第3話 声の始まり

「高村……浩二、さん……?」


それは、一週間前に受けた、忘れられない声を持つ、あの人の名前だった。


そして、この、声は―――


「麻倉さん?」


黙ったまま呆然としている私を不思議に思ったのだろう。園田部長からの声がかかり、私は我に帰った。


「あっ。はいっ。すみませんっ」


慌ててこちらも会釈を返す。そんな私の姿を、高村浩二と名乗った目の前の綺麗な男の人は、柔らかな表情のまま、見つめていた。


もしかして、もしかしてこの人―――


まさか、という考えが頭をよぎる。

でも、そんなはず無い。電話のあの人に、こんな風に出会うなんて。


けれど、その声とその名前が私の意識で一致している。


「君にはこの高村君に一ヶ月間の新人研修をお願いしたい。高村君は……えー……中途採用で入社した方で……」


言いながら園田部長は高村さんに目配せする。それに対して彼は静かに頷いた。

―――?


園田部長の高村さんに対して覗うような仕草に、違和感を感じた。


「彼には後々、ここでの管理部門に回ってもらうことになる。今回の研修はその事前研修に当たる。まあ、よろしく頼むよ」


管理部門?

園田部長の話に、少しの疑問がわいた。

中途採用で管理部門への抜擢がされる人なんて、かなりの高学歴なエリートなはず。


どうしてそんな方を私が……?


「じゃあ、私はこの後会議なんでね。お互いに自己紹介なりしておいて下さい。では、高村君は後ほど」


「ええ、わかりました」


そう言って、園田部長は部屋を後にした。去り際に見せたとても優しい笑顔が、少し気になった。


バタン、と音がして扉が閉まる。


一瞬の静寂にどうしようかと思ったけれど、沈黙を破ったのは私ではなかった。


「……やっと、お会いできましたね。先日はコール対応、ありがとうございました」


園田部長が去ったドアから、視線を私に移したと思ったら、唐突に彼が頭を下げた。


「あ、あの……」


驚いて口ごもる私に、彼の言葉が続けられる。


「実は、先日の貴方の応対が素晴らしかったので、研修担当を僕が指名させていただいたんです」


え?と高村さんの顔を見ると、彼は照れた様に笑った。ご迷惑じゃなかったですか?と続ける彼の雰囲気に、私も自然と笑みが浮かぶ。


彼はとても洗練されている。柔らかい物腰、丁寧な言葉遣い。一目で優秀だとわかる人に、自分の応対を認めてもらえて、素直に嬉しいと感じた。


「……いいえ。大丈夫です。でも、少し驚きました」


だって。まさか会えると思わなかったから。


諦めていたと言ったほうがいいくらいに。


声も素敵だと思ったけど……実際会って見ても素敵なんて、なんだか嬉しい。

恐らく、彼みたいな人には仕事で無ければ私など一生出会えないだろうから。


「本当ですか? そう言ってもいただけると僕も助かります。これからよろしくお願いします」


「はい。こちらこそよろしくお願いします」


すっと、高村さんの手が差し出された。

私はその大きな掌に握手を返しながら、胸の鼓動がそこから伝わらない様にと、願った。

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