白羽の鴉

 日が沈む前、だんだんと西に傾く空は静けさをより際立たせる。


「出迎えをしてくれるわけじゃないみたいだね」


 ゆっくりと進む二人を待ち構える影はない。時折動物の足音か何かがしんとした遊園地内に響くだけ。


 濃密に満ちた魔力はまさに温床。どこから何かが湧いてきても驚きはしないとカラ爺は内心思う。


 その後ろに続く家接はただ彼女を助けたいと強く願う一方で、こんな場所から早く逃げだしたい気持ちにも駆られている。それはただ本能に従った恐怖。決して薄情なわけじゃない。


「なんだか変だと思わないか、家接くん」


 重苦しくなるばかりの空気に、一呼吸入れようとカラ爺は気軽に家接へと言葉を投げた。


 どうして相手は人質まで取っておいて出てこない。加えてここは相手の用意した陣の中。いわば牢獄に二人は囚われているのに看守が一向に顔を見せないのと同じこと。これでは刑務作業も面会も行われない。


「そう、ですね。ここは相手のテリトリーなのに姿を見せないことがですか?」


「それもそうだけど、ここはそんな大それた場所じゃない。僕のように長い時間をかけて作り上げたあの家のようではなくてあくまで簡易的。なのにこんなに魔力濃度の高い空間を維持できていることがおかしいんだよ」


 だからといってここをむやみやたらに歩き回るわけにもいかない。


二人は一定の距離を離れないように意識しながらゆっくりと進む。夕方になって日が暮れ始めたところで家接は思う。


「あの、いいですか」


「ん?」


「さっきから同じ場所を回っていませんか」


 さっき入り口でちらりと見た遊園地の地図。それによればここは円形状に施設が設置されていて一周すすれば大抵のものを楽しんで帰ることができるようになっている。そして一番の目玉となる観覧車が入り口の対角線。つまりもっとも遠い場所に配置されているというものだった。


 そして今目的もなく進んでいるつもりだけれどそれはつまり観覧車を目指して歩いているのと意味はさして変わらない。


 なのにさっきから観覧車に近づいている気配が全くない。大きさが変わっていなかった。


「どうしようか。時間もあんまり残っていないし、蝋火会の応援はまだ来そうにないからなぁ。術式破りじゃ間に合わない。僕が持ってきた札は、えっと……。鳥除けに鴉、監獄獣とサテライトか……。鳳は持ってきてないのね」


 これを越えられないのならそもそも彼女を取り返す資格すらないと言いたげな延々道の術式。


 だが完璧な魔術などこの世には存在しない。カラ爺は再び鴉を札から出すとさっきと同じように飛び立って彼女の魔力を追いかける。こんなに魔力の満ちた場所から彼女の魔力を探り当てられるのはカラ爺の技術の賜物だ。


 鴉はそのまままっすぐに飛ぶと途中で消えることもなく観覧車にたどり着いたように見えた。


「鴉は観覧車まで行けた?」


「なるほど」


 これでこの術式を破る方法は存在すると分かった。しかしあれだけでは種が分かったとも言い難い。


 考えている時間がもったいないと思ったカラ爺はできることから始める。


「よし、とりあえず両方から行こう」


「両方ですか?」


「そ。君は入り口に向かって。僕は観覧車に向かうから。これで抜け出せる方法が見つかるかもしれない」


「分かりました」


 言われるがままに家接は遊園地の入り口に向かって走る。さっきと同じようになるんだろうなと思いなが進んだが、今回はしっかりと入り口にたどり着くことができた。


「どうだい」


 遠くで声がするのに返事をする。カラ爺はやっぱり同じ場所に戻っていた。


 これで入り口には行けるのに観覧車には行けないということがわかる。


 ループ地点まで戻って再度考察を始めたが、カラ爺はすで正解にたどり着いたらしかった。


「なるほど。家接くん、この術式のからくりが分かったよ」


「なんだったんですか」


「意思だよ」


「意思、ですか?」


「そう。僕たちは言葉にしなくてもあの観覧車を目指してこの道を歩いていた。一方僕の出した鴉は雪広ちゃんの魔力を目指して飛んでいた。最終的な目的地は同じでも過程における各々の意思は違う。つまりこれは観覧車を目指してすすんではいけないという単純な仕掛け。試しにあの隣にあるコーヒーカップを目指して進んでみようか」


 そう言って一歩踏み出す。頭の中に観覧車のことを消して無言で進むと確かにたどり着くことができた。


「本当に進めました!」


「単純だけど効果的な術式だねこれは。相手を褒めている場合じゃなかった、急がないと」


 観覧車の前についた二人を待ちくたびれた鴉は大きく鳴き声を上げる。ここのどこかに雪広を連れ去ったやつがいるはず。


「おーい。こっこでーす、ここ、ここ!」


 煽るような声が頭の上でした。顔を上げると観覧車の軸に座っている少年がけらけらと笑っていて、その手にはあの忌々しい色をした球体があった。


「ほら、君の探してるものだよ。えっと、隣のおじさんは誰?」


「どうも。僕は空咲譲。みんなからはカラ爺って呼ばれているよ。でも君には関係はないことか」


「どうして?」


 無邪気なその質問は彼の逆鱗に触れていることに少年は気づいていない。


「君がいったいどこの誰だかは知らないが、僕の大事な弟子に手を出したんだ。生きて帰れると思わない方がいい」


「あははっ!面白いこと言うね。でも、この紋章を見ても同じことが言えるかな?」


 そう言って少年は首から下げていた懐中時計を取り出して裏に刻まれた紋章を見せた。だが彼の表情は依然として変わらない。


「だからなんだっていうんだ。こんなことをするのはお前達下衆以外いないだろ、No.0」


「知ってるんじゃんか。なら僕がこんなことをする理由は分かるでしょ?」


「だからなんだ」


「ちぇ、ノリが悪いなぁ。でも嫌でも楽しませてあげるよ。ここは遊園地。遊びの園だからさ」


 球体を思い切り投げるとそれが宙に浮いて動きを止める。


 その瞬間遊園地一帯を覆うように膜が形成されると、球体は暁となって闇夜を作り出した。


「ほら、ここは夜。運び屋たちの楽園が始まるよ」


 彼が指を鳴らしたことを引き金に周りの遊具がひとりでに動き始める。止まっていた遊園地は錆びを忘れて回りだし、色あせたユニコーンは人を乗せるために上下する。レバーの壊れたジェットコースターは止まることを知らずに動き続けてポッポコーンは容器をはみ出しても生み出すことを止めない。


「家接くん。申し訳ないが僕は術者本人の倒すのに集中するから、君の助けに回れないかもしれない。だけど雪広ちゃんを取り返すことは約束するよ」


「ありがとうございます。僕のことは気にしなくていいので。もう魔術も使えますから」


「君は優しいな」


 少年の笑い声が響く。闇夜の遊戯が始まった。

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