第三章①

 山脈を超えた先に、アケローン平野という名の平野があった。この平野は、はるか昔、地底より湧現した「魔境の王」が、東の海を目指して山々を踏みつけた際にできたと言われている。そのような伝説を残すアケローン平野は、自然豊かな平地に加えて、緩やかな大河を持ち、この地方において重要な街道となっていた。

 アケローンシティは、そんなアケローン平野の中央に位置する大きな町だ。大河の近辺を取り囲むように発展していき、街の至るところに橋がかかっている。橋の上には老若男女の人影がまばらに目視でき、喧噪も騒がしい。立ち並ぶ木造建築はどれも個性的な形をしていて、あらゆる地方の住宅街を混ぜたような雰囲気であった。

 昼を過ぎてかなり経ったが、町は相変わらず賑わっている。そんな中、テュランとミルは馬車と一緒に町中を歩いていた。

 アケーロンシティは、王から自治権を獲得した商業の町であり、牛耳るのは商人と〈守護者ガーディアン〉である。そのため町へ入る時は関税を取られてしまうのだが、ミルが〈守護者ガーディアン〉のライセンスカードを見せると、無償で通らせてくれた。

「ここには王様が住んでるの?」

 町に入ってすぐ、テュランが口火を切った。

「んなわけねぇーだろ。ただの町だ」

 大きな町に来るのはこれが初めてだ。アケローンシティの圧倒的な街並みは、テュランの心を鷲掴みにした。彼にとって、この街はまさに王都のようであった。

 道の両脇に目を向ければ、酒場や宿屋が見える。

「驚きすぎ。ちっとは冷静になれ」

 興奮するテュランを落ち着かせようと思って、ミルは半笑いしながらそう言った。

「ムリだよ……」

「オコチャマ」

 テュランは相変わらずきょろきょろしながら身を乗り出していた。まさに田舎者の典型例だ。

 こうしてテュランは、興奮冷めやらぬ様子でミルの方を見た。その時、ふと彼は別のことに気がついた。

「外套? どうして被るの?」

「…………」

 テュランの問いかけにミルは即答しなかった。彼女はトレンチコートを着て外套を被っていた。誰かの視線を躱すように俯いている。よそよそしい。

 ミルは下を向いて、テュランと目も合わせぬまま答えた。

「喧嘩を仕掛けてくる輩がいんだよ。めんどー事は嫌いだから、しゃーなく被ってやってんの」

 不機嫌な顔を浮かべ、ミルは御者台に座りなおし、まるで自慢の尻尾を隠すような姿勢を取った。不服ではあるものの、それを受け入れている様子だ。

「耳ぐらい晒してもいいだろって思うんだけどな。貧弱なザコどもがネチネチほざきやがって」

 嵐のような剣幕だった。本人としては「別に気にしてないスタンス」を演じているつもりなのだろうが、他所から見れば憎悪に駆られているようだった。ミルの怒りが空気中を伝わり、馬が少しだけ興奮した。

 ミルは鼻を鳴らして身を乗り出すと、人々に向かって唇を突き出したのだった。

「町にいる時はずっと被ってるの?」

「宿ん中では取るけど、出歩く時は被っとるよ」

「尻尾は?」

 テュランの質問に、面倒くさそうな視線を向けたものの、ミルは吐息を漏らして返答した。

「尻尾は隠さなくていいんよ。ていうか隠せねぇーから仕方がねぇーんだ。そもそも尻尾や耳を隠すことに意味なんてねぇーんだよ。ニンゲンってのは、すぐに目的のない行動をしちまうから困ったもんだ」

「どういうこと……?」

「要は……”男性器”と思ってくりゃいい。ペニスを隠すことに実践的な意味はねぇー。だが観念的には意味がある。うちの獣耳もそーゆー扱いなんだ。”隠す”こと自体が目的で、”隠す”ことに意味は存在しねぇーってことだ。もし意味が存在すんなら、それはただの後付けだよ」

 男性器、というワードが出てきて驚いたのか、テュランはするりと股間に手をやった。未知のものに触れたような気がして、思考の海に晒される。そんな彼を横目にしながら、ミルは外套の下に手を入れて耳を弄り始めた。

 彼女は明らかに不機嫌だった。それは、幼いテュランにも理解できた。でも何が言いたいのか分からなかった。テュランは、ミルの気持ちを汲んでやりたいとは思ったものの、実際には何をすれば良いのか見当も付かなかった。

 それから暫しの沈黙が流れた。二人は、町の喧騒に飲み込まれるような雰囲気で口を閉ざした。言葉を漏らしたのは、テュランだった。

「ミル」

「ん?」

「林檎……食べない?」

 テュランは静かにそう言って、道脇の果物屋を指さした。ちょっとでもいいからミルを激励したいと思って提案したのだった。だがミルは「アイツの店か……」と一言だけ呟くと、厳しい顔になった。

