夕暮れに陰る少年は
体勢をずらしたおかげで、少年の攻撃は腹を引き裂いただけですんだ。
カラ爺はそう思っていたが普通に考えれば目が見えなくなるというのよりかは良かっただけで別に全然よくはなかった。
今も傷口からは血が溢れていて、片手で押さえていても服をどんどん重くしている。
「僕は、少し疲れたから座っておくね」
「むしろゆっくりしていてください。私も全然回復はしてないけど重症のカラ爺よりはましだからね。それに、そいつは私を散々弄んだんだ。気が済むまでぼこっぼこにする」
「ははっ!面白い冗談を言うな。お前如きが僕を倒せるとでも?あの使い魔にすら勝てなかったお前が?」
「言わせておけば!あれは気が抜けてただけ。本気を出せばあんなの」
言い訳だ。雪広もそれは気づいている。だけどこんな奴の策にはまった自分が許せない。
何より家接を狙っているという話が全くつかめない。
「あんた、なんで家接を狙うの」
からりと懐中時計が見える。それが何なのか理解できないまま視線を少年に戻すと呆れた顔をしていた。
「これを見ても何も分からないような奴に教えることなんてない。さっさとくたばれば?」
彼は依然として素早い動きで雪広に迫る。彼女は足に巻いたベルトからスティレットを抜くと立ち向かうように走る。同時に詠唱をして相手の注意を分散させる。
「我が呼び声に従いて開け。御するは我が同胞の魔にて、出づるは厄の門。八方印、北東」
スティレットと短剣が交差する中、雪広は剣を交えたまま体制をずらした。もちろん、少年を鬼門の方角に向かせるために。
太い丸太二本で組まれた門が出現するとそれがゆっくりと開かれる。その先は黒い靄がかかって様子を窺うことはできないがそこから出てくるものがいた。
「お前、運び屋を手なずけてるとか本当に趣味が悪いね」
「黙れ。あの子たちをそんな奴らと一緒にするな」
棍棒を持った二体の鬼が門から出ると後ろに展開されていた門が閉まる。
「お久しぶりよの、小娘」
「久しぶり。でも見ての通り手が離せないんだ。お願いできる?」
「お安い御用だ」
そう言うと鬼は少年をひょいと指で摘まみ上げると空中に思い切り投げ飛ばす。そして二体の鬼は同時にジャンプすると飛ばされた少年の到達点まで飛び上がった。
「初めてお目にかかって申し訳ないがワシらを呼んだということはお前さん、小娘にそうとうのことをしたな?」
「悪いが、これも必定。定めだと思いなされ」
一言ずつお悔やみの言葉を述べた鬼たちだったが、次の瞬間持っていた棍棒を両手で握ると容赦なく少年に向かって振りかぶった。両側から向かってくる棍棒に加えて、空中で身動きを取れない少年はなすすべなく攻撃を喰らう。
血の雨が降り、少年だった断片が降り注ぐと傘をさすように鬼は片方ずつの手を合わせた。
「すまんの。こんなやり方しか知らんで」
「ありがとう二人とも。これで、終わりだから」
そう言って彼女は力尽きて今度こそ意識が体から離れた。
「ありがとうございます。あとは私が責任をもって家まで運びますので」
さっきまで腹の傷を抑えていたカラ爺はもう立ち上がって鬼たちに礼を述べた。
血の雨はやみ戦いは終わる。遠くで力を使い果たした家接がコーヒーカップにもたれているのを傍目に見ると倒れる彼女に近づいた。
「ではよろしく頼むぞ」
「はい、お任せください」
倒れた彼女を担いで家接の方へ向かう。こうして改めて見ると、この短期間で彼は魔術を人並以上に使いこなせるようになったんだなと感心した。
「キミも疲れたでしょう。お疲れ様」
「……はい」
三人は家路につく。戦いは終わったのだ。
その中で心残りがあったのはカラ爺だった。
「僕の知らない間にここまで進んでいたなんて」
言葉以上にカラ爺は焦っている。ようやく応援に来てくれた人がやってきてカラ爺を見つけると二人を抱えて家まで送ってもらえることになった。
僕は少し後処理をして帰るよと言うと先に帰ってもらう。
現場に残されたものは少ない。園内を歩いて回ってもあるのはたくさんの血の跡とそれに付随した肉体のみ。しばらく歩いているとあの少年が見事に爆ぜた場所に着く。
ちょうどそこには彼のものだったであろう懐中時計があり、血肉に塗れた中から取り出す。
まだ少しだけぬくもりが残っているところに不快感を感じながらも血を拭って懐中時計を開いた。
幸いあの剛力でも壊れてはいない。いや、むしろ壊れない作りだったのだろうか。真偽は分からないがこの懐中時計には術式が刻まれている。
「なんだか解読しがいのあるものを残してくれたね少年」
No.0の情報はいまだにほとんどない。実体のつかめない今、これは大きな手掛かりになるはず。
「もうあんな惨状は見たくないな」
呟くカラ爺の目には遠い過去が映っている。今よりも生き生きとしていた時代の彼が。
ハンカチで包んだそれを袖に入れるとカラ爺もまた、家に帰っていった。
後日ニュースでは一瞬だけ遊園地のことが流れた。突然光り出した遊園地。近寄ることのできない山。
かつて遊園地にい行ったことのある人々はその記憶を思い出し、忘れ去られた廃墟はまた皆の記憶に刻まれる。復興計画なんてものも立てられたが、それも風のように流れてしまった。
「おはよう、二人とも。昨日はお疲れ様」
包帯をいくつも巻いた二人が襖から顔を覗かせる。
三人でこうやって食卓を囲むのは、案外珍しいような気がした。
「お昼になったら二人に話しておかないといけないことがあるから、僕の部屋まで来てくれないかな」
「何かあるんですか」
「私にも話さないといけないことなのそれは」
「そうおこらないでよ雪広ちゃん。すぐ終わるから。それに、昨日のこと気にかかってるでしょ?」
箸が止まる。図星のようだ。
「はいはい、分かりましたよ」
食事も終わって、各々が家事をする。一か月も経つと分担をして生活をするというのが良いということに気が付いて当番制で食事、洗濯、掃除を交代して行うことにした。
食器を洗い終えて、カラ爺は自室に戻る。昨日から考えてはいたがもうこれは話すべきだと彼は判断した。これから起こるだろう未来と、過去に起きた出来事を。
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