蟒蛇に飲まれて

 雪広はぴったり30分後に家を出てかっちりと身支度を済ませていた。


「ほら、ぼーっとしてないで行くよ」


 魔狩師協会の運び屋出現予報というのは的中率が異様に高く、そのくせその原理が明らかにされていないため信頼度が高いのに、それそのものは信用性は無いというある意味でパンドラの箱だ。


 今回その運び屋が現れると予測された地点は、隣町のある商店街。


「お願いだから、今日はこないだみたいに暴走しないでよ」


「うん。気を付ける」


 彼女は家を出てから当然のように車庫に向かってガレージを開けると車の鍵を使ってロックを開ける。


 運転席に座ってエンジンを入れる彼女を前に立ち尽くしていると窓を開けて顔を出す。


「何してるの?早く乗ってよ」


「あ、ごめん」


 すぐに助手席に座ると彼女はそのまま公道に乗り出して運転を始めた。


 十数分の運転時間の間、家接は気になることを彼女に尋ねた。


「一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


「なに。まさか怖気づいたとか言うんじゃないでしょうね」


「いやいや、それはないけど。ただ雪広さんは免許を持っているの」


 赤信号になり、ブレーキを踏む。ハンドルに手をかけた彼女はこちらを向いた。


「どうして免許なんているの?」


「え、だって運転するんだったら免許ないと捕まっちゃうんじゃ」


「じゃあ家接くんは持ってるの?その免許ってやつを」


「一応持ってますよ。この間取ったばかりですけど」


 ふーん。


 と言って青信号になったのを確認して彼女は再びアクセルを踏んだ。絶賛無免許運転中にもかかわらず、彼女はそれを気にした様子もなく割と豪快な運転をしている。


「ならいいじゃない。いざという時はあなたの免許を見せればいいだけなんだから」


 運転しているのは雪広さんなのに?


 何も解決してないが目的地には着々と近づく。幸いなことに検問もなく警察にお世話になることだけは避けることができて安心した。


「ここらへんね」


 着いたのは一軒の小さな銭湯。外からでも漂う独特の匂いが風呂に入りたい欲をそそらせる。


 隣にいる彼女もそれは同じらしく、目が合うとそれを悟られないようにと先に中に入っていった。


 中はいかにもという良い意味で時代に取り残された空間。おじいさんやおばあさんしかいないというのがその証拠で、二人はその空間では浮いた存在になる。


「若い子なんて珍しい。でも、何も持っていないのに風呂に入り来たのかい?悪いがここは貸出はしてないよ」


「大丈夫です。トイレをお借りしたいだけなんで」


「ああ、それならそこを突きあたって右に曲がったところだよ」


「ありがとうございます」


 そう言ってくつろいでいるおじいさんたちの横を通って廊下に向かう。そこには多目的トイレなんてあるはずもなく、雪広は仕方がなく家接を引っ張って男子トイレの個室に入った。


「なんで雪広さんも男子トイレに!?」


「いいから黙りなさい。四方印、北」


 彼女の魔術で移動した先は人の生活感漂う家の中だった。雪広はすぐさま辺りの様子を確認して誰もいないと分かると、普段立てることのないであろう靴の音をフローリングに響かせながら魔力探知を頼りに進んでいく。


「この先にいる。家接くん、気を付けて」


 おそらくここは戦闘を経営しているあの受付の人が住んでいる場所。あまり大きな音を立てることはできない。


 二階に二人は上がり部屋を端から一つずつ調べたが、何もない。おかしいなと思いながらも同じ場所を調べたが結果を得ることはできなかった。


「おかしい。確かに魔力は感じるのに」


「一度戻りませんか。さっきの受付の人が心配してトイレを見に行っちゃったらばれるんじゃ」


「こうなったら見つけるまで戻らない。あと、敬語はやめて。なんかイライラするから」


 すでにイライラしている彼女に理不尽な要求を突き付けられて、家接は仕方なく階段を見張ることにする。雪広はといえばもうばれてもいいというのを覚悟でこそこそするのはやめて部屋の電気をつけた。


「やっぱり、何もいない。……どうして?」


「来てくだs、来て、雪広さん!」


 彼の声はあれだけ静かにしようと言っていたのにも関わらずとても大きい。これは何かあったんだと慌てて彼のもとに向かうと、それは確かに急を要する出来事だった。


「これが、正体ってことね」


 そこには大きく口を開けた大蛇、すなわち蟒蛇がこちらを飲み込もうと様子を窺っていた。


 倒すはおろか、通路を塞ぐように開かれた大口はゆっくりとこちらに迫ってきている。


「とりあえず逃げましょう。ここじゃ狭すぎて相手の思うつぼだわ」


「でもどうやって」


「窓から逃げればいいじゃない」


 彼女は階段で待ち伏せしている蛇のことなど放っておいて部屋にある窓を開けた。


「やれれた」


「どうしました?」


 結局敬語に戻ってしまった家接は、立ち尽くす雪広が覗く窓の外を見た。


 そこにはピンクに染まった肉壁があって、外の景色を見ることはできない。


「さっきの蛇は?」


 急いで階段に戻ったが蛇の姿はない。代わりにあったのは階段などではなくて長く続く窓の外と同じ景色だった。振り返るとその部屋すらなくなっていて、前後には長く伸びる道があるだけ。


「これは一体……」


「さぁね。でも、予想するとしたらさっきの蛇の体内とかなんじゃない?」


「そんなこともできるんだ」


 単に感心している家接と対照的に、雪広はため息をついている。


「誰かは知らないけど、魔狩師協会の予報を利用して魔狩師をはめようとしている人がいる。きっとあなたが狙われたんでしょうけど、これは捕獲じゃなくて殺すためのもの。このまま消化されたら死ぬだけだから」


「じゃあ急いでここから出る方法を考えないと」


「もう試してる。だけどここじゃ四方印で出れない。絶対何か細工をしているはず。それを解かないと」


 つまりはこの蟒蛇の中で術者本人もしくはその原因になっているものを見つけないといけないはず。それも時間制限付きで。


「あなた、いろんな人に好かれてんのね」


「あんまり嬉しくないかな」


 そして再び、目の前には蛇が現れた。


「あんた誰なの」


 そう言いながら彼女は蛇を容赦なく踏み殺す。


 グロテスクな音とそれに合わせて散る血。どうやら彼女は怒っているらしい。


「そこまでしなくても……」


「こんな姑息な手で襲撃してくるやつなんかに同情する必要なんてない。だいたいねぇ、正々堂々とやれないなら最初からするなって話」


 罪のない?蛇が殺されて静まり返った蟒蛇の体の中は時折波打ったように動く。


 そうして、蛇の中での攻防が始まった。

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