「駄目だ。林檎は買わねぇーよ」

「どうして? 嫌いなの?」

「林檎は好きだ。だが買わん」

「どうして?」

「ばーか、ちっとは自分で考えろ」

 ミルは少し笑って、テュランの頬をつねった。すると機嫌が直ったのか、すっかりミルの顔に元気が戻った。テュランの頬を弄ったことで気持ちが楽になったのかもしれない。不本意ではあったが、彼は甘んじてそれを受け入れた。


 二人が向かった先は、”ガーディアン支部”だった。〈守護者ガーディアン〉の本部は王都にあるのだが、勢力拡大のために、他の主要都市にも支部が設けられているのだ。それゆえ、アケローンシティにも〈守護者ガーディアン〉の支部は設置されている。

 とはいえ、「支部」などという堅苦しい言葉から連想されるような組織体制ではない。支部の建物は、崩壊寸前の宿屋みたいだし、〈守護者ガーディアン〉は甲冑や公章を持たない。唯一、ライセンスカードなるものが存在するがそこまで大層なものでもない。あくまで彼らの仕事は〈吸血鬼ドラキュラ〉や犯罪者(魔術を扱った犯罪を主に担当する)を殺すだけである。

 だが、それなりに融通が利くのも事実だ。例えば、〈獣人けものびと〉のミル。本来、彼女は〈守護者ガーディアン〉になれないはずである。少なからず本部の〈守護者ガーディアン〉にはなれない。しかしミルは、アケローンシティの管轄内であれば〈守護者ガーディアン〉として活動できる。アケローンシティの〈守護者ガーディアン〉を統率する支部隊長が、ミルの存在を容認したからである。その支部隊長の名は、ヴィオレット。なぜ彼女が〈獣人けものびと〉を〈守護者ガーディアン〉として招いたのか。その真相を知る者は、ごく一部の限られた人間だけである。

 こういうわけで〈守護者ガーディアン〉という組織は、なにやら訳の分からぬ気配を纏っているのだが、支部の活気はそこまで悪くない。アケローンシティには繁盛した店が軒並み並んでおり、とても賑やかなので、そのような明るい空気に絆されて支部内の精神衛生も洗浄されているのだ。血生臭い団体だからこそ、ある種の絆のようなものが生まれるのかもしれない。もちろん、〈獣人〉を除いて。

 ミルたちは馬場末に馬車を停めると、支部の中に入った。

「ここで何するの?」

「〈吸血鬼ドラキュラ〉の首を換金してもらうのさ」

 ミルはそう言って、首の入った革袋をテュランに見せつけた。

「うぅ……気持ち悪い」

「しゃーない。慣れろ。ついてきな」

 手を引かれたテュランは、ゆったりとした速度でミルの後ろを歩いた。支部の玄関はホテルのフロントのようで、入り口の奥には長いカウンターがある。受付には筋骨隆々の年寄りや、顔に傷のある男が〈守護者ガーディアン〉を射抜くように睨んでいた。

「カウンターにいるおっさんたちに頼むんだ。換金おなしゃす、ってな」

「あ、あの人たち大丈夫なの?」

 テュランは慄いて、息を呑んだ。

「少年、フツーにしろよ。フツーに」

「ミルこそ平気?」

「ナニが……?」

「汗かいてるけど……」

 ミルは、滝のように汗を流していた。まるで犯罪者のような態度であった。人に言ってはいけないような悪事を働いて、それが表沙汰にならないか不安を抱える犯罪者の鏡みたいだ。無論、テュランにそのような心当たりはない。つまりテュランに罪はない。だがミルはどうだろうか。その真相は、彼女しか知らない――。

「ミル……ハルバートは? 持たなくていいの?」

 ミルのハルバートは≪ママのいえ≫に保存されている。

「心配ねぇーよ。ほらァ、行くぞ」

 テュランは乱暴に頭を撫でられた。誤魔化されたような気もするが、追及しても徒労に終わるだけだろう。テュランは大して粘ることもせず、スタスタと前を歩くミルに付いていこうとした。

 ところが、その直前でミルの足が止まった。

「待て」

 ミルは冷たい声で呟き、周囲を見渡した。

「どうしたの?」

「少年、やっぱハルバートよこしな」

 テュランは眉をほそめ、ちらりとミルを見た。冗談を言うような態度ではない。テュランは頷いた。

「首は”家”ん中に入れといてくれ」

 麻薬でも渡すように、ミルが荒々しく革袋を押し付けた。焦燥に駆られている。

 テュランは素早く革袋を受け取り、≪ママのいえ≫と小声で詠唱した。革袋は淡い光に吸い込まれ、姿を消した。

「ハルバートは?」

 催促するミルの横で、テュランが再び詠唱を始める。両手を前方に翳して、脳内にハルバートの画を思い浮かべる。やがて彼の掌にホワイトフォッグが現れると、霧中にハルバートが見えた。

