蛇道の渦中で

 ぬちゃぬちゃと気味の悪い粘液が音を立てて靴と床の間で糸を垂らす。


「家接くん、魔術を使えるようになったのよね」


「そうだけど何するつもり?」


「私の四方印は戦闘向きではあるけれど純粋な火力に対してはあんまり強くないの。東西でシャッターを斬ればこの肉壁も少しづつ崩していけるけどそんなことをしていたらきりがない。それなら、家接くんが習得したっていう魔術を試してみようと思っただけよ。でも、あなたも火力系の魔術じゃなかったりするわけ?」


「詳しくは知らないけど、たぶん炎を出す魔術なんじゃないかな」


「いいじゃん。私この魔術以外あんまり使うの得意じゃないからさ。そういう成長しがいのある魔術のほうが良いと思うよ」


 雪広が家接の魔術を褒めると彼の後ろに立って魔術を使うのを見る。


「いい?詠唱は欠かさないで。魔力は弾丸、詠唱は骨組み。それらが合わさって銃が撃てる。そう考えるの」


 雪広の魔術の詠唱があんなにも簡素なのは決してサボっているからではなく単に必要最小限の魔力リソースで術式を展開させるためだ。それ相応の魔術にはそれだけの詠唱と時間がいる。


「魔術回路解放。循環。発散」


 家接はイメージする。あの時生み出したあの業火を。あれくらいはないとこの蟒蛇の腹は焼き付くせない。左手に右手を添えて続ける。


「錬炎、満たすまで燃やし尽くせ」


 準備された魔法陣は凝縮されて燃えゆく。灯は魔力を注がれ火の手を広げる。


 灼熱の炎は火の玉になって壁を溶かし削りながら突き進んでいった。


「ごほっ、ごほっ!これは、凄い。家接くんはあっさり私なんか抜かしてしまうかもね」


 ただれた体内は解け落ちて、肉の焦げた匂いと共に匂いを放つ。だが蟒蛇本体が炎に耐え切ることができずに一分も立たずして二人は体内からの脱出に成功する。


「おいおい魔術については学ぶとして、まずはこいつを倒してからかな」


「努力します……」


目の前には全身が焼け焦げて死体となった小さな蛇と、それを大事そうに抱えたフードを被る全身黒ずくめの顔の下部分だけ見えた人物がいた。


場所はさっきいた場所と変わっていないことからして、二人を蟒蛇の中に閉じ込めたのは目の前の相手だと見て間違いない。相手はその亡骸をそっと袖に入れて両手を前に出す。


 するとその袖からさらに何匹もの蛇が音を立てて落ちる。蛇は意思を持ったようにこちらに向かってくる。威嚇しながら迫る蛇を家接は申し訳ないと思いながらも魔術で焼き払う。


「散れ、篝火花」


 花が咲いて散る。飛び散った花弁が火花になって襲い来る蛇に当たると、はじけて体を燃やす。


 小さくなりながら燃え続けて残るのは小さな灰になった何か。


 相性が悪いと踏んだのか、目の前の相手は逃走を選択する。階段を飛び降りて銭湯ではない側に走った。


「逃がすわけ無いでしょ」


 雪広もそれに続いて階段を降りて追いかけるが、もちろん家接にそんな二階から悠々と飛び降りることができるほどの運動神経はないのでできるだけ早く彼女に追いつくために走った。


 外に出ると、時刻は知らぬ間に過ぎていて日がだいぶ昇っている。そんな感想を抱いている間にも雪広はフードに迫っているがちょうどよく曲がり角で家接は二人を見失う。


四方に道は分かれているものの実質三択。さすがにあんな格好で外を走り回れば目立ちもするため一か所は潰れて二択。考えている時間が惜しい。でも考えれば、まっすぐ進んいれば見失うことはない。


「やっと、追いついた」


 袋小路。行き止まり。


 雪広も魔術強化を施していなければ撒かれていたであろう足の速さ。彼女の額には汗が垂れているにも関わらず、相手は息が上がった様子もない。


「遅いよ家接くん」


「いや、雪広さんが早すぎるだけだって」


 ぜぇ、はぁと深呼吸をしながら両手を膝に付く。


 だらしないなぁと思いながらも、目の前の敵から視線は外さない。


「それであれはいったい何なんだ」


「蛇をたくさんだしてるんだから蛇遣いでしょ。顔が分からないから生きているか死んでいるかは分からないけど」


 少なくとも日本の怪異にそんなそんなのがいた記憶はない。今は外国の人もたくさん日本にいるわけdから文献に頼るのは時代遅れではあるかもしれないかな。


 相手は何も言葉を発さない。聞こえているのか聞こえていないのか、そのフードの下はどんな表ぞ湯をしているのか確かめる術はない。だが、その閉ざされていた口が開く。


「導きに従いて呼応せよ。蛇は其の礎。秤は其の道。来たるは彼の敵、蟒蛇に飲まれろ」


 前回のとは比にならない、袖からこぼれた蛇はとどまることを知らずに溢れていく。


 それは襲い掛かってくるのかと思ったが突然共喰いを始めた。地面には血が撒き散らされて、苦悶にあえぐ蛇の鳴き声が響いた。


「これ、ヤバいのでは」


「ヤバいかヤバくないかで言えば、とてもヤバい」


 四方印にはそんな繊細なことはできない。たとえシャッターを斬ったとしてもどうせその中で共喰いを続けるだけだ。加えて家接がさっきと同じことをするわけにもいかない。


「だいぶ、魔力消耗してるみたいね」


「まだ慣れていないから。実践が早すぎたんですよ」


 へばった彼を守るためにもここは先輩として一肌脱がなくてはいけない。


「ここは私に任せて。先輩ってとこをちゃんと見といてね」


 仁王立ちして、両手を合わせる。


「八方印、北東」


 掌を左右に反転させる。


「くびきれ」


 瞬間、共喰いをしていた蛇は一瞬にして一瞬にして子供が無邪気に引っ張る様に体が千切れる。


 血の海になった地面の上に立つ蛇遣いは一歩もその場を動かずに立っていた。


「四方印、東西」


 シャッターを斬って彼女を封じる。蛇の体の中を歩いた雪広にとって血の海なんて気にすることはない。切り抜いた空間越しに彼女に話しかけた。


「このままあなたを消すけど、何か言い残すことはある?」


 そう言うと、彼女は笑った。


 まるで自分は死ぬことはどうでも良いかのように。


「もう準備は終わってる。好きにすればいい」


「あっそう。ならそうすれば。四方印、北」


 瞬間、雪広の目の前から蛇遣いの姿だけが消える。家接のもとによって肩を取ると背後で肉の爆ぜる音がした。それが何を意味するのか家接は見ることはしない。


 蛇遣いの言ったことが心残りになっている雪広の頭の片隅。家接を家まで連れていくことを優先して忘れることにした。


 だがそれを許さないように、背後で光が満ちた。

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