第2話 声の再会
「え? ……新人研修、ですか?」
つい、不安気な声が出てしまい、しまったと思う。
膝の上に置いた掌にぎゅっと力を込めた。
「そうなの。人事部の園田部長がぜひ麻倉さんにお願いしたいって。たっての希望なの。突然で申し訳ないのだけど」
少し困った様な顔をして、目の前の女性が言った。
彼女の名は
数多く居るオペレーター達の教育、監督全てをこなしているオペレーターチーフで、皆には大平チーフと呼ばれている。
長い黒髪をアップにし、パンツスーツをきりっと着こなす彼女は、同性から見ても格好良い。
彼女は私より2年先輩で、入社当時からとても良く面倒を見てくれていた。私にとっては優しい人だけれど、厳しいときはきちんとけじめをつける人なので、人によっては彼女の事を「女帝」と呼んで敬遠する者もいた。
そんな彼女が困った表情なんて、珍しい。
新人研修なんて……どうしてこの時期なのだろう。
春に入社した新入社員への研修はとっくに終わっていた。
中途入社という事だろうか。それにしたっておかしい。どうして私が指定されているのだろう。
しかも、園田部長は人事部長だ。
入社試験面接の時に会って以来、顔を合わせていない。
なのになぜそんな人から自分が名指しされるのか、皆目検討が付かなかった。
高村様からの電話を受けて一週間が経っていた。
彼が電話の切り際に残した言葉が気になっていたけれど、所詮毎日何百とかかる電話のうちの一つ。
頼まれたとも言っていたし、もう二度と彼と繋がる事は無いだろうと諦めていた。
そんな折、私は大平チーフから呼び出しを受けたのだった。
「あの、大平チーフ。私は構いませんが、研修担当の方は……?」
新人研修には専属の担当者が居る。新卒から中途採用まで、入社するオペレーターは皆、その研修担当者の元を経てセンターに配属になる。
やったことが無いわけではないけれど、担当者がいるのに、なぜ自分なのか不思議に思った。
「そうね。それについては事情があるから、実際に会って確かめる方が良いわ。園田部長と、貴女にこれから研修を担当してもらう人が今第四会議室にいるの。貴女にも顔合わせしたいって言われているから、今から行ってきてくれるかしら」
事情?
恐らく私が指名された理由なんだろうけど……
大平チーフは、その表情を見る限り理由を知っているようだ。けれどそちらで聞けと言われては、こちらも今聞くわけにはいかない。
私は仕方なく、少しの不安を抱えたまま第四会議室へ向かった。
第四会議室、と書かれたプレートの下がったドアを、遠慮がちに叩く。
コンコンという固い音のすぐ後に、「どうぞ」という声がした。
「失礼します……麻倉です。お待たせいたしました」
そう言って、一礼する。顔を上げた先には、男性が二人いた。
一人は見覚えがあった。入社試験の時に面接官だった人事部の園田部長だ。
白髪交じりの温和な紳士で、この人がいたから私は面接で緊張せずに受け答えすることが出来たのだった。
園田部長の隣に、すらりとした長身の男性が居た。その人は私の方を見ながら柔らかい笑みを浮かべている。
この人が研修を受ける人かしら……?
そう思って顔を見ると、思いきり視線が合った。真っ直ぐこちらを見つめてくる瞳に、思わずドキリとする。
「ああ、麻倉さんだね。こちらへどうぞ。大平チーフから話があったと思うけれど、貴女にこの方の研修をお願いしたいんですよ」
そう言って、園田部長は隣に立つ男性を目で示した。
彼が私に向かって会釈する。その仕草を見ながら、とても整った顔立ちをした人だなと思った。
色素の薄い髪に濃いブラウンのスーツがとても似合っていて、溜め息が出そうなほど格好良い。
立ち姿が綺麗な男の人、というのを見たことが無かったけれど、こういう人を言うのだろうな、と思った。
「麻倉さんですね。初めまして。
ニッコリと微笑みながら目の前の彼が言った。落ち着いた物腰、声音までしっとりと心地良い。
容姿もそうだけど声まで素敵だなんて……と考えた瞬間にはた、と気づく。
高村、浩二……?
この名前は―――
そしてこの「声」は―――
聞き覚えのある声に、私は耳を疑った。
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