 これが、テュランの”格納”術式――≪ママのいえ≫の全貌である。指定の無生物を異空間に取り込み、自由自在に抜き出すことができるのだ。アイテムボックス、というやつだ。

「じょーできだ。荷物運びにして正解だったな。なかなかヤンじゃん少年」

 ミルは、馬鹿にしたような軽い笑みを浮かべ、宙に浮いたハルバートを両手で掴んだ。

「別に……フツーだし。それより……急にどうしちゃったの?」

 ミルの服を引っ張った。首を換金するんじゃなかったのだろうか。

「ちっとめんどーな奴に目をつけられちまったんだ。これから騒がしくなるかもしれんが……我慢してくりゃぁ」

 ミルは、テュランの顔を見て微笑んだ。だが、そんなふうに笑われてもどう受け止めれば良いのか分からない。なぜ急にハルバートを要求したのか。ミルがハルバートを所持することは、彼女が戦闘態勢に入ったことを意味する。すなわち、これから彼女は誰かと戦うのだ。嫌な予感が全身を駆け巡り、テュランは青い顔をした。不安にならない方がおかしい。

 その時、野太い声がかかった。

「まーだァ生きていやがったんだなァ諜報員ミル

 テュランは驚いて振り向いた。筋骨たくましい、巨人のような男がひとり立っていた。金髪で、年齢は二十代ぐらいだろうか。「死ね」と物騒な言葉を吐いたのはミルだった。

「イカロゼか。あんたこそとっくに天に召されたと思ってたぜ」

 ——この人も〈守護者ガーディアン〉なの?

 驚愕しながら、テュランは男を観察した。ミルも長身だが、イカロゼは高身長の枠を凌駕するほどのデカさだ。その高さからミルたちを睥睨している。

 やつは、腰に剣を装備していた。見るからに物騒な男だ。ただの一般人ではない。れっきとした〈守護者ガーディアン〉である。〈魔力〉を扱い、人智を超えた業と可能し、幾多の〈吸血鬼ドラキュラ〉を闇に葬った。

 イカロゼはひとりひとりを見渡し、テュランをちらりと見た。

「そのガキは?」

 隠れるようにテュランはミルの背中に顔を寄せた。

「村で拾ったんだ。あんたには関係ねぇーだろ」

 ミルが鋭い声を放す。二人の間を見えない火花が散って、いつの間にかカウンターの受付人が避難を始めていた。

「あんたのせいで受付のジジイどもが逃げちまったじゃねぇーか」

「八つ当たり。はい~お疲れ」

 頬に皺を寄せて、イカロゼは笑い飛ばした。

「ミル、オマエの存在が支部の空気を悪化させてんだ。分かるだろ、オマエは〈守護者ガーディアン〉に相応しくない。失せろ」

「……!」

 イカロゼの呪詛を聞いて、テュランは耳を塞ぎたくなった。

 ———聞きたくないよ、そんなこと。

 あの夜、真っ先に助けてくれたのがミルだった。自分を認めてくれたのがミルだった。生きてて良いって思わせてくれたのがミルだった。

 ——それなのに。

「故郷が死んだ」

 イカロゼが強い口調で呟いた。そう言ってポケットから取り出したのは、煙突のように丸まった新聞だった。バン、と弾けるような音を立てて、新聞を床に叩き付ける。

 イカロゼは唸った。ミルは嘲笑った。

「なんの真似?」

「俺の故郷が”神の軍勢”に滅ぼされた。全部、オマエらのせいだ。これで分かるだろ。オマエは存在そのものが”悪”なんだよ」

「知らんがな」

 イカロゼがミルに食ってかかるのを、テュランは見つめた。

「少年、アイツの戯言は気にしなくていーよ」

 ミルがテュランの頭を撫でる。余裕の表情だ。ミルはイカロスのことなど全く気にしておらず、むしろテュランに意識を向けていた。

諜報員ミルめ、あんま調子に乗んなよ。もうオマエにはうんざりだ。さっさと自国に帰れ。さもなくば、てめぇのケツにブツをぶっ刺してやるよ」

 イカロゼが剣を引き抜いた。銀色に輝く美しい剣だ。彼は剣先を肩に乗せて、敵意をむき出しにした目つきでミルを睨んだ。兜や鎧などは装備していないが、紛れもなく武装状態である。

「うちを殺す気? ”ヴァイオレット”が黙ってないと思うけど」

 飄々とした態度の裏側に、確かな警戒心がある。ミルはテュランを下がらせ、ハルバートを持ち直した。外套を退けて、耳を顕わにする。

「心配は無用だ。オマエを殺しても重罪にはならん」

 イカロゼはあと十歩というところで止まり、ミルと対峙した。

「話し合う気はねぇーてか」

 ミルは構えた。

「ザンネンだ」

「それは俺の台詞だ。てめぇだって部屋に虫が入ってきたら殺すだろ。それと同じだ」

 瞬間、イカロゼが視界から消えた。ミルは驚いて目を見開く。が、すぐさま気配を察知しハルバートを振り下ろした。鈍い音がする。互いの打ち込んだ刃がぶつかり合って、鍔迫り合いが起きた。

