魔狩を知りましょう
目を覚ますと、木目調の天井が視界を埋めていた。
掛け布団から出て辺りを見るが薄暗くてよく見えない。恐る恐る周りをの感触を頼りに扉を見つけて部屋を出ると、ちょうど家接のためにおかゆを持ってきた雪広と鉢合わせた。
「あ、起きたんだ」
「おはようございます」
「何寝ぼけてるの。今は昼よ。それに、もう丸二日も意識がなかったんだからもう少し寝てなさい」
そう言って彼女は家接を部屋まで押し込む。扉を閉めて布団に寝かせるとおかゆを置いて、
「さすがに自分で食べれるわよね。眠っていた時は食べさせてあげたんだから感謝しなさい」
丸二日も意識が無かったら確かに誰かが食べさせないといけない。もう一度顔を上げて彼女にお礼を言おうとしたが、すでに扉は閉められていた。
「いただきます」
ゆっくりと胃を刺激しないようにゆっくりと食べながら、自分の最も新しい記憶を遡る。
そうだ、確か酒花さんのおかげで魔術が使えるようになって、それから、、それから?
その後の記憶がない。確かどうにでもなれと全力を出したら炎が出たのまでは覚えている。だけどその後そのまま僕は気絶してしまったのか?
酒花さんに聞かない限り、ここから先の出来事を知ることはできない。だけど、どちらにせよ彼のおかげで魔術を使えるという大きな一歩を踏み出せたことは確かだ。カラ爺にも酒花さんにもその点は感謝しないといけない。
今回魔術を使えるという大きな一歩を踏み出した家接だけれど、それ以上に彼には大きな課題がのしかかったことも確かだ。
「毎回こんなことで倒れていたらなんにもできない」
実戦で一度魔術を使って倒れるなんてそんなこと、自ら無防備になりに行くのとなんら違いはない。
これを克服できないと、結局魔狩師になるなんていうのは夢のまた夢になる。
おかゆを食べ終えて手を合わせるとそれを持って台所に食器を置きに行く。途中、居間の横を通るとカラ爺と知らない誰かの会話が聞き取れはしないが聞こえてきた。声のトーンからして深刻な話をしている様子から、深く聞いてはいけないと耳に蓋をする。
台所には誰もいなくて、代わりにお茶を飲んだであろうコップが一つ置いてあるだけ。
「出かけてるのかな」
そんなことを思いながら、ここ数日のお礼とまではならないけれども溜まっていた食器をすべて洗い終えてから自分の部屋に戻った。
部屋に戻って早速明かりをつけると布団を畳んでストレッチをする。なんとなくあの時の感覚をいち早く身につけておきたい一心で酒花さんの指導のことを思い出す。
まずは同じことを。体中に感じる血液とは違う魔力の流れ。
その流れを速くして放出させる。
「できるようになってる!」
自分の中に魔術を使う感覚が身についていることに興奮して周りが見えなくなる。
言わずもがな、家接が住まわせてもらっている部屋は和室であって彼の使う魔術は火だ。そのあとどうなってしまうかは想像に難くない。
「助けてください!」
大慌てで襖を開けながら声がしたのでカラ爺は作業を止めて振り返った。するととても慌てた様子で家接が訴えているので何かがあったのだと知りすぐに立ち上がる。
「どうしたんですかそんなに深刻そうな顔をして。とりあえず落ち着いてください」
「いや、でもこのままだと家が」
「家ですか?壁でも壊した、なんて言うことでしたら少しこまりますけど」
「燃えてるんです」
「燃えている?」
「その、魔術の練習を部屋でしていたら燃え移ってしまって」
「それは……まずいね」
急いで彼の部屋に向かうと、すでに部屋に炎が回り切っているからか煙が廊下まで出て来ていた。
「雪広ちゃん、今すぐに来て欲しい!」
珍しく声を張り上げるカラ爺の声に仕方なく彼女は部屋から出る。
「あ、ありがとう出てきてくれて。今すぐに力が借りたいんだ。どこからでもいい、とにかく家接君の部屋に四方印で水を大量に持ってきてほしい」
「ていうか、なんで火事になってるわけ?まぁいいやそれは後で聞く。少しだけ下がってて。加減ができるかは分からないから」
「それなら僕がどうにかするから気にしないで。とにかく雪広ちゃんは火を消すことに専念してほしいな」
「言われなくてもそうするつもり。四方印、北」
座標を合わせるのに手間取ったが、すぐに家接の部屋の方に手を向けるとザーッという水が流れてくる音がして火はすぐに消えたもののその水はそのまま廊下にあふれ出てくる。
「留めて満たせ、封殺の札」
水の勢いで剥がれる前に、カラ爺が持っていた札が投げられて襖に付くとそれに反応して自動で襖が閉まる。そのあとどれだけ水が流れる音がしてもびくともせず、しばらくして音がなくなった。
「これで廊下に水は出てくることはないね」
「でも、逆に開けることもできなくなった」
「そこはほら、ね?お願い雪広ちゃん」
「また私?朝からこんなことさせるなんて人遣い荒すぎるでしょ」
「まぁまぁ、給料弾むから」
「いやぁ、嬉しいなー」
棒読みで掌をくるりと返す雪広。すぐにさっきと逆のことをして部屋の中の水は無事きれいさっぱり無くなった。家接は二人にお礼をして部屋の襖を開けたが、当然中はびちゃびちゃで部屋にあった荷物はきれいさっぱり流されている。
「まぁ、それはおいおい用意するよ」
カラ爺の優しい言葉に歓喜しつつも、隣で冷ややかな目を向けられる雪広には合わせる顔が無い。
「そんなに雪広ちゃんも怒らないでよ。……そうだ、今日は確か町で運び屋が出る予報があるんだ。二人で行ってきたら?実践も知らないのに家で練習しようとするとまた同じようなことが起きちゃうかもしれないだろうし」
「でも」
「それに、少しは先輩風吹かせておかないといつの間にか追い抜かされてるかもしれないよ」
「家接、30分後に行くわよ。それまでに準備しておきなさい」
それは、彼女のやる気を引き出させるには十分な脅し文句だった。
「そういうことだ。今日は彼女の魔狩を見ておいで。結局一度も君は魔狩というものを見ていないから、きっと新鮮な経験になると思うよ」
「ありがとうございます」
「お礼は、彼女に。忘れないで」
そう言って彼はまた自分の部屋に戻って作業を始める。家接は、着替えも何もすべて流されてしまったのでこのまま出ていくしかないのだが、それでも楽しみの方が上回っていた。
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