綻びをあなたに、怪盗を灰に

 No.0の存在が魔術を使う者の間で一躍有名になった事件が一つある。


 あれは忘れもしない二十年前の正月。カラ爺の頭では当時の記憶が思い起こされる。


「君は僕の趣味を知っているかな」


「どうでもいいよ、そんなこと」


 目の前の少年はカラ爺のことなど興味なさげにあっさりと吐き捨てる。


 それでも彼は語らいをやめない。


「そうか。残念だな。僕は一応君に寄り添ってあげてるんだよ。本当ならNo.0の人間に会えば全員根絶やしにしてあげてもいいくらいなんだ。でも君はまだ若い。ある意味で温情なんだよ、これは」


「なら、そうすればいいだろ。僕は君みたいな雑魚に負けることはないんだから」


 足をぶらぶらとさせながら、彼の目線の先には家接がいる。


 僕が雑魚、か。まぁそう思われてもしょうがないのか。ただではもともと返すつもりはなかったが、どうやら手加減はお好みではないらしい。


 だけど少しは年上を見習ってほしいかな。


「なら温情はなしってことでいいのかい?」


「いいよいいよ。どうせ勝てっこないじゃん」


「分かったよ。でも僕の趣味は知っててほしいから教えるね」


 彼は袖から札を一枚出し地面に投げて貼るともう一枚袖から出す。


「札遊びだ」


 地面に貼られた札は術式が発動して空に向かって光を放つと、空を覆っていた暁の夜空を貫いて上空に浮遊した。空にはひびが入って嘘吐きだと教えてくれる。


「おい、なんてことしてくれるんだ!せっかくの夜空が台無しじゃないか」


 そう言って怒った少年は、やっとこちらに意識を割くようになる。


「そうそう、きみはそうしていればいいんだよ」


 もう一枚出した札に急いで筆を走らせる。


「ああ、もう頭にきた。おじさんは殺ることにするよ」


 やっと観覧車から降りた少年は手に二本の短剣を持ってクルクルと回している。後ろを見ると死霊の類だろうか、それらが家接に襲い掛かっているがそれは的確な攻撃でしのぎ切れていた。


 余計なお世話だったかな。どうやら本当に心配には及ばないようだ。


「それは怖いなぁ。でも無理な話だよ、それは」


 魔術はあまり近接向きじゃないのに、武器は近接か。オールラウンダーとはその年にしては優秀だね。


 そうこうしているうちに札には術式を書き終えた。


「装甲、赫」


 先に仕掛けたのは少年の方だった。彼の声に応じたように暁が光り輝く。


 少年や他の運び屋は仄かに魔力を帯びて力をつけているように感じる。


「格納、装填、発射。ことごとく」


 強化された少年から身を引くようにしながら札を持って唱えると、さっき空に打ちあがった衛星に吸収されるように手元から札が消える。


「素手で僕とやり合おうっての?」


「そうとも限らないよ」


 やはり少年の強化は身体能力全体にかかっている。距離を取ろうとするカラ爺の足よりも迫る彼の足のほうが圧倒的に速い。短剣がすぐに迫ってしまう時になってやっとカラ爺の魔術は発動する。


「ほらね」


 暁に覆われた空を貫通して光が降ってくる。それは少年目がけて向かって放たれた。


 轟音が響いて砂埃が舞う。その間に距離を取って離れることができたカラ爺は装填用の札を書いておく。


 晴れると、少しだけ疲弊した少年がカラ爺を睨んだ。


「そんなに疲れた顔をしてどうしたんだい?僕はまだ全力のぜの字も出してないよ」


「うるさい!僕だって遊んでただけだ。すぐにお前なんて」


 そう言う間もなくすぐに次弾が少年に向かって放たれた。二発目にしてすでに暁によって作られた夜空は半壊状態だ。


 少年は再び回避に専念せねばならず、カラ爺には近づくことができない。


「ああ、そういうことか」


 少年の使ったあの魔術、設置型ではないな。


 どうりで思った以上に疲弊しているわけだ。もし設置型なら自分にもっとリソースを割けたはずだから。能力的には優秀でも、やはり技術面は子供か。


「なら、追加でこれも使おうか」


 あらかじめ持ってきておいた札の一枚。取り出して破けば発動する。


 現れたのは、牢屋とそれに張り付いている蛙の群れ。


「あの子を放り込んで、監獄獣」


 そう言うと牢屋についていた蛙は離れる。蛙はさっきの衛星の攻撃を避けてさらに疲弊している少年に向かって舌を伸ばした。


「な、なんだこれ。離せよ!」


 両手を舌で縛られて身動きが取れなくなった少年は蛙に良いようにされるまま牢屋に放り込まれる。そして牢屋に鍵がかかると、蛙は皆牢屋に張り付いて四方八方に舌を伸ばすと空中に牢屋が浮いて囚われの姫状態になった。


「くそっ、もうだめか」


 少年は諦めたのかずっと維持し続けていた魔術を苦渋の思い出解除する。


 すると空に浮かんでいた暁は消滅し、時間は夕方に引き戻された。浮いていた球体はゆっくりと地面に降りて中にいた雪広の姿が確認できた。


「雪広さん!」


 それに気づいた家接は大技を一度放って運び屋との戦闘を放棄すると彼女を救出するために血肉を掻き起こす。救出された雪広は一瞬意識を起こして彼の顔を見ると、


「家接?」


 とだけ言って再び目を瞑った。ゆっくりと息をしているのを確認して彼は彼女をゆっくりと寝かせる。


「ごめん、少しだけそこで寝ていてください」


 少年は苦虫を噛み潰したかのような顔をしてカラ爺に向き直る。


「お前を倒さないとあいつに構えないのは変わらないか」


「そうだね」


 でもその前にその檻から出ないと。


 追撃が放たれる。上空の牢屋に閉じ込められた少年に逃げ道はない。直撃する直前に、少年は笑みを浮かべた。


「装甲、蒼」


 また何かしらの強化を施したに違いない。今度は自分にだけ魔術をかけている。同時に彼は剣で牢屋を斬りつけたかと思うとそのまま駆けだす。牢屋は崩れ落ちて少年はそこから脱出することに成功したかと思うとそのままカラ爺に特攻してきた。


 再び距離を置くために走り出す。同時に衛星が少年に向かって放たれた。


「遅いよ」


 避ける必要もない。すでに先に行っているから。


 少年の剣はカラ爺の頬をかすめる。だがそれで終わりではない。もう一本の攻撃があるから。


 追撃が彼の体めがけて穿たれようとした。


「終わりだよ」


 少年の言う通り、攻撃は確かに彼に通った。


 だが決定打にはならなかった。


 立ち止まった少年は短剣に付いた赤いものが血であることを確かめて、同時に消えた彼を探した。


「危なかったよ。ほんとうにありがとう」


 へらへらと笑うカラ爺に呆れた人が一人。


「別に私が倒しても良いんですよね?」


 怒り心頭に発した雪広が立ち上がっていた。

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