「生意気……反応しやがったな」

 イカロゼが叱咤する。彼は、滑るような身のこなしで身体を反転させた。弧を描くような残像が見えた瞬間、衝撃が彼女の右脇腹を襲った。胴体に蹴りをぶち込んできたのだ。息が詰まる。呼吸が乱れる。後退するしかない。余裕ぶった顔でイカロゼが再び迫ってきた。慌ててハルバートを振り回す。その動きに合わせてイカロゼが重心を下げてきた。彼女の斬撃は呆気なく躱される。その隙を狙って、忌々しい剣筋が鞭のように歪み、軌道を変えてミルの横腹を抉った。統制が崩れる。倒れそうになる。ミルはよろけた。

「死ぬがいい」

 鋭い呪詛とともにイカロゼが宙を飛ぶ。破格の回し蹴りが放たれた。ミルは咄嗟にハルバートを引き上げた。両腕に響くような衝撃が伝わる。耐えられなくて、遠方の壁に飛ばされた。

「ミル!」

 テュランが叫ぶ。二人の威圧に押されて腰が抜けてしまった。今すぐ助けてやりたいのに体が動かない。

「少年……心配すんなって。うちは余裕のよっちゃんだ。そこで麦でも食ってろ」

 口から血が漏れ出る。ミルは掠れた声でそう言った。床に血液が染みつく。四つん這いの体勢になって息を整えるリソースもなく、イカロゼが剣を構える。トドメの一撃を仕掛けるつもりだ。

「いつまで腑抜けた冗談を言うつもりだ。害虫」

「しょーねん」

 地肌に頭を乗せながらミルは慈愛を込めて呼んだ。

「あんたは……コイツの死になーんも関わってねぇーから。うちがいなくなってもきっと大丈夫だから。なんとか生きていけっから」

「……な、なに言ってんの?」

 ミルの顔から視線が離せない。とてつもなく不吉な未来を感じ取り背筋が凍る。

 そんなテュランを差し置いて、イカロゼが口を開く。

「遺言はそれだけか」

「しっしっしー。あんたこそ、遺言はそんなモンでいいのか?」

「何?」

「あんたは〈獣人けものびと〉を舐めすぎてる」

 捨て台詞を吐いた途端、ミルの様子が一変した。

 眼球が朱に染まり、鈍い音が鳴った。彼女の両手が獣のように変化したのだ。その掌は鎌のような爪を宿し、威圧的な重厚感を放っている。

 イカロゼは彼女の変貌に気圧され、剣を構えながら後退りする。ミルは立ち上がるとハルバートを投げ捨てて、イカロゼを睨みつけながら言った。

「手加減してやんよ劣等種がッ。苦しまねぇーように瞬殺すんぜ」

「ふっざけんな、害虫」

 イカロゼはミルの首元を斬り落とすつもりで斬りかかった。凄まじい威勢で放たれた一撃が、彼女の鉤爪とぶつかる。瞬間、メキメキと渋い音が鳴った。

 粉々に粉げ散った己の剣を凝視しながら、イカロゼは「信じられない」と小声で呟いた。

「どうした? まだ始まったばっかだぞ」

「有り得ない。まさか……≪獣化ビースト≫かッ!」

「正・解ッ!」

「クソッ!」

 壊れた剣を捨てて、イカロゼが回し蹴りを仕掛けた。ミルはその左足首を掴むと、鉤爪をくい込ませた。途端に、イカロゼが悲鳴を上げる。ミルは笑った。瞬時に接近し、彼の首元を捉えた。勢いそのままに彼を投げ飛ばす。その巨体は壁を貫通し、隣の部屋に寝転んだ。男は体の至るところから血を流した。

 ミルはそのさまを見てニヤけた。ハルバートを持ち、ゆっくりと着実に足を進めていく。

「あ、悪魔めェ……」

 イカロゼは地べたを這いつくばりながら睨みつける。

「俺を殺したら……オマエも殺されるぞ」

「うちは怪物だ。どのみち命は長くない」

「だったら――」

「だからオマエを殺す」

 ミルはハルバートを振り上げた。

「やめっ……」

「ミル…………?」

 ガラスのような声が聞こえた。手が止まる。ミルは驚いて、咄嗟に後ろを振り向いた。名前を呼んだのはテュランだった。目を揺らして、顔を青くしている。

 ——コワイ……。

 それは、彼にとって初めて芽生えた感情だった。

「えっ……あぁ……」

 我に返ったのか、ミルは自分の姿を確かめた。

 鉤爪に付いた血痕。強靭な獣の牙。

 そのどれもが、人間のソレとは逸脱していた。もはやテュランの知る彼女はどこにもいない。

「少年……」

 ミルが困ったように目を揺らした。つい戦闘に夢中になってしまい、本来の自分を忘れてしまっていた。テュランがここまで怯えるとは思ってもいなかったのだ。

 ミルは躊躇して、ハルバートを下ろした。閃いていた殺意が急速に冷めていく。≪獣化ビースト≫は解除された。

「少年、うちは……」

「—————」

 怒っているわけではない。過度に恐れているわけでもない。強いて言えば驚愕しているのだ。彼女の、怪物のような一面を目撃して、脳内の神経回路が一時的にショートしたのである。だから言葉が出ない。

