゃ強いんだよ」

「知ってるよ」

「じゃあ、うちだけでいいだろ?」

「万が一だよ。僕は……ミルがいなくなったら悲しいよ」

「いなくならねぇーって。オマエ、心配しすぎだろ」

 ミルは、乱暴にテュランの頭を撫でた。雑に扱われるのは不本意であったが、彼女の口から「いなくならない」と言ってくれたのは嬉しかった。

 そう思ったら、少しだけ本音がこぼれた。

「怖いんだ……」

「?」

「ミルは、いなくならないでね……」

 その言葉を聞いた瞬間、ミルは、打ちひしがれたような顔をした。

 小さな体に抱え込んだ、混沌とした孤独感。

 その孤独を垣間見た時、ミルは自分の過ちに気づいてしまった。

 ——おじいちゃん。

 脳裏に流れるのは、祖父との記憶だ。〈吸血鬼ドラキュラ〉に村を襲われ、孤独になった幼少期のミル。当時の自分と、眼前の少年を見比べた時、彼女は、テュランの心情を自分のモノとして重ねるほかなかった。

 ——あぁ。うちは、なんて愚かなことをしたんだ。あの時、少年も一緒に■してあげれば良かったんだ。うちには、その覚悟がなかったんだ。

「ごめんな、少年」

 ミルが、テュランの肩を優しく叩く。なぜミルが謝ったのか分からなくて、テュランはキョトンとしてしまった。

 部屋に戻ると、ヴァイオレットが優しい目で二人を見つめた。ヴァイオレットは、ミルの気持ちに気づいているようだった。

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る