「少年……」

 その言葉は、虚空に沈むだけであった。

 二人の目が合い、沈黙が流れる。まるでこの世界から音を消したような静けさだった。まるで嵐の前触れのような——。

 だが、次の瞬間には、その沈黙は破られていた。

「何をしてるの?」

 背後から声をかけられた。

 ミルは、振り向こうとした。

 その時、彼女はまだ、相手が誰だが認識できていなかった。聞き覚えのある声だったが、具体的な名前までは思い出せなかったのだ。

「動かないで」

 ところが、この二言目で、声の主が”ヴァイオレット”であることをミルは知る。というのも、針の穴を通すように、狙い定めたように、的確にミルの首元に、するりと伸びたフォークの刃が——ぶつりと刺さっていたのだから。

 フォークの恐ろしい刃が。

 ミルの頸動脈付近の肉に、ちょっとずつ食い込んでいく。ミルは、ヴァイオレットにバックハグされた状態で——首を刺されていたのである。

「ヴァイオレット! 来てくれたのか。さっさとコイツを殺してくれ」

 腰を下ろしたまま、イカロゼが言っている。

 ヴァイオレットは、アケローンシティの〈守護者ガーディアン〉をまとめる支部隊長だ。ミルやイカロゼの上司である。

 イカロゼは、ヴァイオレットが自分の援護に来たのだと邪推して、思わず調子めいてしまった。

 だが、それは間違いだった。

「許可なく喋らないで」

 激しい剣幕だ。

「あぁ、間違えたわ—―『喋ってもいいけど、死ぬよ』というのが適切ね」

「……お、どう――」

「何。気づいてないの? 自分の頬っぺたを触りなさい」

 指示されて、蛇の暗穴に手を差し入れるつもりで、自分の頬に手を伸ばした。

 ビタ。

 指に、硬い”ナニか”が触れる。

「…………っ」

 気づいた――。

 ナイフだ。

 テーブルナイフが——頬肉を貫通し、口腔を横切って――反対側の頬から飛び出ている。

 イカロゼは、赤子のように口を大きく開いて、ピクリもしないで、ヴァイオレットの警告のままに――黙ることしかできなかった。

 死。

 イカロゼ・ハッシュターンの脳内に「死」の一文字が浮かび上がる。ぞっとするような視線を向けてくるヴァイオレットが、ただひたすらに怖かった。

 細かな一挙手一投足が——ヴァイオレットの逆鱗に触れ――死因に成り得る可能性があるのだ。

 頂点捕食者――。

 人智を超えた業を扱う〈守護者ガーディアン〉。その〈守護者ガーディアン〉を凌ぐ〈獣人けものびと〉。またその〈獣人けものびと〉を飼い慣らす支配者ヴァイオレット

 恨まれたら最期――死は免れない。

「命令に背く人間がいると場が乱れるの――反骨精神というものは畑を荒らすバッタみたいね。不愉快だわ。駆除しないと」

「……う、うちはただ——」

「あなたがアケローンシティに居られるのは——誰のおかげだっけ?」

 フォークを持っている右手に力が加わり、ドリルで穴を掘るみたいに、その刃はさらに首の奥を侵食していく。

 じわりじわりと――入り込んでいく。

 ねじるように、かみしめるように。

 やがて、刺したら溢れる肉汁みたいに――フォークで埋まった皮膚の傷口から血が垂れ始めた。

 ポタ。ポタ。

 血の音がする。

「く……か……」

 唾を飲み込めばフォークの位置が変わって血管に当たるかもしれない。喋ることすらできない。一瞬の隙を見込んで反転攻勢を仕掛けようとも、そもそも「隙」がないのだから反撃できない。

 これは、完璧な奇襲攻撃だった。もはや打つ手はない。完全なる手詰まりだ。

 ミルは諦めたようにハルバートから手を離した。抵抗の意志がないことを示すため、ゆっくりと両手を挙げる。

 ここまで追い込まれたのは、久しぶりだった。本人も驚いたことだろう。ミルは、とんでもなく強いのだ。〈吸血鬼ドラキュラ〉を単騎で殺せる〈守護者ガーディアン〉は少なく、単体で殺せる実力のある者は重宝されるのだが、ミルはまさにその「単体で殺せる実力のある者」に該当するのである。〈魔力〉による身体強化に加えて、通常よりも高い身体機能を一時的に開放する〈獣化ビースト〉が、彼女の武器だ。

 しかし――。

 ヴァイオレットの前では、〈獣化ビースト〉も使い物にならない。

 飼い主というものは、ペットがどんな状態になっても絶対に負けないからである。

「イカロゼと喧嘩した後で、今度は私に嬲られたいのかしら? それとも地獄の悪魔に魂でも売るつもり?」

「…………っ」

 安易に喋ることは許されない。

 そんなミルを見ながら、ヴァイオレットは呆れたように仰々しくため息をつく。

「あなた達ね、平和的に暮らすってことを知らないの? ここは私の町なんだから私のルールに従いなさい。郷に入っては何とやらってやつだわ」

「…………」

 実質的な権力を握っているのは事実だが、アケローンシティはヴァイオレットのものではない。内心、ミルはそんなことを思っていた。

「私だってね、四六時中あなた達を見張るわけにはいかないの。わかるかしら?」

「………」

「お風呂でステーキを堪能してた頃だったのに。服を着る余裕もなかったわ」

「…………」

 ヴァイオレット・ヴァイオレンス・ヴァイオハザードという女は、アケローンシティにおいて、賛否の分かれた存在となっている――当然のことのように〈獣人けものびと〉のミルを保護するし、ミルを排除しようとする輩には必ずペナルティーを与えている。よっぽどの理由があるならまだしも、ヴァイオレットはその訳を一切口外しない。だから度々「変人」扱いされる。”神の軍勢”の諜報員なんじゃないかと、囁かれることもあった。

 しかし彼女に賞賛を送る者もいた。もちろん「ミルの保護」については誰も彼も反対だが、ヴァイオレットの他の要素がその弱点を中和したのである。まずヴァイオレットは〈守護者ガーディアン〉としては優秀な人材である。王都の〈守護者ガーディアン〉として勤務したこともあったぐらいだ。実力は確かであろう。支部において、〈吸血鬼ドラキュラ〉の討伐数も魔術犯罪者の逮捕率もナンバーワンなのだ。アケローンシティを飛び出して、他の町へ派遣されることも多々ある。柔術、剣術、魔術……その他諸々も含めて、戦闘センスはピカイチだ。きっと、心技体の完成度が、根本的に有象無象のソレとは別格なのだろう。

 ちなみに友人はいない。家族もいない。

 良くも悪くも、近寄りがたいからだ。

 ヴァイオレットがプライベートで誰かと会話した場面を、町の者は殆ど見ていない。「孤高の天才」と称されたほどに、彼女は孤高を極めている。軍師としてのコミュニケーションスキルは優れているが、それ以外の人間構築力は皆無に等しい。だが、苛めや迫害を受けることはない。仮に誰かから疎まれたり嫌われたりしても、実際に嫌がらせをする者はいない。

 というのも、ヴァイオレットは美しい女性なのだ。

 整った顔立ちと、流れるように長い紫苑色の髪は、恐らく誰が見ても美しいと思う。氷の大地みたいな性格と、その優れた容姿に惹かれて求婚する男が後を絶たない。だから、どうしても責める気になれないのだ。

 これだけ聞くと、どうしてヴァイオレットの評価が二分化するか疑問に思う人もいるかもしれない。特に、町の新参者はヴァイオレットという女が如何様に狂乱的なのか理解するのに時間がかかる。ミルの件を差し引いても、彼女には充分すぎるほど魅力的な点を兼ね備えていた。

 ところが、それらの有り余る美点も、とある一つの”欠点”によって帳消しにされてしまう。

 それは、とても擁護しがたいものであった。

 ミルの言葉を引用するなら、ヴァイオレットは時に「観念」よりも「実践」で物事を選んでしまう癖があったのだ。

 その最たる例が、”コレ”だ。

 ついさっきまで、ヴァイオレットは風呂場で昼食を取っていた。お湯に浸かりながら、ステーキに在り付いていたのだ。

 そんな時だった。

 少し逆上せ気味に、フォークとステーキを巧みに使いこなして肉を食べていると、〈守護者ガーディアン〉の支部から強力な殺気を感じた。

 それが、ミルとイカロゼだった。

 ヴァイオレットは焦った。

 今、二人は本気の殺し合いをしているのかもしれない。〈獣人けものびと〉が人を殺せば、その〈獣人けものびと〉を優遇したヴァイオレットにも飛火が付くかもしれない。

 どんな手を使ってもいいから、ミルの手がイカロゼの命に届く前に――彼女たちを引き離さなければならない。だから—―飛び上がるように風呂場を出て、バスタオルで身体を拭くこともせず――ましてや服を着る手間もかけられないので、そのまま……の格好で、手元にあったフォークとテーブルナイフだけを所持して、支部に向かった。

 つまるところ……彼女は今、裸体なのだ。

 とはいえ、驚く必要はない。

 何故なら。

 一刻を争う時に、彼女が裸で町中を駆けることは——さほど珍しいことではなかったからだ。

 ヴァイオレットは、そういう女なのである。

「あなただって分かるでしょ?」

「…………っ」

 フォークを握る手に力がかかる。

「あなたが生きていられるのは”私”のおかげ。つまり私の一存で……あなたの権限を剥奪することができるの。分かる?」

 ミルは小さく頷いた。広い頬と高い鼻梁が、汗で油のように光っている。

「私は——あなたの首を撥ねる権利があるの」

「………ん」

「正直言って、もう我慢できないの。私はあなたに期待していたのだけれど――どうやら私の見当違いだったのかしら。は絶対だから……私が求めていたのは、他の〈獣人けものびと〉だったのかな」

 風呂で濡れた裸体は、水滴で光沢のように輝いている。麗しい肉体美からは想像もつかないほどの殺意が流れている。ミルは、慎重に唾を飲んで、目を瞑り——このヴァイオレットという人の姿をした台風が過ぎ去るのを待った。半ば死を覚悟していたミルでさえ、やはりヴァイオレットの持つ潜在的な覇気には慄くしかなかったのである。

「さて……私は、あなたに言うことを聞いてもらうためには何をすればいいのかしら。前にも話したけど、私には”運命の〈獣人〉”が必要なの。もしあなたの存在が”運命”でなく、ただの”虫ケラ”だった場合――」

 北風を浴びたようにミルは肩を震わせた。

 そのさまを、テュランは放心状態で眺めた。

「あなたの首を撥ねない理由が見つからないんだけど—―どうしよっか?」

 ヴァイオレットはニコッと笑いながら、そう語るのであった。忽然と放たれたその一言で、ミルを諦念の底に堕ち、イカロゼは胸中で喝采を上げた。

 ずっと殺したかったミルを、ヴァイオレットが殺してくれる。彼は尊敬の眼差しで、裸体のヴァイオレットを見つめた。

 だが、それは悪手だった。

「なに見てるの?」

 冷えた眼がイカロゼを射抜く。

 マズイ――本能的に慄然とする。

「あなたが今、何を考えているか……わかるわよ」

「ちがっ——

「いやらしい目で見たわね。殺すわ―――あなたのワンちゃんを」

「…………ッ!」

 イカロゼは必死に首を振った。彼にとって、現在飼っている一匹の犬は自分の命よりも大切な存在であり、それを人質にされて悄然とした。

 ——てめぇが服を着ねぇーのがわりぃんだろうがッ。

 気を悪くしながらも、あんなことを言われて業腹だ。

「私ね、喧嘩両成敗って言葉が好きなの。この世界には絶対的な善も悪もないのだから。ただ強い者が弱い者を従える――この摂理に善悪も存在しない。そこにあるのは、神の意志と人間の欲望だけ」

 それは、冷徹な声だった。無慈悲な音色だけが、支部内のエントランスに響く。

 ——なんとか、なんとかしないと。このままだとミルが……。

 三つ巴の中、テュランはヴァイオレットの託宣を反駁しようと躍起になっている。深い訳は分からないが、ミルは〈守護者ガーディアン〉の地位を剥奪される寸前にまで追い込まれていて、それでテュランは、ミルの〈守護者ガーディアン〉としての素晴らしさを訴えるために、何かできないかと思ったのだろう。その小さい頭で考えた結果、気づけばヴァイオレットに話しかけていた。

「ミ、ミルは強いです」

 ヴァイオレットは、雑草を見るような動きで首を向けると、虫でも見るような目つきでテュランを見つめた。思わず胸が鳴る。

「誰よ、あなた」

 路傍の石を相手するような口調で彼女は言った。ヴァイオレットは、テュランのことを何も知らない。

「ミ、ミルに拾われて――」

「ミル?」

 ヴァイオレットは怪しげに呟いて、

「もしかして……パッツァオの村の子供かしら?」

 会話が成立した。テュランは、「ここぞ」とばかりに対話の攻勢を仕掛ける。

「ミルは僕を助けてくれたんです。村にやってきたドラキュラを退治して、行き場を失った僕に拠り所を与えてくれたんです。ミルがいなかったら……僕は死んでました。ミルは……とても強いと思います。だからミルを殺さないでください」

「どうしてミルと一緒に来たの? 村に残れば良かったじゃないの」

「村は滅びました」

 即答した瞬間、ヴァイオレットの顔から血の気が引いた。

「ほ——滅ん、だ……? 生き残ったのって――」

「僕だけです」

「冗談じゃないわ」

 肩にかかる紫髪をサラリと払って、ヴァイオレットは真っ黒な瞳でミルを睨んだ。今までで最も激怒した顔だ。

「あなたの無能っぷりには辟易したわ。あなたの”強み”は戦闘力だけでしょ。どうしてあなたを送り込ませたか分かってる?」

「…………っ」

 しょぼくれた顔で耐え凌ぐミル。

 だがヴァイオレットの怒号は止まらない。

「あの村は危険だって言ったよね。既にの〈守護者ガーディアン〉が返り討ちにあっているのよ。だからあなたを送ったの。なのに……このザマはナニ? あの子供は私への当てつけかしら」

「そんなんじゃない……少年」

「指図しないで」

 フォークの牙が激しくミルの首をかき回し、じゅわりじゅわりと――洪水のような勢いで鮮血が口から溢れ始めた。血管を傷つけられ、激痛が喉奥を刺す。

「我慢なさい。〈魔力〉による治癒は、人間と違って〈獣人けものびと〉にとってはそう難しいことではないわ」

 〈獣人けものびと〉は人間と比較して自己治癒に長けているが、それでもダイレクトに急所を突かれると痛手である。

 ——これじゃ事態を悪化させただけじゃないか。

 良かれと思ってやったことが全て裏目に出てしまった。これ以上抗弁したところで事態は悪化するだけかもしれない。が、このまま指を咥えて沈黙するほど、テュランも臆病ではない。ヴァイオレットの圧力に卒倒せずに、かつミルの有益性を証明できるような作戦は——皆無に相違ないだろう

 でも、ゼロじゃない。

 テュランは一縷の希望をかけて、

「≪ママのいえ≫」

 小さな淡い光。最初、林檎くらいの大きさだった光球は、次いで徐々に輪郭を帯びていき——最終的に革袋だけが宙に残った。

「あの……これ――」

 たじろぎながら、テュランは忙しない手つきで革袋の口を縛る紐を解いた。中には〈吸血鬼ドラキュラ〉の首が入っている。革袋を裏返して、ボールのように首を転がして見せてやった。

「この首、ミルが獲ったんです。ミルは強いです。ので、ミルを返してください」

 真っ直ぐな紅梅色の瞳でヴァイオレットを見つめ、彼女の口から理想的な返事が得られるまで微動だにしないと決めた。

 二人の、鋭い眼光が交差する――。

 すると、ヴァイオレットが口を開いた。

「あなたは……ミルに拾われたのね」

 テュランは、注意深くヴァイオレットを観察しながら、深く頷いた。彼女の佇まいから、強烈な圧力をひしひしと感じる。一つでも返事や応対を間違えれば昇天するだろう。

「〈魔術〉も扱えるのね。ひょっとして……”処刑”されるはずだったんじゃない?」

 ぎょっとした。

 どうしてヴァイオレットが処刑のことを知っているのだろうか。テュランは唾を飲んで、鼓動を速めた。手を握りしめる。

 ——やっぱり、無理なのかな……。

 どう考えても戦闘で勝ち目はない。だが、対話で解決不可なら戦うしかない。

 テュランの目が、少し泳ぐ。

「実は……ミルの”前任者”から報告は受けていたの。先天的に”術式”を宿した子供が集落内で疎まれている、と」

 ——バレた。

「あなた、名前は?」

「————?」

「名前よ。名前ぐらいあるでしょ」

「テュラン、です。テュラン・ソルラリート」

 ヴァイオレットが何を考えているか分からず、テュランは警戒心をあらわにして答えた。

「”テュラン”ね……」

 名前の響きを堪能しているのか、ヴァイオレットは神妙な顔つきで彼の名を反復した。

 ——なにが目的なんだろ。

 伺うように彼女の美しい顔を見つめる。

 すると、何を血迷ったのか、ヴァイオレットが少し微笑んでこう言った。

「私はね、”運命”をこよなく愛しているの。全ての物事には必ず意味があって、あるべき未来が密かに私たちを見ているんだと思ってる」

 服も着ないで何を言ってんだと、テュランは内心でうんざりする。

 彼女は話を続けた。

「テュラン、運命を信じる?」

「——麦の話?」

 冗談を抜いた、純粋な心持で彼は質問返しをした。ヴァイオレットは相変わらずの調子で話し続ける。

「今日、私たちが出逢えたことはただの偶然なのかしら。いえ、私は——そんなリアリズムには囚われないわ。ロマンは人を狂わせるけど、ニヒルが人生を豊かにすることもないじゃない」

 ゆったりとした動作で、頸部に刺さっていたフォークをヴァイオレットが取り除く。ミルは解放され、滝のように汗を流しながらその場に腰を下ろした。

 ——ミルを離した……。どうして?

 騙されているんじゃないかと思って、逆に緊張が走る。テュランは、裸のまま語り続けるヴァイオレットと、首元を押さえて床に座るミルとを、交互に見た。

「ようやく――見つけたかもしれないわ。ずっと探してた人。あなたこそが……」

 キョロキョロするのに気を取られていたテュランは、あやうく彼女の言葉を聞き逃すところだった。

「あなたが運命の人だったのね、テュラン」

 

 

 


 

 




 

 

 



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る